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はやて×ブレード

【はやて×ブレードSS(ゆかり×瞑子)】間隙

更新日:

~ 間隙 ~

 

「お疲れ様、ゆかり」
 絵のモデルを終え、凝り固まった体をほぐしているところ、槙の優しい声がかかった。いつも通り、穏やかな、ふんわりとした表情で、口を開く。
「それにしても、本当にゆかりって、エッチよね」
「ふぁっ!?」
 槙の口から飛び出たとんでもない言葉に、思わずずっこけそうになる。
「な、何をいきなり言うんですか先輩っ!? なんで私がエッチなんですかっ」
「だって、ほら……」
 そう言いながら、槙は自分の描いた絵とゆかりを、交互に見やる。
 今のゆかりは、槙の絵のモデルということでメイドの格好をさせられている。それも、結構なミニスカートの、ちょっとエッチなメイド衣装である。
「これは、先輩が用意して着させたんじゃないですか。大体、エッチっていうのは、順みたいなのを言うんですよ」
「うーん、そういうのとちょっと違うのよね。こう、雰囲気というか、醸し出すオーラというか色気というか。私ね、ゆかりは学園内でも黒ストッキングの似合う女ベスト3に入ると思うのよ」
 拳を握り、鼻息も荒く自信満々に言いきる槙。
「な、なんですかそれ。なんのベスト3ですか。大体、それじゃああと二人は誰ですか」
「それはもちろん、浅倉さんと氷室さんよ」
「あー……あぁ」
 納得してしまうゆかり。
 確かに、槙が名指しした二人なら、中学生、高校生離れした色香ともいうべきものを持ち合わせているのは分かる。大人っぽい、黒のストッキングが似合うというのも、頭の中で想像してみて頷ける。
 だが、しかし。
「その二人と、私が同レベルだというんですか?」
 そこには納得できなかった。
「大人っぽくて、素敵じゃない。氷室さんなんて、とても同じ高校生に思えないくらい、大人びているわよねー」
「あれは……羨ましいんですか、先輩?」
「何よー、ゆかりは知らないの? 氷室さん、結構ファンの子多いのよ、下級生に。あのクールで大人びたところが素敵って。美人さんだし」
「クールというより、単に冷たくてねじ曲がっているだけですよ、あれは」
 剣をあわせたことのある身としては、そうとしか言いようがない。
 すると、なぜか槙は頬を膨らませて怒りだす。
「そんなことないわよ、人を簡単に判断しちゃ駄目。氷室さんは、素敵だと思うわよ」
「先輩は、人が良すぎるんですよ。あの朱炎雪のことも、可愛いとか、おかしいです」
「えー、なんでー? そりゃ、戦う時は強いし怖い相手ではあるけれど、普段の彼女はとても可愛いと思わない? ほら、猫さんみたいじゃない」
「そんな可愛いものですか。あれは獅子とか虎とか、野獣の類です」
「そうかなー、可愛いと思うんだけどなー、頭撫で撫でしたいけどなー」
 槙のことは放っといて、ゆかりは着替えを始める。
 確かに、氷室瞑子は細身でスタイルはよく、綺麗な部類に入るとは思うが、それにしては目つきが冷たいし、性格だって悪すぎる。ファンがいるというのも、本当かどうか眉唾ものである。仮にいたとして、瞑子の本当の姿を知らないだけだろう。
 大人びているというより、あれは大人っぽ過ぎるのでないか。ゆかり達くらいの年齢であれば、ちょっと大人っぽく見えるくらいなら嬉しいが、あんまり年上に見えるのは、逆に老けているのかという気がして、あまり良い気はしない。
 そんな瞑子やみずちと、同レベルだというのか。いや、槙は大人びているというわけではなく、エッチだと言ったのだが……いやいや、それ即ち、大人っぽいということではないか。
 もやもやとした思いを抱えたまま、ゆかりはプールへと足を運んだ。
 体力強化とリフレッシュをかねて、たまにプールには泳ぎに来る。学校指定のスクール水着に着替えてプールサイドに出る。
 プールは一般開放されているので、剣待生だけでなく一般生徒も使用できる。水泳部とは別のプールがあるというのも、贅沢な天地学園ならではだ。今は、あまり人の姿が見えない。
 人が少ない方がのんびりできると、プールサイドを歩いていると。
「……あら、珍しいところで会うものね」
 声をかけられ、立ち止まる。
 氷室瞑子だった。
「そんなに身構えなくてもいいでしょう。ここはプールよ、立ち合いの最中でもないし」
 無意識のうちに、警戒をしていたようだが、それも当然のこと。瞑子は、何を仕掛けてくるかわかったものではない。
「プールで会うのは初めてね。よく、使うの?」
「……そうですね、そこそこに」
 返事をすると、水の滴る前髪を指でかきあげながら、瞑子が独特の冷たい視線を向けてくる。
 先ほど、ちょうど瞑子のことを話題にしていたせいか、つい、意識して見てしまう。
 プールからあがったところなのか、瞑子の全身は水に濡れていた。黒髪はしんなりと頬や首筋にからみ、水滴が鎖骨に浮かび、太ももからすーっと流れ落ちていく。
 水着姿であるため、瞑子の体のラインも良くわかる。
 全身が細く、胸の膨らみも小さい。ウエストも脚も細くて、そこは羨ましくなる。そして何より、水に濡れた身体は、高校生とは思えない色気と妖艶さを放っていた。槙が、『エッチだ』というのも、本当に分かる。
「……なに、人のことじろじろ見て」
「な、なんでもありません。失礼っ」
「あ、ちょっと染谷さん」
 きまり悪くなり、まるで逃げるようにそのままプールに飛び込んだ。水しぶきが跳ねあがり、すぐに水に包まれる。
 瞑子の色香にどきっとしたなんて、自分自身が許せない気がして、とにかく瞑子から離れたかったのだ。水をかき、プールの中央の方まで一気に泳いで距離を稼ぐ。
 ちらりとプールサイドを見ると、瞑子は既に興味をなくしたようで、肩をすくめる仕種を見せ、薄笑いを浮かべていた。
 あの、人を見下したような態度が嫌なのだ。ゆかりは更に力をいれて泳ごうとして。
「――――ッ!!」
 右足のふくらはぎに激痛がはしった。
 足がつったのか、それともまさか肉離れか。いずれにしろ、優雅に泳いでいることなど出来ない状態になったことは確か。
 プールは足が届かないほど深くはないが、足の痛みで身体のバランスをうまくとることが出来ない。どうにか無事な左足を着けようと伸ばすと、最悪なことに左足まで痙攣した。
 先ほどまで絵のモデルをずっとしていて、ほとんど動いていない状態から、いきなり激しく動かしたのが悪かったのか。
 後悔しても遅い、とにかく今はこの状況を脱しなければならないが、身体は自由に動かず、水を飲み、身体が水に沈む。
 溺れる、と最悪の結末を想像した、直後。
 ふわりと、身体が浮き上がった。
「……え?」
「まったく、柔軟もしないでいきなり泳ぐからよ。あなた、それでも剣待生?」
 冷やかな瞳で見下ろしていたのは。
「ひ、氷室瞑子っ!?」
「助けにきた相手を呼び捨てとは、失礼ね」
「なっ、ななっ、なんで貴女がっ!?」
「さすがに、溺れ死ぬところを見ているのは、寝覚めが悪いと思ってね」
 いつの間にかゆかりは、瞑子によって抱きかかえられていた。痛みは相変わらずあるのだが、それ以上に今の状況に驚いて声を失っていた。
 瞑子はゆかりを抱いたまま、ざばざばと水の中を移動してプールの縁へと近づいていく。
「ちょっと、しっかり捕まっていてね」
「え? あ、は、はい」
 言われてゆかりは、腕を瞑子の首にまわしてしがみつく。
 瞑子は片腕をゆかりの太ももの裏にまわしてゆかりを持ち上げ、もう片方の手でプールに降りる階段の手すりを掴み、ゆかりを抱えたままプールから上がる。
「……重いわ。少しダイエットしたら?」
「しし、失礼ねっ」
 反抗の声が、なぜか力が入らなかった。
 瞑子は気にした風でもなく、歩いていく。
 そこでようやく、ゆかりは周囲の生徒たちの注目を浴びていることに気がついた。自分自身が、瞑子にいわゆる『お姫様抱っこ』をされているということにも。
「ちょ、ちょっと、もう降ろしてくださいっ!」
「何よ、歩けるような状態じゃないでしょう?」
「も、もう大丈夫ですからっ!」
 痛み以上に、恥ずかしさの方が上回っていた。混乱しているゆかりよりも、瞑子の方が余程冷静にゆかりの状態を理解しているが、それでもゆかりは、瞑子に抱きかかえられている今の状況を、受け入れているわけにはいかなかった。
 じたばたと暴れて、どうにか抜け出そうとする。
「もう、分かったから暴れないで。ほら」
 小さな子をあやすような瞑子の口調に、更に羞恥心が上昇する。瞑子は、「やれやれ」とでも言いたそうな顔をしながら、ゆっくりと足からゆかりをおろしていく。
 とにかく、早く瞑子から離れたくて、歩こうとしたゆかりではあったが、足の痛みが簡単に引いているはずもなく、自力で立とうとした瞬間に痛みで力が抜け、バランスを崩してしまい、結局は正面にいた瞑子に抱きついて体勢を維持しようとして。
「――――っ!?」
 抱きついた瞬間。
 唇に触れた、感触。
 え、まさか、と思って慌てて正面を見ると。
 切れ長の目を思い切り見開き、見たこともないような驚いた表情をして、頬を赤く染めた瞑子がそこにいた。
「ああああああの、いいい今のはっ、そのっ」
 慌てて言い訳をしようとするゆかりだが、何を言ったらいいかわからない。
 それに、瞑子の体。
 体を支えるために、両腕を瞑子の首の後ろに回してしがみついているため、完全に二人の体は密着する格好になっている。
 押し付け合う、ゆかりの胸と瞑子の胸。水着のパッドが入っているとはいえ、確実に伝わってくる感触。瞑子のバストサイズはささやかなものだったが、それでも確かに柔らかくて、温かい。
 胸だけではない。お腹だって触れているし、脚だって絡み合うような格好。
「そっ……染谷さん、ちょっ……と」
 声を小さくして、頬を染めたまま僅かに顔を背ける瞑子。その瞳は、どこか不安と羞恥で潤んでいるようにも見えた。
 な、なんだ、この可愛らしい人は?
 本当にこれが、氷室瞑子か?
 確かに先ほど、唇が触れてしまったのは……瞑子の唇、だと思う。だが、ほんの一瞬のことだった。キスと言えるほどのものではない。ましてや、衝突事故だ。
 噂では、瞑子と炎雪は毎夜のように激しく、体を交わらせている、なんてことも聞く。そんな瞑子が、なぜこれくらいで少女のように恥ずかしがるのか。
 だが、人のことを言えたものでもない。
 ゆかり自身、自分の顔がどうなっているか、鏡で見るのが怖いくらいだ。それに、心臓の鼓動が激しくて、押し付ける格好になっている瞑子に気づかれないか、心配だ。
 それだけではない。
 先ほどから、もぞもぞと体を動かすたびに、瞑子と胸が擦れ、太ももが擦れ、体がどんどんと熱くなっていくのだ。
「氷室さ……って、きゃあっ!?」
 どうにかしないといけない、と思いつつも、どうにも動けなかったゆかりだが、しがみついていた瞑子の体がいきなり崩れ落ち、支えを失ったゆかりも一緒に崩れる。
 倒れたゆかりは、瞑子の体の上に乗っかる格好となっていた。当たり前だ、先ほどの体勢のまま、瞑子が仰向けに倒れるようにしていったのだから。
「ひ、氷室さん、大丈……ぶはっ!?」
「し、失礼するわっ!」
 いきなり身を起こした瞑子に体を払いのけられ、横に転がるゆかり。脚を痛めているゆかりは、立ちあがることもできずに、瞑子の後ろ姿を見送ることしかできなかった。
「な、なんなの?」
 混乱に陥りながらも。
 とりあえず、水に入ったあとで全身びしょぬれ状態で良かったと思うゆかりであった。

 

 結局、単に準備運動不足で脚がつっただけで、一日休めば完全に脚は治った。
 昨日の瞑子の態度はなんだったのか、いまだに謎は解けないが、悩んでいても仕方がないので登校する。
 すると。
「ゆかりっ、聞いたわよ、プールで氷室さんとラブラブだったんですって? しかも、ゆかりの方が氷室さんを押し倒したっていうじゃない、やるわね、このこのっ!」
「せ、先輩? 何を……って、昨日のことですか」
 プールには他にも生徒がいたから、何かしら話が広がるだろうとは思っていたが、予想通りだった。
 槙は目を輝かせて、ゆかりをつっついてくる。
「ねえねえ、教えてよ。どういう流れだったの? 今までずっと秘密にしていたの?」
「違います。昨日のはですね……」
 プールであったことを教える。もちろん、キスしてしまったことは伏せておく。
「……なーんだ、つまらないの。でも、実は本気で、とかないの?」
「ないですよ、まさか」
 槙をあしらいつつも、瞑子のことを思い出す。
 それはまあ、確かに瞑子の体を感じてドキドキしたし、思いがけない表情を見て、可愛いとか思ってしまったけれど、それは、ああいう特殊な状況だから思ってしまっただけ。
 あんな、冷血でひねくれた女のことなんか誰が。
「ゆかりがそんな積極的に頑張ったんじゃ、それじゃよーし、私も頑張って炎雪ちゃんにアタックしようかな」
 しかし、ゆかりの思いなど知らず、隣ではなぜか槙が気合いを入れている。気合いの入れ方が間違っているような気がするし、槙のセンスも良くわからない。
 ため息を吐き出しつつ、今日この後、ゆかりを襲うであろう興味の視線や噂にどう対するか、悩むのであった。

 

 まあ、人の噂も75日というもので、数日もするとゆかりと瞑子の噂はさっくりと下火になった。
 事実を話して、瞑子とも会わないようにしていれば、女子中高生などすぐにまた新たな話題に飛びついて行くものだ。
 落ち着きつつある日常に満足しながら、部活に向かおうと階段を上っているとき。
 持っていた用具から、絵筆が一本落ちた。咄嗟に取ろうと腕を伸ばして体を捻ったところで、同時に上げていた足が宙を踏んだ。
 やばい、と思った瞬間には体が宙に浮いていた。そのまま、背中から階段を転がり落ちる、その衝撃に目をつぶる。
 しかし、衝撃はこない。誰かに、体を受け止められていた。
「……貴女、本当はすごいドジっ娘なの?」
「ひっ、氷室さんっ?」
 またしても瞑子だった。
「今日はもう、一人で立てるでしょう?」
 言われて、恥ずかしくなってすぐに身を離す。
 見ると、相変わらずの冷たい瞳で、ゆかりを見ている。やはり、あのプールで見た瞑子は偶然だったのだ。
「……助けていただいて、ありがとうございます」
「どういたしまして。それじゃあ」
 一瞥するようにゆかりを見て、瞑子は去っていく。
「……何よ、すかしちゃって」
 瞑子が消えていった先に向けて、ゆかりは大きく舌を出す。
「そうだ、染谷さん」
「いひゃぁっ!?」
 去ったと思ったら、いきなりまた顔を覗かせてきたので、驚きで、出していた舌を噛んでしまった。しかも、かなり思い切り。
 涙目になって、口を開けたまま痛みに耐える。
「全く、何をやっているのよ。ほら、見せてみなさい」
「ふぇ?」
 再びゆかりの方に踵を返してきた瞑子は、ゆかりの顎をぐいと掴むと、口の中を覗きこんできた。
「ちょっと、切れているわね、血が出ているわ。でも大したことはないわよ」
「ひょ、ひょっと、ひふほひゃんっ」
「は、何を言っているの?」
 口をおさえられ、しかも舌を使うことができないので、きちんと発音が出来ない。
 と、そこへ。
「きゃっ!? ……あはは、すみません、お邪魔しました」
 階段に足を踏み入れようとした一人の生徒が、ゆかり達の姿をみて、慌てたように戻っていく。
 どうやら、体勢的に何か誤解をされたようだった。
「と、とりあえず、この場を離れましょう」
「あ、ちょっと、染谷さん」
 瞑子の言葉を無視して、ゆかりは近くの空き教室へと入った。
「強引ね」
 教室に足を踏み入れると、瞑子が口を開いた。「え」と思って瞑子の視線を追いかけると、瞑子の手を掴んでいる自分の手が目に入る。
「ああ、ごめんなさい」
「別に、いいけれど。で、ここまで連れて来て、何の用?」
「何の用って、それはもちろん……」
 言いかけて、はて、何だろうと思う。瞑子に助けられたお礼は言ったし、舌の痛みはまだ少しあるけれど、我慢できないわけではない。目撃を避けるためだったら、別に一緒に教室に逃げ込む必要もなかった。
「それは……ああ、そうだ、氷室さんの方こそ、戻ってきて私に話しかけてきたじゃないですか。あれ、何か用があったからですよね」
「え……あ、ええ、まあそうかも」
 なぜか、歯切れの悪い瞑子。
 不審に思うゆかり。
「なんですか? また、何か企んでいるとかじゃあ」
「失礼ね、私を何だと思っているのよ。そうじゃなくて、ただ、ちょっと聞きたかっただけ」
「何を、ですか?」
「それは……この前のプールのこと」
 刹那によぎる、プールで焼きついた瞑子の肢体。それ以上に、意識的に忘れようとつとめていた瞑子の肌の柔らかさが思い出され、自然と体の芯が熱を帯びる。
「あのときなんで……あんないきなり、私に、キス、してきたの?」
「――――へ」
 あれは単なるアクシデントだったのだが、まさか瞑子は、ゆかりの方が抱きついて来てキスをしてきたように思ったのか。確かに、傍からみたら、ゆかりからキスをした格好かもしれないが、事実は立っていられなくなって支えを求めただけなのだ。
 瞑子は僅かに顔を伏せ、挑むような目つきでゆかりを見据えている。が、なぜかいつもほどの迫力や、怖さのようなものを感じない。
「あの、あれはですね……そもそも、キスというか、ちょっと触れたくらいで」
「でも、確かに触れたでしょう」
「そりゃあ……って、あ、も、もしかして、まさか氷室さん、アレが初めてってわけじゃあ……」
 と、そこまでゆかりが言うと。
 びくっ、と体を震わせ、顔を上げたかと思うと、口を引き結んで一気に顔を紅潮させていく瞑子。そして、無言のまま拗ねるように、ぷいと横を向く。
「っ!」
 その様子を見て、ゆかりは内心で叫んだ。

 なんだ、このかわゆい生物は!

 今までのギャップもあるだろう。
 大人びている瞑子が、まさかアレが初キスなんて、思いもしなかった。ゆかりだって、綾那とまあ、色々あったし、ふざけ半分の順にキスされたこともあった。(ちなみにその後、順は夕歩に半殺しの目にあっていた)
「なんだか氷室さん……」
「え、ちょっと、何よ、近寄らないでよ」
 いつものクールさなどどこかへ吹き飛び、困ったように後退する瞑子は、そのまま後ろにあった椅子に足をとられるようにして、椅子の上に腰を下ろす。
 そしてゆかりは、自分でも信じられない行動に出ていた。
 椅子に座る格好となった瞑子の肩をおさえると、前かがみになって一気に瞑子の唇を奪ったのだ。
「っっ!?」
 今回のは、プールの時のような一瞬の、触れるだけのものではない。しっかりと、お互いの唇を重ね合い、感触を確かめあう。
「ちょっと、離しなさいよっ」
 目を見開いた瞑子が、ゆかりの顔を手で押しのける。
 だが、すぐにゆかりは両手で瞑子の顔を挟みこんで固定すると、再度、唇を重ねる。
「ん、んーーーっ、んっ……!!」
 暴れようとする瞑子だが、体勢が悪い。座っている瞑子と、立って上から押さえつける格好となっているゆかりでは、思う通りにいくわけもない。
 それでもどうにか逃れようと顔を左右に振り、かろうじて口を離す。
「っ、ぷはっ! はぁっ、ちょっ……ふぁん!?」
 顔を背けた方向にゆかりもホーミング。再三、唇を奪う。瞑子もまた抵抗しようとするが、今度はその前にゆかりが瞑子の口の中に舌を侵入させた。
 口腔を舌でなぞると、体をびくびくと震わせ、一気に瞑子の体の力が抜けるのがわかった。一度、口を離してみると、瞑子は目の周りを朱に染め、力なくゆかりのことを見上げている。
「もう、やめて……」
 それでも、抵抗の言葉を口からは吐き出す。
 ゆかりは四度目のキスで、それに応える。
「んっ……は、あ」
 口を離し、ゆかりも荒い息を吐き出す。
 力なく椅子に座りこんでいる瞑子を見下ろして、徐々に冷静になってゆく。
 自分がなんか、とんでもないことをしたことに気がつく。ぐったりとしている瞑子を見下ろすと、ゆかりは回れ右をして教室を飛び出し、廊下を駆けだした。

 

 な、なんで、あんなことしちゃったのーーーー!?

 と、心の中で絶叫しながら。
 部屋に戻り、布団にくるまり、頭を抱える。

 あれは、何かの間違いだ。ほんのひと時の気の迷いだ。自分自身をそのように思いこませようと、必死に頭の中で何度も復唱する。

 だけど。

 不意に魅せられた瞑子の側面、そして瞑子の感触ばかりを思い出してしまい。  結局その夜は、熱に浮かされるようで一睡もできなかったゆかりなのであった。

 

おしまい

 

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