遊園地デートからの帰り道、そのまま真っ直ぐ家に帰ってしまえばいつもの姉と弟に戻ってしまいそうな気がして、祐麒は途中で公園に寄り道した。祐巳が首を傾げていたので、移動販売をしているクレープ屋で定番のチョコバナナとイチゴを購入してベンチに座って食すことにした。遊園地に加えて手痛い出費ではあるが、致し方がない。
「クレープも久しぶりだな、美味しい~」
嬉しそうに食べている祐巳を見ると、まあ良いかという気にもなってくる。これ以上はさすがに調子に乗らせないようにしないといけないが。
「チョコバナナも美味しそうだよね、ねえ祐麒の一口ちょうだいよ」
「ん?」
物欲しそうに祐麒の手元を見ている祐巳。祐麒自身はそこまで甘いものが大好きというわけでもないので、素直に軽くクレープを差し出すと。
「あむっ」
直接、クレープを齧る祐巳。
「うん、美味しいっ」
満足して顔を離す祐巳。
残されたクレープを見つめて、祐巳が食べた後を食べれば間接キスか、なんて食学生のようなことを考えてしまう。同じものを食べたり飲んだりなんて、家族で同じ家の中で暮らしていれば、今まで何度もあったというのに。
「あ、そーだ。祐麒もこっちの食べてみる? 美味しいよ、イチゴ」
今度は祐巳がクレープを差し出してくる。渡すというよりは顔に近づけてきているわけで、それ即ち「あーん」ということか。別に恋人だどうだということなど考えず、無意識にやっているのだろう。祐麒だけ変に意識してもみっともないので、ごく普通に応じるに限る。
「お、おう。そそ、それじゃあせっかくだから、いただいてみよか」
「何ソレ、変な口調」
噴き出す祐巳。
少しばかり焦ってしまったようだ。
「はい、どうぞ」
「おう、さんきゅ」
祐巳は祐麒の右側に座って右手でクレープを持っているので、体を半分捻るようにして、ちょっと身を乗り出すように差し出す形になる。つい、そんな祐巳に見惚れてしまい、クレープを齧る場所がずれてしまった。
「あぁもう、だらしないなぁ祐麒は。そういうところ、いつまでも子供っぽいよな」
「う、うるさいな」
甘いクリームと甘酸っぱい苺を味わいながら、頬についたクリームを拭おうと思ったら。
「もう…………ぺろっ、ちゅっ」
頬っぺたをなぞる、生暖かい感触。
その正体を瞬間的に把握して祐麒は、一気に顔を赤くする。
「なっ、なななっ、何するんだ、おまっ」
「えーっと、サービス? 一応、設定ぽいでしょ」
平気な顔をしてまた自分のクレープに口をつけている。
一方で祐麒はどうにか平常心を保とうと、脳内で素因数分解を試みる。しかし、不意打ちのこの手の行動は破壊力が大きすぎる。
目を閉じ、精神を集中して呼吸を整える。
うん、もう大丈夫だ。
「――あれ、祐麒どうしたの、もう食べないの? それなら私がもらっちゃおうかなー」
クレープを手にしたままじっと動かない祐麒を見て勘違いしたのか、祐巳がそんなことを言って再び顔を近づけてきた。
「ば、ばか、ちゃんと俺が食うってのっ」
と、いきなり接近してきた祐巳に、先ほどのことが頭をよぎった祐麒は、思わずクレープを持つ手に力が入ってしまった。
「わきゃっ!?」
「うおっ!? ご、ごめんっ」
結果、クレープを握りつぶしてしまい、接近していた祐巳に破裂したクレープが降りかかってしまった。
「うわっ、酷いよ祐麒~っ」
顔をしかめる祐巳。
「もう……祐麒のが顔にかかってべたべただよ。凄い勢いでかかってくるんだもん、びっくりしちゃった」
生クリームは鼻の頭、頬っぺたにつき、口の端からもたらりと垂れている。生クリームだけでなく潰れたバナナなんかもあわさって、首筋から胸のあたり、太ももにと全般的に祐巳を汚してしまっている。
「あ、もー、髪の毛にもくっついちゃって、これ乾いたらかぴかぴになっちゃうよー。うぁー、目にも入った」
髪の毛を弄りながら、辛そうに左目を閉じる祐巳。
「凄い……たくさん、祐麒の白いのが……うあ、胸の方にまで垂れてきてるよ」
胸元をつまんで、中を覗きこむ祐巳。
「あぁ、でも、これこんなにたくさん勿体ない……」
祐巳は口の端から垂れている白いどろりとしたクリーム状のもの(まあクリームだが)を舌で舐め、鼻と頬っぺたにくっついていたのを指で拭うと口元に運び、「ちゅぱっ……ん、くちゅっ、美味しい……」と咥えて味わった。
「気のせいかな、これ、祐麒の味濃いね。でも、それが美味しいかも。だけど、これ匂いとか残っちゃうんじゃない、もーっ。祐麒ってば焦りすぎ、しかもこんなにたくさん勿体ないじゃない、どうせだったら私にくれれば良かったのに……全部」
胸元から掬い取ったゲル状の物体(生クリーム+潰れたバナナ)に舌を這わせる祐巳。
「ちゅっ、ん、美味し…………って、祐麒どうしたの?」
祐巳は、隣で前かがみになっている祐麒をきょとんとした目で見つめる。
「い……いや、なんでもないです、ハイ」
祐麒はといえば、先ほどからの祐巳の破壊力抜群の超強力コンボにより、立ち上がれないほどのダメージを受けていた。
「お腹でも痛いの?」
「違う、だ、大丈夫だから、もう少ししたら、ね?」
「んーー? ま、いっか。それより早く帰ってシャワー浴びたいよ、もう祐麒に顔にかけられてべたべた……学校に行ったら皆に言っちゃおうかな、休みの間に祐麒にこんな仕打ちを受けたって」
「絶対に言うなよ、お前」
「なんでよー」
「なんでって、そりゃ……」
言いかけて止まる。
瞳に映る祐巳の顔、そこにはまだ生クリームがくっついてしまっている部分がある。先ほど指で拭っていたが、それで全てが取れるわけでなく、拭き残しがあるのだ。
先ほど祐巳は、祐麒の頬にくっついてしまったクリームを舐めとって綺麗にした。先に祐巳がやってきたのだ、ここで祐麒がお返しにやったとしてもおかしくはないのではないか、そんな風に思ってしまった。
「そもそも祐巳、お前いつまでクリームつけてんだよ」
「祐麒のせいじゃん。それなら祐麒が綺麗にしてよ」
「しょうがねーな、じっとしてろよ……」
何でもない風を装いつつ、実は内心ではドキドキもので祐巳の頭に手を添え、ゆっくりと顔を近づけていく。
最初、祐巳はぎょっとしたように目を丸くしたが、近づいてくる祐麒を見ても逃げようという素振りは見せなかった。
もしも祐巳が驚いたり怒ったりするようだったら、「冗談だよ、何ムキになってんだよ」と笑って誤魔化すつもりだったが、何も言わず黙って見つめているので祐麒もそのまま顔を近づけていく。
そうして、やがて。
唇に伝わる、柔らかな感触。
祐麒の口は、生クリームのついた祐巳の頬に触れていた。軽くクリームを舐めとり、顔を離す。はっきりいって、これだけでも十分に恥ずかしい。
「……ほら、これで綺麗になったぞ」
祐巳から顔を背けるように正面を向いて言う。ほっぺにキスくらいなら、確か幼いころにおふざけでやった記憶があるが、このような感触だったかまるで覚えていない。ぷくぷくぷにぷにして、降れた唇の方がこそばゆい感じ。
「………本当に?」
「ん? 何が――」
「本当に、綺麗にとれた?」
問いかけながら見つめてくる祐巳。
勿論、完璧に綺麗に拭い取れたわけではないが、それでも見た限り顔に明らかにクリームと分かるようなものは付着していない。
頷こうとした祐麒だったが、見上げてくる祐巳の顔を目にして動きが止まる。
もしかしてこれ、どさくさに紛れられるんじゃないかと。
「よくみると、まだちょっと残ってる……かも」
「やっぱり~~、どこよ、早くとってよ」
「分かったよ。だから……動くなよ」
そう言いながら再び祐巳と相対する。
先ほどは、動き出してすぐ明らかに頬の方に向いて動いていたが、今回は真っ直ぐに突き進んでいく。
祐巳の唇にクリームは付着していないが、クリームのせいかつやつやと光って見える。即ち、いまだそこにクリームが残っていると考えてもあながち間違いではないのではなかろうか。
顔が近づき、鼻の頭が触れ合いそうになり、祐巳の吐息を感じられるほどになる。心臓は先ほどから早鐘を鳴らすようで、落ち着きを全く見せない。
そして祐麒は。
「…………ん」
祐巳の唇の感触を知った。
押し返してくる弾力と同時に、吸い付いて離れたくなくなる吸引力をあわせもち、ほんのりと甘いのはクリームのせいか。
ただ押し付けるだけのものだったが、目が眩むほどの歓喜に打ち震えたくなる。
ゆっくりと唇を離すと、徐々に祐巳の顔が見えてくる。祐麒の様子を窺うかのように、上目づかいで見つめてくる祐巳の顔が。
「ちゃんと、綺麗にとれた……?」
「あ、ああ……」
いや、ここで否定すればもう一回、味わうことができる。そう思い、再び口を開こうとしたところで頬に水滴が落ちてきた。
「ん、雨?」
顔をあげて空を見上げてみると、ぱらぱらと降り注いでくるのは間違いなく雨。
「うわ、降ってきやがった。結構、強いか?」
「早く帰ろう」
残っていたクレープを慌ただしく口の中に収めると、二人は並んで公園から走り出す。せっかくのキスも、なんだか有耶無耶になってしまったような気がするが、キスしたことは間違いない。
祐麒は内心でガッツポーズだった。
「うわーーーっ、もうびしょびしょだ」
家に到着した時には、全身びしょ濡れになっていた。
雨はにわか雨どころか本降りになり、容赦なく二人を襲った。バスを待つにも時間が中途半端で、それならば走った方が早いと判断したのだが、走っている間にも雨脚は強くなっていた。
雨宿りをしようかとも考えたが、弱くなるようには全く見えなかったので、こうなったら家まで走るしかないと覚悟を決めたのだが、予想以上の雨だった。
「はうぅ~~」
「ほれ、タオル」
廊下が濡れてしまうがそれも仕方なく、とりあえず祐麒が先に中に入ってタオルを取ってきて玄関で体を拭く。
「あー、こりゃちょっと拭いたくらいじゃどうしようもない。あとで掃除するから、もう中に入ろうぜ」
「そうだね」
諦めて廊下に水を垂らしながら家に上がる。
「酷い目にあった……っくしゅ」
「さすがに冷えるな…………は、は……ぶぇっくしゅ!!」
暦の上では春になったとはいえまだまだ気温は低いし、陽がおちればなおさらで、全身ずぶぬれになっている今は急激に体温を奪われている。ぶるぶると震えがはしり、さらに連続でくしゃみをする。
「こりゃいかん、おい祐巳、シャワー浴びてこいよ」
「祐麒の方こそ、凄いくしゃみしてるじゃない。先に入っていいよ」
「ばか、俺は大丈夫だよ。こういうのは女が先に入ればいいんだって」
「何よ、私の方がお姉ちゃんなんだから、弟の祐麒が言うことをききなさい」
「そういう問題じゃないだろ、体の弱い方が先に」
「そんなのだめだってば」
ぎゃあぎゃあと言い合う。こういう時に限って祐巳は年上ぶり、しかも強情でなかなか引こうとしないものだから困る。そうこうしているうちにも時間だけが過ぎ、本格的に寒気が襲い掛かってきて互いにくしゃみをする。
無意味に言い争いをしても仕方なく苛つく祐麒だったが、いいことを思いついて口を開いた。
「……わかったよ、じゃあ入ればいいんだろ」
「やっとわかってくれた?」
「その代り、祐巳も一緒に入れよ。同時に入れば、こんなくだらない喧嘩する必要もないだろ?」
「え…………」
「これが、俺が先に入る条件だ。じゃなきゃ、祐巳が先に入れ」
さすがにこれなら、祐巳の方が先に入るだろう。いくらなんでも、一緒にお風呂に入るなんて首肯するわけがない。
「…………私も一緒に?」
「おう……な、なんだよ、別に変な意味はないぞ。早く温まらないと風邪ひくし、一緒だったらすぐに温まれるし、それにほら、こ、恋人同士なら一緒にお風呂くらい、入ったって変じゃないだろ」
祐巳に見つめられ、しどろもどろになりながらそんな風に答える。
「だから、な、いいだろ。それに早くしないと……っくし! ほら、風邪ひいちまう」
「……もう、そこまで言うなら」
渋々といった感じで頷く祐巳。まさか本当にOKしてくれるとも思わなかったので、気が変わらないうちにさっさと入ってしまおうと洗面所に向かう。
「あ、と、先に入っていて。私、着替えもってくるから」
「ああ、おう、分かった」
勢いを殺がれるようだったが、素直に頷いて風呂場に直行する。濡れて張り付く服を脱ぎ捨てて、震えながら風呂場に入ってシャワーの栓をひねる。熱いお湯になるのを待ち、やがて丁度良くなったところで頭からかぶると、冷えていた体が急速に温まっていく。
「あー、生き返るっ!」
と、心地よく浸っていると。
『……祐麒。入るから、目、つぶっててくれる?』
いつの間に戻ってきたのか、脱衣所から祐巳の声が聞こえてきた。
「お……おうっ」
もともと入口から背を向ける体勢になっているのだが、それでも祐巳の言われるままに目を閉じる。
扉が開き、祐巳が中に入ってきて、祐麒のすぐ後ろで止まるのが分かった。
「ゆ……祐巳?」
「うん……い、いいよ、目を開いても」
祐巳に言われ、ゆっくりと目を開いて首を捻って視線を後ろに向けると。
「――――じゃーん、水着でしたっ。何、もしかして期待してた?」
「……いや、そんなことだろうとは思っていた」
何パーセントかは期待していた部分もあったが、こんなことだろうなとは思っていた。それでも、水着姿が見られただけでも僥倖だと思う。何せここ数年、祐巳と一緒に海やプールなんか行ったことないから、水着姿をみるのさえ久しぶりなのだから。
「うう、寒い寒い、ほら祐麒は温まったんでしょ、場所譲ってよ」
花柄のビキニ姿の祐巳が、手で股間を隠している祐麒の前に割り込んできて熱いシャワーを体に浴びる。
「うぅ、生き返るぅ」
そして同じ台詞を口にする。
そんな祐巳を真後ろから見る格好になっているわけだが、水着のブラによってつくられている胸の谷間、細い腰回りにビキニパンツから伸びる太腿、そういったものにどうしたって目が奪われてしまう。
「な、なあ。祐巳」
祐巳の肩に手を置いて呼びかけると、祐巳は「ん?」と言いながら首を捻り、祐麒の方に顔を向けた。
祐麒はそのままそっと顔を近づけていく。公園でのことはなんとなく有耶無耶になってしまった感じだったので、改めて求めたいと思ったのだ。祐巳だって嫌がってなかったし、今の状況なら大丈夫だろうと。
ところが。
「……ぶあっ!? ななな、なんだっ!?」
「あはははっ、変な顔ー」
近づけた顔面に思い切りシャワーのお湯を浴びせかけられ、わたわたとしてしまった。
「ちょ、祐巳……ぐはっ、は、鼻に入っただろが!」
「あははははっ」
タイミングが悪かったのか、結局、キスすることは出来なかった。
そのまましばらくして温まったところで、今度は不意に祐巳の方から首を捻って祐麒を見てきた。
「せっかくだから、背中でも流してあげよっか?」
「い、いいよ、そんなん別に」
「まあまあいいから、ほら座って」
と肩を掴まれて風呂椅子に座らされる。内心では洗ってもらいたいと思っていただけに、半ば強引な祐巳に感謝しつつ背中を流してもらう。
「どうですかお客様、気持ちいいですか?」
「ば、ば、馬鹿、何言ってんだよ」
焦る祐麒。"お客様"って、どういう意味で使っているのか訊きたくなるのを必死に堪える。そうでなくても、時折祐巳の指が背中に触れてきて、色々と気になって仕方ないというのに。
「――これくらいかな。じゃあ、次は前も洗ってあげようか?」
「な、何考えてんだよ、そんなことできるわけないだろ」
祐巳は水着かもしれないが、祐麒は素っ裸なのだ。かろうじてタオルで下半身を隠しているが、前になんてこられたらたまったものではない。
「恥ずかしがっているの? じゃあしょーがないな、これならどう?」
「うぇあっ!?」
変な声を上げてしまったのも仕方がない、祐巳は背中から抱きつくようにして手を前に持ってきて、その格好で祐麒の胸を洗い始めたのだ。
「これなら見られないから、恥ずかしくないでしょう?」
「う……お、おぅふ」
見られはしないが、胸が背中にあたっている。水着なら肌も露出しているわけで、ボディソープで泡立った祐麒の肌に触れ合い、むにゅむにゅ、にゅるにゅると滑っている。これではまるで、祐巳の体で洗ってもらっているみたいではないか。
背中にばかり意識が向きそうになるが、そうもいかない。
「……っ、あ」
「ん、どうかした、祐麒?」
「い、いや、なんでも……」
前に回された祐巳の手は泡立ったスポンジを握っているが、洗う際に指が祐麒の乳首のあたりをかすめた。その瞬間、電気が流れたみたいに痺れた。
祐巳は右手でスポンジを握っているが、空いている左手は素手のままで胸板を撫でまわしている。意識しているか分からないが、指先が乳首を撫で、転がし、集中的に攻めてきて声が漏れ出そうになる。その間も背中には胸が押し付けられている。
スポンジは胸から徐々に下がっていき、お腹、そしてお臍のあたりを丁寧に洗ってくれるが、なぜか左手だけはいつまでも胸の部分に留まって刺激をし続けている。
「ゆ、祐巳、さすがにそれ以上下は、もういいから」
「ん、そう?」
するとあっさりと祐巳は体を離した。タオルで隠されているとはいえ、既に下半身は限界突破していて危険な状態。
祐麒は立ち上がることも出来ず、結局は祐巳の方が先に風呂を出るまで何かと理由をつけては風呂場に居残ることしか出来なかったのであった。
シャワーを浴びて出た後は夕食である。今日は外出していたということもあり、レトルト食品を使用した簡単なものですませた。
夕食を食べ終え、リビングでテレビを見ながら過ごす時間。
「祐巳、麦茶飲むか?」
「あ、うん、ちょうだい」
冷蔵庫からコップに麦茶を注ぎ、リビングへと戻る。
「ほらよ」
「さんきゅう」
ソファの上、祐巳の隣に腰を下ろしながらコップを渡し、自分自身も麦茶を喉に流し込む。同じようにコップに口をつける祐巳を見ながらコップをテーブルの上に置くと、なるべくさりげなく祐巳の肩に腕を回す。
祐巳は特に嫌がる様子も見せず、テレビの画面を注視している。
そのまま祐麒はゆっくりと祐巳の横顔に顔を近づけていく。祐巳は逃げない。そのまま祐巳の顔の前に出て、更に近づこうとすると。
「あ、ちょっと、見えない」
ぐいと、手で顔を押しやられてしまった。
「わ……悪い」
しょぼん、という感じで元の位置に戻る祐麒。
実は夕食の準備をしている時も、背後から寄ってさりげなく唇を寄せようとしたのだが、支度の邪魔だとあしらわれてしまったのだ。
公園でのことは本当だったのか、現実だったとしても、生クリームをとるという口実があったから出来たことだったのだろうか。祐麒はがっくりと落ち込み、全く頭に入らないままテレビを観ていた。
やがてCMに入ったところで祐巳がコップを持って立ち上がる。
「祐麒はおかわりは?」
「俺はいいや」
歩いて行く祐巳を横目で見送り、画面に目を戻す。今日はかなりいい感じでいけると思ったのだが、甘かったのか。
ため息をこぼしながら目を閉じれば、思い浮かぶのは唇の感触、そして風呂場での感触。どちらも忘れ難いものであった――
「うひゃあっ!?」
突然、頬に冷たい無機質な感触を受けて、悲鳴をあげる。どうやら冷えた麦茶を入れたコップを押し当てられたようだと知る。
「おまっ、祐巳、お前なっ」
ぼうっとしていてまるで気が付かず、そんな恥ずかしさを隠すように怒りを見せながら上半身を捩って振り返る。
その瞬間、視界が奪われると同時に唇も奪われていた。麦茶でひんやりと冷えた、柔らかな瑞々しい感触が伝わってくる。
「…………な、な、祐巳、いったい」
唇が離れた後、動揺しつつ祐麒はとりあえずそれだけを問うと。
「だって祐麒ったら、お風呂のときも、ご飯の支度の時も、さっきも、したくてしたくてたまらないって感じだったじゃない。で、さすがにちょっと可哀想かな~って思って。ほら、恋人同士なら別に私の方からしてあげたっていいでしょ?」
小首を傾げ、ぺろりと小さく舌を出す祐巳。
「でも今のは、『と・く・べ・つ☆さーびす』だからねっ」
そう言って麦茶を祐麒に手渡すと、ひらりと舞うようにして祐巳はリビングを出て行こうとして扉のところで立ち止まり。
「……今日のデートは結構楽しかったから、そのご褒美ということだからね」
と言って姿を消した。
呆然と祐巳の消えた先を見送った祐麒は、今日一日のさまざまな祐巳のことを思い出して頭を抱え。
「…………あと半年は困らねぇ」
などと呟き。
麦茶を一気に飲み干した。
「――――ッ!!!!? 辛っ、辛ーーーーーーーーっ!!!!!!!」
祐巳に振り回されまくっているわけだが、それでも幸せな祐麒。
そして、三日目の夜を迎える――――
おしまい