巨大なテーマパークの一角に、アトラクション類とは全く異なる一角がある。"ワールドショッピングモール"と呼ばれ、要はその名のとおり大きなショッピングモールで、テーマパークのグッズをはじめ、様々な商品が売られている。飲食店も多数あり、テーマパークを楽しむには厳しいお年寄りや、あるいは単にアトラクションに興味がない人でも楽しめるようにと併設された。
もちろん今は、ほとんどの店のシャッターは降ろされ、店内に商品などは残っておらず、かつてそこが華やかだったと示すものは、せいぜい建物の外観くらいのものであった。
その建物の一つの中で、伴真純は息を殺して潜んでいた。気づいたら店の床で寝かされていて、それ以来ずっと、同じ場所に残っている。
一度だけ、店の外に顔を出して周囲を見てみたが、ひっそりと誰もいないショッピングモールは、まさにゴーストタウンといった様相で、怖くなってすぐに中に引っ込んでしまった。
これからどうすればよいのか分からないが、とりあえず、この建物の中にいれば少しは安全だろうと考えた。何しろ、店は他にもたくさんある。その一つ一つをしらみつぶしに探そうとする人がいるとも思えないし、たまたまこの店に入ってくる、なんて偶然もそうそうあるとは思えなかった。
なんで、こんなことに巻き込まれてしまったのか。リリアンみたいな有名なお嬢様学校で、まさか「プログラム」に参加させられるなんて誰が予測できるか。
リュックの中には固形食糧もあったけれど、とてもじゃないが食欲なんてわいてこず、水を少し口に含んだだけ。それでも空腹は感じない。
手にしているのは、テニスのラケットであった。リュックに入っていた支給された武器だが、これでどうしろというのか困惑するだけ。それでも、心細さを解消するために、手に持っていずにはいられなかった。
どうして自分がこんな目に、何度、同じことを思っただろうか。
果たして、いつまでここに隠れていればいいのか分からないが、少なくとも、何かが起きるまでは動きたくないし、動けそうもない。
そう、思って何度目か分からないため息を吐き出したとき。
表の方から、小さいが、何か金属が地面に落ちたような、硬く響く音が聞こえた。
真純は体を硬くする。息をひそめ、耳を澄ますが、その後は特に何も聞こえてこない。だが間違いなく、誰かがこのショッピングモールにいるのだ。すぐに去ってくれれば良いが、徘徊されると、嫌だ。
しばらくじっとしていたが、やがて辛抱たまらなくなり、真純はそっと外の様子を覗ってみることにした。怖いことは怖いが、誰かがいるかいないかも分からずにじっとしていることの方が、怖かった。
ゆっくりと店の外に顔を出して、左右を見る。誰もいない。慎重に、音を出さないように外に出て、音がしたと思われる、入口の方向に向かって歩き出す。
お店そのものを背にして、左右を気にしながら一軒、もう一軒と進むが、やはり誰もいない。
誰かがいたのだとしても、既にどこかへ去ってしまった後なのか。とにかく、いつまでもうろうろしている訳にもいかず、元の店に戻ろうと体を反転させる。
真純がそう動いたのは、ただの偶然だった。なんとなく、もう一度、後ろを確認しようと振り返る。つられるように、手にしたラケットが顔の前で回転すると、真純に向かって飛んできた何かがラケットに弾かれ、あさっての方向に飛んでいった。
「――え?」
黒い、それこそボールくらいの物体は回転しながら鈍い音を立てて地面に落ち、そして、爆発した。
大きな音と爆風とともに、手足に突き刺さる痛み。声もなく、ただその場に尻餅をつく真純。
呆然とする真純だったが、頬から流れ落ちる汗を拭い取り、そして驚愕する。指についたのは汗などではなく、ぬらりと鈍く光る血であった。頬だけではない、スカートから出ている脚の脛あたりからも、血が流れている。
ラケットに弾かれた手榴弾は、爆発こそしたものの真純からは離れており、至近距離であれば人を殺傷する破片も、浅く傷を負わせるだけにとどまったのだ。
そして真純は見た。
手榴弾が飛んできた方向、店の影から真純の方の様子をうかがうように顔を出した人物を。
「あ……浅香、さん……っ」
林浅香であった。
次の瞬間、浅香はさらにもう一つ、手にした手榴弾を投げ込んできた。
真純にとって幸運だったのは、浅香も手榴弾の扱いに慣れていなかったこと。手榴弾のレバーを外した直後に投げてきているので、爆発まで数秒の猶予があり、また投げられた手榴弾も、真純のかなり手前で止まった。
慌てて真純は、這うようにして逃げ、背後からの爆発に押されるようにして、建物の影に逃げ込んだ。
「あ……さか……っっ!!」
間違えようがなかった。間違いなく浅香で、明確な意思を持って、浅香は真純を殺しにきていた。
浅香と真純には因縁がある。あのことを、やはり心の奥底ではずっと、恨みに思っていたのか。だから、躊躇なく攻撃できるのか。その気持ちは分からなくもないが、だからといって真純だって、このまま坐して死にたくはなかった。
かといって、手榴弾に対してテニスラケットでは、話にならない。幸い、怪我はたいしたことなく、走ることもできる。
ラケットを握りなおし、真純は走り出した。とにかく今は、逃げなくてはいけない。手榴弾は、狭い場所、閉じられた空間で威力を発揮するものだから、外の広い空間にいる限り、そこまでの脅威ではないのだが、ただの女子高校生である真純には、そこまでは分からない。
とにかく、走って逃げる。
真純自身も逃げたルートなど覚えていないが、とりあえず物陰に隠れながら、大通りを一直線に走る、なんてことにならないよう、進んでいく。
やがて、ショッピングモールの入口が見えるあたりまでやってきて、後ろから誰も来ないことを確認して、ほっと息をつくが、安心してもいられない。リュックを含め、必要な荷物は店に置いたままなので、戻らなければいけない。だが戻ったら、浅香が待ち伏せをしているかもしれず、真純は迷った。
迷いながら、店の陰から足を踏み出す。
すると建物の角を挟んで、真純ではない、誰かの影が地面に伸びていた。
目を見張り、真純は咄嗟にラケットを振りかぶり、相手を叩こうとした。テニスラケットとはいえ、至近距離で殴ればダメージも与えられる。
何より、相手が
「浅香ぁぁっ!!!」
因縁の相手ならば。
普段は大人しい真純でも、己の生命が危機に晒されれば、ほんの少し前に手榴弾で攻撃されるという異常な状況の中では、平静ではいられない。
しかし。
「――え?」
振り上げた右手が、止まる。
真純は不思議そうに見おろす。自分の胸から生えている棒を、じわじわと黒い染みが広がっていく制服を。
そしてゆっくりと、地面に膝をつき、そのまま後ろ向きに倒れる。
「ひっ……あ、あ……」
目の前には、目を大きく見開き、震える一人の女子生徒。
「うそ……でしょう? あの、ちょっと」
信じられない、といったような表情で、小さな声で訊いてみるが、真純は答えずに細かく痙攣している。
二年の、軽部逸絵だった。逸絵が手にしているのは、彼女に支給された武器であるボウガン。
ショッピングモールで何やら音を聞いた逸絵は、ボウガンを装備したまま、おそるおそる様子を見にやってきた。ボウガンは、相手が攻撃的であれば牽制するためにと、いつでも発射できるように持っていたのだが、いきなり襲いかかってきた真純に驚き、反射的に撃ってしまったのだ。
逸絵の腕が良かったというよりも、至近距離で、真純がボウガンの前に勝手に飛び出してきて当たったという方が正しいだろう。
「違う……私は、ただ、いきなり襲いかかられたから、自分を守ろうとして、それだけ」
目が、相手の手にしたラケットを見る。
殺傷能力のない武器。
「違う違う違う、私は悪くない、この人が私に殴りかかってきたから、そうよ、ラケットだって、打ちどころが悪ければ死ぬかもしれない。だから、仕方なかったのよ」
目をそらす。
真純の胸から突き出たボウガンの矢、そしてその周囲に広がる染みは、真純の生命力が漏れ出した証し。
「私は、悪くない……っ!!」
身を翻し、逸絵はその場から逃げだした。
後には、倒れた真純だけが残される。
撃たれて、真純は即死したわけではなかった。だが、運の悪いことに矢は急所を貫いていた。
不思議と痛みはそれほど感じないが、体が重く、とても動けそうになどない。どうにか目を開けようとするが、視界すらもはっきりとしない。
喋ろうとして、口から血を吐きだす。
もはや、言葉を紡ぐこともできない。考えることも億劫になってきた。
「…………」
最後に、力を振り絞って何かを呟いた。
誰か、人の名前のようだったが、その名を聞いたものは誰もいない。
血だまりが広がり、やがて二度、痙攣して、真純の生命活動は停止した。
【残り 27人】