あっという間に日は流れ、デート当日となった。
待ち合わせ場所で会って少し話をして、まず釘を刺されたのが、
「私達、お付き合いしているんだから、いつまでも他人行儀に"鳥居さん"なんてやめてくれる? ましてやせっかくのデートなんだから、お店と同じように名前で呼んで頂戴」
ということ。
バイト先は異空間ということもあり、"江利ちゃん"と呼ぶことに抵抗は感じなくなっていたが、日常でいきなりは無理である。なので、間をとって"江利子さん"で妥協してもらうことにした。江利子さんは多少、不服そうではあったが。
そんな江利子さんとのデートは、行き先は意外なことに野外ライブとなった。電話で話しているうちに、祐麒が口にしたその単語に江利子さんが反応を示し、ちょうどデート予定日にお互いが知っていて好きなバンドのライブが行われるということで、チケットを探してみたらまだ空きがあってと、とんとん拍子に決まってしまった。
ライブが行われるのは夜で、夏も終わっているため少し涼しいが、それ以上に熱気が身体を熱くする。
江利子さんは、普段はスカートが多いのだが、今日は野外でのライブということを意識してなのか、珍しくパンツ姿であった。
グレージュのシャツカーディガンは、胸部分はシャーリング。衿にもシャーリングが入っている。六分袖の下からはカットソーがのぞき、レイヤードスタイルとなっている。
パンツはタック入りのブラウンのショートパンツで、更にその下には刺繍の入ったブラックの膝下丈スパッツ。
髪型はいつもと同じだが、女の子らしいスカート姿ばかり見慣れていた祐麒にとって、今日の江利子さんの姿は何となく新鮮に感じられた。
色々ありながらもライブは予想以上に盛り上がり、江利子さんも祐麒も十分に楽しんだのであるが、問題は帰りに起きた。
まず、群集の波に押されて江利子さんが躓いて足を挫いた。加えて、ライブ中にアルコールを摂取していた。勿論、未成年である祐麒たちが口にして良いものではないのだが、
その場の勢いというか、ライブの興奮の中でつい箍が緩んでしまった。その結果が今、祐麒の背中に押し付けられている。
「ごめんね、祐麒くん」
「しようがないですよ、歩けないんですから」
江利子さんをおんぶしての、夜の帰り道。いくら女性だといっても体重が無いわけではないし、祐麒もまだ成長期の高校一年生、辛くないわけではないが口には出さない。
周囲に、人の姿はほとんどない。
もともと、野外ライブ自体が少し外れた場所で実施しており、加えて怪我した江利子さんに手当てをして、背負って歩いているのだから、他の観客達より圧倒的に遅くなっているのだ。
暗い道を、ゆっくりとした足取りで歩く。
背後から感じる江利子さんの吐息は、お酒の匂いがする。調子に乗って祐麒よりも随分、飲んでいた記憶がある。
「江利子さん、気持ち悪いとかないですか?」
「ん……大丈夫。うう、情けないなあ、私の方が年上なのに」
「困ったときは、そうゆうの関係ないですよ」
「…………」
返事は無かったが、祐麒も特に言葉を加えることなく無言で歩みを進める。
そのまま五分ほど歩いたとき。
不意に、首の後ろから回されていた江利子さんの腕に力が入り、ギュッと祐麒に抱きついてきた。
鼓動が一際、弾む。
「え、江利子さん? どうかし」
「はぁ……祐麒、くん」
色っぽい声が、熱い息とともに耳元に吹きかけられる。
身体に痺れが走り、急速に熱くなってゆく。
「江利子さん、あの、具合でも?」
「……あ、まずい……」
「江利子さん!?」
「祐麒くん……と、トイレ」
「―――は?」
「トイレ、お願い早く……ぅ」
「ええええっ!?」
祐麒の身体を掴む江利子さんの手に、更に力が入る。
どうやらアルコールの取りすぎで、生理現象が急激に襲ってきたらしいのだが、周囲を見渡して祐麒は焦る。
何しろ夜のそれなりに遅い時間、繁華街でもない場所のため開いている店も見つからない。明かりはといえば、晴れて天気が良いために見える夜空の星と、街灯の光り、そしてしばらく先に見えるホテルの看板の輝き。
「……え」
もう一度、左右を見回してみるが、他に店は見当たらない。しかし、だからといって明らかにソッチ系のホテルに入るというのはどうなのだろうか。いくら緊急事態とはいえ、そんな漫画みたいな状況にするわけにはいかないだろうと、理性が動く。
「お願い、ちょっと、限界」
「わ、分かりました!」
理性は残っていたが事態が暇を与えず、祐麒は江利子さんを背負ってホテルへと足を速めた。
ラブホテルの豪奢な室内で、気まずい雰囲気の二人。
江利子さんは俯いて微妙に涙目。祐麒は、意外なほどに落ち着いていた。
「……ご、ごめんなさい」
真っ赤になりながら、ようやくそれだけのことを口にする江利子さん。
「バスローブはこれですね。江利子さん、先にシャワー浴びてください」
「ええと、でも」
ちらりと、浴室に視線を向ける江利子さん。
追いかけてみると、ガラス張りで室内から丸見え状態の浴室内。
「あ、あ、俺、声かけられるまでトイレに入ってますから!」
愚図る江利子さんを半ば無理矢理押し込めるように、浴室に入れ込む。何か優しい言葉をかけられたら良いのだろうが、生憎、女性と付き合った経験のない祐麒には、何を言ったらいいか分からなかった。だから、下手なことを言わず、江利子さんが落ち着いてくれるのを待ったほうが良いだろうという結論に達したのだ。
どのような事態に陥ったのかについては、説明は省かせてもらう。
逃げ込むようにしてトイレに入ること三十分ほどして、声がかけられる。出てみると、シャワーを浴びた江利子さんは、バスローブ姿ではあったけれどすっかり落ち着いているように見えた。
髪の毛が下ろされているところを初めて目にして、息をのむ。しっとりと水分を含んだ髪が額に、頬に流れ落ちて、色っぽさを増加させている。
「……? どうかしたの、祐麒くん」
「いえ、あの、江利子さん、家に連絡とか大丈夫ですか」
「あ、そうね。蓉子達に口裏あわせてもらうよう言っておかないと」
「え?」
「ほら、男の子と外泊なんて言ったら、許されないから。今日も蓉子達と遊びに出かけていることにしているし。蓉子の家に泊まると言っても、ね」
「そ、そうですよね」
言われて改めて、事の大きさを認識する。今となっては泊まるしかないのだろうが、即ちそれは年頃の男女が外泊するということで、普通に考えれば色々と勘繰られてもおかしくないのだ。
「じゃあ、ちょっと俺もシャワーを浴びてきますから」
「あ、じゃあ私が今度はお手洗いに」
「あー、いや、いいですよ。見ないようにしていてくれれば」
さすがに、短時間とはいえ江利子さんをトイレに篭らせておくというわけにもいかない。幸い、男は下半身さえ気をつければ、まあ何とかなる。
「……わかったわ。でも、もし見ちゃったら、ごめんなさいね」
そう言って、江利子さんはホテルに入ってから初めて、わずかに笑ってみせた。
浴室に入った祐麒に背を向けるようにして、江利子は電話をかけた。
『あれ、江利子? どうしたの、珍しいじゃない江利子から電話なんて』
「あ、聖よかった。ちょっとお願いがあって」
『お願い? あれ、確か今日、デートとか言ってなかったっけ』
「うん、そのことでお願いなんだけれど、今日、聖と一緒に蓉子の家に泊まったことにしてくれない?」
『はぁ!? なんでそんなこと……って、まさか江利子、あんた?』
「それが、ちょっとのっぴきならない事情で、帰れなくなっちゃって」
『のっぴきって、あんた今、どこにいんのよ』
「ええと……某所のホテル」
『うわ! マジで……ま、そりゃいいけどさ。あー、でも江利子、女になっちゃうんだ?』
「バカ、変な勘違いしないでよ。そうゆうのではないから」
『えー、でも彼と泊まるって、結局はそういうことなんでしょう? 彼は今どうしてるの』
言われて、ちらりと浴室に目を向けてみると、裸となってシャワーを浴びている祐麒の肉体が目に入り、少しばかり赤面しながら顔を戻す。
「今はシャワーを……あ」
『ほーら、やっぱり! あー、ま、分かった、頑張って。蓉子には上手くあたしから言っておくから。だから、あたしにかけてきたんでしょう?』
「まあ……ね」
『OK、じゃ、上手く言っておく。小父様には?』
「お願い、出来る?」
『了解、江利子は風呂に入ってもう寝たことにしておくね。蓉子にお願いするわ、あの子の方が信頼されているし』
「ありがとう」
『いいよ、友達でしょ。そのかわり、月曜には報告よろしくね?』
「うー、分かったわよ、じゃあよろしく」
『はいよ……あ、江利子』
「なに?」
『まあ好きにしたらいいけれど、とりあえず避妊はした方がいいと思うよ?』
「ばーか」
電話を切る。
何はともあれ、これで家族に対してはなんとかなるだろう。両親も兄も、蓉子と聖のことは無条件で信頼している。
むしろ問題は、これからの自分のこと。
聖には違うといったが、果たしてどうなることか。ラブホテルに入り、シャワーを浴びて江利子は今や、バスローブを羽織っているだけの格好である。彼がシャワーから出てくれば、また同じ格好であろう。
裸に近い格好、一つのベッドで、二人の男女。
彼がその気にならないとは、言い切れない。むしろ、その気になることのほうがごく自然であろう。
もしそうなったとき、江利子は断れるだろうか。そもそも、今の事態を生み出した原因は江利子にあるのだ。迫られたとして、彼を批判できない。
やはり、そういうことになってしまうのだろうか。
考え出すと、急に、鼓動が速くなり、緊張し始めた。
「うわ、どうしよう……」
胸をおさえながら、ベッドに横になる。天井が高い。
聖に言われたとおり、女になるのだろうか。本当に男女として付き合っていれば、いずれは自然とそのときもくるのだろうが、今日のことは想定外だった。心の準備も何も出来ていない。
珍しく戸惑う心を持て余したまま、江利子はただ何も出来ずに天井を見つめていた。
緊張した面持ちで祐麒が浴室から出てくると、ベッドの上で横になっている江利子さんの姿が目に入ってきた。
恐る恐る近づいていって声をかけてみたが、反応はない。更に近寄ってみると、規則正しい寝息が聞こえてきた。
ライブではしゃぎ、アルコールを摂取して、怪我をして、知らないうちに疲れもたまっていただろうし、またシャワーを浴びて落ち着いたということもあるのだろう。きっとベッドに横になっているうちに、いつの間にか眠りに落ちてしまったのだ。その証拠に、シーツを被ることも無く、バスローブ一枚という格好で無防備にその体をさらしている。
覗いて見える胸元、むき出しの脚が眩しくて、目をそらす。
祐麒とて健全な青少年、露わになった胸元、太腿に触れてみたい誘惑に襲われる。無意識のうちに江利子さんの胸の膨らみの方に手が伸びているのに気がつき、慌てて引っ込め、出来る限り心を無にしてシーツを体の上にかけてあげる。
誘惑はあるが、江利子さんとは正式な恋人同士というわけではない。それに、女性としたら他人には言えないような恥しい姿を、祐麒に見られてしまっているのだ。きっと内心は乱れているだろうし、弱みに付け込むような真似はしたくない。そういうことは、本当に江利子さんと恋仲になったときに、するべきだ。
室内のソファに座り、目を閉じる。
しかし、今のシチュエーションのせいか目が冴えて眠気は全く無い。これから朝まで、あるいは眠気が訪れるまで、自分との戦いだと言い聞かせて祐麒は意識をベッドから引き剥がそうと努力するのであった。
目を覚ますと、既に朝になっていた。夜明け頃にうとうとして、そのまま寝てしまったようである。頭を振り髪の毛をかきながらベッドを見てみると、江利子さんはまだシーツにくるまるようにして眠っていた。
起こさないように、ゆっくりと近づくと、無邪気な寝顔が飛び込んでくる。
「ん……」
祐麒の気配に感づいたのか、江利子さんが身じろぎする。呼びかけてみると、シーツの中でもぞもぞと動く。
「うー、……朝?」
目を擦りながら、寝ぼけ眼を向けてくる。
寝起きはさほど強くないのか、意識はまだ鮮明になっていないようである。そんな様子の江利子さんが妙に可愛らしく見えて、つい笑いそうになってしまう。
昨日から、様々な江利子さんを見た。
初デートに浮かれ気味で、野外ライブでは興奮して楽しそうにはしゃぎ、アルコールを飲んでほろ酔い加減になると途端に色っぽくなった。ホテルでは恥しさに身を縮めたかと思うと、子供みたいに無邪気な寝顔を見せ、今また無防備な寝起きの姿を晒している。
今まで、バイト先や帰り道など、江利子さんの表情はどちらかというと"作ったもの"みたいに感じていた。
それが、昨日から今日にかけては素の江利子さんというものを見せられているようで、祐麒としては新鮮さと、新たな魅力をずっと胸に刻み続けられているのだ。
「おはよう……」
祐麒の気持ちなどもちろん知らず、もう一度寝ぼけ眼を擦りながら、もう片方の手をついて体を起こす江利子さん。
祐麒の笑いが固まり、心臓が止まりそうになる。
体にかかっていたシーツが滑り落ち、姿を現したのは、寝ているうちに乱れたのか、バスローブがはだけて美しい肢体が惜しげもなく晒しだされた江利子さん。
「う……あ……あ」
声もなく、でも目をそらすことも出来ない祐麒。頭に血が昇るのが自分で分かる。
一方。
「え……きゃっ」
頭が回転していないのか、ようやく自分の姿に気がついた江利子さんが、可愛らしい悲鳴をあげてシーツで体を隠す。赤くなった顔の目から上の部分だけがシーツから覗いて見えて、その姿がまた可愛くてノックアウトされそうになる。
「見られちゃった……?」
恥しそうに見上げてくる江利子さんに。
「す、すみませんっ!」
今さらながら、背を向ける祐麒であった。
その後、祐麒が一度外に出て購入した女性用の下着とスカートに江利子さんは着替え、ホテルを出た。幸い、外出もOKでチェックアウト時間も12時までのホテルだったので、買い物をしてからのチェックアウトでも、余分なお金は払わずに済んだ。
二人はそのまま、バイト先へと足を向けた。迂闊なことに、昨日のシフトを代わってもらったために今日の仕事が朝からだということを失念していたのだ。
大幅な遅刻をして仕事に入り、一日の仕事が終わったところで案の定、店の仲間からの質問攻撃が始まった。
「ね、ね、ユキちゃん。昨日の江利ちゃんとのデートはどうだったの? 二人して仲良く遅刻してくるなんて、やっぱり……」
「え、ええと」
言いよどんでいると、江利子さんもまた他の人に囲まれながらやってきて、思わず目が合う。
「シフトも交代した挙句、今日は大遅刻してみんなに迷惑かけたんだから、きちんと報告してもらわないとねえ?」
麻友さんも、楽しそうな顔をして訊いてきて、逃れられそうも無い。
祐麒は江利子さんと二人並んで立たされ、まるで記者会見の様相を呈してきた。困った視線を江利子さんに投げると、江利子さんは一つ息をつき、皆に向けて口を開いた。
「皆さん、待ってください。ちゃんと、言いますから」
途端に、静かになる一同。
皆の視線が、二人に集まる。
ごくり、と誰かが唾を飲む音が聞こえる。祐麒もまた、江利子さんが何と言うのか、内心ではどきどきしていた。
「えー、結論を言うとですね」
そこまで口にしたところで、それまで済ましていた顔の江利子さんが、急にもじもじした表情になり、瞳を潤ませ、手で口元をおさえる仕種を見せる。まるで、漫画やアニメのアイドルが見せるように。そして、恥しそうな素振りで、続きを言う。
「……私、ユキちゃんにお嫁に貰ってもらうしかないカラダになっちゃいました」
と、のたまった。
「ちょ、ちょっと、江利ちゃん!?」
祐麒が抗議をしようとすると。
「だって、あんなコトになって、私もうユキちゃん以外の人のお嫁さんになんて……考えられない」
濡れた瞳で見上げてこられて、一瞬、心が揺れかかるが、手で隠された口元からぺろりと出された舌が覗いて見えて、心ではなく頭が揺れた。
江利子さんは、この事態ですら楽しんでいるのだ。
そして祐麒が立ち直る時間を得る前に、皆が騒ぎ出す。
「うわーっ、やっぱりそうだったんだ! まあ、そうよね、状況証拠が全てを物語っていたものね」
「……え、状況証拠?」
問い返すと。
「まず、二人仲良く一緒に大遅刻」と、澄香さん。
「二人とも同じシャンプーの香り」と、麻友さん。
「荷物の中には、デート先である野外ライブのパンフレットが入ったまま」と、恭子さん。
「仕事中、いつもは仲良い二人がどこかわざとらしい他人行儀さ」と、成海さん。
「江利ちゃんの服の上下の不揃いさ、髪型の乱れ」と、亜子さん。
「そして何より、更衣室に落ちていたラブホのレシート」と、理於奈さん。
「うあああああああああ」と、頭を抱える祐麒。
「あ、あと、あたしたちのコメントを聞いてのユキちゃんの表情ね」と、可笑しそうに付け加える麻友さん。
「おめでとう、江利ちゃん。ね、ね、どうだった、痛かった? 気持ちよかった?」
「スカート替えたの、汚れたからって聞いたけど、それってやっぱり……」
「えー、じゃあ服着たまましたの? 着エロ? ユキちゃんてそんなに激しかったの!?」
皆が好き勝手に言いながら迫ってくるのを、ただ声もなく受けて立ち尽くすだけの祐麒だったが、どうにかしないといけないと、ここにきてようやく動いた。
「ちょ、ちょっと待ってください。こっちの話も聞いてください」
すると、一斉に目が祐麒に向けられる。
沢山のメイド姿の女の子達に見られると、思わず萎縮してしまいそうになるのは今も変わらない。
「何、ユキちゃん、言い訳でもあるの?」
「だから、そ、それは江利ちゃんが、我慢できなくて出」
言いかけて。
少し離れた場所から見つめてきている江利子さんの姿が目に入る。
身を小さく硬くして、顔を朱に染め、瞳はどこか潤んでいるようで。
祐麒が言おうとしていることを理解し、羞恥で素が出てしまっているのだろうか。ただ、とにかくその姿を見て、祐麒はうっかり余計なことを言いかけていたことに気がついた。
「何が我慢できないって?」
「あ、お、俺が」
「ん?」
「え、江利ちゃんが……あまりに魅力的だから、我慢、できなくて出ちゃっ……て」
取り繕おうとして、結局ろくなフォローもできず口にした言葉は最低なもので。
だが今さら変えることもできない。
「――やだ、ユキちゃんったら! やっぱりそうなんじゃなーいっ。惚気ちゃって、このこのっ。もう、そんなに江利ちゃんに魅入られたか」
「そ、そりゃ」
朝に目にした、江利子さんの裸身を鮮明に思い出し、一気に顔が熱くなる。祐麒が何を考えているのか悟ったのか、江利子さんもまたより一層顔を赤くする。
「あらあら、二人して初々しいのう。ま、若さゆえの暴発も仕方ないわよね。でも、その後はちゃんとうまくいったの?」
「え? あ、はあ、えと」
「まさか、その後も着衣プレイしたわけじゃないでしょうねー」
「ベッドってさ、どんなんだった? やっぱこう、弾力性に富んだ感じ?」
「ね、ラブホってどんな感じなの? あたし、入ったことないんだけど」
皆が歓声、嬌声をあげて、猥談へとなだれ込んでしまった。聞いている方が赤面してしまうようなことを言葉にしている女の子達。祐麒はれっきとした男なのだが、完全に忘れ去られているとしか思えない。
江利子さんも取り囲まれて、質問攻めを受けている。
状況証拠だけを見れば、確かに二人が関係を持ったのだと思われても仕方が無いが、祐麒としてみれば、いつの間にか外堀と内堀が次々に埋められてゆく事態に、言い知れぬ恐ろしさを感じずにはいられない。
バイト仲間が更に祐麒にも質問してきているが、何を訊いてきているのか、何を答えたらよいのか頭が回らない。
目だけを動かして、隣で皆からの質問に僅かに顔を赤くしながらも笑顔で応えている江利子さんを見ると。
祐麒の視線に気がついた江利子さんが、祐麒にだけ分かるように片目を瞑ってみせた。
その、小悪魔の顔を見て。
祐麒が江利子さんの恥しいことを知り、恥しい姿を見たはずなのに、どう考えても祐麒の方が弱みを握られたようにしか思えず、メイド姿のままで嘆息するのであった。