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マリア様がみてる 百合CP

【マリみてSS(江利子×蓉子)】煤汚れた頬に

更新日:

 

~ 煤汚れた頬に ~

 

 

 夕暮れ時の薔薇の館。
 卒業まで一ヶ月を切り、少しずつ館内の整理をしていた。学校に来る機会そのものが少なくなっているので、来たときにやっておかないと、いつになるか分からない。
 江利子は、慣れ親しんだ室内を見て周り、一階の物置と化している部屋を確認して、再び二階に戻ってきた。
 三年間過ごしてきたのだ、感慨がないわけはないが、感傷的になるほどでもない。ただ、かけがえのない時間を与えてくれたことに感謝はする。何よりこの場で、蓉子と一緒の時間を過ごすことが出来たことが、江利子にとって最高の贈り物だった。
 だけれども、それももう終わり。
 結局、いまだに自分の気持ちを伝えることが出来ていない。好きだけれども、伝えられない。二人は同じ、女同士。単に断られるだけならまだ良い。嫌悪感を抱かれ、人として拒絶されたらと考えると、怖くて伝えることができなかった。
 自分がこんなにも臆病だったとは知らなかった。
 始めは良かった。ただ、好きだという想いで蓉子と話し、仲良くして、蓉子との距離を縮めていった。だけれども、ある一定の距離まで縮めたところから、どうしても踏み込んでいくことが出来ない。
 蓉子を失うことが恐ろしくて―――

「蓉子。私は本当に、貴女のことを好きなのよ」

 口に出してみる。
 一人なら、こんな簡単に言えることも、いざとなると体が動かない。卒業を機会に告白するというのもよくあることだけれど、もしも失敗したら、卒業後にただの友人としても会えなくなるかもしれない。だから、踏み切ることができないでいる。

 いつまでも、うじうじしていても仕方が無い。紅茶でも飲んで帰宅しようかと、振り返ると。
 入り口の扉の前に、蓉子が立っていた。
「よ、蓉子……? い、いつからそこに」
 声が上ずるのが分かった。
 まさか、先ほどの独白を聞かれたのではないかと、胸の鼓動が速くなる。
「その、しばらく前から……だけど」
 蓉子にしては珍しく歯切れの悪いその口ぶりで、分かった。江利子の言葉を聞いていたのだ。その証拠に、目をあわせようとしない。いつも、正面から人の目を見て話す蓉子が、困ったように視線をさまよわせている。
 どうする。今ならまだ、笑って冗談だと済ませられるかもしれない。蓉子が来たことに気がついて、わざと聞こえるように呟いたとか。
 誰が来たのかなんて簡単に分かるはずもないのに、動転している江利子はそんなことを考えていた。
「あの、蓉子。い、今のは」
「江利子。あの……さっきの言葉は、本気、なの?」
 江利子が言うよりも先に、蓉子は聞いてきた。
 口にしようとしていた言葉が、喉につまる。無言の時が、二人の間をゆったりと流れてゆく。
 今さら、冗談にすることなど出来なかった。静謐ともいえる時間が、冗談にする機会を永遠に失わせてしまった。
 蓉子も、江利子の態度を見て理解したのだろう。顔を背け、落ち着かない様子で立ち尽くしている。
「変……よね、やっぱり。気持ち悪い、わよね。友達としてならまだしも、一人の人間として、女性として好きだなんて、同じ女に言われても」
 自嘲するように、言葉を紡ぐ。
 何かを言おうと口を開きかける蓉子を制するように、江利子は喋り続けた。蓉子の口から否定の言葉を聞くのが怖くて、ただ一人、話し続ける。
「こんな風に告白するつもりなんて、なかったの。蓉子に嫌な思いさせたくなかったし、仲の良い友達のまま、卒業するつもりだった。ごめん、だから自分勝手かもしれないけれど、忘れてくれると嬉しいな」
 本当に、勝手だ。一方的に気持ちを告げておいて忘れてくれなんて、何様のつもりだろう。だけれども、それが二人にとって一番良いことだと思えたから。蓉子に嫌われ、蓉子自身を不快にさせるくらいなら、その方が良いと考えたから。
 顔を伏せ、目を合わせないようにして、歩き出す。
 終わった。全て、終わった。せめて明日から卒業式までは、蓉子に顔を合わせないようにしよう。
 江利子は蓉子の脇を通り、外に出ようとした。
「ちょっと待ちなさいよ、江利子」
 腕を掴まれ、止められる。
「こっち向きなさいよ」
 向けるわけがなかった。おそらく今、酷い顔をしている。泣いてはいないけれど、どれだけ醜い顔をしているか、考えたくも無いし、そんな顔を蓉子に見られたくなかった。
 無理矢理にでもふりほどいて逃げようかとも思ったが、力が入らずに結局、その場に立ち止まってしまう。
「江利子」
 強い口調で呼ばれ、思わず肩を震わせる。
 おそるおそる、顔を上げてみると。
「もう、何一人で完結しているのよ」
 呆れた顔の蓉子。だけれども、決して江利子のことを拒絶しているようではなかった。苦笑するような、慈しみを持った瞳で見つめてくる。
 江利子の腕を掴んでいるのとは反対の手で前髪を撫で、ほっと息をつく。
 窓から差し込む冬の夕日の淡い光を受けて、蓉子の姿はオレンジ色に染まっている。
「ねえ。もう一回聞くけれど、さっきの言葉は、本気なのかしら……?」
「あの、だから、それは」
「私が聞きたいのは、イエスかノーかだけよ」
 言いよどむ江利子に対し、蓉子はきっぱりと退路を断つ。
 観念した江利子は、小さな声で答えた。
「……本気、よ」
 口にしてから、俯いたまま上目遣いでそっと蓉子の様子を窺うと。
「もう、そんな目で見ないでよ」
「だけど」
「そんなに怯えることないじゃない……ううん、そう思わせちゃっているのは私のせいよね。ごめんなさい、江利子」
 ぎゅっと、手を握られる。
 なぜ、蓉子が謝るのだろうかと思ってみると、蓉子は恥らうように身をきゅっとすくめ、江利子を正面から見つめてきた。
「……ありがとう。私もね、あの……好きよ、江利子のこと」

 え。

 今、蓉子は何と言ったのか。聞き違いで無いならば、江利子のことを好きだと言ったのか。
「私、てっきり江利子は私の気持ちに気がついているものだと思っていたから……そんなに江利子を悩ませていたなんて。ほんと、ごめんなさい」
「え、あの、蓉子、それって友達として好きってこと」
「そ、そんなわけないでしょう今さら。私だって、その」
 見れば、蓉子の頬は夕日とは異なる色で朱に染まっている。恥じらいのためなのか、心なしか目が充血しているようにも見える。
 本当、なのだろうか。
 だって、江利子も蓉子も、同じ女である。同性愛者というのは、世間的にはどうしても少数派であるし、まだまだ穿った目で見られがちだ。もし本気で同性に好きになったと告げられたら、気持ち悪がられる可能性の方がずっと高いと思ってきた。
 だから、すぐに信じられないのも無理はないというもの。まさか自分の気持ちが受け入れられるなんてこと、あるはずないと―――
「私も、江利子が、好き、よ」
 一句ごとに噛み締めるようにして、それでも蓉子ははっきりと口にして、江利子の手をさらに強く握る。
 蓉子が、自分のことを好きだという。
 その事実に、途端に顔に熱が集まってくる。生まれてきて初めて、自分の顔が赤くなっていくのを江利子は感じた。
「うわぁ……」
 感嘆ともつかぬ声を漏らして、江利子はへなへなとその場にくずおれた。
「ちょ、ちょっと江利子、どうしたのっ?」
「う、嬉しすぎて、腰が抜けちゃったみたい」
 まったくもって下半身に力が入らない。腑抜けというか、腰抜けというか、とにかく体がふわふわしてどうしようもない。
「しようがないわね。ほら、つかまって」
 蓉子が江利子の腕をつかみ、無理矢理に立ち上がらせようとする。しかし全く力が入らない江利子、女の細腕で一人の人間を起き上がらせるのには無理があり、江利子の腰が浮きかけたところで、逆に蓉子が支えきれなくなり、もつれるように床に転がってしまった。
「痛たたた、もう、江利子ったら、だらしない」
「ご、ごめんなさい。私も、まさか自分がこんなに腑抜けるとは思わなかったわ……って」
 目の前に、蓉子の顔。
 転んだことにより、仰向けになった江利子の上に、蓉子がのっかる格好となっていた。まるで押し倒されたかのような錯覚に陥り、またしても江利子の顔に血が昇る。
「江利子ってば、さっきから赤くなってばかり。そんなに純情だったなんて、ちょっと意外かも……可愛い」
「し、仕方ないじゃない。だって、恋愛したことなんて、ないし」
 ごにょごにょと言い訳するが、上からのしかかられているために自由がきかず、顔を背けることもできない。
「さ、起きて」
 ようやく蓉子は身を起こし、同時に江利子の手を引っ張って上半身を起こしてくれる。床に座り込んだまま、向かい合う格好となる。
 二人とも、タイは曲がり、スカートはぐちゃぐちゃ、髪の毛も乱れている。
「…………ぷっ」
 はからずも、二人同時にふきだした。
「何よ、蓉子ったら」
「だって江利子、髪の毛に埃がくっついているわよ」
「蓉子こそ、頬っぺが煤汚れているわよ」
「え、うそ」
「ホント。鏡見て御覧なさい」
「やだ、じゃあ江利子も同じにしちゃうから」
「きゃあっ」
 いきなり抱きついてきて、江利子に頬を押し付ける蓉子。
 蓉子の柔らかくさらさらした頬の感触が、江利子の頬にひっつけられる。甘く、とけてしまいそうな頬。
 本心を言えば、いつまでもそうしていたかったけれど、そのまま蕩けてしまいそうだったので、蓉子の肩を押してそっと顔を離す。
 何回見ても、見とれてしまう真っ直ぐな蓉子の瞳。さくらんぼのような唇。
「……あの、これから、よろしくお願いします」
「こちらこそ」
 言いながら蓉子は。
 江利子の両頬にそっと手を添え、額に優しく唇をつけた。
 一瞬、意識が空白になる。
「よ、よっ、蓉子―――?!」
「江利子が倒れちゃうから、今日はここまでね」
 悪戯っ子のような微笑みを浮かべる蓉子。
「う……蓉子って実は、いぢめっこキャラ?」
「だって、江利子があまりに可愛らしいから」
 くすくすと笑う蓉子。
 何か言い返したいが、言い返したところで、うまく切り返されるであろうことは想像に難くなく、江利子は諦めた。
 それに仕方が無い、惚れた弱みというやつだろう。
「冷えてきたわ。そろそろ帰りましょう」
 蓉子の言葉に、鞄を手に取り、薔薇の館を出る。
「……ね、ねえ蓉子。こ、今度の休みに、どこかに遊びに行かない?」
「え。あ、そうね。どこか行きましょうか」
 なんとなくぎこちない会話。友達という関係から踏み出したばかりのせいか、二人とも照れが入っている。

 それでも。

 

 夕日を浴びてのびた二人の影は、しっかりと手を繋いでいた。

 

 

おしまい

 

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