「ねえ、可南子」
祐麒が細川家を辞去してしばらくした後、可南子の母である美月は娘に視線を向けて口を開いた。
「なあに?」
濡れた髪の毛を整えつつ、可南子は特にいつもと変わらぬ様子で返事をする。
「いえね、私も可南子よりは人生経験長いからね、ちょっとアドバイスをあげようかと思って」
「アドバイス?」
不審げな表情を見せつつ首を傾ける可南子。
「そう。一つはそうね、あなたのその長い髪の毛、それをくるっと巻き付けて縛りつつしてあげるっていうのはどう?」
「え? なんの話?」
「ただ、髪の毛に付着させないよう気を付けてね。あとで取るの大変だから」
「ちょっとお母さん……プレイ中、さすがに髪の毛は邪魔にならないようまとめるわよ。そんな巻きつくなんてこと」
「あら、そうなの。意外とそういうところきっちちりするのね可南子」
「いや、当たり前でしょう」
可南子に言われてちょっと考える素振りを見せた美月だったが、すぐに気を取り直して続ける。
「じゃあ、腋ね」
美月の一言に、今度は可南子の方が少し敏感に反応する。
「何よ、私のワキが甘いっていうの? そんなことは」
「ユウキくんは腋フェチだと思うのよね。だから、腋で挟んで上げると良いかもよ」
「そんなの反則よ」
「別にいいじゃない、それくらい」
「……っていうかお母さん、さっきから何の話をしているの?」
「え、ナニの話でしょ?」
母娘の間にふと沈黙が挟まる。
「……意味、分かんないし」
先に沈黙を破ったのは可南子だった。立ち上がり、自分の部屋へと歩を進める。
「まあ、考えておいて。きっと損はないから」
美月の言葉を受け流し、可南子は自室へと戻った。
★
翌日。
例の公園でユウキと対峙する。
今、オフェンスはユウキ、ディフェンスは可南子である。
ユウキが切り込んでくる。可南子は腰を落とし、身構える。
「ふっ!」
「あまい!」
フェイントを入れてくるユウキだが、みえみえである。可南子は腕を広げてコースを塞ぐ。
「…………っ」
その時、不意に美月の言葉が脳裏に蘇ってきた。
今日の可南子はノースリーブだった。
手をあげれば当然ながら腋が無防備にさらされる。
可南子の方が上背があり、ユウキは自分の方が小さいことを活かすように重心を低くしている。下から見上げてくるユウキからは、可南子の腋は丸見えだろう。
もちろん、手入れはしている。
今日の朝は念入りに確認したし、問題はないのだけど。
ユウキの視線を感じて腋がむずむずするような気がして、思わず腕を閉じかける。
「隙ありっ」
「あっ」
可南子の不自然な動きを見て、祐麒がシュート体勢に入った。
咄嗟に可南子も反応しシュートコースを塞ごうとするが、動きに無理があったのだろう、祐麒と衝突してしまった。
もつれるようにして倒れ込む可南子とユウキ。
「……あ、ご、ごめん、ユウキ……」
今のは可南子の方が悪い。勢いづいたユウキは止まることも出来なかったはずだ。
「え……ちょっ!?」
突っ込んできたユウキが可南子の上に覆いかぶさる体勢となっているのだが、なぜかユウキの顔が可南子の腋に挟まれる格好となっていた。
「ちょ、へ、ヘンなとこ、触らないで……」
「んむ……あ、ご、ごめん可南子ちゃ」
「ふぁぁんっ、ひ、あ、ぁっ」
喋るユウキの唇が触れ、息がかかり、ぞくぞくと痺れるような感じが腋から伝わってきて変な声が口から漏れてしまった。
自分の口から出た声を耳にして、可南子は赤面する。
「ちょっと、は、離れて……あ、あ」
「そ、そう言われても、可南子ちゃんが締め付けて……ぎゅむむっ」
「くふぅっ」
「アイタタタっ!!」
朝っぱらからマニアックなプレイに興じることになってしまった可南子なのであった。
おしまい