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マリア様がみてる 百合CP

【マリみてSS(景×祐巳)】みだれがみ <前編>

更新日:

 

~ みだれがみ ~
<前編>

 

 

 あの雨の日の苦い記憶も、今となっては良い思い出、とまではいかないまでも、冷静に考えることができるようになっていた。
 祥子との大切な絆を改めて確認させてくれた、二人の間を貫いた事件。祥子を大切に想う気持ち、祥子の祐巳に対する気持ちを二人は分かち合うことが出来た。
 しかし、それと同時にもう一つの異なる感情が祐巳の中で育ちつつあることに、祐巳自身はまだ明確には気がついていなかった。
 ただ分かっていたのは、もう一度会いたい、ということ。

 雨に濡れて傷ついていたあの日、捨てられた仔犬のように汚れ、疲れ果てていた祐巳を助けてくれたのは、聖だった。
 だけど、聖とは異なるもう一つの手が、祐巳を優しく、包み込んでくれた。
 あのときの暖かさ、心地よさを、後になって祐巳は改めて思い出し、なぜか胸の鼓動が速くなるのを不思議に思っていた。
 会いたい。
 会ってもう一度、話をしたい。
 そう思った祐巳は、いてもたってもいられずに電話をかけた。

「――もしもし、私、福沢祐巳と申しますが……あ、景さま――」

 

 約束をした日は、朝から怪しい雲行きだったので、祐巳はバッグに折り畳み傘を入れて家を出た。
 登校するのと同じ要領でバスを乗り継ぎ、リリアンの少し手前のバス停で降りると、案の定、空から小雨が落ち始めてきた。
 祐巳はバッグから折り畳み傘を取り出して、傘を手にしたまま頭上を見て、そして少し考えると、傘をまたバッグの中に戻した。
 雨は少しずつ強くなっているから、さほど距離が無いとはいえ、傘をささないでいると結構濡れてしまうであろう。明らかに分かるのに、なぜか祐巳は傘をささなかった。それどころか、急ぐ様子も無く、雨に濡れるに任せるままに歩いていた。
 やがて目的の家の近くまで来ると、ようやく祐巳は歩くのをやめて走り出した。目的の家までほぼ全速力で、雨を突っ切って、足元の水を撥ねながら、到着する。
 さほど長い距離ではなかったものの、全力で走ったから息はあがっている。
 髪の毛も服も、随分と濡れてしまっていたが、祐巳はそのまま呼び鈴を押した。
 さほど待つことも無く、景が姿を現した。
「いらっしゃい、待っていたわよ……って、ちょっとびしょ濡れじゃない!? ほら祐巳ちゃん、早くあがって」
「はい、あ、でも」
「気にしないでいいから、夏とはいえ、風邪引いちゃうわよ。あ、タオル持ってくるから」
「はい、申し訳ありません」
 頭を下げながら。
 自分はこんなに狡い子だったのかなあと、祐巳は内心で思うのであった。

 玄関の三和土に入ると、頭からタオルを被せられた。洗ったばかりと思われて、ふわふわで心地よかった。
 そんなタオルにくるまっている祐巳のことを、景は呆れた顔をして見ていた。
「今日は降水確率80%って言ってたのに、天気予報見てこなかったの?」
「あはは、私、慌てん坊で」
「仕方ないわね、ああもう、こんなに濡れちゃって」
 言われる通り、祐巳の思っていた以上に濡れてしまっていた。服の生地が濡れて肌にはりついてしまい、気持ちが悪かった。
「とりあえず、先にシャワー浴びてらっしゃい、本当に風邪ひいちゃうわ」
「え、でもそんな」
「あのね、こんな濡れた状態で居られても、困るのよ」
 苦笑しながら、景はタオル越しに祐巳の頭をぽんぽんと軽く叩いた。
 そしてそのまま肩をつかまれると、押されるようにして浴室に連れて行かれた。
「ゆっくり温まって。そうそう、ちょうど下着は、祐巳ちゃんが補充してくれたのがあるからね」
 悪戯っぽく片目を瞑る景の顔を見て、祐巳も微笑むのであった。

 

 シャワーを浴びている間、胸の鼓動はまた速くなっていた。
 前にシャワーを使わせてもらったけれど、そのときとはまるで心理状態が異なる。景の部屋で、景と二人きりという状況で、祐巳は裸でシャワーを浴びている。
 必要も無いのに、体の隅々まで綺麗に洗う。でも、あまり長くシャワーを使いすぎていても変に思われるかもしれないので、素早く、且つ丁寧に。
 温まって浴室を出ると、景が冷たい麦茶を出してくれた。熱くなった体に、冷えた麦茶が染み渡っていくようで気持ちが良かった。
 麦茶をほぼ一息で飲み干すと、その気風の良さに景が笑い、祐巳は逆に恥しくなって赤くなった。
 空気が和んだところで、祐巳は出来る限り自然な口調で、考えていたことを口にした。
「あの、景さま。お願いがあるんですけれど」
 少し、緊張する。
 何かと聞き返す景に、答える。
「あの、髪の毛、お願いできないでしょうか?」
 言いながら、手にしたドライヤーを見せる。
 祐巳の言葉を聞いた瞬間、景はわずかに目を大きくした。何かを言いたそうな素振りを見せたが、結局は何も言わずに口を閉ざした。
 おそらく、あの日のことを思い出したのだろう。そしてそれは同時に、祐巳にも思い出させることになると、気を遣ったのだろう。
 だが、本人である祐巳が忘れるわけも無く、その祐巳が言い出してきているのだから、景が何か口出しすべきことではないと考えたのだろう。
 優しくて、頭の良い景だから。
「いいわ、貸して」
 向けられた手に、ドライヤーを渡し、祐巳は景に背を向けて座り込んだ。
 あの日と同じ場所で、体勢で。
 背後で、ドライヤーのスイッチが入る音がする。すぐに風の音がして、やがて祐巳の髪に暖かな風が吹き付ける。
「ん……」
「熱い?」
「大丈夫です」
 景の手櫛が入る。
 頭を撫でるように、景の指が祐巳の髪の中を滑り落ちてゆく。その度に、えもいわれぬ心地よさが、祐巳の体を駆け抜けてゆく。
 もはや、快感に近いといえるかもしれない。
 うっとりと、その身を委ねる。
「景さま、聞きたいことがあるんですけれど」
「うん、なに?」
 ドライヤーの音が、耳に心地よい。
「あの日……どうして私の髪を、セットしてくださったんですか?」
 それは、ずっと聞きたかったこと。
 半ば無理矢理に、景は祐巳の髪の毛をセットした。初めて会ったばかりの、見ず知らずの少女に対して、部屋を貸し、シャワーを貸し、心を癒す場を与えて、なおもそれだけのことをする理由が、祐巳には分からなかったから。その理由を、知りたかったから。
「そう、ねえ」
 セット用の櫛で髪を梳きながら、景は「うーん」と考える。その間も、手の動きが止まることは無く、祐巳はどこか夢見心地の気分であった。
「やりたかったからじゃ、だめなの?」
「もうちょっと、具体的に聞きたいです」
「そう言われても……そうねえ、祐巳ちゃんだったからかな」
「私、だったから?」
「そ、それでいいかしら?」
 何がいいのか分からなかったが、それでも祐巳は無言で頷いていた。
 相手が祐巳だったから、景はやってくれたのだ。それだけで、なぜか満足できた。
「なあに? どうしても聞きたいことがあるって電話してきたけれど、ひょっとして今のことだったの?」
 呆れたような口調の景。
 少し恥しかったけれど、祐巳はまたも無言で頷いた。
「……だって、他に景さまに会う理由が思いつかなくて」
 小さな声で、言い訳のように言うと、ドライヤーの音で景は聞こえないだろうと思っていたのに、しっかりと耳にしていたようで。
「馬鹿ね、祐巳ちゃんだったら、理由なんかなくても、いつ会いに来てくれて良いのに」
 笑われた。
 景の指が髪をかきあげ、根元の方まで入り込んでくる。ときに耳の裏あたりを撫で、首筋をくすぐり、その度に祐巳は、心からとろけていった。
 どうしてだろう。
 祥子と一緒にいるときとはまた違った幸福感が、祐巳を包み込んでいた。

 

 いつしか祐巳は、煎餅座布団を枕にして寝てしまっていた。その安らかであどけない寝顔を見下ろしながら、景は苦笑する。
 一体、本当に何をしにやってきたのだろうか。
 疑問はあったが、それを問うのも野暮のような気がした。祐巳はただ、景に会いに来てくれたのだ、それだけでいいではないかと。
 学年にして二つ、歳にして三つ年下の可愛い後輩の寝顔を、景は優しい表情で見つめていた。
「ふふ、風邪ひいちゃうわよ、祐巳ちゃん」
 暦の上では夏だし、気温も高くなっているが、シャワーから上がってこんなところで寝ては、風邪をひいてしまうかもしれない。
 景は自分が使用している薄めの毛布を持ってきて、祐巳にそっと掛ける。
 シャワーを浴びたからか、頬はほんのりと桜色に上気している。柔らかそうなその頬を触りたいという欲求を抑えきれず、人差し指でぷにぷにと押してみる。
「ふにゅぅ……」
 予想通り、心地よい弾力が指先に返ってくる。これはやめられないと、起こさないように注意しながらも、つい続けてしまう。
「んにゅ」
 いつものツーテールのほどかれた髪が、頬から口元のあたりにかかっている。
「ふふ、かわいい」
 景がそっと、その髪の毛を除けてあげると、桜色の艶やかな唇が目に入った。リップも塗っていない唇だけれど、瑞々しく、柔らかそうで、美味しそうだった。
 ほとんど無意識だった。
 気がついた時には、祐巳の唇に、自分の唇を重ねていた。
 ほんの、触れる程度。だけど、確かに重ねていた。至近距離に見える祐巳は、まだ眠りの世界から戻ってきていない。
「…………っ!」
 自分の行為に気がつき、驚いたように体を起こす。
「え、やだ、私、今」
 信じられないような気持ちで、指で唇をなぞる。
 間違いなく、触れていた。
「ん……景さまぁ」
 寝言を言う祐巳の唇は。
 僅かに、濡れて光っていた。

 

 結局、祐巳はその後、三十分ほど寝ていた。
 目覚めたときには、自分がどこにいるのかしばらく分からなかったようで、理解したあとはひたすらに恐縮していた。
 いつもと変わらぬ祐巳の様子に、景は内心、安堵したのだが。
 祐巳が帰宅し、夕食を一人でとり、大学の課題をこなした後、ちょっと疲れて畳の上にゴロリと横になった。
 天井を見ながらも、瞼に思い浮かぶのは、祐巳の艶やかな唇の色。
 昼間の、魔が差したとしかいえない、あの出来事。
 久しぶりの柔らかな感触を、景は思い出していた。
(やわらか、かったな……)
 そう思うと無意識のうちに、いや、本当のところは意識していたのかもしれないが、右手が乳房に伸びていた。
 シャワーを浴びる前だったので、まだブラをしていることに気がついたが、外すのももどかしくそのままブラを押しのけるように、中に手を入れる。
 決して大きいとはいえないが、適度な膨らみを持つ胸は、自分の手の平に丁度フィットする。ゆっくりと、手の平で軽く円を描くようにしながら、中指で敏感な先端を刺激する。
 そこは既に、硬く尖っていた。
 一方の左手は、やはりデニムを脱ぐのももどかしく、ジッパーを下ろすとすぐにショーツの下に滑り込んでいた。
 さらさらとした毛の感触を押しのけて進むと、既に熱を持った女の部分が指を迎え入れる。軽く、指でこするとわずかに湿り気を帯びているのが分かる。
(や……スイッチ……はいっちゃったかも)
 思った瞬間、秘裂からトロリと、粘着質の液体が出てくるのが分かった。中指にからめとり、潤滑油として指を動かすと、愛液がまた、溢れだしてくる。
(下着、汚れちゃう)
 分かっていながら、今さら指を止めて脱ぐ気にはなれなかった。考えてみれば久方ぶりの自慰行為で、身体が何よりも快感を求めているようだった。
 後で洗濯すればよいと、どこか頭の隅で冷静に考えながら、指は休むことなく刺激を求めて動いている。
 どうしてこんなにも、身体が疼くのだろう。思い浮かぶのは、祐巳の寝顔、唇の色、そして感触、味。
 ただそれだけなのに、なぜか気持ちが昂ぶる。
「はぁっ……んっ」
 声が漏れる。
(ああ……もう、駄目っ……)
 もはや何も考えられなかった。
 ただ快感を求めることは止められない。
 ここまで自慰行為に没頭するのは、本当に久しぶりかもしれない。

 白みゆく意識の中、景はそんなことを考えていた。

 

 翌日、大学の構内。
 中庭のベンチに腰掛けて、景は落ち込んでいた。

 昨日、久しぶりに自慰行為に耽ってしまったためではない。自慰行為自体は、まあ、多くは無いが、しないわけではないから。
 ただ、行為中の妄想相手が、同性である祐巳であったということ。そしてその祐巳相手に、激しく興奮して達してしまったこと。
 相手は女の子ではないか、いやでもとても可愛く見えた。
 そう、あれは、仕方なかったのだ。
 夕飯のときにワインを飲んだし、多少、酔いもまわっていたのだろう。だから、必要以上に可愛らしく見えて、それでうっかりふらふらと。
「……って、だからってキスしちゃうかなぁっ」
 顔を覆う。
 キスもそうだが、その後の行為では祐巳を想いながらしてしまったわけで、即ちどう考えても祐巳に欲情していたという結論にしか達しないわけで。  そんなこんなで景は自らのアイデンティティを疑い、激しく落ち込んでいるわけであった。
「ううぅ……私、どうしちゃったんだろう」
 祐巳にキスしてしまったこと。
 祐巳で自慰をしてしまったこと。
 結論など出てくるわけも無く、景が一人で悶々と悩んでいると。
「やあ、カトーさん。鬱々としてどうしたの?」
 能天気な表情をして、聖がやってきた。
 また面倒なのがやってきたと景は一瞬、考えたが、ふと考えを改めて立ち上がった。一つのことを試そうと思って。
 寄ってくる聖を、待ち受ける。
「今日も綺麗だね、カトーさん。うん、そのミニスカがなんともそそる」
 景は普段、パンツを履くことが多いが、今日は久しぶりにスカートを着用してきたのだ。
 それはともかく、景は聖の軽口を無視して、いきなり聖の頬を両手でがっちり抑えた。
「え、あの、どうしたのカトーさん、いきなり」
 戸惑う聖を無視して、命令する。
「目、閉じて」
「え?」
「いいから、目、閉じて」
 聖の方が少し背が高いから、景は聖を見上げる格好になる。真剣な瞳で見つめられ、しかも抱きつかれるようにして顔を固定され、聖は顔を赤くした。
「えと、あの、そ、そんないきなり? いや、そりゃカトーさんのことは好きだし嬉しいけれど、物事には順番というものが」
 しどろもどろになっている聖であったが。
「いいから、目、閉じなさい」
「はい」
 三度、景に言われて素直に目を閉じた。ほんのりと頬を朱に染め、わずかに唇をすぼめてつきだすようにして。
 まるで西洋のブロンズ像のように、整った顔立ち。
 女性としてももちろん、綺麗ではあるけれど。
「……やっぱり駄目ね、その気にはならない」
 息を吐き出し、聖の体を押しのける。
「え、ええぇっ!? そ、そこまでしといて、何もなしっ?」
 思いがけず緊張を強いられた聖も、景の肩透かしに腰が砕ける。
 景とだったらキスしてもいいかなとか、キスしたらひょっとしてそのまま景の下宿に行って、楽しいことでもするのかしら、なんて期待していたことは、もちろん景は知らない。
「あたりまえでしょう? 大体、女同士で何を期待して……」
 そこまで言いかけて、昨日、祐巳にキスしてしまったことを思い出してしまった。
 いや、今の時代、仲の良い女友達でキスをすることも、意外に珍しくないとも聞く。そうだ、だから自分はおかしくはないのだと言い聞かせようとしたものの、明らかにそういうキスではなかったということも理解しているので、結局、落ち込む。

 景は、自分が常識人であると思っている。
 だからこそ、不意に沸き起こった自身の感情を持て余している。

 空を見上げる。

 

 景の心とは裏腹に、雲ひとつ無い快晴だった。

 

 

後編につづく

 

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