<前編>
真夏である。
身を焦がす太陽の光線に日々焼かれ、祐麒の肌はこんがりと美味しそうな色になっている。中学時代は野球に明け暮れて、もっと真っ黒になっていたから、これくらいならまだまだ可愛いものである、なんて思ったりもする。
「何言っているのよ、肌に悪いんだから、いずれ後悔するわよ」
「う……まあ、そうかもしれないけどさ」
隣を歩く可南子は祐麒より頭一つ背が高い。細くしなやかなその体、祐麒と同じように毎日、外でバスケの練習をしているが、祐麒ほど濃く焼けていないのは日焼け止めによる効果か。
夏休みの間、祐麒は殆ど毎日のように可南子の元に顔を出し、ともにバスケの練習を行っていた。
バスケ部でもなんでもない祐麒が可南子の練習に付き合っていたのは、気まぐれでもあるし、なんとなく流れででもある。しかし、もっとも大きな理由はやはり、可南子に会いたいという気持ちが強いからだろう。
一人で毎日、練習を続ける可南子。部活動に参加している様子は見られないから、バスケ部員というわけではないようだが、それなのに本気になって練習をしているのは、何か裏に理由があるのか。
知りたいと思いながらも、実際には何も聞きはしない。
きっと理由はあるのだろうし、今まで話していないことから推測すれば、あまり他人に言いたいようなことではないのであろう。
余計な詮索をして、万が一可南子を傷つかせたり怒らせたりしたら、二度と練習などやってこなくなるかもしれない。そんなリスクは避けたかった。
さて、そんな祐麒と可南子であるが、今向かっているのはいつも練習をしている公園ではなかった。では、どこに向かっているのかというと。
「おー、着いた着いた」
汗を拭いながら見上げるのは、大きなゲート。
都内にある某遊園地のプールへとやってきたのだ。
「早く入りたいね」
楽しみな祐麒に対し、隣の可南子は仏頂面だ。
というのにも理由があって、可南子は母親にある意味だまし討ちをくらって、今日こうしてプールに来ているから。
事が起こったのは昨日のこと、可南子からのメールを受信して見てみると、プールの入場券を貰ってその期限が今日までなので、一緒に行かないかという遊びの誘い。当然、祐麒としてはOKの返事をしたのだが、どうやらそのお誘いメール事体、可南子の母親が可南子の振りをして送ってきたものだったのだ。
疑問も抱かず、プールに遊びに行く気満々で指定された時間に可南子の家を訪れると、何の事情も知らなかった可南子が驚いて出迎えた。その後、可南子は母親と何やら言い合いをしていたが、年の功か母の功か、敵うわけもなく撃退された。それどころか、気が強く跳ね返りの可南子の性格を利用して、祐麒と一緒に行くことをあっさりと承知させられてしまった。
「まったく、なんで私が……」
「いいじゃない、たまには。バスケも楽しいけれどさ、夏なんだしプールで遊ぶっていうのも」
「プールのことじゃなくて、ユウキと一緒っていうことに対して、私は文句言ってるの」
可南子の言葉に苦笑する祐麒。
この手の憎まれ口はもう聞きなれてしまっているので、動揺することもない。もしも本気で嫌だというなら、こうして一緒に現地までやってくることなく途中でどこかに行ってしまっているだろう。
こうして一緒に来てくれているということで、祐麒としては満足だった。
平日とはいえ夏休みの真っただ中、園内は若者でにぎわっている。二人は早速プールに向かい、待ち合わせ場所を決めてそれぞれ更衣室に別れる。
祐麒はさっさと着替えを済ませて外に出ると、周囲に目を向ける。当然、華やかな水着に身を包んだ女性も沢山いるわけで、可南子がまだ来ていないというともあってつい、ちらちらと見てしまう。
しかし、スタイルも良くてかわいい子、なんて女の子はそうそういるもんではない。いや、もちろん実際にはそれなりにいる。ただ、祐麒の基準が高すぎるのだ。何せ身近にいる、と言っていいかどうかわからないが、とにかく知っている女の子といえばリリアンの女子で、皆が皆、やたらと綺麗で可愛いのだから。
そして何より、今日、一緒に遊びに来ている可南子。
服を着ている姿しか見たことはないが、バスケを共にプレイし、夏で薄着ということもあって、無駄な肉などない体だというのは分かる。細くしなやかに引き締まっている、とでもいうのであろうか、非常に楽しみである。
「……ちょっと、何にやにやといやらしい目で女の子の水着姿、ガン見しているのよ」
不意に横から声をかけられた。
どうやら他の客の水着姿を目で追っているうちに、可南子がやってくる方から顔を背けてしまっていたらしく、慌てて声の方に目を向けると。
「おおぅ……」
声が出ない。
絶句、とはまさにこのことか。
当たり前だが、可南子が水着姿で立っていた。
長い髪の毛は邪魔になるだろうからか後ろで束ねて結わいている。チューブトップのブラはフリルがついていてボリューム感をアップ、ショーツはウエストフリルデザインでサイドリボン付きでカジュアルなデザイン。カラーはちょっと意外な感もあるが、それでもよく似合っているネイビー。
180センチの長身に細くしなやかな体、くびれたウエストにつんと張りのあるヒップ、胸は巨乳ではないけれど、それでもある程度の膨らみと谷間を見せてくれている。長い手を体の前で組んでいるのは、恥ずかしいためなのか、それとも単に手の置きどころに困ってのものなのかは分からない。
とにかく、どこのモデルがやってきたのかと思ってしまうような可南子の水着姿に、祐麒も見惚れていた。想像していた以上だったといって過言ではない。
周囲の人間も、男女関係なく可南子のことを気にしているように見えるのは、決して大げさなことではないだろう。
「いやー、凄い、凄く似合っているよ可南子ちゃん!」
「ば、馬鹿。ユウキに褒められたって、嬉しくもなんともないし」
言いながら可南子は、ぷいと横を向く。
心なしか、頬に赤みが差しているように見える。
「……な、何よ、変な顔して。いやらしい目で見ないでよね、この変態っ!」
怒った顔をしているが、あまり迫力は感じられない。
「ごめん、ごめん。と、とにかくさ、せっかく来たんだからプールに入ろうよ」
「ふん、まあ、そうね」
荒くしていた鼻息を沈め、可南子も頷く。どうやら、なんだかんだ言ってもプールを楽しみにしているようで、祐麒もなんだか嬉しくなる。
更衣室のある建物から外に出ると、再び照り付けてくる太陽、煌めく水面、そして沢山の水泳客たち。土日に比べればといっても、人が少ないわけではないのだ。
そんな人達の間を縫って最初に向かったのは、ロッカー室から出てほど近い場所にある波のプール。
さすがに砂浜とまではいかないが、打ち寄せてくる波が海を思わせてくれる、ある意味定番のプールだ。
「徐々に深くなっていくから、水に慣れるには適度かもね」
ちゃぷちゃぷと音を立てて、可南子が足を進めていくので、祐麒もその後を追う。浅いと迫力も何もないので、さっさと進んでいいって、やがて膝上くらいにまで水面がくるようになった。波も少しずつ大きくなっていく。
「ねえ、可南子ちゃん」
波をかき分け、ずんずんと前に進んでいく可南子を呼び止める。
「何よ……って、きゃっ!?」
振り向いた可南子に、祐麒は水をすくって投げかけた。
「な、何するのよ、いきなりっ!」
「いや、まだ水に慣れていないしさ、この辺で少し、体に水を浴びておいた方がいいかと思って。いくら暑いといっても、水はそれなりに冷たいし」
「別に私は大丈……ぷわっ!?」
「あ」
可南子の言葉も途中に、もう一度水をかけたのだが、思いっきり可南子の顔面にヒットしてしまった。
ぷるぷると、可南子の体が小刻みに震えている。
「……そんなに震えて、やっぱり、水が冷たいとか?」
「馬鹿っ! そんなわけないでしょっ!」
「うわっぶ!」
お返しにとばかり、可南子が水をかけてきてこれまた見事に祐麒の顔に命中。しかも連続でやってきて、鼻にまで水が入る。
「ちょっ、こ、やりすぎだろっ!?」
「うるさい、ユウキが先にやってきたんでしょうが!」
「ちっくしょう、負けるかっ!」
腕でガードしているだけではじり貧だし、可南子も調子に乗ってきている。祐麒はとりあえず可南子がいると思われる方向に、適当に水を跳ねさせる。
うまいこと当たったのか、可南子からの攻撃に間があいた。その隙にと、水が入ってしまった目を開いて見る。
「や、やったわね、こいつ!」
可南子がまた祐麒に攻撃をしようとしているところだったのだが。
水を掬おうとすれば当然、屈みこむ形になるわけで、前かがみになった可南子の水着の胸元に自然と目が吸い寄せられていった。しかも水を掬おうと腕を下ろしているわけで、偶然にも胸元を強調するようなポーズになっていた。巨乳ではないが、その格好では必然的に胸にボリュームが出て見える。
水に濡れた肌は太陽によって輝き、これまた健康的でありながら微妙なエロさを感じさせる加減で、正直、祐麒は見惚れた。
その結果。
「隙ありっ!」
「うばっ!?」
「あはは、それそれっ!」
「や、やめ、ちょっ、うわあっ!」
見惚れている場合ではなかった。バスケでもそうだが、可南子は容赦がない。反撃する暇さえ与えられず、祐麒は防戦の一方。
どのようにしてこの窮地を乗り切ろうかと考えていると、不意にぴたりと可南子の攻撃が止んだ。
どうしたのかと思ってガードしていた腕を下げてみると、可南子の姿がない。キョロキョロと周囲を見回してみると、プールの奥深くへと向かう可南子の後ろ姿があった。振り向いた可南子は、祐麒が見ていることに気が付くと、「べーっ」と舌を出して更に奥へと逃げていく。
「あ、こら待てっ!」
慌てて追いかけていく。
幸いなのは、女性としては長身すぎる可南子なので、見失う心配があまりないこと。波に逆らいながら、必死に可南子のことを追いかけていく。
「ちょっと可南子ちゃん、待てってば」
「いやですー」
背が高いせいか、可南子の方が余裕がある。馬力で追いついてきたが、どんどんと水は深くなって、おまけに波はあるしで、祐麒の方がつらくなってくる。
「無理しない方がいいんじゃない、ユウキ?」
可南子が、少し馬鹿にしたように笑うので、祐麒はムキになって突き進むが、波にのまれてむせてしまう。
「あはは、ほら、こっちまで来てみたら?」
まだ少し余裕のある可南子は、祐麒の方を向いて笑う。
しかし、それが失敗だった。正面を向いているからこそ、波に耐えることができるのであって、背中を向けてしまうと波の勢いには負けてしまう。可南子の体は波に突き出されるようにして前のめり、祐麒にぶつかってしまった。
「ちょっ、ど、どこ触ってんのよっ!?」
「いやいや、可南子ちゃんの方が飛び込んできたんじゃない!」
「ちょっと、離して、きゃっ」
逃げようとした可南子だったが、また背中から波に押されて祐麒にくっついてしまう。胸だけはつけるもんかと腕で防いでいるが、可南子の手が祐麒の胸に触れており、祐麒の方はそれはそれで変な気持ちになりそうだった。
「離れなさいっての、このエロ! スケベ!」
「だから可南子ちゃんの方が」
「ユウキがもっと後ろにいけばいいでしょう!」
「いやだってここまできたら、最深部までいかないと」
祐麒は波に逆らって踏ん張っているので、可南子から離れない。まあ、離れたくないという下心もあるわけだが。
「可南子ちゃんも、前を向けば大丈夫でしょ? ほら」
「ひゃっ!?」
祐麒は可南子の腰を掴んでタイミングよく持ち上げると、くるりと体を半回転させて正面を向かせた。
「よし、これで……って、可南子ちゃん?」
「……ええい、このエロユウキ!!」
「あがぁっ!」
可南子の裏拳をくらい、祐麒は波に沈むのであった。
その後、なんだかんだと可南子と騒ぎながらも波のプールの最奥部まで辿り着いてミッションコンプリートし、引き返すことにした。
「まったく、本当に祐麒はエロいわよね」
「男だからねぇ」
「少しは反省しなさいよ!」
「いや、しているって……あ、次は流れるプールにいってみようよ」
まだぶつぶつ言っている可南子を連れて、これまた定番の流れるプールへとやってくる。小さな子供から大人まで、浮き輪につかまってゆらゆらと流されている、大きな周回プールである。
せっかくなので祐麒も浮き輪を借りてきて入ることにした。
「はいどーぞ、可南子ちゃん」
水の中に入り、浮き輪を可南子の方に差し出すと、可南子は意外そうな顔をして見返してきた。
「え、いいわよ、私は」
「そういわずにほら、レディーファーストということで」
もう一度すすめると、言い争っても仕方ないと思ったのかあっさりと浮き輪を受け取り、輪の穴に体をいれる可南子。
「……あ、確かにこれは気持ちいいかも」
浮き輪に体を任せるようにして、流されていく可南子。祐麒は軽く泳ぎながらそれを追いかける。
「うーん、楽ちん」
太陽の光に目を眩しそうに細めながら、それでも心地よさそうな可南子。
祐麒は、仰向けの格好の可南子の胸が見られて眼福である。
「他の人にぶつからないよう気を付けて……って、待った、速いよ可南子ちゃん!」
「あはは、ばいばーい」
浮き輪に体を任せたまま、さっさと先に流れていく可南子の体。バタ足で水を蹴っているのだろう。
そんな風に追いかけっこをしながら半周くらいしたところで交代し、今度は祐麒が浮き輪に入る。
さて、今度は自分の方が逃げてやると思った祐麒であったが、逃げる前に捕まってしまった。可南子は浮き輪に腕をかけ、可南子自身も浮き輪の力に頼ろうとするかのように寄りかかってくる。
「こら、可南子ちゃんずるいぞっ」
「え、何が?」
知りません、とでもいうように更に浮き輪に体重をかけてくる可南子。おかげでバランスが崩れ、浮き輪にかけていた腕が滑って水中に落ちてしまった。
「ぶはぁっ!」
すぐに水面に顔を出すが。
「はい、それじゃ落ちたから交代ね」
「あ、なんだよそれ、ずりいっ!」
「落ちたユウキが馬鹿なのよー」
「待てって、うわ」
浮き輪で逃げていく可南子を、泳いで追いかける。
結局、ずっとそんなことばかりをして流れるプールを楽しんだ。
流れるプールから上がった後は、おひるごはんにすることにした。ロッカーに戻って財布を取って、適当な売店で食べ物と飲み物を購入して適当に席を確保して座る。可南子はいつの間にかパーカを着ているが、パーカから直接に生足が出ているのが逆にエロティシズムを感じさせる。一言で言うなれば、下に何も着ていないんじゃないかと想像させるものがあるわけだ。
「うわー、結構焼けたかも」
「水の中にいても駄目なのかね」
「日焼け止め禁止だから、きついわ」
焼きそばを食べながら可南子がため息をつく。
「でも、可南子ちゃんなら日焼けしても似合うと思うけど」
カレーを食べながら祐麒が言うと、可南子の動きが止まった。口から焼きそばを垂らしながら、目をぱちくりとさせながら祐麒のことを見ている。
その後、ずるずると焼きそばを啜って飲み込むと、コーラを喉に流し込んで口を開く。
「はぁ? 何を言っているの」
呆れたような目をしている。
「だから、可南子ちゃんなら真っ黒に焼けても格好いいだろうなって」
想像してみる。
白い肌をしている可南子はもちろん綺麗だ。だが、小麦色に日焼けをした健康的な可南子もまた、違う魅力を醸し出すと思う。
「……ちょっと、変な想像していないでしょうね、顔が気持ち悪い」
「し、失礼だな」
図星だったので、少し声が上擦ってしまったが気にしないことにしてドクペを飲んで誤魔化す。
「肌を焼くなんて、乙女の最大の敵よ。今はいいかもしれないけれど、歳をとった時のことを考えると怖い、怖い」
大仰に肩をすくめてみせる可南子。
「乙女、ねえ」
「――何か文句でも?」
「いえ、ありません」
睨まれて、あっさりと両手をあげて降参する。
こんなやり取りが物凄く楽しい。バスケの練習も楽しくはあったけれど、大体は練習した後にジュースを飲んで解散するくらいで、こんな風な会話を楽しむことも少なかった。
まったりと昼時を過ごし、荷物を戻してまた遊ぼうかという気持ちを盛り上げる。午前中はなかなか楽しかったし、何より思っていた以上に可南子との距離が近づいたように思えた。可南子も気分が解放的になっているのか、はしゃいでいる弾みに祐麒と肌が触れてしまっても、あまり気にしていないように見える。
「柔らかいんだよなぁ」
胸が押し付けられるというイベントを期待していたのだが、まだそれはない。何のプールでは惜しいところまでいったのだが、一歩手前で阻まれた。その代わりと言ってはなんだが、腰を掴むことは出来たが。
「うーん、今度こそは」
「……今度こそは、何?」
「そりゃもちろん、む……って、可南子ちゃん、いつの間に!?」
「さっきからよ。なんなの、一人で変な顔して……病気?」
「そんなんじゃない!」
「ま、どうでもいいけれど。で、今度こそはなんなの」
「え、と、それは」
考えていたことのせいか、自然と目線が可南子の胸元にいってしまった。鋭敏にそれを悟った可南子は、わずかに顔を赤くしながら腕で慌てて胸元を隠す。
「やだ、何見てるのよいやらしい!」
言い捨てると、くるりと背を向けて長いストライドで歩き出す。後ろから見る、揺れるお尻もかなり魅力的なのだが、置いていかれてはたまらないので、僅かに早足で追いかける。
「ほら、早くしないと時間なくなっちゃうわよ。すべてのウォータースライダーを遊びつくすんだからね」
昼ご飯の時に、そんなことを話していた。
「OK、可南子ちゃん、途中で音を上げるなよ?」
「それはこっちの台詞。ユウキこそ、途中でへばっても構わずに叩き落とすからね」
顔を見合わせ、お互いにニヤリと不敵な笑みを見せる。
まだまだ今日一日、残された時間はたっぷりあった。
後編に続く