<後編>
ウォータースライダーのあるエリアには、文字通り様々なウォータースライダーがあり、好きな人は一日中滑りまくっているかもしれない。人も多く、大人から子供まで、さまざまな人が楽しんでいる。
祐麒と可南子も、そのエリアに足を踏み入れる。
沢山の種類がある中で、可南子がまず選んだのはパイプの中をハイスピードで滑り降りるタイプ。
「おー、これはまた楽しそうだな。えっと、どっちから先に滑る?」
「もちろん、私。ユウキを先になんて滑らせられないわよ」
「え、どうしてさ」
「ユウキのことだから、後から滑ってきた私の水着がずれたりするのを期待して下で待っているでしょうから」
「そ、そんなことしないって」
「どうかしら、ふふ、お先っ」
軽やかにチューブの中に体を滑り込ませ、あっという間に下に落ちていく可南子。それを見届けてから、祐麒も後に続いて滑り出す。
「うおおぉおおおおおおぉっ!?」
まさにハイスピード、水しぶきを上げて突っ走り、気が付いた時には下のプールに着水していた。
「ぶっ、はっ、げほげほっ!」
水が思いっきり鼻と口に入り、無様にむせる。
「あははっ、何やってんのよ、格好悪い」
祐麒のそんな様を見て、可南子が笑う。
「う、うるさいな、そんなこといって可南子ちゃんこそ、同じような感じだったんじゃないのか。先に降りたから、俺にはばれなかっただけで」
「失礼ね、私はそんな無様なことにはなりませんでしたー」
可南子は身を翻しプールから上がって、再びスライダーの頂上を目指す。祐麒も水をかき分けて可南子の後を追う。
そこからはまさに、スライダー三昧である。沢山あるスライダー全種を制覇すべく、ひたすらに滑りまくる。
半筒型のスライダー、回転・蛇行するタイプ、細いパイプに太いパイプ、錐揉み状のものなど、よくもまあこれだけ作るものだと思ってしまう。
何回も滑っていると、さすがに祐麒も疲れてくるが、可南子の前でそのような姿を見せるわけにはいかない。可南子の方は先に滑って、祐麒が降りてくるまでの間に少しだが休めているが、祐麒は滑り落ちてすぐに次に向かわなければならないので、その辺で差が出ているのかもしれない。
何度目かの滑降でプールに落ちた後、そんなことを考えながら水から顔を上げると。
「ほら、さっさと次に行こ」
目の前の可南子が、笑顔で手を差し出してきた。
健康的で艶やかな肌が水に濡れ、滴は太陽の光を反射して煌めき、大きくはないけれども女の子らしい胸の膨らみ、細いけれど細すぎず肉付きのある太もも、そんな可南子の全てに今更ながら見惚れる。
「せーのっ」
見惚れつつも自然と差し出された手を握っていて、掛け声とともに可南子がプールから祐麒を引き上げて立たせる。
向かい合う形となる二人。可南子の視線が、繋がれた手に向けられる。
「ちょっ、な、何手なんか握ってきているのよ!」
「はっ!? 可南子ちゃんの方から手を出してきたんじゃん」
「し、知らないわよそんなの!」
慌てて手を離す可南子。
文句を言いたそうだが、実際に先に手を出してきたのは可南子であり、それを分かっているせいか強くは言えないようだった。
「そ、そうだ。次はインナーチューブのやつにしようか」
可南子は誤魔化すように、そんなことを言う。
「可南子ちゃ~~ん」
「うるさいわね、ほら、さっさと借りてきて頂戴」
「はいはい、お姫様」
「誰がお姫様よ、さっさと行きなさい」
水を蹴って祐麒を追い出す可南子。
頭からかかる水しぶきに顔をしかめるふりをしつつも、嫌な気は全くしない。微妙に照れている感じの可南子が可愛かったからだ。
「ユウキ、今、変なこと考えたでしょう??」
「さあ、さっさとチューブを借りてくるかー」
「あ、このっ!」
一際大きな水しぶきから逃げるようにして、祐麒はインナーチューブをレンタルしに向かった。
「……ちょっとコレ、どういうことよ?」
借りてきたインナーチューブを見て、可南子が頬を引きつらせる。
何食わぬ顔をして、祐麒は答える。
「え、リクエスト通りに借りてきたんだけれど」
「だから、なんでシングルじゃなくてダブルを借りてくるのよ!?」
「だって、二人だからちょうどいいじゃん」
インナーチューブには、一人乗り用のシングルタイプと、二人乗り用のダブルタイプの二種類があって、祐麒は当然のようにダブルタイプを借りてきた。当たり前だ、ここでシングルタイプを借りて別々に滑るなど、つまらないではないか。
「ほら可南子ちゃん、もうすぐ俺たちの番だよ。えっと、今回も可南子ちゃんの方が前がいい?」
「じょ、冗談じゃないわ、私は後ろ!」
頬を膨らませ、可南子は祐麒の背後に回る。
やがて祐麒達の番が来て、二人でチューブの前後に座り、滑り始める。
直接に滑るのとはまた滑り心地が異なり、ボブスレーとかこんな感じだろうか、なんて思ったりもする。自分で操縦しているわけでもないのだが、浮き輪に乗っているせいでそんな気分も味わえる。
後ろからは可南子の楽しそうな声も聞こえてくる。
「……って、痛っ!? 蹴るなよ可南子ちゃんっ!?」
「あははっ、えい、えいっ」
後ろに座っている可南子が、長い脚で祐麒の背中を蹴ってきていた。当然、祐麒には反撃する術などない。
「ちょっと、卑怯だぞっ」
「背中を見せたあんたが……っ、きゃっ!」
「うぉっぷ!?」
背中に衝撃がきた。
どうやら蹴りを繰り出していた可南子が体勢を崩し、水でお尻が滑り、前の座席にいる祐麒の方までずり落ちてしまったようだ。
「うおおおっ、キタっ!?」
背中に感じられる柔らかいものは、間違いなく可南子の胸。
しかし、スライダーで滑っているために、その感触に集中することが出来ないのが口惜しい。
「ちょっと、やだ、離れなさいよっ!」
「いやいや、可南子ちゃんがくっついてきてるからっ」
スピードに乗って滑り降りている中、今更後ろの座席に戻ることも出来ず、しっかりつかまっていないと振り落とされる危険性もあり、可南子は祐麒の背中にしがみつくしかない。
「こらユウキっ、後ろに倒れてこないでっ!」
「し、仕方ないだろっ!?」
「いやあぁぁっ!」
そんなことを叫びながら、プールに着水。
チューブから転落する二人。
「……ぶはっ!」
「ああもうサイアク! ユウキの変態!」
「今回のは可南子ちゃんだろう、確実に」
「うぅっ……」
顔を赤くし、悔しそうに睨みつけてくる可南子。
「よーし、じゃ次行こうか」
祐麒はチューブと可南子の手を掴んで歩き出す。
「は、離しなさいよ」
「あれー、さっきは可南子ちゃんの方から手を差し出してきてくれたのに」
「知らない、離せっての!」
相も変わらず、色々なことを言いあいながらまたしても頂上へ。
「……後ろから変なことしてきたら、殺すわよ?」
渋々といった様子でチューブの前に座る可南子が、本気で睨んできたので、祐麒は素直に頷いた。さすがに背後からセクハラ変態行為をするつもりはない。
とはいえ、役得がないわけではない。
ポジション的に、可南子の胸の谷間が視線に入ってくるからだ。
祐麒よりも遥かに身長が高い可南子のため、見ていることが上からばれると思い、なかなか目を向けることができなかったが、今なら自然に見ることができる。可南子も遊びで警戒心が緩くなっている。
そんな風に男子高校生らしく、ちょっとエロいことをしていたせいで油断があったのか、カーブで遠心力がかかった際に浮き輪のグリップを握っていた手が滑って、最初の可南子の時と同様に前の座席の方にずり落ちてしまった。
「あああああっ、こらユウキーーーっ!?」
「すまん、わざとじゃないっ!!」
「馬鹿、スケベ、変態っ!」
「おぶぅぅっ!」
可南子の肘が的確に鳩尾に入り、祐麒は悶絶してチューブから転落。そのまま転がるようにしてスライダーを滑り降りた。
「――最低ね、約束を破るなんて」
下で待っていたのは、怒り顔の可南子。
「ご、ごめんって。本当に滑っちゃっただけで、わざとじゃないから」
「どうだか」
「わ、ちょっと待ってってば、可南子ちゃんっ」
怒る可南子を宥めるのに、この後、十分ほどかかってしまった。
時が経つのは早く、そろそろプールも閉園時間が迫っている。祐麒と可南子は最後に一回ということで、一番お気に入りのスライダーを滑ることにした。
回転・蛇行タイプの、全長がもっとも長いやつだ。
今までと同様、可南子が先に滑り、祐麒が後に続く。
そうして、最後の着水。
立ち上がりながら祐麒は、そこでついに待望の光景を目にした。
それは、ウォータースライダーを滑ったことによりお尻に食い込んでしまった水着に指を入れ、食い込みを直している可南子の姿。お尻を祐麒の方に軽く突き出すポーズで、水着の股間や太ももからは水が滴り落ちていて、まさに下半身直撃。
長いスライダーを滑っている間に、祐麒と可南子の間隔が狭まっていたのであろう。まだ祐麒は来ないと思っていたのか、可南子は無防備にそんな格好をしていた。
「――あ、ユウキ。早かったのね」
祐麒に見られていたとも気付かなかったのか、それとも無意識に直していただけなのか、それは分からないが可南子は特に変わった様子はない。
「さ、それじゃあ行きましょうか」
「あ……ちょ、ちょっと待ってくれない?」
「何で? さっさとしなさいよ」
水から上がれない、やむにやまれぬ事情があるのだ。
しかし、そんなことは露程も知らない可南子は、不審げな顔をして祐麒に近づいてくると、いきなり祐麒の手を掴んで、水中にしゃがみこんでいる祐麒を引きあげようとする。
「もうちょっとこう、水の余韻をですね」
「何言っているのよ、最後は混むでしょう。少し早めに出た方がいいのよ」
「だ、だから、もうちょっと待ってって」
「だから、なんで……うわっ」
可南子の引っ張りに抵抗する祐麒だったが、純粋な力だったらさすがに祐麒の方が強いわけで、今の状況を知られたくない祐麒はムキになって抵抗した。幸い、水の中ということで比較的早めに冷えたせいか、大丈夫になってきた。
「よ、よし、行こうか」
「って!?」
可南子が引っ張るタイミングと、祐麒が立ち上がるタイミングがばっちり合ってしまった。かなり力を入れて引っ張ろうとしていたのか、可南子は勢いよく後ろ向きに倒れ、勢いのままに引っ張られた祐麒は顔面からプールに突っ込んだ。
「…………」
「…………」
「…………ぶはっ!」
「……っ、な、何、いきなり立ち上がるのよっ!?」
「ごご、ごめんっ、て、わぶっ」
「この馬鹿ユウキ、くらえ、このっ!」
激しく水をかけてくる可南子。
「そもそも、可南子ちゃんのせいなんだからなっ!?」
「なんで私のせいなのよっ!?」
祐麒も反撃する。
「変態、エロ、痴漢!」
「すべては可南子ちゃんが悪いっ!!」
「なんでよーーーっ!?」
徐々にオレンジ色が強くなる空を背景に。
祐麒と可南子は口げんかのような言い合いをしつつ、いつの間にか笑いながら水を掛け合う。
宙を跳ねる水滴は、夕陽を浴びて薄いオレンジ色に光りながら、放物線を幾つも幾つも描いていた。
「あーーー、疲れたなー」
「何よ、だらしないわね」
プールから出ての帰り道、重い体を引きずるようにして歩く。プールが終わった後というのは、どうしてこんなにもだるいのだろうか。
一方で可南子は、澄ました顔で歩いている。
疲れているのかもしれないが、祐麒にそんな顔は見せまいとしているのであろう。
「でも、楽しかったな。可南子ちゃんはどうだった?」
「……まあ、悪くはなかったわね」
そんなことを言う。
「ユウキがセクハラしてこなければ、もっとよかったのに」
「だからー、わざとじゃないのに」
「本当、男ってどうしようもないわよねー」
「お、俺は他の男と違い、紳士として有名だぞ」
「嘘ばっかり。ちらちらちらちら、人の胸とかお尻とか太ももばーっかり見て」
ジト目を向けてくる可南子。
そんなことを言われて、恥ずかしさがこみあげてくる。確かに、色々と見ていたが、可南子には気付かれていないと思っていたのだ。それが、あっさり気づかれていたのかと分かると、焦り出す。
「俺だって男だから、まあ、少しくらいは」
「あ、開き直った。やーらしーい」
「し、仕方ないだろっ。可南子ちゃんみたいに美人でスタイルの良い女の子が近くに居たら、そりゃ見ちゃうだろっ」
からかわれて、ついムキになって言ってしまった。
一方、可南子の方はといえば。
「えっ?」
なぜか、きょとんとしていた。
「え……と、私は、ユウキが他の水着の女の子をえっちな目で見ていたって言ったんだけど……」
それは確かに、あれだけ大勢の人がいれば、その中で目がいってしまうようなこともあっただろうけれど。
「いや、俺は可南子ちゃんの胸やお尻ばっか見ていたのを言われたのかと……」
発言した後で、余計なことを口にしてしまったと後悔。
「なっ…………!?」
一方の可南子は、驚きながら顔を赤くする。
祐麒も、よくよく考えてみると結構大胆なことを言ってしまったことに気が付き、徐々に頬が熱くなる。
「さささサイテーね、そんな目で見ていたのっ?」
「そんな目って、どんな目だよ」
「それは、だから、えっちな目で……」
「だから仕方ないだろ、俺くらいの歳ならみんなそうだって、可愛い水着の女の子がいて、その相手がす――」
そこで慌てて口をおさえる。
勢いに任せて、とんでもないことを口走ってしまうところだった。
「その相手が、な、何よ?」
横目で見つめてくる可南子。
「いや、な、なんでもない」
「なんでもないことないでしょう」
「だーかーらー、相手が可南子ちゃんみたいに可愛くてスタイルよければ、どうしたって見ちゃうって言ってるのっ。あーもう、二度も言わせるなっての!」
「か、勝手に言ったくせに……ふーん……でも、そ、そうなんだ」
ちらちらと祐麒のことを見る可南子。
エロさを軽蔑しているのかもしれないが、もはや発言をないことにもできない。
「ま、まあ、そりゃ」
「でも、それじゃあ別に私じゃなくても、同じってことよね」
「それは、まあ……、そうかもしれないけど」
「…………ふーん」
さっきまでよりも遥かに強い目つきで睨まれた。
そこまで怒らなくてもいいではないかと思うが、とてもではないが怖くて言い返せない。男なんだから仕方ないといって、通用する可南子でもないだろう。
「え、えと、そうだっ! 今日のお礼をしないとなっ」
「はあっ?」
「プールのチケットもらって、楽しませてもらっちゃったし」
「べ、別に、私じゃないし。お母さんだし。お母さんにでもお礼したら?」
「そうだなー、あ、今度の夏祭りで好きなものご馳走してあげるよ」
「へ? ちょっと話聞いている? だから私は」
「綿菓子、林檎飴、チョコバナナ、焼きそば、お好み焼き、何が好き?」
「……チョコバナナ」
「オーケー、オーケー、何でも奢っちゃうよ。もちろん食べ物以外でも、射的、輪投げ、型抜き、金魚すくい、何でも来いさ」
「ねえユウキ、だから私は行くとは一言も」
「あ、ちなみに可南子ちゃんは浴衣ね」
「なんで指定なのよっ」
「夏祭りといったら浴衣じゃん、これ決定だから頼むよ」
「もうっ、だから――――」
夏の日の夕方。
地面に揺れる二人の影は楽しげに揺れていた。
☆
可南子が家に帰った時には、大分遅い時間になっていた。
プールの後、ファストフードで少しまったりして、祐麒につれられてゲームセンターに寄って、それからカラオケに行った。今までバスケくらいでしか時間をともにしていなかったので、少しは新鮮であった。
「あらあら可南子、随分とごゆっくりだったわねぇ~。今日はお泊まりだとばかり、思っていたわ」
帰宅するなり、母親の美月がにやにやと笑いながら出迎えた。
「そんなわけないでしょう、まったく」
「まあ、お泊りだと高いからね、ご休憩で済ませたというわけか」
「なんなの? あー、疲れた~~」
荷物を置いて床に腰をおろすと、そのまま寝っころがった。
「だらしないわねぇ、髪の毛、汚れるわよ」
「どうせプールで汚れているし、シャワー浴びるから」
今はただ、だらだらとしていたかった。
「シャワー浴びるならさっさと浴びちゃいなさい。そのまま寝ちゃうわよ」
「はーい……」
返事をしつつ、なかなか起きない可南子。
「まったく……よっぽど楽しかったみたいね、今日の祐麒くんとの、で・え・と♪」
「なっ!? なんでそんな適当な」
「だって、寝ている顔が、凄くにやけていたもの」
美月に言われ、起き上がって頬に手を添える可南子。
「そんなわけないじゃない、もう、シャワー浴びてくる」
「あ、逃げた」
実際、美月の声から逃げるようにして洗面所に入る。
「にやけてなんて、いるわけないじゃない」
洗面所の鏡に映る自分の顔を見てみれば、渋い表情をして可南子自身を睨みつけてきている。可南子はごわごわになった髪の毛を撫で、服を脱ぎ始める。やがて、下着姿になったところで動きが止まる。
「…………ね、お母さん」
洗面所の扉を小さく開けて顔を出し、居間から訝しげな目で見てくる母に向けて、可南子は口を開いた。
「あのさ……ウチに浴衣って、あったっけ?」
おしまい