大学の講義が終わり、昼休みの時間となった。
混雑している学食は避け、私は中庭へと向かう。中庭は私と同様、外で食事をしようという学生が沢山いたが、場所がないほどではない。適当に空いているベンチに腰をおろし、バッグからお弁当を取り出す。
最近、料理を始めた妹の手作り弁当である。味は可もなく不可もなく、といったところだが、作ってもらっている身としては文句などいえない。
お弁当の蓋を開け、いざ食べようと箸を取り上げたところで。
「あー、やっと見つけた、内藤ちゃん!」
という大きな声に、思わず箸を取り落としそうになった。
聞き間違いではないかと疑ったが、振り向いてみると、大きく手を振りながら近づいてくる人たち。明らかに、私の方に向かって歩いてきている。
私はずれた眼鏡を直し、半ば呆然としつつ彼女達が近づいてくるのを見ていた。
「やっほー、内藤ちゃん」
声もなく、近づく同級生を見やる。
"な、内藤ちゃん……?"
自分が呼ばれているのだとは、最初、気がつかなかった。
そうこうしているうちに、取り囲まれる。
「ここにいたんだ、探したよー。あ、お弁当なんだ」
「あ、うん。えと……清水さん、な、"内藤ちゃん"って……」
「あー、"内藤さん"だとなんか固いじゃない。ほかにも考えたんだけれど、"内藤ちゃん"が一番しっくりくるかなって」
「そ、そうなんだ……」
私を取り巻く、清水さん、朝霧さん、坂牧さん。
まず、"内藤ちゃん"などと呼ばれたことに驚いている。リリアンでは下の名前に"さん"付けが普通で、ニックネームで呼び合う人はほとんどいなかった。教師は苗字で呼ぶが、当たり前だが"さん"付けなので、違和感がありまくりである。
リリアンと異なる大学に入ったことにより、周囲の学生は、親しい友人同士はニックネームで呼び合ったりしていたが、私に関してはそういうことはなかった。だから、いきなり変な風に呼ばれても戸惑うだけだった。
加えて、彼女達とは今までさほど親しくなかった。合コンに誘われた清水さんを除けば、むしろ、話すのさえほとんど初めてくらいである。何せ、見るからに少し派手目で華やかで、今時の若い女の子という感じで、地味な私とは違うタイプの子だなと思えてしまうから。
そんな人たちにいきなり親しげに呼ばれ、困惑しない方が不思議ではないだろうか。
しかし、彼女達は私の内心などお構いなく、話しかけてくる。
「いやね、キミたんが内藤ちゃんと彼氏のこと、聞きたいってうるさくて」
「えーっ、マッキだって言っていたじゃん。人に押し付けないでよー」
「ま、そんなわけで探していたってわけ。あ、お昼一緒に食べようよ」
聞いているに、"キミたん"が朝霧さん、"マッキ"が坂牧さんのことらしい。
彼女達は私の返事を聞く前に、私を引っ張って中庭の芝生の方に移動した。そのまま四人で車座になり、めいめいの昼食の準備をする。
改めて三人を見れば、やはりいずれも今時の女子大生らしく、お洒落で、垢抜けていて、私とは異なるタイプどころか、今まで付き合ったことのないタイプである。
「でもねホント、内藤ちゃんの手の早さにはビックリしたよ。見事な手際だったから」
いつの間にか、清水さんが話し始めている。
「だって、トイレから戻ってきたと思ったら、そのまま彼を連れて出て行っちゃうんだもん。一体、どんな手をつかったのかいい加減に教えてくれてもよいんじゃない?」
先日の合コンのことを、まだ聞いてきている。
誤解もはなはだしいので、いつも訂正をするのだが聞いてもらえない。確かに、状況だけをみたら彼女の言うとおりなのかもしれないが。
「その子、まだ高校生なんでしょう?」
「可愛い顔しているのよー。ちょっと女の子みたいな」
「あたしは年上の方がやっぱりいいけれど、年下かー」
しかし、三人の会話は途絶えるということがない。よくもまあ、それだけ流れるように話し続けられるものだと半ば感心しながら、私は口を出す暇さえも見つけられずに、ただ黙々とお弁当を食べていた。
「それでさー……あ、内藤ちゃんメール入っているんじゃない?」
「ん?」
言われて見てみれば、置いてあった携帯電話のメール着信を知らせるランプが、確かに点滅していた。
そういえば、先ほどの講義の途中で受信していたことを思い出した。だが、彼女達に正直にそう告げると。
「えーっ、何ですぐに見ないの!?」
と、驚かれた。
「だって、講義中だったから」
当たり前のことだと思うが、彼女達にしてみれば当たり前のことではないのだろうか。大切なメールだという可能性も勿論否定はできないが、本当に重要なことならば電話をかけてくるだろう。メールであればいつ見てもよいものだろうから、講義が終わった後に確認しようと考えるのは、真っ当ではないか。
私は眼鏡の角度を直しながら、携帯を開いて受信メールを見る。
祐麒からだった。
「ちょ、彼氏からのメール、そんな放っといていいの?」
「だから、別に彼氏じゃないし」
読み終えて、閉じる。
「返信しなくていいの?」
「そんな別に、急いで返す必要もないし」
「わー、ドライだね。あたしの今の彼氏なんか、すぐにメール返さないとチョー怒るんだよ?」
「ちなみに、なんだって? メール」
なぜか皆、私が受けた祐麒からのメールに興味があるようだった。仕方なく私は携帯電話を再び開いて、メールの画面を皆に見せた。
「なになに……ふんふん……って、これ、デートの誘いじゃない。しかも今日」
「えーっ、早く応答してあげたほうがいいんじゃない?」
「別に、お昼食べてからでも」
抗議しようとするが、私の言葉など無視される。
「何、内藤ちゃん。今日は何か他に予定でもあるとか?」
「いえ別に、そういうわけでは」
「じゃあ、私が返信しておいてあげるね」
「え」
唖然としているうちに、携帯電話を手にした彼女はすさまじい速さで指を動かし、あっという間にメールを打って、送信してしまった。
慌てて、どんな内容のメールを送信したのか確認しようと手を伸ばすと、今度は彼女の方が私に画面を開いて見せた。
『はぁい祐麒クン、克美でぇす(o^∇^o)ノ 今夜?もちろんイクイク、超楽しみ! っていうか今夜は帰らせないからね(* ̄・ ̄*)ンー 愛してるわ、アナタの克美より』
携帯電話を奪い返し、何度も画面を見つめなおし、身体を震わす。
「な、なんなのこれーーーーっ!!?」
取り消そうと操作するものの、既に送信されてしまったメールをどうこうすることができるわけもない。
新たなメールを送ろうかとも思ったが、それも面倒くさいので結局、肩をすくめるだけにとどめた。
「ところで内藤ちゃんって、お嬢様学校だったんだってー?」
賑やかな昼食。
まさか交流を持つとは思わなかったような女の子達と知り合い、こうして一緒に話し、時を過ごす。
彼女達の話は時々、ついていくのが大変だったけれど、それでも思っていたほど異世界でもなかったし、嫌な気もしなかった。
大学に入って、私も少しは変わってきているのかもしれないと、妙なところで自覚し始めるのであった。
「――というわけで、そのメールは私が送ったものでもなければ、私の思ったことでもないので、誤解しないように」
待ち合わせのコーヒーショップにて、私は力を込めて言った。
「分かってますよ、克美さんがこんなメール送るとは思えないですし。まあ、最初に見たときはびっくりしましたけれど」
正面の席に座っている祐麒は、携帯電話の画面を見ながら緩い笑みを浮かべている。本当に、分かっているのだろうか。何回も念を押すように言っているのだが、表情は変わる様子を見せない。
該当のメールを削除しろといってもなかなか消そうとしないし、万が一、あのメールが知人にでも見られた日には、どんな目で見られるか分かったものではない。
祐麒はコーヒーを一口すすり、携帯電話を閉じて口を開く。
「それより、今日は来てくれて嬉しかったです」
「貴方も物好きよね。私と一緒にいたって、楽しくないでしょう?」
本気で、首を傾げたくなる。
この、目の前で人の良さそうな表情を見せている少年は、何を楽しみにして私と会いたいなどと言ってくるのだろうか。実際、何が楽しくて笑みを浮かべているのだろうか。
だけど祐麒は、ごく真面目な瞳で言い切る。
「楽しいですよ、本当に」
私はさして話題が豊富というわけでもないし、話術に長けているわけでもないし、そもそも普段の生活で話をする機会そのものが多くない。最近になって、大学で様々な知り合いが出来て多くはなってきたが、それでも微々たるものであろう。
従って、必然的に喋るのは専ら祐麒がメインとなる。
私は主に相槌とか、頷きを返すだけなので楽だが、口を動かしっぱなしの祐麒は大変であろう。
「克美さんは俺といて、楽しくないですか?」
「そんなこと、ないよ」
実際、私の知らないことを色々と話してくれるので退屈することはない。リリアンという女子校育ちの私にとって、男子校の話題は刺激的だし、男の子の生活と女の子の生活はかなり異なり、興味が尽きることはない。
だから本心から言っているのだが、どうも祐麒は私の答えに満足していないようで、微妙に眉をひそめる。
どうしたのかと訊ねてみると、私の表情があまり楽しそうに見えないから、気を遣って言っているのではないかと思っていたらしい。私はあまり表情豊かというわけではないから、そのような誤解をさせてしまったのだろう。
だらだらと、特に目的もなく話をして時間が過ぎてゆく。一年前までの、いや、半年前の私だったなら物凄く無駄だと感じて、絶対に過ごしていなかったと思えるような時間。
「……まあたまには、こういうのも悪くないか」
「? 何がですか?」
「何でもないわよ」
眼鏡の位置を直し、時計に目を向ければそれなりの時間。
「それで、今日はこの後何か予定でもあるの?」
ただコーヒーを飲んで話をしているだけで終わりなのか、あるいは何か考えでもあったのか。
「特にコレといったのはないんですけれど……克美さんはどこか行きたい場所とか、あります?」
「いえ、別に。何もないんだったら、帰る?」
コーヒーも飲み終えているし、予定もないのであれば帰宅するのはごく当然だと思って私は訊いたのだが、祐麒は私の言葉に顔色を変えた。
「どうしたの? 予定、ないんでしょう?」
会計に向かおうと腰を浮かしかけたが、祐麒があまりに情けない表情をしているので、座りなおして再度問いかける。
「あの、違います、違いました、行きたいところありました! だからその、よかったら克美さんも一緒に行きませんか?」
「なんだ、あるならあると先に言いなさいよ、まったく」
息を吐き出すと、私は伝票を手に取って再び立ち上がる。席を離れてレジに向かう私の後ろを、慌てて鞄と携帯電話を抱え込んだ祐麒が追いかけてくる。
「か、克美さん。えと、帰らない、ですよね?」
「はぁ? 何よ、予定があるっていったのは祐麒でしょう。ないなら帰るわよ」
目を細めて祐麒を見つめる。
先ほどから祐麒は、何を言っているのだろうか。次の予定があるならある、ないならないとはっきりしてほしい。
「ありますありますっ! あ、お金払いますよ」
学生服のポケットから、財布を取り出す祐麒。
だけど私は、さっさと自分の財布から紙幣と小銭を出して会計を済ませてしまう。
「いいわよ、これくらい。年上である私が出してあげるから」
何か言いたげな祐麒であったけれど、私はさっさと店を後にするのであった。
店を出た後、映画を観て食事をした。
映画館で映画など久しぶりに観たが、やはり大きなスクリーンで観賞すると迫力が違う。映画の内容自体はありきたりなものだったけれど、それなりに楽しめた。どうやら祐麒は映画を観にいくのにつきあってほしかったようだ。一人で映画を観にいくのが恥しいのだろうか、そう考えると何となく可愛らしい。
食事は、近くのファミレスで。
最初、祐麒は背伸びをしてか、あるいは格好つけようとしてか、ファミレスよりは1ランク高いレストランに行こうと提案してきたが、私が却下した。私だって、そんなに台所事情が良いわけではないのだから。
祐麒は少し不満そうだったが、ファミレスでお腹を満たし、外に出るとすっかり夜になっていた。
「克美さん、時間はまだ大丈夫ですか?」
問われて、頷く。
大学生になって、家の門限は十一時となっていたから、まだ時間的に余裕はある。しかしこの時間から、まだどこかへ行くのかと思っていると。
「えーとえーと、それじゃあ、カラオケでもいきませんか?」
と、提案してきた。
学生としたら、ある意味定番ともいえるカラオケ。しかし私は、難色を示す。
「カラオケ、ねえ……」
「あー、嫌いですか」
「いえ、嫌いというか、行ったことがないのよ」
何せ、学校帰りの寄り道禁止のリリアン女学園。加えて私は、リリアン在学中はほぼ真面目一徹な学生だったから、その手の遊びとは縁遠かった。大学生になったものの、今でも未経験である。
人前で歌を披露するというのも気恥ずかしいが、一度くらいは行ってみたいという気持ちもあって、正直、揺らぐ。
「じゃあ、せっかくだから行ってみましょうよ」
祐麒の言葉に背中を押されるようにして、私はまた歩き出す。
初めてのカラオケは、戸惑うことも多かったけれど、なかなかに刺激的で衝撃的であった。
室内の雰囲気に戸惑い、曲目のあまりの多さにびっくりして、リモコン操作も最初は間違ったりもしたけれど。
歌が特別に上手いわけでもないし、声もうまく出なかったりしたけれど、それでも何曲か歌って慣れてくると、歌うことの気持ちよさを実感してくる。途中で頼んだドリンクにアルコールが入っていたせいもあるだろう。さほど強くはないけれど、それでもほんのりと体が熱く、そして気分も良くなってきて、歌うことにも勢いがついて。
そして、ふと時間を確認してみると。
「えええっ、ちょっと、もう終電ないじゃないっ」
悲鳴をあげた。
そんな私を、祐麒は変な目で見ている。
「だから、しばらく前に言ったじゃないですか。でもそれを聞いても延長したの、克美さんですからね」
そういえば言われたような気もしたが、今さらそんなことを言っても仕方ない。大体、終電がなくなると分かっていたのならば、例え私が延長しようとしても止めるのが祐麒のつとめというものではないだろうか。
酔いもまわっていたのか、思考が徐々に大雑把になってゆく。
「まあ、どうせ終電ないなら今から慌てても仕方ないわね。家には連絡するとして……メールの内容通りじゃないけれど、今夜は帰らせないから……なんてね」
からかうように、少し艶をにじませるよう意識した口調とポーズで言うと、祐麒は顔を赤くしてわずかにのけぞった。
「冗談で言わないでくださいよ、そういうこと。それより、本当に今さらですけれど大丈夫なんですか? ご家族の方とか」
「まあ、私も一応大学生だし。連絡も入れたから大丈夫だとは思う。祐麒の方こそ、平気なの? お坊ちゃまではないの?」
「俺は男ですし、明日は土曜で学校休みだし、友達の家に泊まるって連絡しますんで。以前にもそういうこと、何度かあったし平気だと思います」
「あー、彼女とお泊まりのときとか、そういう手を使っているのね」
「いませんて彼女なんて、男子校だし。本当に男友達ですよ」
「でもそうか、祐麒は明日休みなんだ。私は明日も講義、あるからな」
すっかり話し込んでしまった室内、祐麒のいれた曲のBGMが流れ続けている。
「……で、これからどうする?」
私が訊ねると。
祐麒はマイクを再び握り締めて。
「歌うしかないですかね、とりあえず」
笑うのであった。
知らぬ間に、眠ってしまったようだ。
部屋のイスの上に変な体勢で横になっていたせいか、体が軋む。未だ眠気と気だるさが残る体を、私は無理矢理に引き起こす。
部屋の中も静かになっており、モニターから曲の紹介をする映像だけが流れている。
何時ごろだろうと室内を見回し、時計がないことを思い出す。仕方なく携帯を取り出そうとして、反対側のイスで横になっている祐麒の姿が目に入った。
やはり私と同じように、睡魔には勝てなかったのだろう。腕を枕代わりにして、顔を私の方に向けて寝息をたてている。
祐麒の寝姿を見ながら携帯を開くと、時刻は早朝四時をまわっている。あともう少しで、始発が動き出すと思い、携帯をしまおうとしてふと気がつく。
携帯電話には、カメラの機能もついていることを。
正面で、熟睡している祐麒は、無邪気であどけない顔をしている。こうして見ている分には、男の子にしてはもったいないような可愛い顔をしているではないか。
私は携帯をカメラのモードに切り替え、身体をテーブルの上に乗り出すようにしながら腕をつきだし、画面に祐麒の顔をおさめる。
「――ふふふ、寝ている方が悪いんだからね」
言い終えると同時に、シャッターの音は響いた。
その後、目覚めた祐麒とともに朝五時に店を出て、始発に乗って家に帰った。家では心配していた父と母に少し小言を言われたが、説教というほどにはならなかった。
シャワーを浴びて汗を流してすっきりして、身支度を整えるとほとんど休む間もなく大学に向かった。今日も朝から講義があったし、ほとんど寝ていないからといってサボるわけにもいかなかった。
欠伸を噛み殺しながらも最低限の集中力をもって講義を乗り切り、昼休みになったところでまたも清水さん達に誘われて、学食に入った。あまり食欲もなかったので、きつねうどんを啜っていた、そのときの出来事。
私の携帯電話にメールが着信した。
サブウィンドウに表示されたのは、"福沢祐麒"の文字。
気づいた清水さんが、うどんをすすっていた私より先に携帯を手にする。
「わ、また祐麒くんからだよ。ねえねえ、メール読んでいい?」
「いいわけないでしょう」
奪い返し、さっさと見てしまおうと画面を開いてみると。
「――なっ」
私は言葉を失った。
私のそんな様子を見て、隣に座っていた朝霧さんが首をのばして画面を覗き込んできた。
「なになに……"昨日は楽しかったです。克美さんの寝顔、可愛かったです"……って、わー、やだもー内藤ちゃんたらー」
どうやら、私の方も寝顔を見られていたらしいと知る。家族と修学旅行のとき同室だった子以外で、自分の寝ている姿を見られた記憶なんて無い。しかし、なんてとんでもないメールを送ってくるのだろうと、神経を疑った。こんな言葉で、私がどうにかなるとでも思っているのだろうか。
私はそう思ったのだが、近くにいた清水さんたちは違ったようで。
「寝顔見たってことは、昨日はどこいったのかしらぁ?」
「いや、イッたのは内藤ちゃんの方じゃない」
「そーいや寝不足だって言ってたのは、そのせいか。なにー、祐麒くんてばそんなに内藤ちゃん寝かさないくらい頑張っちゃったの?」
「いや、違うから」
「内藤ちゃんて、真面目に見えてエッチには貪欲なんだよねー」
いつの間にか、とんでもない女に押し上げられていっているような気がする。それもこれも、全ては祐麒のせいである。
だけども不思議なもので、まあ仕方ないか、と思ってしまう部分もある。私は指で眼鏡の位置を直し、ふと息を吐き出した。
「……この前からちょっと思ったんだけど、今ので確信。内藤ちゃんてさあ」
「え、何?」
右斜め前の席に座っていた坂牧さんが、前傾姿勢で見つめてきて、どきりとする。
「……眼がエロいよね」
「なっ……!!」
思わず、箸を取り落としそうになる。
抗議しようとしたのだが、その前に清水さん、朝霧さんが勢い込んで坂牧さんの言葉に乗っかった。
「あーそうそう、あたしもそう感じていた!」
「特にレンズ越しのがヤバイ。多分、この眼で男を落としているのよ」
「え、ちょっとちょっと」
私はテーブルに手をつき、腰をわずかに浮かした。
しばらく前に、妹の笙子にも同じようなことを言われたのを、思い出した。
「わ、私って、そんなに眼がエッチなの!? ねえ、ちょっと」
問い詰めようとする私を、笑いながら囃し立てる友人達。
予想もつかなかった大学生生活の始まりだったけれど、これはこれでそんなに悪くはないものだと、確かに私は思い始めていたのであった。
おしまい