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【マリみてSS(桂)】もう一つの革命 <その2>

更新日:

 

~ もう一つの革命 ~
<その2>

 

 

 似たようなことを考える人は多いようで、私のように姉妹を解消する人たちが随分と沢山いたらしい。『黄薔薇革命』に感化されて、同じ事をした姉妹の数は二桁を超えるとか。その中に、私とお姉さまも入っていることになる。
 他の人から見たら、簡単に流されてしまった馬鹿な姉妹、と映るのかもしれない。だけど、自分なりに考えた末に出した結論なのだ。私は、自分で自分を納得させるようにして一人頷くと、教室に足を踏み入れた。
「ごきげんよう、桂さん」
「ごきげんよう、祐巳さん」
 祐巳さんと一緒にお喋りをしていた蔦子さん、志摩子さんも同様に挨拶をしてくる。ほんの少し前までは、志摩子さんとお喋りすることなんてほとんど無かったし、考えられなかったのだけれど、いまやごく自然に仲良くお話している。私なんか、いまだに志摩子さんを見ると、その美しさに思わず見とれて緊張してしまい、上手に話すことができないというのに。
「……桂さん、具合でも悪いの?元気ないみたいね」
 問いかけてきたのは、蔦子さん。
 慌てて、笑って力こぶを作ってみせるポーズをした。
「そんなことないよー、元気、元気。私から元気を取ったら、何も残らないんだから」
 言いながら、どこか虚しくなる。
 そうだ、私にはろくな取り柄がない。普通の容姿に普通の頭脳、普通の運動神経。平均点よりちょっと上にいくのは、ミーハーで、お喋りで、元気があるということで、自慢にもならないことばかりだ。
「それなら、いいのだけれど」
 まだ納得がいかないような顔をして、蔦子さんは縁なし眼鏡の角度を直す。「それじゃ」と一言ことわってから自分の席に着く。鞄を置き、中から教科書やらノートを取り出しながら、ちらりと祐巳さんたちの様子を見る。
 すでに私のことなど気にした様子も無く、お喋りを再開している。ほっとしたような気もするし、寂しい気もする。
 志摩子さん、祐巳さんはそれぞれ白薔薇のつぼみ、紅薔薇のつぼみの妹と、山百合会メンバーとなってもはや知らない人はいないっていう感じ。蔦子さんは写真部のエースとして、様々なところで写真を撮っているからやっぱり有名人。ちなみに蔦子さんの写真に関しては、趣味と実益を兼ねているのではないかとのもっぱらの噂で、実は本気で「ソッチ系」の人なんじゃないかと思われていることは本人には内緒だ。
 と、そんな有名な三人から比べたら、私なんか集団に埋もれてしまうその他大勢の中の一人。幼稚舎からリリアンに通っているから、同じ学年の子の多くの子には知られているけれど、それは他の子だって同じ。
「ふぅ」
 らしくないため息をついて、椅子に座る。
 ちょっと前までは祐巳さんと気さくにお喋りしていたのに、今、祐巳さんが話しているのは志摩子さんに蔦子さん。引け目を感じる必要なんてないはずなのに、なぜか遠慮をしてしまう。
 やっぱり私は、なんの取り柄もない普通の女の子なのだ。有名人とは違う。

 一日の授業は、いつもよりもとても長く感じた。

 

「……しまったなぁ」
 放課後になり、私は頭を抱えた。
 なぜかというと、これから部活があるから。部活にいけば、当たり前だけれどお姉さまと顔をあわせてしまう。こういうとき、同じ部活で姉妹というのは非常に困る。一体、どんな顔をしてお姉さまと会えばいいのだろう。いや、すでにお姉さまではないのだから、お姉さまと呼ぶのもへんなのだけれど。
 恐る恐る入った部室にお姉さまの姿が見えないのを確認して、胸を撫で下ろす。ことさらにゆっくりと着替えたけれど、そんなのは大した時間稼ぎにはならないもので、もうコートに出て行かないわけにはいかなかった。
 一番遅れてコートに足を踏み入れると、既に準備体操に入ろうかというところだった。
「遅いわよ、桂ちゃん」
「はい、すみません」
 先輩の声を受けて、慌てて加わる。
 テニス部は、高等部の中でも大所帯の部活で、三年生が引退した今でも人数は結構多い。引退した三年生でも、後輩の指導などで参加する人は多く、今日も一年生から三年生まで部員はコートから溢れんばかりだった。
 そんな中でも、お姉さまの姿は真っ先に目に入ってくる。どこにいても、何をしていても、参加していればすぐに見つけることができた。
「―――」
 目があった。
 私はすぐに、避けるように横を向いてしまった。すぐにお姉さまの顔を見られるほど、強い心を持ち合わせては無い。一体、どのような表情でお姉さまはこちらを見ているのだろうか。それとも、見ることすらしていないのだろうか。
 緩慢な動作で準備運動を続けていく。
 いつの間にか準備運動が終わり、素振りへと移行する。やはり、いまいち気分が乗らないまま素振りをしていると、隣にいる春奈さんがおそるおそるといった感じで話しかけてきた。
「桂さんさ、ひょっとして、椿さまと何かあった?」
「え、な、なんで?」
「だってさ、ロザリオしていないじゃない」
「あ……」
 いつも首にかけていた、お姉さまからいただいた大切なロザリオ。今はもう桂の手を離れ、首周りが少し寂しい。
「それに、いつもは来ると椿さまとお喋りするじゃない。今日に限って、近づこうともしていないでしょう」
「それは」
「余計なお世話かもしれないけれど、大丈夫?」
「う、うん、ありがとう」
 曖昧な笑みを返して、素振りを続ける。
 ふと周囲を見てみると、春奈さん以外にも何人かの部員がちらちらと私やお姉さまのことを見ていた。昨日の今日だというのに、皆目ざといというか。後から聞いた話だと、他にも姉妹を解消した人たちがいたらしく、敏感になっていたみたいだった。
 全く気が乗らないまま、練習を終えた。
 テニスは大好きだけれど、これから先のことを考えると気が重くなる。一年近くはお姉さまと顔を合わせて練習する日が続くのだ。
 嬉しかったはずの時間が、つらい。
 私は思い足を引きずるようにして、帰途についた。

 

 数日後には、私とお姉さまが姉妹の関係を解消したことは部内に知れ渡っていた。同学年の仲間は気を遣うように声をかけてきたり、あるいは今まで同じに接しようとしてくれたりと、姉妹をやめた本人たちよりもよっぽど気疲れしそうに見えた。なんだか、申し訳が無い。
 廊下を歩いていると、仲の良い姉妹らしき二人が横を通り過ぎていく。思わず、目で後ろ姿を追ってしまった。
 意味もないことだと頭を振り、正面に向き直ってぺたりぺたりと上履きを鳴らしながら一人、歩く。
 ぼーっとしているうちに、目的地に辿り着いていた。
 テニスコート上には、昼休みということもあり生徒の姿は見られなかった。ただ一人、私を呼び出した人を除いては。
「すみません、待たせてしまいましたか?」
 少し小走りに、コートに足を踏み入れる。とはいっても、コートの端っこだ。練習をするわけでもなく、コート内に入るわけにはいかない。
「いいえ。私こそ呼び出したりしてごめんね、桂ちゃん」
「いえ。それより、御用はなんでしょうか、理沙子さま」
 呼び出したのは、二年生の理沙子さま。背中にかかる黒髪も美しい、目元の涼やかな先輩だ。
 しかし、昼休みにわざわざテニスコートまで呼び出すとは、どういうことだろう。やっぱり、あのことだろうか。
「桂ちゃん、椿さんと姉妹を解消したんですって?」
 やっぱりそうだった。私はただ、無言で頷いて肯定の意を示す。
「そう……」
 理沙子さまは口元に手を持っていくと、そっと息をついた。何か考えるようにして、テニスコートのラインをじっと見つめている。
「本気、なの?あなたたち、あんなにも仲が良かったじゃない」
 肩にかかる髪の毛を梳きながら、問いかけてくる。
 私は一瞬、ためらったけれどもきちんと返事をした。私からロザリオを返したことは、事実なのだから。
 すると理沙子さまは、どこか困ったような、悩むような表情をこちらに向けた。
「あの、ご心配かけて申し訳ありません。でも、私たちのことですから、私たちでなんとかします……理沙子さまにまでご迷惑をおかけするわけには」
「あ、うん、そうじゃなくて」
 と、頭を下げかける私を押し留めて。
「本当に、本気で椿さんと別れたというのなら」
 そこで少し、間をおいて。
「桂ちゃん、私の妹にならない?」
「―――え?」
 とんでもないことを、告げたのであった。

 

 午後の授業を受けている間、ずっと上の空だった。幸いにして指名されるようなことはなかったけれど、最後に宿題が出されていたような気がする。後で、確認しないといけない。
 だけど、そんなことよりもっと重要なことがある。お昼休みの理沙子さまの言葉を頭の中で反芻する。

 

「―――え、じょ、冗談、ですよね?理沙子さま」
「冗談なんかで、こんな大切なことを言えるわけ無いでしょう」
 理沙子さまはごく真剣な表情でこちらのことを見つめていた。でも、私だってそうすぐに理沙子さまの言葉を信じられるわけもなかった。だって理沙子さまはテニス部一の美人ともっぱらの評判で、テニスの実力だって中学時代から培っていたから、一年生のとき既に団体戦のレギュラーに選ばれていて、二年生の今ではエース的存在になっている。そんな理沙子さまが妹をいつまでも作らないのは確かに不思議だったけれど、お眼鏡にかなう子がいないんだろうと皆では話あっていた。残念ながら今年のテニス部一年生には、華のある子はいなかったから。
 そんな理沙子さまが、なぜ私なんかを妹にしよう、なんて言い出したのだろうか。ひょっとして、お姉さまと破局した私に対する同情、だろうか。
「先に言っておくけれど、同情したとか、そういうわけでもないわよ」
 髪を撫でながら、凛とした声ではっきりと否定されてしまった。
 では、本当になぜだろう。私は高校に入ってからテニスを始めたから上手というわけでもないし、容姿、成績だって人並だ。はっきり言って、他の同級生の中に埋もれてしまうような、ごく普通の女の子だ。
「戸惑わせてしまったみたいね」
 ふ、と理沙子さまが困ったような笑顔を見せた。
 はっとして私は口を開く。
「い、いえ、すみません、なんか私っ……」
「いいのよ。椿さんとまだ別れたばかりなんですもの。そんなところにいきなり話を持ってきた、私の方が不躾だったわ」
「り、理沙子さま」
 とても寂しそうな顔をしているように見えたので、思わず一歩、理沙子さまの方に近づいた。
 理沙子さまは、練習の時には見せたことが無いような優しく穏やかな瞳で、私のことを見つめていた。その瞳の輝きに、吸い込まれそうになる。
「……でもね、桂ちゃん達が落ち着くまで、とても待っていられなかったの。早く、桂ちゃんに伝えたくて」
 理沙子さまの手がそっと伸びてきて、ふわりと頭を撫でる。
 気持ちが良くて、目を細めていると。
「ふぅ~~っ」
 大きく息を吐き出し、胸に手を当てる理沙子さま。
「ああ、緊張した。妹になって、って言うときみんなこんなに緊張しているのかしら。試合のときより緊張しちゃったわよ」
「え」
 びっくりした。
 いつも凛々しい理沙子さまが、まさか私ごときと話すのに緊張していたなんて。
「でも、私の気持ちは本気だから、考えて欲しいの。私を……姉として迎え入れて欲しい」
「あ、私、は……」
「今じゃなくていいのよ。椿さんとのことが少し落ち着いて、冷静に考えてくれれば……あ、もうこんな時間。ごめんなさいね、休み時間に。そろそろ戻りましょうか」
 先に背を向け、歩き出す理沙子さま。どこか慌てているような、動揺しているようなところが、今まで以上に身近に感じられた。
 私は立ち尽くし、動くことができなかった。
 でも、理沙子さまがコートから出る直前。
「あの、理沙子さまっ!」
 思い切って呼びかけてみた。
 振り返る、理沙子さま。
「……どうして、どうして私なんかのことを……?」
 知りたかった。
 なぜ、私のことを妹に、なんて思ったのか。
 すると理沙子さまは美しい黒髪を手でおさえながら。
「――桂ちゃんが、眩しかったから―――」
 と。
 それだけを言って、コートから出て行った。

 どんな表情をして言ったのか、私にはわからなかった。

 

その3に続く

 

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