福沢家で生活するようになってから二日が過ぎた。祐麒の両親は優しくしてくれるし、家を追い出された景の事情を深く詮索しようともしてこない。料理は美味しいし、温かな雰囲気だし、和やかに過ごしている。
祐巳も非常に気さくでなじみやすく、すぐに景とも仲良くなった。夜には祐巳の部屋でガールズトークに花を咲かせたりもした。
祐麒と恋人同士だ、などという誤解をされていることを除けば、他人の家だというのに非常に気持ち良く生活できている。
もちろん、ずっと甘えるつもりはない。すぐにとはいかなくても、新たな住処を見つけて引っ越しをする。
祐麒とは、適当な距離を保ちつつ暮らしている。一応、家族には恋人ということで通っているので、あまりに素っ気なかったり、話をしなかったりするとおかしいので、家にいるときはそれなりに話もする。
だが一歩外に出たら、話は別。恋人なんて設定はないわけだし、そもそも、教育実習生が教育実習先の男子生徒とそんな関係だなんて、例え嘘でも知られるわけにはいかない。だから、学校で会っても素知らぬ顔だし、生徒会活動の手伝いでも、必要以上に会話することはしない。
そう、お互いに深く踏み込むこと話しない。それは、二人の間で暗黙のうちにかわされた約束、だと勝手に思っている。
しかし今、景は非常に困っていた。
うっかり、踏み込んでしまったのだ。
「しまった……まさか、見つけてしまうとは」
学校の授業で失敗して、むしゃくしゃしていて、やるまいと思っていたことをついやってしまったのだ。
祐麒の部屋の中、ベッドの上に並べられているのは。
エロ本。
エロDVD。
家捜しをして、まさか見つからないだろうと思っていたのだが、意外とさっくり、見つけてしまった。もちろん、ベッドの下とか単純な場所ではなく、色々とカモフラージュはしていたが、それでも見つけてしまったのだ。
見つけた後で後悔して、見なかったことにして元の場所に戻すのが良いのだろうが。
本を手に取る。
"やっぱり年上のお姉さんがスキ!"
"眼鏡っ娘の魅力に迫る"
"黒髪ストレートロングは正義"
続いて、DVDのパッケージに目を向ける。
『教育実習生の恥辱授業』
『エッチな女子大生がお好き?』
タイトルを見ていると、なんだか色々と複雑な気持ちになる。何か、全てを総合すると、誰かにあてはまるような気がする。また、AV女優の一人が、微妙に自分に似ているような気がする。
「あ~う~、ダメダメ、何、勝手に人の部屋を漁っているのよ。これは見なかったことにして、戻しましょう」
言いながらも、なかなか戻すことが出来ない。景も人並に好奇心というものは持ち合わせているわけで。
「……少しくらい……どういうものなのか……」
ぱらりと、一冊の本を手に取って、ページをめくる。
エロ本に意識が向いて、油断していたのかもしれない。あるいは日ごろの疲れで気が緩んでいたのかもしれない。
どちらにしろ、後の祭りなのだが。
忘れ物を取りに来た祐麒は、ちゃんとノックをしたという。その上で、返事がなかったので扉を開けたという。扉を開けたその先で見たものは、祐麒の隠していたエロ関係グッズをベッドに広げ、一冊のエロ本を開いている景の姿だった。
「うわあああああああああっ!?」
「きゃあああああああああっ!?」
お互いに絶叫。
景は読んでいた本を放り投げてベッドから逃げ、祐麒は逆にベッドに駆け寄り、本とDVDを必死にかき集める。
「み……見た?」
祐麒の問いにぶんぶんと顔を左右にふるが、ガン見しているところに踏み込まれたわけで、そんなわけがない。
「お、男の子だもの、うん、分かっている。年頃の男の子なら、当たり前なのよね」
そして、余計なひと言。
祐麒は真っ赤になり、泣きそうな顔をして、エログッズを抱えて部屋から脱兎のごとく逃げ出してしまった。
そんな祐麒の姿を見送りながら、あのエログッズ、持って行ってどうするのだろうと、どうでもいいことを考えていた景であった。
「あー、失敗したなー。やっぱりエロ本探しなんて、やめておけばよかった」
学校の廊下を歩きながら、呟く。
昨夜のことがあって、朝は顔を会わせづらかった。おそらく祐麒も同じことを考えたのだろう、何やら日直だとか言って早くに家を出てしまったらしい。
「景ちゃんどうしたの、浮かない顔して。俺が付き合ってあげようか?」
「余計なお世話です、ほら、廊下を走らない」
「へいへーいっ」
教育実習期間も半分を過ぎ、授業を受け持っているクラスの生徒なんかは、親しく声をかけてくるようになった。若い女ということが理由かもしれないが、それでも生徒に好意を持ってもらえるのは、嫌なことではなかった。『景ちゃん』などと呼ばれるのは心外ではあったが。
生徒会活動の手伝いも、学生時代に生徒会に関与していなかった景としては、なかなかに楽しいものだった。
「先生、俺達と一緒に昼飯食おうぜ」
「君達、学食でしょ? 私はお弁当だから」
「えーっ、そんなぁ」
賑やかな男子生徒達に囲まれる。
モテている、というのとは少し違う。この年頃の少年にありがちな、年上の女性に対する淡い憧れみたいなものか。あるいは、単に女に飢えているだけか。
いずれにしろ、悪意というものは感じないので、誘いをやんわりと受け流し、目指すは生徒会室。何しろ、若い女なんて景一人なのだ、職員室にいても、他の男子教師にそれとなく誘われたりすることもあったりして、とにかく気を遣う。たまにだったら良いが、毎日だと気疲れしてしまうので、落ち着いて食事を出来る場所を探して辿り着いた場所が、生徒会室だった。一般の生徒はまずいないし、生徒会のメンバーもわざわざ昼ご飯を食べに生徒会室に来ることは、ほとんどない。
だから、気さくに扉を開く。
「あ、景ちゃん先生」
景の予想とは裏腹に、室内には先客がいた。
小林、アリス、そして祐麒の三人がテーブルを囲むようにして座り、食事をしていた。
「あ、ご、ごめんなさい、食事していたのね。失礼するわ」
即座に踵を返そうとするが。
「いえいえ、お構いなく。それより景ちゃん先生も、ご飯食べに来たんでしょう? 一緒に食べましょうよ」
「でも、お邪魔しちゃあ悪いし」
「先生が邪魔なんてことないですよ、さ、どうぞ、どうぞ」
わざわざ立ちあがり、景のもとまで歩いてアリスが出迎えてくれた。そこまでされて断るのはさすがに相手も気分が悪いだろう、景は仕方なく中に入っていく。
空いている席に座るが、幸い、祐麒と正面ではなかったので、お互いに顔をあわせずに済む。内心で少しだけ安堵しながら、弁当箱を取り出す。
三人はすでに食べ進んでいたようで、祐麒とアリスは弁当、小林はパンをそれぞれ机の上に置いていた。
「景ちゃん先生がくると、こう、ぱっと明るくなるよな」
「お世辞はいいけれど、その "景ちゃん先生" はやめてくれないかしら」
「可愛くていいじゃないですか、親しまれている証拠ですよ」
「馬鹿にされているんじゃないかって、時々思うわよ」
和やか且つ賑やかに食事は進む。小林が適度に話上手で、アリスも大人しそうに見えて突っ込みを的確にいれてくるから、一緒にいて困るということはない。生徒会活動の手伝いを通して、それは分かっていた。祐麒とだって、普段なら当たり障りのない会話くらいなら問題なくできるのだが。
ちらりと祐麒を見ると、目をそらされた。
さすがに、今は話しづらいだろう。
「なんだよユキチ、景ちゃん先生が来た途端、無口になって。照れてるのか?」
「そんなんじゃないって」
「それじゃあ、ちゃんと先生のほう、向けって」
身を乗り出した小林が、いきなり祐麒の顔を景の方に向けた。正面から見つめられて、さすがに景も驚いたが、それ以上に祐麒の方が変化がは顕著だった。ほんのりと頬が赤くなって、きまり悪そうに目をそらす。
「おー、ユキチ、顔が赤いぞ」
「あはは、ユキチ、可愛い」
小林とアリスにからかわれ、無言でふてくされる祐麒。そんなだから、おかげで景は落ち着いていられた。
「どうです、コイツ、初心でしょう」
「そうなんだ。ふふ、福沢くんて、可愛いのね」
場の流れもあり、ちょっと調子に乗ってそんなことを口にした。
すると、祐麒の顔が、先ほどまでとは比べ物にならないくらい、赤みを増した。
え、何この反応!?
思っていた以上の過剰な反応に、景も内心で動揺する。何も知らない純情な男子生徒ならまだしも、祐麒は少ない日数ながらも景と一緒に過ごしているし、明らかにおふざけだと分かっているはずなのに、どうしてこんな反応をするのか。
思いがけない祐麒の態度に、景もなぜか少し、ドキッとする。うっかり、数日前の祐麒からの告白を思い出してしまった。あれは、場を取り繕うためのものだったはずだが、まさか、本気だったなんてことはないだろうか。余計なことを考え、景自身も頬が熱くなりそうになるのを、懸命に抑えようとする。
「ご、ごちそうさん。俺、ちょっと図書室に用があるんで、それじゃ」
「あ、逃げた」
「照れるユキチ、やっぱり可愛いなぁ」
小林とアリスの言葉を受けながら、どう見ても逃げるようにして生徒会室を出て行く祐麒。景は、なんとも言いようのない気持ちで、祐麒が出て行った扉を見つめていた。
本当に、なんと余計なことを言う奴らだろうかと思う。人が色々と意識しないようにしているのに、あっさりと覆すようなことをしてくるのだから。
夕食の後、すっかり定位置となってしまった自宅のリビングのソファで、思い悩む。
確かに、前にも小林に言われた通り、外見的にはかなりの好みのタイプなのだ、景は。黒髪ストレート、スレンダーな体型といったところと、そして顔。おまけに眼鏡で年上で教育実習生ときている。
だけど、好きだとかタイプだとか思う以上に変な出会い方をして、更にアクシデントなんかもあったせいで、あまり変に意識しすぎずに今までやってこられたのだ。
ところが、昨日のエログッズ事件もあり、今また必要以上に意識しそうになっている。エログッズを発見されたのはもちろん恥しいが、何よりその内容を見られたかもしれない、というダメージが大きい。もし、内容を見ていて、少しでもピンとくれば、わかってしまうだろう。
どれもこれも、景に関係がありそうな感じだということに。別に景を見て、そういうのが手元に集まったわけではない。やはり、元々から好みではあったのだ。ちなみにそのエログッズは、ひとまとめにして、封をして、物置の片隅に分からないように置いてきた。
「ねえ、ふく……祐麒くん」
景が、お茶を持ってやってきた。
家の中では、一応、恋人同士だという芝居を続けることにしているので、お互いに名前で呼ぶことにしている。
お茶を受け取り、口をつける。景はそのまま、ソファの隣に腰を下ろす。
「なんすか?」
やはり、まだまともに顔を見ることが出来ず、正面を向いたまま聞く。景は今までと特に変わらぬ様子だが、果たしてアレを見て、どう思っただろうか。
「ねえ、部屋に置いてあるゲーム、やらない?」
祐麒の部屋には、確かにゲーム機が置いてあるし、小さいながらテレビもある。しかし、景がゲームと言い出すとは、意外だった。
「ほら、あまり別々にいても不自然じゃない。だから、ね」
身を寄せて、囁くように言う景。体が近寄って、祐麒の心臓の動きがわずかに速くなる。悟られないようにしつつ頷き、景のリクエストに応えることにする。正直、景に部屋を明け渡してから、ゲームをする機会がほとんどなくなっていたのだ。ゲーム狂というわけではないが、プレイできなくなるとしたくなるのは、人としての性か。
祐麒の部屋に入り、景が選んだのはボードゲーム。ゲーム初心者でも気軽に楽しむことが出来るし、複数人で遊ぶのにも向いている。
景は、ゲームをすることは殆どないと言っていたから、果たしてどうなるだろうかと、プレイする前は思っていた。
「えー、ちょっと、その物件買い占めって、どういうことよ!?」
いざプレイしてみると、意外と熱くなっている景。
「祐麒くん、そっちの物件、手放してよ」
「無茶言わないで下さいよ先生、それじゃ俺がどん詰まりだ」
「このCOMP、性格が悪すぎるんじゃない? 1ターン戻せないのかしら」
「そう言いながらリセットボタン押そうとしない!」
そして、意外にも子供っぽいということが判明した。さらに熱中し始めてから、じりじりと祐麒に接近しつつあり、今や祐麒の体に体重をかけてきているくらいだ。部屋はさほど広くないし、テレビも小さいし、近づくのは仕方ないとはいえ、ひっつくことはないだろうに。
おそらく景は無意識なのだろうが、祐麒は気になって仕方なかった。景の髪から、すごく良い匂いがして、そちらにばかり気を取られてしまう。
だからといって、いきなり体を離すのも不自然だし、それ以上にそんなことをするのは勿体ないと考える自分もいて、結局はそのままプレイし続ける。
「あーもー悔しい、負けたーっ!」
COMPに逃げ切られるという情けない結果に、景はコントローラーを手放し、力を無くしたようにぐったりとするのだが、それが完全に祐麒の肩にもたれかかっている状態なわけで、祐麒は対処に困る。
「でも、結構、面白いのね。ねえ、また今度……」
言いながら景は祐麒の顔を見上げて固まる。
思いのほか、間近に迫る祐麒の顔に、ようやく自分の体勢に気がついたのか。
「え……あ……」
口をぱくぱくさせながら、徐々に顔を赤くする。
「ち、違うから、これは」
「うわっ、せ、先生、いきなりっ」
慌てた景が、祐麒の肩を掴んできた。
景の荷重を受け止めるよう、重心を後ろにかけていた祐麒は、景に肩を押される形となってそのままあっさりと後方に倒れる。
「きゃっ」
上に、景が乗る。
「せ、先生……」
流れというか、勢いに乗るようにして、祐麒は景の背中に手をまわしてしまった。これで、景が逃れられなくなる。心臓が恐ろしいほどのスピードで脈打っているのが、祐麒の胸に顔をぴったりとつけている景には、まる聞こえであろう。
「せんせ……」
ちょうど景の頭部が祐麒の顎にあたり、つややかな髪の毛の感触がくすぐる。景の匂いを感じる。正直、体が反応しかけてやばい。
このままでは気づかれる、あと五秒ほどで。
「――祐麒、景さん、私も一緒にゲーム」
部屋の扉が開き、声とともに祐巳が飛び込んできた。
「ゆっ、祐巳ちゃんっ!?」
「あ、ご、ごめんなさいっ!」
二人が抱き合っている光景を目の当たりにして、赤面しながら回れ右をして、祐巳は部屋から飛び出した。
「違うのよこれは、ちょっと、ゆ、祐巳ちゃん」
飛び跳ねるようにして身を起こしたものの、既に祐巳の姿はなく、景はがっくりと首を垂れる。
「ああもう、なんてタイミングが悪いのかしら」
「これじゃあ、先生が俺を押し倒したみたいだしね」
「うるさい馬鹿っ」
慌てて祐麒の上から退く景。
怒っている景の横顔を見ていると、なんだか頬が緩くなる。
「な、何がおかしいのよっ。そんな、へらへらと笑って」
「いや、先生、可愛いなって思って」
「な、なっ……なっ、何を言っているのよ」
殴ろうとしたのか、枕を掲げ上げた体勢で止まる景。その頬が、徐々に色づいてくる。
ああ、駄目だ、本当に可愛いし綺麗だし、好みだ。黒髪ストレートで眼鏡が似合って細身の体型で、容姿的に問題なし。おまけに、年上で真面目で少し強気だけれど恥しがりなところもあってと、小林の言葉を借りるならば、祐麒の萌えポイントを確実に抑えている。そもそもナンパで声をかけようと思ったくらいなのだから、祐麒のタイプの女性で当たり前なのだ。
「いや、だから可愛いなぁって思って、先生が」
「ば、ば、ば、馬鹿にしないでちょうだいっ」
「馬鹿になんてしてないって、本当にそう思っているんですって」
ゆっくりと上半身を起こすと、景はわずかに身じろぎすると、どこか怯えるように祐麒のことを見つめる。
「やっぱ俺、本当に先生のこと好きかも」
「うえぇっ!?」
眼鏡の下で目を剥く景。
「じょ、冗談でしょう?」
「いやー、どうも、そうでもないかも」
「な、うっ、かっ」
意味不明なうめき声を漏らし、忙しなく視線を左右に泳がせ、頬を紅潮させていく景。狼狽している様がやけに可愛らしく見えるのは、好みのタイプだという色眼鏡が入っているせいだろうか。
年上の綺麗な女性がうろたえているというのもなかなかにそそられるもので、珍しく祐麒は気が強くなっていた。
「ねえ、加東先生」
「やだ、ちょ、ちょっと」
逃げようと後退した景だったが、ベッドに背があたってそれ以上後ろに下がることが出来なくなる。立ち上がって横に回るなりすればよいのだが、動転している景はそんなことすら思い至らず、ただ迫ってくる祐麒をあたふたとしながら見ることしかできない。
祐麒は右手をのばし、景の肩を掴んだ。
目を開き、息をすることも忘れたように、景は身動きが取れない。
手に力を入れ、景の体をさらに近くに寄せる。
「先生」
「あっ……だ――駄目だってば!」
悲鳴のような声と同時に、乾いた音が室内に響く。
威勢の良い景の平手打ちが、祐麒の頬を打ち抜いたのだ。かなりの勢いと強さで、叩かれた祐麒の体が傾ぐ。
一方で、手を出した方の景も驚いていた。自らの手の平を見つめ、次いで祐麒へと目を向ける。
「あ、ご、ごめん。つい、思い切り」
「いったぁ~、ホント、思い切りやって……いや、でもまたそこが良いかも」
「はぁっ!? な、何、変態?? とっ、とにかく今日はもうおやすみなさいっ」
早口で告げると、景は祐麒からなるべく距離を置き、円を描くような動きで入口の方まで足を運び、そそくさと部屋から出て行ってしまった。
あまり恋愛ごとに慣れていないのか、それとも突然のことに面食らったのか、どちらなのかはよく分からなかった。ただ、年上の教師(教育実習生だが)が初心な姿を見せるというのは、何とも心の琴線に激しく触れるのだ。
翌日、目が覚めても景のことが気になっていた。意外に気の強い景と妙な状況のせいか、無駄に反発しあうことが多かった気がするが、今になって考えれば単に照れくさかったのかもしれない。
今朝は、景と顔を合わせることなく家を出た。教育実習で色々と準備や作業がある景は、祐巳や祐麒より早く家を出るので不思議なことではないが、なんとなく昨日の今日で避けられたのかなと感じた。
学校に到着しても、景の姿を見かけない。三年生の授業を受け持っているわけでもないのだが、それでもなんだか味気なく、休み時間の度に教室から出て学校内をあてどもなくぶらついてみた。
そうして三時間目が終わり、トイレに行くついでに適当に歩き回っていると、前方にとうとう景を見かけた。
「景ちゃん先生、休みの日、カラオケでも行かない?」
「はいはい、いずれね。それよりちゃんと勉強しなさい」
男子生徒から話しかけられては、適当に返事をしている。真面目に話しかけてくる生徒には真面目に応対し、単に景と親しくなりたいと考えて話しかけるような生徒は軽くあしらい、随分とこなれてきた様子。
では、自分に対してはどうであろうか。
男子生徒に囲まれていた景が、ようやく生徒達を振り切る。
「せーんせ」
そんな景に、祐麒は声をかけた。
すると。
「…………っ!」
不意をつかれたせいか、それとも他の要因か、先ほどまで男子生徒を軽くかわしていた余裕から一転、さっと顔を赤らめたかと思うと、ぷいと祐麒から視線をそらした。そしてそのまま、僅かに歩調を速めて祐麒の脇をさっさと通り過ぎて行く。微妙に乱れた足音が、喧騒に包まれた休み時間の中でも祐麒の耳にはしっかり届いた。
「……やべ、可愛いな」
他の男子にはクールな態度をみせる先生、だけど祐麒に対してだけは異なる反応を見せる。自分だけが景のそんなギャップを知っているかと思うと、それだけでもなんだか気分も良くなる気がする。
「一緒の学校で教師と生徒って……どこのゲームだよ」
言いながらも、微妙な興奮を抑えられない祐麒なのであった。