聖、景という二人の女性と出会った先日はゲームセンターで遊び、今日は居酒屋で食事とお酒。思いがけない幸運と言っていいのか、こんな年上で綺麗なお姉さんと知り合い、仲良くなれるなんて機会、ごく普通の高校生である祐麒にそうそう訪れるわけもない。おまけに今は、景と二人きりで夜道を並んで歩いている。
店を出て帰途につき、方向が異なるので駅で別れることになったとき、聖が祐麒の背中を叩きながら言ってきたのだ。
「こら祐麒ー、男だったらちゃんと家まで送って行ってあげるくらいの甲斐性ないと、駄目じゃんよー。もう遅い時間なんだから」
「い、痛いですよ、佐藤さんっ」
「別に大丈夫よ、そんな危険な道でもないし」
景もやんわりと断ってくる。それはそうだろう、会うのも今日が二回目で大して親しい間柄というわけでもない男子に、夜中に二人きりで家まで送ってもらうというのは躊躇して当然のこと。祐麒自身がいくら変なことなどするつもりないと言ったところで、まだ信頼してもらえるような関係ではない。
「駄目駄目、なんかあったら祐麒、アンタ責任取れないでしょー」
「それを言ったらサトーさんだって同じじゃない」
「あたしは実家だしー、パパに迎えに来てもらえるもーん」
「何がパパよ、この酔っぱらい」
ため息をつきつつ肩をすくめる景。一方の聖はアルコールで相当に上機嫌なのか、それとも素なのか分からないが、やたらとしつこい。ああだこうだと言っては絡んできて、景も祐麒もなかなか解放してくれない。
さてどうしたもんかと困惑している中、「あーもう分かったわよ、送ってもらいます、それでいいでしょう」と言い、仕方ないといった風に景が頷いた。それでようやく聖も納得したようで、頭の上で手を大きくぶんぶんと振って、祐麒と景を送りだした。
そんなわけで、景と二人で並んで歩いているわけであるが、一緒に遊んだといっても軽くお喋りを出来る、なんて仲にはまだ程遠いわけで、なんとなく微妙な雰囲気の状態で歩いているわけだ。
景の家に向かっているから、必然的に僅かに景が先行するような形の中、気づかれないようにこっそりと時折、景の横顔を盗み見る。街灯の明かりに映し出される横顔は、当たり前だがリリアンで知り合った他のどの女子よりも大人びている。眼鏡の下には、眼鏡に似合った理知的な切れ長の目。鼻はすらりと通っており、唇はやや薄め。ストレートの黒髪は肩にかかるくらいで、贔屓目かもしれないが夜空を写し取ったような綺麗な艶と色をしている。
特に何を話すでもないが、こうして隣を歩いているだけで、近くにいるだけでドキドキしてしまう。
例えば祥子のような凄絶な美しさを持つ美女というわけではない。志摩子のように可憐さにため息が出てしまうような美少女というわけではない。それでも、どこか引き寄せられてしまう何かを感じる。
「あ、あの、加東さん」
「……ん?」
「ええと俺、この辺でそろそろ帰った方が良いですよね」
少しの気まずさと多くの気恥しさ、そして小心さによって耐えきれなくなった祐麒は、とある丁字路に差し掛かったところでそう、口にした。
街灯の下、立ち止まった景が僅かに首を傾げ、祐麒の方を見る。
「いえ、だってさすがに加東さんの家までというのは図々しいでしょうし、加東さんだって困りますよね。佐藤さんももう見ていないことですし、十分なんじゃないかと」
「あら、こんな場所で私を放り出すつもり?」
「そういうわけじゃないですけど、でも」
別に何をするつもりもないけれど、躊躇してしまうのは小心だからか、単に経験がないからか。こういうときには強引にでも送って行くと言った方が良いのか、初回ということもあり適度に距離を置いた方が良いのか、判断がつかない。
「ふぅん。祐麒クンって、草食系男子?」
からかうような口調の景。
どのような反応をしたらよいのか分からず、ただ挙動不審になってしまう祐麒を見て、景はさらに可笑しそうに目を細める。
「まあ、祐麒クンからしたらそうよね、どうせ送るなら佐藤さんの方が良かったのでしょう?」
「えっ、いえ、そんな」
「私みたいに地味な女より、よっぽど魅力的でしょうし、祐麒クンも佐藤さんと話していて随分と楽しそうだったものね」
「そ、そういうわけじゃないですよっ。それに加東さんは十分に綺麗だと思いますっ」
慌てて口にすると、景はキョトンとしたような目で見てきた。
祐麒は、女性に対して「綺麗だ」なんて面と向かって告げるのは初めてで、自分で口にしておきながら途端に恥しくなってきた。まるで洗練などされておらず、景が聖のことを口にしたから慌てて取り繕って言ったように聞こえたのではないかと不安になる。余計なことを言ってしまったのか、景が気分を害したりしないか怖くなる。
こういう時ばかりは、優のような洗練された(?)言動ができればいいのにと思ったりする。
「ありがとう、お世辞でもそんなこと言われるの初めてだから、嬉しいかも」
「お世辞なんかじゃないですよ、ほ、本当に加東さんは、その、き、きっ……」
嘘偽りの言葉なんかじゃないと信じてもらいたくて、でも意識してしまうと緊張が心を縛り、思っていることを伝えられない。声にできない。そんな自分がなんて惨めで、子供なんだろうと、余計に羞恥心をあおってきて顔がどんどん熱くなる。
年上の女性の前で見せるみっともない姿に情けなくなって俯いてしまう。それでも景の視線を感じて、さらに体が熱を帯びる。
ある意味、拷問かとも思えるような無言の時間。どうすれば良いのか、何かを口にしようとしても何を話せばよいのか分からず、むしろ逃げ出してしまいたい。あと数秒このまま無言でいたら、きっと耐えられず本当に逃げ出すだろうと思ったその瞬間、ふわりと空気が動いた。
景の気配が、先ほどより近くに感じられた。
おそるおそる、それでも思い切って視線をあげてみると、眼鏡のレンズ越しに見える景の切れ長の瞳。怜悧にも見えるその輝きは、今この時はどこか優しさを湛えた光りをともしていて。
「――ふふっ、祐麒クンて、可愛いんだ」
そう言って、右手の人差指でちょこん、と祐麒のおでこをつついた。
軽く触れられただけなのに、のけぞってしまいそうな衝撃を受けたかのように感じる。もちろん実際にはそんなことなく、ただ硬直したまま動けずに景を見ているしかできないのだが、心の中ではそんな感じだったのだ。
「それじゃあ、ここまででいいわ。送ってくれて、ありがとう」
固まっている祐麒に礼を告げ、軽く手を振って景は背を向けて歩き出した。ぎくしゃくと、かろうじて首肯したが、果たして景には見えていたかどうか。
姿勢よく歩いていく景の後ろ姿が、徐々に夜の闇に溶けていく。そして消えて見えなくなりそうになる手前、景は振り返って祐麒の姿を認めると、もう一度手を振った。
慌てて頭を下げる祐麒。
そしておそるおそる顔を上げると、景の姿は既に見えなくなっていた。
「うわ……あ」
なんだろう、この感覚、この感情。
聖と景、三人でゲームセンターで遊んだ時も、三人で居酒屋で飲んで話した時も、年上の綺麗な女性を相手に緊張はした。二人との距離が近くなれば、二人の良い匂いが伝わってくれば、胸の鼓動は速くなった。
それらと同じようでいて、異なる波動が祐麒を襲う。
額の一点から、放射状に熱が広がり、全身が熱くなっている。
それは、秋のある日のこと。
本当の意味での始まりとなった日であった――
「やっぱさー、このくびれが堪らんよな」
「いやいや、俺はやっぱ胸だと思うよ、この胸見ろよ、反則だろこれ」
「でかけりゃいいってもんじゃない、形だよ、その点こっちの娘の方が」
「四つん這いポーズって、分かっていてもヤバイよなー」
昼休み、教室の中でやけに盛り上がっているのは、聞いて分かる通り女の話。どうやら、誰かが持ちこんできた写真集か何かをネタに騒いでいるようだ。花寺がいくらお坊ちゃん学校とはいえ、男子校であれば女の子ネタ、エロネタという話題は避けられない。近くに女子がいないから、より食い込んだ内容になっていくのも致し方ない所。それでも、エロ本ではないだけマシだろうか。
写真集は、特定のアイドルのものではなく、色々な女性が写し取られているものらしく、それでどの娘が一番良いか、なんてことで盛り上がっているようだった。
「おい、福沢もこっち来て見ろよ」
「いや、俺は別に」
「なぁにスカシてんだよ、むっつり生徒会長だってのは分かってんだから」
一人で携帯プレイヤーで音楽を聴きつつ本を読んでいた祐麒だが、クラスメイトに半ば強引に引っ張りこまれる。無視したり、反抗したりするのも大人げないので、とりあえず皆の輪に加わる。
「今さー、票が割れてんだよ。俺はさ、やっぱり、"たかみー"が一番だと思うんだけど」
「ばーか、"まゆっち"に決まってんだろ。見ろよこのムネ、このエロそうな顔、なぁ?」
「いやいや、俺らの生徒会長様といえば、これだろ」
と言いながらパラパラとページがめくられ、飛び込んできた女の子はといえば、ちょっと幼い感じの顔立ちと体つきに、髪の毛をツインテールにしている子。
「ユキチはチョーシスコンだから、お姉ちゃんじゃないと萌えないという噂が」
「馬鹿野郎、俺はそんなんじゃないっつの」
見せられた女の子は、確かに祐巳に感じが似ていたが、祐巳はこんな水着姿で媚びを売るようなポーズはとらない。というか、そういう問題ではない。確かに祐麒は自分がシスコンであることは自覚しているが、だからといって性的な欲求を覚えることはない。あくまで、姉として好きだというだけなのだが、学友たちは分かっているのかいないのか、とにかくからかってくる。その一因には、祐巳が可愛くて花寺内で人気があるというのもあるだろうが。
とりあえず祐麒は流れで雑誌のページをぱらぱらとめくり、次々と現れる女の子の肢体を眺めていく。
学友たちが騒ぐのも成る程という感じに、女の子は可愛い子ばかりだし、セクシーだったりキュートだったり大胆だったり、ポーズやアングルも含めて目を奪われるようなものがかり。
それでも祐麒は、特にコレだという子を見つけられない。
「捜すまでもないって、ユキチの好きなのは分かっているんだから」
不意に後ろから手が伸びて雑誌を奪われる。
振り向けば、小林が訳知り顔でページをめくっている。
「修学旅行のときにユキチの好みはリサーチ済だからな」
得意げに言いながら、小林はあるページを開いて机の上に「これだ」とばかりに置いた。
「どうだ、ユキチ?」
「……ま、まあ確かに、結構いいかも」
「へー、福沢は"ゆりこ様"推しかー。少し意外かも」
「いや俺も分かるぞ! "ゆりこ様"、いいよなー、叱られたいよなー」
写っているのは、ちょっとクールで大人びた水着姿の女性。セクシーというよりはスレンダーで、スタイルではあまり色気を感じさせないが、全体的な雰囲気が微妙な妖艶さを漂わせているように感じられる。
「ユキチの属性は、"おねいさん"、"黒髪ストレート"、"眼鏡っ娘"、"スレンダー" だということがリサーチで判明しているのだ!」
小林が雄々しく宣言すると、周囲がざわめいた。
「おおっ、まさに王道……」
「いや、"巨乳"じゃないところで王道を外している。さすが生徒会長」
「"眼鏡っ娘"というのも王道ではないだろう。確かに好んでいるやつはいるだろうが」
祐麒を置き去りにして、勝手に再び盛り上がりだす男連中。輪の中に居つつも、どこか客観的に様子を眺めながら、小林の言葉を反芻する。確かに、修学旅行の深夜トークでは女の子の話ばかりだった。男子校で女子が近くにいないから、必然的に、好みのタイプであったり、好きなアイドルであったり、そういった方向に話は進んでいった。その中で祐麒も口にした記憶はあるが。
まあ確かに好みとしては、年上の女性はいいなとか、綺麗な黒髪ストレートがいいとか、眼鏡の似合う知的な女の子は魅力的とか、どちらかというとほっそりしている方が好きとか、そういうのはあるが。
そこまで考えて、はっとする。
今考えた様な好みの女性につい最近、出会っている。考えるまでもなく脳裏に浮かんでくるのは、景の姿。更に重なるのは、先ほど目にしたアイドルの水着写真。本当はどうなのか分からないけれど、見た目的には細身の景。白い肌に映える、黒いビキニを身にまとい、怜悧な目線を送ってきて。
「……違う違うっ」
景のちょっとエッチな姿を想像しそうになって、急いで妄想をかき消す。この頃の男子高校生なら、好きな女の子でエッチな想像をしてもおかしくない、むしろそれくらい普通だけど、そんなことをしたら景に対して非常に申し訳ない気がしたのだ。
「なんだ福沢、いきなり顔赤くして頭を振り乱したりして」
「あ、さてはエロい妄想でもしたなっ?」
「ちっ、違う、そんなんじゃないって」
「皆まで言うな、むっつり生徒会長」
「だから違うっつーの!」
ぎゃあぎゃあと下らないことで騒いで休み時間は流れていく。そんな中で祐麒は、改めて景のことを考えていた。
学校から帰宅し、部屋の中でベッドに転がりながら考えるのはやっぱり景のこと。ここまで気になるのは、祐麒の好みに合致する部分が多いからだろうか。一緒に過ごした時間など、まだほんの数時間でしかなく、話した時間は更にそのうちの何パーセントになるかも分からない。
きっと、女性と接することすら殆どないからのぼせていただけだ。中学から男子校で、色気づいた頃には周囲に若い女の子なんて祐巳くらいしかいなくて、そんな風に女子に免疫がないのに、たまたま僅かな時間、仲良く遊べたから気になってしまったのだろう。
大体、この先また会えることがあるとも思えない。携帯電話の番号も、メールアドレスも、住んでいる場所も知らない状態で、連絡を取ることすら出来ない。
景だって、もう祐麒のことなど忘れ去っているかもしれない。景にしてみれば、祐麒など知り合いの知り合い程度でしかないはずで、気に留めるわけもない。というかそもそも、あれだけの器量なのだから彼氏くらいいても不思議ではない。むしろ、いることの方が当然だとも思える。
考えれば考えるほど鬱になっていくが、忘れるしかない。楽しいひと時を過ごせただけでも良しとしなければ。
起き上がり、ベッドからおりて机に向かう。鞄を開き、課題の出ていた教科書を取り出して机の上に置き、引き出しを開ける。
「――あ」
思わず、声が出た。
手を伸ばし、引き出しの中から一枚の写真を拾い上げる。
それは、ゲームセンターで写したプリクラ。
祐麒を挟んで、聖と景がポーズをとっている。軽く笑顔を浮かべて手を上げている景は、凛々しさというよりも少し可愛い感じがする。
祐麒と聖、祐麒と景の間には、プリクラの落書き機能で傘が描かれている。昔からおなじみの相合傘マークで、最初に聖がからかうように景と祐麒の傘を書き、対抗するようにして景が聖と祐麒の間に傘を書いた。ちょっとムキになった景を見て、子供っぽいというか、ある意味、年齢相応的な部分もあるんだなと思った記憶がある。
落書きしあった後、おかしそうに言っていたことを思い出す。
『……しかしこれ見たらきっと、祐麒はどんだけプレイボーイなんだ、って思うよねーきっと。こんな美女二人も侍らせてさー』
『サトーさんが幼稚なことするからでしょう』
『いやいや、相合傘がなくても十分にそう思うでしょう。よ、この色男っ』
ふざけていただけだと分かっていても、恥しくなった。同時に、嬉しさもあった。
プリクラをじっと見つめた後、定期入れの中にしまう。
知らず知らずのうちに、大きなため息が出る。
やっぱり、もう一度会いたいという気持ちが湧き起こる。一緒にいて、楽しかったのだ。普段の生活では感じないドキドキがあったのだ。心が温かくなって、体が熱くなったのだ。モテない男が、たまたま、ちょっと仲良くしてくれたというだけで、好意を持っただけなのかもしれない。
今まで女の子と付き合ったことなどなく、恋愛経験が皆無の祐麒には、これが『好き』という気持ちなのか、『恋』なのか、判断はつかなかったけれど、それでもまた会いたいと想う気持ちは嘘ではなかった。
「あー、くそーっ」
どうして、携帯の番号くらい聞くことが出来なかったのか、いやせめてアドレスくらいだったら教えてくれていたのではないか。断られていたかもしれないけれど、尋ねてみないことには始まりもしないというのに。
後悔して日々を過ごしていくのだろうか、いや景はリリアン女子大に通っているということだから、リリアン女子大まで足をのばして呼び出しをしてもらうとか、学校の前で景の姿を待ちうけるとか、幾つか方法はあるかもしれない。ただ、そんなことをしたらストーカーと思われ、逆に嫌われてしまうかもしれない。
結局、何か行動を起こすこともできず、虚しく時だけが過ぎていく。自分自身のヘタレさ加減が情けない。自分から積極的に恋愛にアプローチ出来ない、『草食系』といわれてしまうのも仕方ないことか。
動くこともせずに諦めかけていた祐麒であったが、神様もなかなかに心が広いようで。
思いがけずに舞い降りてきたのは、一本の電話。週末の夜、部屋でゲームをしているところに、興奮気味の祐巳が駆けこんできて告げてきた。
「ゆっ、祐麒、電話っ」
「ああ、サンキュ。って、何そんなに慌ててんだよ」
駆けあがってきたのか、僅かに息を切らせている祐巳。
ゲームのコントローラを置き、立ちあがって廊下に向かう。
「そ、そりゃ慌てもするよ。祐麒、あんた一体、どういうこと?」
「どういうことって、何が。そもそも、誰からも電話なんだよ」
階段を降りながら、後からついてくる祐巳に訊く。わざわざ親機で取らせず、子機の方に回してくれればよいのにと思いながら。
「誰って、それがあんた……」
祐巳の返事を訊く前に電話に辿り着いたので、受話器を取って耳にあてる。
『やっはー、祐麒? お元気かな、かな?』
届いてきたのは、そんな能天気な挨拶の言葉。
「えっ、さ、佐藤さん!?」
祐巳が驚くのも無理はない、祐麒だってびっくりだ。祐巳がわざわざ祐麒を呼びに来たということは、祐巳への用事ではなく本当に祐麒に対して電話してきたのであろう。全く予想もしていなかった相手からの電話、全く予想できない話の内容、ただ混乱したまま耳を傾ける。
『はいはい、聖さんですよー。何々、そんなに大きな声出すくらい嬉しかったのー?』
聞こえてくる呑気な声に、ようやく我に返る。
「え、あの佐藤さん、えっ!? 俺に用ですか?」
『用がなきゃ電話なんかしないってー。そういや元気してたー? この前カトーさん送った後、襲ったりしなかった?』
「しませんよ、そんなことっ!」
『まあそうだろうね、カトーさんも何にもなかったって言っていたし。ちぇっ、せっかく祐麒のために気を利かせてあげたのに、だらしないなー』
「え」
どきりとした。
まさか、聖には見透かされていたのだろうか。
『なーんてね、まあ祐麒にそんな甲斐性、あるとは思ってなかったけど』
「な、なんすか、それ」
がくっと力が抜ける。
しかし本当に、なぜ電話などしてきたのか、意図が読めずに困惑するばかり。少し離れた場所で祐巳が興味津々といった顔で見てきているのを、手を振って追い払おうとするも、舌を出されて反抗される。
『そうそう、それで本題なんだけど』
受話器を握る手に、力が入る。
『実はね、その……』
なぜか言い淀む聖。受話器の向こうで、まるでモジモジしているような声色になっている。ふざけているのかとも思うが、それでもつられるように緊張してくる。
『…………デートしない?』
「――は?」
『だからー、デートだよデート、何その反応、あたしとデートなんかしたくないってーの? ちょっとそれ、聖たんショックだよー』
「いやいやいやいやっ、ちょ、ちょっと待ってください、え、デートって!? 映画を観に行ったり、遊園地に行ったりするデートのことですか!?」
『おー、それそれ、そういうやつ。どお? おねーさんとデートだよー、デートー』
年上の女性からのデートのお誘いだというのに、全く色っぽさを感じさせないその口調。それでも、何かを予感した。
『おーい、祐麒ー、どしたー?』
聞こえてくる声。
それは果たして、天使の囁きか、悪魔の子守唄か。
この時点では、祐麒には分かる由もなかった。
第二話に続く