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ノーマルCP マリア様がみてる 三奈子

【マリみてSS(三奈子×祐麒)】聖夜のメモリー <後編>

更新日:

~ 聖夜のメモリー ~
<後編>

 

 十二月二十四日。
 街はクリスマス一色。きらびやかに光る電飾は様々な模様を描いて、いつもは何でもない景色を別世界に作り変える。あちこちから流れてくるクリスマスソングやBGMが混ざり合い、それに人々のざわめきが重なり不可思議な楽曲を奏でている。
 夜はとっぷりと暮れても、この時期はいつまでも明るい。
 今の季節独特の雰囲気が溢れ出している中だったが、三奈子の精神はへこんでいた。
 受験生にはクリスマスも正月も関係ない。むしろ、歳が明ければすぐに試験が待っている今はもっとも大事な時期といえよう。だから、子供連れの楽しそうな家族や、気の合った仲間と賑やかにしている学生達や、仲むつまじい恋人達が幸せな時間を過ごすクリスマスイブにも関わらず、予備校で模擬試験など受けているのだ。
 最悪としかいいようがなかった。
 試験の出来。自己採点をしなくても分かる、散々な結果で志望校合格率Dランク判定は固いところだ。
 加えて、体調も悪い。いや、体調が悪いから試験の出来が悪かったとも言える。そうなれば、気分だって良くなるはずもない。
 そんな状況で予備校を出てみると、すっかり夜も更けて街はクリスマスで浮かれた状況。これもまた三奈子を落ち込ませた。周囲が浮かれた雰囲気になっていれば、余計に自分自身が惨めになっていくというものだ。
 空を見上げてみれば、吸い込まれるような黒さ。せっかくのイブだというのに星一つ見えないという有様。これで雪でも降るならまだしも、天気予報では雨が降るかもしれないといっていた。
 冷たい息を吐き出して、マフラーを首に巻く。
 そのすぐ横を、同じ予備校から出てきた男女が、仲良さそうに手をつなぎながら通り過ぎてゆく。街の中に消えてゆくその二人の背中を見つめながら、三奈子は心の中で舌を出した。
 受験生のくせに、ラブラブなクリスマスイブを過ごしているんじゃないわよ、と。
「ちぇっ。本当なら、私だって今頃は祐麒くんと……」
 と、そこまで考えたところで三奈子は慌てて首を振って、浮かび上がりかけていた妄想を強引にかき消した。
 なぜ、祐麒くんと二人で過ごすクリスマスイブの光景なんかが思い浮かんだのか。別に二人は全然、そんな関係とかではないというのに。
 きっと祐麒くんは今頃、家族とか、友達とか、あるいは……例の彼女とでも楽しい夜を過ごしているのだろう。三奈子のことなんて頭に無いに違いない。考えていると、ますます気分が悪くなってくる。
 痛む頭と悪寒を抱えながら、重い体をようやく動かして歩き始める。
「三奈子さん」
 不意に、横から声をかけられた。
 ここしばらく、耳にしていなかった声。
「祐麒くん……?」
 幻かと思ったけれど、本物だった。いつもと変わらない、穏やかな顔をしながら近寄ってくる。
「どうして、ここに?」
「ずっと捕まえられなくて……でも、イブの日は模擬試験があるって聞いていたから、ここで待っていれば会えるかなと思って」
「なんで……」
 呆然と息を吐き出す。
 白い息がクリスイルミネーションの光の中に溶けるようにして、消えてゆく。
「なんか三奈子さん、誤解しているようだから、話したくて」
「あ……」
 あのときの光景がよみがえる。三奈子の知らない女の子と並んで、楽しそうに歩いている祐麒くん。思い出すと、頭痛がひどくなってきて顔をしかめる。
「そうよ、なんでこんなところにいるの、祐麒くん。こんな日は、ちゃんと彼女の側にいてあげないと駄目じゃない」
「だから、それが誤解だって」
「嘘つくことないじゃない。私、見たんだから。祐麒くんが可愛らしい女の子と一緒に仲良く歩いているところを。あれはどう見たって恋人と」
「だから俺の話を聞いてくださいよ」
 少し強い口調で遮られ、びくりと体を強張らせる。
 二メートルほどの距離を置いて立つ祐麒くんは、横を向いて頭をかきながら、口を開いた。
「最初は、何のことだか分からなかったんだけど……多分、あれだと思う。三奈子さんが見たのは、勘違いだよ。あれは、学校の友達と一緒に歩いていただけだよ」
「でも、あれはどう見たって女の子……」
「多分それ、アリスだと思う」
「アリス?」
「うん。うちの学校にいるんだ、アリスっていって女の子みたいな男が……本人も女の子に生まれたかったって、普段、女の子の格好していることも多いんだ。そうすると見た目は全く女の子なんだけど、れっきとした男だから」
 信じられなかったけれど、祐麒くんの目はいたって真剣だった。夏くらいから一緒にいることが多くなり、嘘をつくと顔に出るタイプだというのは分かっている。だから、とても嘘を言っているようには見えなかった。
 そういえば、リリアンの学園祭のとき、花寺の生徒会の中にやけに女の子っぽい男の子がいたことを思い出した。
「…………」
 そうだと分かった瞬間、なぜだかほっとした。
 すると途端に、今までどこかにいっていた頭痛と悪寒が襲い掛かってきた。視界がぼやけ、すぐ正面にいるはずの祐麒くんの姿が霞み、揺れて見える。
 いや、揺れているのは三奈子自身か。
 意識がぼんやりとしてきて、足に、膝に力が入らなくなり、ふらりと前方に体が傾いてゆく。
「うわっ、ちょ、三奈子さん?!」
 慌てながらも、正面から祐麒くんだ抱きとめてくれた。
「どうしたんです……って、うわ、凄い熱じゃないですかっ?!」
「あは……祐麒くんの手、つめたい……」
「笑い事じゃないですよ、なんでこんなになるまで放っといたんですか」
 三奈子のことを諌める祐麒くんの口調が、どこか懐かしい感じがした。

 

 熱でぐったりとした三奈子さんを支えるようにして、三奈子さんの家までの道のりを急いだ。
 本当ならタクシーか何かで行きたいところだったけれど、どれくらいかかるか分からず懐にも余裕が無かったので、やむをえず電車で帰ることにした。電車の中でも具合の悪そうな三奈子さんを、なるべく気遣うようにしたがその顔色は刻一刻と白くなっていくようだった。
 最寄り駅に着いたら、さすがにバスは待てずにタクシーに乗り込んだ。三奈子さんの家を祐麒は知らなかったので、申し訳ないがなんとか家の場所だけ告げてもらい、ようやく三奈子さんの家に着く頃には小雨が降り始めていた。
 体を濡らさないよう、タクシーから降りると三奈子さんを抱えるようにして素早く玄関まで走る。
 三奈子さんは、意識はあるようだったが体は小刻みに震え続け、祐麒の声も聞こえているのかいないのか分からなかった。
 玄関へとたどり着いて、三奈子さんの顔を見ると真っ青だった。
 肩を貸しながら、玄関の脇にあるインターホンを押す。
「…………」
 しばらく待つが、反応は無い。
 二、三回、続けて押すが、やはり誰も出てくる様子は無かった。見てみれば、玄関も真っ暗だし、他の部屋のどこからも光は見えなかった。
「……今日、誰もいないから……」
「え」
「久しぶりに夫婦水入らずって……パパもママも温泉に」
 弱々しい声とともに、手が差し出された。
 その手の平には、鍵。
 祐麒はその鍵を無言で受け取り、扉を開けた。
「お邪魔します……」
 誰も居ない屋内に声をかけ、靴を脱いであがる。三奈子さんに促されるまま階段を上り、一つの部屋に入る。
 手探りでスイッチを探り当て、室内の明かりをつけると。
 初めて見る、三奈子さんの私室。適度に女の子っぽく、適度に質素。カーテンやシーツのカバーなど、淡いグリーン系統の色が比較的目立つような感じがする。チェストの上には小さい頃からの愛用だろうか、汚れたぬいぐるみ類がちょこんと座している。
 机の上にはパソコンが、隣の台の上にはプリンタと印刷物が置かれていて、その辺は新聞部らしいというか。
「……しかし、なんだな」
 ある程度は予想していたけれど、非常に汚い、部屋が。
 ベッドの上やら床に脱いだパジャマや私服がそのまま置かれ、プリンタから溢れ出した出力用紙が散乱し、雑誌やCD、MD類が積み重なって置かれているというかばら撒かれている。さらに、食べかけのお菓子の箱とかキャンディーが転がり、髪留めやヘアピンがそこらに落ちている。
「ちょっとは片付けようよ、三奈子さん……」
 などとため息をついたりもしたが、今はそれどころではなかった。
「三奈子さん、一人で着替えられる?」
「ん……ん、だいじょうぶ、ありがと」
 なんとか一人で立ち、ふらふらとベッドの方へと向かう。いくらなんでも、着替えを手伝うというのは躊躇ってしまう。
 大丈夫そうなのを見届けると、ひとまず祐麒は部屋の外に出た。
「……どうするか、これから」
 冷え切った廊下で考えながら待つこと数分。
 声をかけて部屋の中に入ると、どうやら無事に寝巻きに着替えられたらしい三奈子さんはベッドの中に潜り込んでいた。
 近寄り、乱れていた布団をかけなおす。
「ごめんね、祐麒くん」
 弱々しい声を聞きながら、ベッドのすぐ脇に無造作に置かれていた、先ほどまで三奈子さんが着ていた服をどけようとすると。中に下着が交ざっていて、慌てて見なかったふりをして元に戻す。
「え、ええと、そうだ、薬。薬飲まないと。あ、その前に何かお腹に入れないと……食べられそう?三奈子さん」
「ん……少し」
 布団の中に入ったせいか、三奈子さんの顔色は先ほどに比べれば随分とマシになっているように見えた。
 一度、階下に戻り卵粥を温めて適当なお椀にいれて持っていく。三奈子さんは、三分の一くらい口に入れた。
「温かい……祐麒くん、料理上手だね」
「コンビニで買ったレトルトですけどね」
 残りはもったいないので後で自身で食べることにして、帰る途中の薬局で購入した風邪薬を飲ませる。
 食事を終えた三奈子さんは、再びベッドに横になる。部屋の電気を茶色にして、祐麒はベッドの縁に背をもたれた。
 茶色い薄明かりに照らされた、雑然とした室内。雨はそれほど強くないのか、窓や屋根を叩く音は聞こえてこず、耳に響いてくるのは静かに時を刻む時計の針と、少し荒い三奈子さんの呼吸だけだった。
 なんとなく気になり、ベッドの脇に置かれた時計を手にとって見ると、それはいつだったか雑貨屋で祐麒が買ってあげた時計だった。
(―――ぶっ?!―――)
 しかもその側面には、同じ日に撮った二人のプリクラ写真が貼り付けられていた。
(こんなとこに貼って、親とかに見られたらどうするんだよ……)
 こめかみをおさえながら、そっと時計を元の位置に戻すと。
「ん……」
「ああ、ごめん。起こしちゃったかな」
 薄闇の中、三奈子さんが顔をこちらに向けてきた。
 さて、これからどうするか。とりあえず三奈子さんも少し落ち着いたようだし、いくらご両親が不在とはいえ、年頃の女の子の家にいつまでも居続けるわけにもいくまい。眠りに着いた頃に、そっと出て行くか。なんなら、また明日になったら様子を見に来てもいいし。あ、でもそうすると鍵をどうしようか―――
「……本当にもう、最悪」
「―――え?」
「せっかくのクリスマスイブだっていうのに……私は受験生で遊びにも行けず、予備校で模擬試験なんか受けて……んっ、結果はサイアク、だし、風邪で体調もサイアク……家に帰ればパパとママは二人で楽しく旅行……私一人、なんでこんな……」
 うわ言のように熱っぽく愚痴る三奈子さん。そりゃあ、気持ちも分からないでもないけれど、その看病をしている祐麒はどうなるというのか。
「でも……」
「ん?」
 祐麒の方を向く三奈子さん。
 引き寄せられるようにして祐麒も顔を向けると。

「でも―――祐麒くんが一緒に居てくれるから、いいや」

 そう言って、三奈子さんは笑った。

「―――――――!!!」

 果たしてそれは、ただ単に熱に浮かされてそんなことを口走ってしまっただけなのか、それとも熱で本心があぶりだされて出てきたのか。
 その後すぐに、三奈子さんは規則的な寝息を立て始めてしまったから答えは分からないのだけれども。

「……そんなこと言われたら、帰れないじゃんか、三奈子さん……」

 誰に見られることも無い茶色い光の下、祐麒は一人顔を真っ赤にするのであった。

 

 体の痛みで目が覚める。
 どうやら、いつの間にか床で眠ってしまったらしく節々が痛む。腕や腰をさすりながらゆっくりと体を起こすと、毛布がずるりと滑り落ちた。
「え……?」
 毛布を手に、しばし呆然とする。
 誰がかけてくれたのか。答えは一つしかない。しかし、その答えをベッドの上に探してみても姿が見つからない。
 シーツを触ってみるとそこは既に冷たく、だいぶ時間が経っていることがわかった。祐麒は立ち上がり、窓に近寄りカーテンを開けると、明かりが差し込んできた。今日は天気も回復しているようだった。
 首を回しながら部屋を出て、階段を下りると。
 どこか音程の外れた鼻歌と、何やら香ばしい匂いが届いてきた。
「…………」
 いや。
 これは香ばしいというよりむしろ……焦げ臭い?
「み、三奈子さん?!」
 リビングを通り、キッチンの入り口まで駆け寄るとそこには。
「あ、おはよう、祐麒くん」
 フリース姿の三奈子さんがフライパン片手に立っていた。
「ちょっと待っててねー。もう少しだから」
「もう少しって、何してるんですか」
「朝食を作っているのよ。見てわからない?」
 わからなくはないが、今、フライパンの上で踊っているのはベーコンエッグだろうか。余所見をしている今も、その黒ずみは濃くなっていく。テーブルの上には他にザックリ切られた野菜と果物がボウルに詰められている。
 フライパンの火を止め、トースターのスイッチを入れてパンを焼く。
「まだ、あまり動かないほうがいいんじゃないですか?」
「ん、大丈夫、たくさん寝て汗もかいて、熱もほとんど下がったみたいだし」
 首の後ろ辺りで無造作に束ねた髪の毛が揺れる。少しやつれて見えるが、顔色は悪くなかった。
 かなり黒っぽくなっているベーコンエッグを皿に乗せてテーブルに運び、冷蔵庫を開ける。
「牛乳とオレンジジュースと、何がいい?それともホットの方がいいかな……あ!」
「ど、どうしたんですか?」
 突然、声を上げる三奈子さんに驚かされる。本当にこの人は、心臓によくない。
「そうだ、ケーキがあったんだー」
 中から取り出されたのは、一片のチョコレートケーキ。上にはチョコレートで作られた可愛らしいクマが、サンタの衣装を着てちょこんと座っている。
「一切れしかないから、半分コして食べようか。あ、そういえば確かシャンパンもあったはず」
 楽しそうにキッチンを動き回り、本当にシャンパンをどこからか取り出してきた。嬉々としてキャップシールをはがし、針金をはずしてコルクに指をかける。
 あれ、ちょっと待った。今、持ってくるときに思いっきり瓶を振っていなかっただろうか。
「うーーん、か、カタい」
 病み上がりで力が入らないのか、本当に開かないのか、瓶を手に悪戦苦闘している。さすがに、祐麒のほうに向けたりはしていないが、これでコルクが抜けたら大変なことになるのは明らかだ。
 背中を向けて力んでいる三奈子さんに急いで駆け寄る。
「三奈子さん、ちょっと待って!」
 後ろから前に手を回して三奈子さんの腕をとる。つまり、背後から三奈子さんに抱きつくような格好になった。
「え?」
 驚いたように首をひねり、顔を向けてくる三奈子さんと至近距離で目があった。長い髪の毛が鼻をくすぐる。昨夜、お風呂に入っていなかったせいだろうか、少し汗の匂いがするけれど、なぜか甘い香りがした。
 時が止まるかと思ったその瞬間。

 耳を抜けるような小気味よい音とともに、コルクの栓が飛び出した。

「きゃあっ?!」
「わあっ?!」
 同時に、中の液体が勢いよく噴き出し、シャンパンのシャワーとなって滴が二人にふりそそいだ。
「きゃ、つ、冷たいっ!」
「み、三奈子さん、栓、とじて」
「と、止まらない~っ」
 瓶を手にしたままおろおろとする三奈子さんと、背中から抱きかかえるようにして三奈子さんの手を取る祐麒。

 見れば二人の周囲に舞い散る、シャンパンの泡の雪。

 いろいろと騒いだけれども、そんな二人の初めてのクリスマス。

 

 ……尚、その日の夜から熱を出して寝込み、年末までのほとんどを祐麒は棒に振ることとなったのだが、それはまったくの余談である。

 

おしまい

 

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