<1>
ちょっと待って欲しい。なんで、こんなことになっているのか。
「ごきげんよう、志摩子。元気だったかしら」
「ごきげんよう、静さま。はい、お陰様で」
西洋人形のような美少女と、凛々しく涼しげな美女。二人はとても和やかに、口調も柔らかく、柔和に微笑んで挨拶している。
とても綺麗な一枚の絵のように見えるだろう。傍から見ていれば。
だが、二人に挟まれるようなポジションに立っている俺は、今にも心臓が止まりそうな緊張感を受けていた。
二人とも笑っているのに、全く笑っているように見えないのはなぜだろう!!??
「志摩子はシスターになるために修道院に入るのよね、夢に向かって頑張ってね」
「いえ、私のことなどより静さまこそ、夢のためにイタリアに留学されたはずではないですか」
「イタリアで出来ることは終えたから、こうして日本に戻ってきたのよ。日本でも沢山、学ぶことはあるもの」
「私も、まずは大学でもっと色々なことを学ぶ必要があると考えていますから」
うふふ、と、二人は上品に笑っているのだが……冷や汗が流れ出てくるのはなぜだろうか。
「祐麒さん、また今度、私の練習に付き合ってくださいね」不意に、静が微笑みながらそう言ってきた。
「歌の練習に祐麒さんが必要なのでしょうか」にこにこと志摩子。
「ええ、祐麒さんにお相手してもらって私、普段は出さないような色々な『声』を出すことになって……祐麒さんの指導は激しいですから」
頬をほんのりと赤くしながら、静が言うが。待て待て待て、なんだその言い草は。すんごい誤解されるような言い方ではないですか!
そんな、何もしていませんよ俺!? 確かに色々と変な策略で仕掛けられたりしたけど、まだ決定的なことはしていませんから!
「まあ、祐麒さんにそんな才能があったなんて、私も知りませんでしたわ」
しかし、顔色一つ変えずに応じる志摩子。それが逆に怖い。
「そうだわ祐麒さん、祐麒さんの下着と着替え、新しいの家に用意していますから、またいつでも泊まりにいらしてくださいね。私も……お待ちしています」
恥じらうように俯きながら言う志摩子だが、だから待て、なんでそんな意味深な口調になるのか!?
志摩子の父に気に入られ、たまにお手伝いで訪れるだけなのに。確かにたまに、夜遅くまで世話になって宿泊させてもらったりもしたけれど!
「さあ祐麒さん、今日は私と一緒に美術館に行ってくださる約束でしたよね」
「あら、今日は私とお買い物に行く予定なんです、ごめんなさい静さま」
左右から、言い知れぬプレッシャーを受けて。俺は、死を予感した。
<2>
「こんなおばさん相手に、そんなお世辞を言わないでちょうだい」
「そんな、清子さんは誰よりも若々しいですよっ」俺は本気でそう思う。
目の前にいる清子さんが身につけているのは、小笠原家の使用人が着るべきはずの、メイド服であった。
冗談抜きで、とても綺麗で、清楚で、そして可愛らしい。小笠原家のメイド服は派手でもないし露出も高くないが、清楚な清子さんにはよく似合う。
「それで祐麒さん、何かご命令は? 今は私は祐麒さんのメイドですから……なんなりと」意外とノリ気な清子さん。
言われてしかしどうしようか。あまり変なことをお願いするのも……いや、こんな格好して今さら何をと、一人で悶々としていると。
清子さんがくすりと笑い、俺に一歩、近寄ると。
「それでは……祐麒さんに、ご奉仕させていただきますね。気持ちよく、なってくださいまし」
そう言って、楚々とその場に跪いた。見ると、下から見上げてくる清子さんの顔は、いつにもまして妖艶に感じられた。
「な、な、な、何をしているんですかお母様っ!? ゆゆゆ祐麒さんっ!?」
そこへ現れたのは、血相を変え、髪を振り乱した祥子さんだった。そして、呆然として清子さんの姿を見つめた。まあ、そりゃそうか。
「なんで、お、お母様がそんな格好? え、あの、いえそんなことよりお母様、祐麒さんは、わた、わた、私のっ」
真っ赤になりながら、しどろもどろの祥子さん。混乱しているのだろう。そんな娘を見て、清子さんはなぜか余裕の様相。
「ふふ、ねえ祥子さん、良かったら祥子さんも同じ服を着てみないかしら?」とんでもないことをのたまいました。
「な、なんで私が、そんな格好を!?」
「もちろん、一緒に祐麒さんにご奉仕するためですよ」いつの間にか清子さんは祥子さんの手を取り、すぐ近くに呼びよせていた。
驚きと羞恥で、口をパクパクさせるだけで何も言えない祥子さん。
「祥子さんにはまだ早いかしら。ごめんなさいね、そうしたら、私がお手本を見せますから、そこで見ていてください」
「ななっ、わ、私だってそれくらい知っていますし出来ますっ! ゆ、祐麒さんのためにお勉強しているのですからっ!」
これまたびっくり発言の祥子さん。祥子さんの言葉を聞いて、満足そうに微笑む清子さん。
「そう、それじゃあ、二人で競争ね。祥子さんも、お勉強の成果を祐麒さんに見せてあげましょう、ね?」
「うぁ、え、あ……は、はい……」清子さんに抱きしめられ、囁かれ、祥子さんはぽーっとした表情のまま頷いた。
え、ちょっと、これってまさか母娘……心臓がばくんばくん激しく動き出す。
気がつけば、同じメイド服に身を包んだ母と娘が、俺の前に立っていた……
<3>
「ほら祐麒、さっさといくよ、はぐれないようにしなね」
日本人離れした顔立ちの聖は、シャツにジーンズというラフな格好だけでさまになる。そんな聖が、祐麒に向かって笑いかけている。
「祐麒クン、あっちに面白そうな雑貨屋さんがあるんだけど、一緒に見に行かない?」
隣を歩いていた眼鏡美人の景が、祐麒の腕をつかむようにしてどこかを指さす。
「ちょっとカトーさん、祐麒はあたしとデートしているんですけどー?」
「あら、私とデートだと思っていたけれど。ねえ、祐麒クン?」
「あ、はは……」笑うしかない祐麒。
なんでこんなことになったのか。聖と景とひょんなことから仲良くなり、色々と一緒に行動するようになった。
そんな中で聖に惹かれ、聖を追いかけていたはずが、気まぐれな聖はなかなか捕まらず。
色々と相談に乗ってもらったり、話していたりした景とそのうち段々と仲良くなって、景の魅力にも惹かれていって。
一緒にいる時間が長くなるうちに、どうやら景も祐麒に惹かれてきたようなのだが、そうすると今度は聖が面白くなかったようで。
今まで避けられていたのではないかと思っていたのに、急に構いだしてきて、よくわからん三人の関係になっていた。
「大体、さとーさんは祐麒クンのこと、なんとも思っていないんじゃなかったの?」
「いやー、そのはずだったんだけど、カトーさんと仲良くしているの見たら、なんかむかついてさ。基本的に福沢の血筋に弱いんだよ、きっと」
へらへらと笑いながら、景と反対側の腕を掴んできた。なんだか、捕まったタヌキの気分である。
「祐麒はさ、あたしの方が好きなんでしょう? だってあたしのこと、追いかけて来たんだもんねー」
「それは最初の話でしょう。言っておくけど私、既に祐麒クンと寝ているんだから」
「酔っぱらった祐麒を泊まらせただけでしょうが」
「で、でも、チューしたし」
「酔った勢いで祐麒が寝ているところにでしょう? ってか、その時あたしもいっしょにちゅーしたじゃん」
「えええっ!? 俺、それ初耳なんですけどっ! てかファースト・キスなんですけど! え、どっちが先だったんですか?」
驚き、尋ねてみると。
「さーて、どっちでしょう?」
二人同時に祐麒を振り向き、楽しそうに笑うのであった。
<4>
「ちょっと待ったーーーーーー!?」
突然のちょっと待ったコールに固まる祐麒。
目の前には、服を脱がせつつも全部は脱げていない、でも上下の下着は見えているという、着エロ的状態の女性。
名前は内藤克美、祐麒のお付き合いしている彼女である。
彼女の部屋に招かれ、家族は不在、良い雰囲気になって、とうとう二人の初体験と緊張と期待と興奮の中、拙い手で克美の服を脱がせた。
普段、生真面目で表情もあまり変えない克美が、脱がされる段階で恥じらう姿はとても可愛かった。
そんな克美の下着姿、細い体、艶やかな肌は祐麒を欲情させるには充分すぎた。
これからまさに、克美の肌に触れ、初体験行為にいたろうとしたところで飛び込んできたのは、克美の妹の笙子だった。
「そんなの駄目ダメダメ、絶対にだめなんだからーーーっ!!」
なんだ、まさか笙子にも好かれていたのか、禁断の姉妹で三角関係かと、そんなことを瞬時に考えたのだが。
「お姉ちゃんは、私のものなの、誰にも渡さないんだからーーーーっ!!」
勢いよく、下着姿の克美に抱きつく。祐麒を跳ね飛ばして。
「ちょ、笙子っ、あ、あなた何をっ……ひゃんっ!?」
「こんな男に奪われるくらいなら、私がお姉ちゃんを奪うのっ。私の方がお姉ちゃんを気持ちよくさせてあげられるもんっ!」
言うや否や、笙子は克美のおへそにキスをしながら、胸と股間に手を伸ばす。
「隠しカメラでお姉ちゃんが一人でしているのいつも見ていたから、どこが気持ちいいか知ってるもん。ね、お姉ちゃん、ここがいいんだよね」
「ふぁっ、や、んぁっ、やめて、しょ、笙子っ……あン」
いきなり目の前で繰り広げられ始めた姉妹の痴態に呆然としていた祐麒だったが、しばらくして立ち直った。
「待て待て待てーい、克美さんの初めては俺が貰うんだっ!」
「知らないっ、お姉ちゃんは私のものなんだからっ。あんたなんか童貞にお姉ちゃんを気持ちよくさせられるわけないもん!」
「そ、そんなの分からないだろ、俺だって1年もつきあってんだから、克美さんのことならっ」
「だったら、どっちがお姉ちゃんを気持ちよくさせられるか勝負よっ!」
「望むところだっ!」
「ちょ、やあっ、わ、私は……ひぁんっ!」
克美の悲鳴をよそに、熱き戦いがここに開幕した……??
<5>
「ちょ、ちょ、ちょ、ちょっとどういうことなのっ!?」
おろおろ、わたわたした感じで、珍しく蓉子が取り乱していた。
「ち、違うんです蓉子ちゃんっ、これは誤解でっ」
「あら、何が誤解なの? 祐麒くん、蓉子に本当のことを言ってあげれば? 蓉子には飽きたんだって」
隣にいる江利子が祐麒の腕を抱きしめたまま、とんでもないことを言ってくる。
「あ、あ、飽き、飽き、飽きられた……」
「そんなことありません、俺が蓉子ちゃんに飽きるなんて、ありえませんからっ!」
「でもぉ、私の方が蓉子より胸がずっと大きいって言ってくれたじゃない。蓉子のじゃあ、私みたいに挟めなかったんでしょう?」
「なななななな何をっ!? 何を挟むのっ!?」
「蓉子ちゃん、落ち着いて、江利子さんも変なことばかり言わないでくださいっ!」
とんでもないところを蓉子に見られてしまった。
「変なことって……全部、事実じゃない、うふふ」
「え、江利子さんが無理やり俺を酔いつぶして、それで、あ、あんなことをしたんじゃないですかっ!」
「だってぇ、祐麒くんガード固いし、ああでもしないとキセイジジツ作れそうになかったし。でも、気持ち良かったでしょう?」
「え、江利子、な、ナニをしたの祐麒くんにっ!? キセイジジツってなに、気持ち良いって……あわわわわ」
赤くなったり青くなったり白くなったり、蓉子の顔色が目まぐるしく変わる。
「蓉子はアドバンテージがあるんだから、それくらいいいじゃない」
「よ、よくないわよっ! というか、なんなの江利子、一体どうしたの、私にそんな意地悪して楽しいのっ!?」
泣きそうになりながら叫ぶ蓉子。いつもの真面目な優等生っぷりはどこかに消し飛んでいる。
「楽しいっていうか、単に私も祐麒くんのこと、好きになっちゃっただけ。蓉子には悪いと思ったけれど、人を好きになったら止まれないじゃない」
「だだ、だからって、そんな……わ、私だってまだ……う、うぅっ……」
とうとう本当に泣きだしてしまう蓉子。
「よ、蓉子ちゃん、あの、俺は蓉子ちゃん一筋だし、昨夜だってその、さ、最後までしたわけじゃないから!」
「祐麒くんも本当にガード固いわよねー。次こそは……」
「だめだめだめ、だめなんだからーっ! 祐麒くんは、渡さないもんっ!」
涙目になりながら祐麒にしがみつき、子供のようにイヤイヤをする蓉子は、こんな状況ながらも反則的に可愛かった。