~ 三奈子After <1/6> ~
「やっほー、祐巳ちゃん!」
「わー、三奈子ちゃん、久しぶりーっ!」
三奈子と祐巳はハイタッチをして挨拶を交わす。
祐麒と結婚した現在、祐巳は三奈子の義姉になる。
祐麒と付き合っていた当初は『三奈子さま』と呼んでいたが、いつまでも『さま』付けはおかしいわけで。
そして学生時代を過ぎれば1歳差なんて無いも同然で、あっという間に友達同士のような関係に落ち着いていた。
「久しぶりって、この前も会ったじゃん」
「あれ、そうだっけ」気が付けば、由乃や志摩子といった親友たちよりも遊ぶ時間は長くなっていた。
まあ、家族となって身近となったせいだが、学生時代からは考えもしなかった状態である。昔は苦手意識の方が強かったから。
今ではこうして度々、休みの日に二人で遊んだり、子育ての話をしたり、そんな仲になっていた。
「祐巳ちゃんのところはさー、二人目は作らないの?」
「な、何、いきなり。今のところは予定ないけれど」
「ふーん。大丈夫? セックスレスとかではない?」
「そ、そういうわけじゃないけれど、とりあえずいいかなって……え、もしかして三奈子ちゃん、四人目とか?」
「あはは、さすがに三人でいいかなー。祐麒くんは男の子が欲しいって、毎日頑張ってくれるけど」
「ま、毎日? いや、実の弟のそういう話聞きたくないけれど……といっても三奈子ちゃんには無駄なのは知ってるけど」
「毎日はさすがに言いすぎたか。でも週3くらいかな」あっけらかんと夫婦生活について話す三奈子。
二人とも既に三十歳を超えているとはいえ、まだまだ十分に若々しいし、二十代で通用する容姿である。
特に祐巳などは童顔なので、二人で街を歩いていてナンパされることもあった。
「相変わらずラブラブだよね、三奈子ちゃんたちは。絆ちゃんとか、恥ずかしいっていってるよ」
「あら、そういう祐巳ちゃんたちだって、仲良いじゃない」
「でも、さすがに公衆の面前ではやらないよー。授業参観でいちゃつくとかさー」
「いちゃついているつもりはないんだけどね、いつも通りだから」
「それもどうかと思うけれど……」苦笑する祐巳。
「まあまあ。さて、今日はどこ遊びに行こうか?」
二人の若々しい主婦は、顔を見合わせて笑うのであった。
~ 三奈子After <2/6> ~
「神風のじゅつーーーーーー!!!」
「ぎゃーーーーーっ!?」
「あははっ、くまのぱんつだって、だっせーの!!」
「こら、悠人くんっ、待ちなさい!!」
スカートを捲って逃げ出した少年を、拳を握って追いかけているのは絆。
しかし悠人はすばしっこく逃げ回り、絆には捕まえられそうになかった。ため息をつく絆。
そんな少年を、おっとりした瞳で見つめて微笑んでいるのは、少年と同じくらいの年頃の少女。亜優である。
「悠人くんはねー、絆お姉ちゃんのことが好きなんだよ。だから、そうやって意地悪してくるんだよー」
「ば、ばかっ! 何変なこと言ってんだよ、俺がこんなのすきなわけねーだろ!!」
悠人は顔を赤くして抗議してくるが、亜優には全く応えない。
「でもねー、お姉ちゃんはパパのことが大好きだから、悠人くんのかたおもいなんだよー」
「なっ、何を言っているのよ、亜優っ!?」
今度は絆が顔を赤くして怒るが、やっぱり全く応えていない亜優。
そして絆は、赤くなったままの顔で、ちらりとソファに座って由香利を抱っこしている祐麒の姿に目をやる。
祐麒は悠人の父親と何か話しながら、絆の方に顔を向けた。優しく微笑んでくるその姿に、思わず顔を背けてしまう。
父親のことは好きだが、素直になれない年頃なのだ。
「絆ちゃん、そーゆーの、『ふぁざこん』っていうんだぜ。まじかよーっ」
「う、うるさいわねっ、私はそ、そんなんじゃないわよっ」
「だって絆お姉ちゃん、いっつもママにやきもちやいているじゃん」
「やきもちなんて、やいてないもん! そんなことより悠人くんも亜優も、部屋散らかしっぱなしじゃない、片づけなさいよ」
「ああ、いいんだよ絆ちゃん、気にしなくて」
悠人の父親がにこにこ笑いながら言ってくれるが、そうもいかない。遊びに来て散々に汚してじゃあ情けない。
「そんな、悪いですし……って、ああこら亜優! だから零してるってのに!」
福沢家長女、絆の苦労は絶えないのであった。
~ 三奈子After <3/6> ~
「母親同士が仲が良いのは、まあ、良いことだよなぁ」
末っ子の由香利を膝の上に抱き、祐麒はそんなことを呟く。
三奈子と祐巳が二人で遊びに出かけ、残された祐麒は子供を連れて実家で留守番である。
別に家で待っていれば良いのだが、今日は皆で一緒に夕食を食べることになってもいるのである。
祐麒の両親とも、孫娘たちが遊びに来てくれるのを非常に楽しみにしているし、特に父親の方は、それはまあ。
リビングで仲良く遊んでいる娘たちを見ながら、お茶をすする。
「しかしまあ、つくづくお前は女難の相というか、女性に囲まれる運命にあるんだな」
隣のソファでくつくつと笑っているのは、祐巳の旦那だ。
「確かに女の子ばかり三人ですからね。しかしこれから先、思春期になったら父親となんて話してくれなくなりそうだけど」
娘たちのことは大好きなのだが、やはりそういう日はくるのだろうか。由香利のあどけない瞳見つめて、ふと思う。
「それは心配ないんじゃないか? 少なくとも、絆ちゃんに関しては」
「そうですかねぇ、何か最近、絆の態度が俺に対して素っ気ないような気がして」
言いながら絆に目を向けると、ちょうど絆も祐麒の方を見てきていた。
だから笑って見せたのだが、なぜか絆はすぐにぷいっと横を向いてしまった。
「ほら、ね」苦笑しつつ、ちょっと悲しい祐麒。
「いやー、あれはそういうもんじゃあないと思うけど?」
「そういうものじゃないって、なんすか? 娘から露骨に顔を背けられた父親の哀しさ、分かりますか?」
絆は、悠人や亜優と一緒に遊び、世話をしつつ、片づけをしたりお茶を淹れたりと、非常によく動く。
「絆ちゃんは本当、良い子だよねぇ。やっぱ両親に苦労しているから、自然とそうなるのかね」
「失礼な。俺たちがまるでろくでもない親みたいじゃないですか」
「自覚のないところが、また罪なところだね」
リビングに目を向けると、再びスカートを捲ろうとした悠人をとらえ、絆が一本背負いを決めるところだった。
「いやいや、将来が楽しみだね」
「娘を変な目でみないでくださいよ」
「いくら僕でもそんなことしないって。ま、これからも家族ぐるみで仲良くやっていこうな、ユキチ」
~ 三奈子After <4/6> ~
「ふ、福沢さん。あの、良かったら俺と付き合ってください!」
まただ。呼び出されて来てみたら、緊張した様子の男子がいて、予想通りに告白された。だけど私は内心でため息をつく。
よく知らない相手だし、そういう気には全くならない。だから、せめて申し訳なさそうに断るしか出来ない。
「はぁ……」仕方ないとはいえ、断ることはあまり気分が良くない。でも、気を持たせる方が失礼だろう。
「絆っち、また断ったの? 釜内君、真面目だし、そこそこイケメンだし、いいじゃん」
「絆っち、モテるのに全然、彼氏作ろうとしないんだよねー。なんで?」
「なんで、って言われても、ピンとこないというか、別に恋愛に興味ないわけじゃないんだけどね」
「絆っちだったら、大抵の男はよりどりみどりなのに、勿体ない」
「そうよねー、美人だし、成績は学年トップ、運動神経もよいし、生徒会長で、料理も裁縫も出来て」
「これでなんでカレシできないというか、作らないのが不思議だよ」
友人の香奈ちゃん、愛華ちゃんが、残念そうに呟くのを聞いて苦笑する。確かに、今まで彼氏は作ったことがない。
「やっぱりそれって、絆っちの重度のファザコンのせい?」
「だ、だから、もうファザコンは卒業したってば」
「じゃあ、絆っちの唯一の弱点、胸が……」
「うぐ」
現在、私は高校三年生。高一になった亜優がDカップのナイスバディに、中一の由香利ですらBカップなのに、私はAA。
あの、無駄にナイスバディな同じ母親から生まれたというのに、この差はなんなのか。
香奈ちゃんたちとそんな話をしながら別れ、帰宅。
「お帰りーっ、絆ちゃん」出迎えてくれるのは、相変わらず能天気かつ、全く年相応に見えない母親。
「お母さん、仕事は?」
「もう終わらせましたー、だから今日は私が夜ご飯作るから、絆ちゃんはテレビでも見ていて」
「駄目駄目、お母さん一人だと心配だから、私も手伝う」何せおっちょこちょいな母親なのだから。
「そんなこといってー、祐麒くんのためにご飯作りたいって、素直に言えばいいのにー」
「なっ……そ、そんなんじゃないってば!」うぅやばい、顔が赤くなったらバレバレじゃない。
「ほらほら、二人の愛情料理を作ってご馳走しちゃおう。あ、亜優ちゃんも一緒に作るー?」
「うぅ~っ、結局、お母さんに流されちゃうんだよなぁ……」
福沢絆、17歳。
色々と複雑なお年頃なのであった。
~ 三奈子After <5/6> ~
私は福沢亜優、高校一年生。ごく普通の女の子。
私には姉が一人、妹が一人いる。私の今の心配事は、主にその姉のことである。
姉の絆は高校三年生、妹の私が言うのもなんだけれど、非常によくできた姉である。
女の私から見ても美少女で、成績は学年トップ、生徒会長で信望厚く、陸上部主将で全国大会にも出たし、料理も裁縫も上手だ。
身体も細くて羨ましい(お姉ちゃんは、胸が小さいことを気にしているようだが……)
小さいころから私達妹のことを面倒見てくれて、どこか抜けてる母親をフォローしてと、そりゃもう凄い姉ですよ。
そんな姉の絆の唯一にして致命的な欠点は、重度のファザコンということである。
父親は、そりゃあ年齢に比べてみれば非常に若々しくて格好いい。だから気持ちは分からなくもない。私だって好きだ。
でも、お母さんといまだにいちゃいちゃべたべたラブラブを所構わずにしているのは、ちょっとどうだろう。
しかし、姉はその辺は気にしないらしいというか、やきもちを焼いているくらいだ。
姉が料理や裁縫を上手になったのも、母親に対抗するためだったと思う。
今も現役敏腕ライターとして働く母にかわり台所を受け持っているが、父に美味しい料理を食べさせられると喜んでいる節がある。
だから、今日みたいに珍しく母が早く帰ってきて台所に立とうとすると、テリトリーを守ろうとする。
私はまあ、それをぬるい目で見守っていてあげよう。姉もまだ、とりあえずファザコンの域は超えていない。
いや……今もなお、一緒にお風呂に入ることがある時点で、駄目かもしれないか。
「あ、亜優ちゃんも一緒に作る~?」
台所から、母の呑気な声が聞こえてきて顔を上げてみれば、母の後ろから姉が凄い目つきで睨んできていた。
「私はぱーす。由香利、あんた行ってきたら?」
ソファで少女漫画を読んでいる妹に声をかけてみる。末っ子として甘やかされて育った由香利は、無邪気で愛すべきお馬鹿さん。
KYだから、姉も気が抜けるはず。
「え、何々、お手伝い? うん、やるやるーっ!」
「ちょ、由香利は来なくていいから、てゆうか、由香利がいると余計に滅茶苦茶になるから来ないで!」
「ちょっと絆ちゃん、妹に対してそれは酷いんじゃない? 皆で仲良くお料理しましょう」
「あああああ、もう、亜優ぅぅぅっ」
恨みがましい目で見つめてくる姉に、苦笑で応える。真ん中というのも、色々とバランスを取るのに苦労しているのよ?
~ 三奈子After <6/6> ~
「ただいまー」
玄関から姉の声が聞こえてきて、煎餅を咥えたまま由香利は視線だけをそちらに向ける。
「ほはへひー」
「こら由香利、食べたまま喋らないの」
「はーい」
バリバリと煎餅を噛み下し、お茶をずるずると啜る。
「また、お行儀が悪いわよ」
長女の絆は口うるさい。はっきりいって、この福沢家のお母さんだ。
実際の母親は、いまだに父親とラブラブべたべた甘々いちゃいちゃで、能天気で、どこか抜けている。
ずっとそんなんだから、長女の絆がしっかり者に育ったのは自然の摂理とでもいえるだろう。
漫画を読んでいると、やがて制服から部屋着に着替えてきた絆がリビングに姿をあらわす。
「……お姉ちゃんってさー、家の中でもなんかおしゃれしているよね」
「えっ!? そ、そう? そんなことないんじゃない」
びくっ、と身体を震わせた後、ぎこちない笑みを向けてくる絆。
由香利は今、ジャージ姿だし、次女の亜優だって家の中ではスウェットとか楽な格好でいることがほとんどだ。
それに比べ、絆は今もちょっとおしゃれな感じのカットソーにティアードスカートなんて履いてきている。
どこかに出かけるならともかく、家の中できつくないのかなぁ、なんて由香利は思う。
「甘いねぇ、由香利。絆お姉ちゃんの乙女心というものを理解していないんだよ、由香利は」
そう言って玄関から入ってきたのは次女の亜優だった。おっとりとしている姉だ。
「何それ、乙女心って?」
「だからー、大好きなパパの前では可愛い格好を常に見せていたい、っていうさー」
「ちょ、何勝手なこといっているのよ亜優!」
怒っているのは図星だからか。姉の絆が父親大好きなことは由香利も分かっているが、そんなもんなのか。
「そんなんじゃないからね、こう、普段からちゃんとした格好でいることは、気を引き締める効果もあって」
「あ、パパ」
「お帰りなさいお父さんっ、あのね、今日学校で今度の文化祭の出し物を決めたんだけど、私なんと」
「うそぴょーん」
ぶりぶりぶりっ子になった絆を見て爆笑。中学の時はツンデレ風味だったのに、高校になったら甘えっこモードの絆がおかしくて。
「こらーっ、由香利っ!!」
なんだかんだで、そんな姉が好きな由香利であった。