書評と主にマリア様がみてるの二次創作(旧:よしのXブレード)

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【マリみてSS(由乃、祐麒他)】ぱられる! 12 <E>

更新日:

~ ぱられる! ~

 

 「ぱられる12  眠れない街に流されて」 <E>

 夏といえば海、という人も多いのだろうか。
 そして海といえば、眩しい太陽、突き抜けるような青空、きらめく水面、さらには麗しい美少女、美女たちの水着姿か。
 今まさに、祐麒の目の前には、しなやかな肢体に水着を身に付けただけの美女が立っている。しかしここは海でもなければプールでもない、ちょっとオシャレなマンションの一室なわけで、そんな中に水着で立っているのはどこか不自然である。
 そんなことを考えている祐麒自身も、実は水着姿で立ち尽くしていた。
 ちょっと身じろぎしただけで触れてしまいそうな距離に、白くて柔らかそうな肌。水着のブラに包まれている胸の膨らみと、それにより形成されている美しい谷間。細くくびれたウエストに、適度に引き締まった太腿。
 何か、別の全く関係ないことでも考えていないと、身体の一部がどうかしてしまいそうで、お約束のように数学の問題を頭の中で繰り広げるが、あまり効果がない。目を閉じてしまうのが一番なのだが、それすら許されない。
「……ご、ごめんなさいね福沢くん。こんな、変なことに巻き込んじゃって」
「い、いえ。俺がそもそも悪いんですし」
 眼鏡のレンズを通して見上げてくる瞳。羞恥に、わずかに赤くなっている頬が、なんだか年齢よりも可愛らしさを演出しているように見える。
 ものすごく長く感じられる時間が、ゆっくりと経過してゆく。正直、なんの拷問かと思ってしまう。
 室内は空調が効いているが、エコを心がけているのか室温設定はさほど低くない。緊張のためか、むしろ暑く感じられるくらいである。
 一体、いつまで続くのだろうかと内心で嘆いていると。
「――ん。よし、完成!」
 という声がかかり、目の前の女性とともに、「ふーっ」と大きく息を吐き出した。そして、そそくさと離れようとしたが、長時間、同じ体勢で動かずにいたせいか体が凝り固まっていて、関節がギシギシいうように思ったように動かなかった。
 目の前の女性もそれは同じようで、お互いにちょっとよろけて、お互いの手を握り合ってバランスをとる。
「大丈夫ですか、加東先生?」
「え、ええ。ごめんなさい、ありがとう」
 不意の接触に、ドキドキする。
 由乃や令とは、じゃれ合うようにして触れ合うことも多々あるが、二人からは感じることない、大人の色香のようなものを身近に感じて、体が熱くなる。
「おっと、いよいよ禁断の恋に落ちたかっ? 景ちゃん、いっちゃえー、そのまま押し倒して、めくるめく官能の世界へと」
「ば、馬鹿なこと言ってないの江利子っ」
 祐麒の手をほどき、怒った顔を江利子に向ける景。近くに置いてあったパーカを手に取り、肩からかける。
 ここは、江利子の部屋。祐麒と景は、夏休み前に起きた事件により、絵のモデルとなることを約束させられていた。冗談半分かと思っていたのだが、夏休みが始まってしばらくして、江利子から自宅に電話がかかってきた。
 まさかと思い、教えられた通りの住所に出向くと、そこにはにこにこ笑顔の江利子と、ふてくされた顔の景がいたというわけであった。
「……しかし本当に、広い部屋ですね」
 部屋の中を見渡し、つぶやくように言う。
 江利子の部屋は1LDKなのだが、とにかく広い。そしてお洒落だ。
「自慢できるものじゃないわ。だって、私の稼ぎじゃないし」
 お金持ちのお嬢様のうえ、父親と三人の兄に溺愛されているという江利子は、なんとこのマンションの部屋を買い与えられているとのこと。江利子は断ったらしいが、勝手に購入して勝手に押し付けてきたらしい。
 まるで世界が違うような話に、聞いた時は開いた口がふさがらなかったものである。
「ああもう、恥ずかしい。なんでこんな……」
 ぶつぶつと、恨みましく呟いている景を、涼しい目で見つめる江利子。
「あら? 本当ならヌードの予定だったんだけど、ご不満かしら?」
「そっ、そんなこと出来るわけないでしょう! 生徒とそんな」
 顔を真っ赤にして喚き散らす景。Tシャツを着ながら二人のやり取りを耳にして、祐麒は苦笑する。絵のモデルを始めて、江利子の部屋に通うようになって、二人の同じようなやりとりを何度となく聞いている。普段、学園では見せないような表情や言動を見ることができて、実はちょっぴり他の生徒たちより優越感を得ている気がしているのだ。
 いや、それ以上に、景の水着姿を何度となく間近で目にしているというのは、とんでもない優越感かもしれない。
「それより鳥居先生、完成したんですよね? 見せてもらってもいいですか」
「ん。どーぞ」
 応諾をもらい、覗きこむ。
「うわ……すごい、これ、俺達……」
 言葉にならないとはこのことだろうか。美術の授業で教えてもらうだけでは知ることのできない、江利子の筆力。
 今回は体のつくりや筋肉といったパーツのデッサンがメインといっていたから、色付けがされているわけではない。それでも、様々な角度から描かれた祐麒と景の姿は、命の息吹を感じさせる。
「ありがとう。うふふ、褒めてもらっちゃったし、美術室にでも飾ろうかしら」
「や、やめてよ、冗談でもそういうこと言うのっ!」
「あはは、こんな絵を見たら、景ちゃんと祐麒くんの関係がバレちゃうものね~」
「え?」
 確かに二人だということは分かるし、水着姿ではあるけれど、ただの立っているだけのポーズで何かまずいのだろうかと思う。不思議に思っていると、横にスケッチブックが置いてあるのに気がついた。そういえば、このスケッチブックにも書いていたなと思いだして何気なく開いてみると。
「なっ……なに、これっ……」
「ああああああっ! ふふふ、福沢くんはそれみちゃだめっ!」
 景が絶叫するが、ダメも何もすでに開いて見てしまった。何を見てしまったかというと、祐麒と景があられもない姿で体を交わらせている絵を、である。ラフなスケッチではあるが、息遣いや声が聞こえてきそうなほど躍動感に溢れている。そう、今にも景の淫らな喘ぎが聞こえてきそうな。
「な、ななな、なんですかこれーーっ!?」
「あー、ちょっとお遊びで、四十八手を描こうとしたんだけどね。さすがに全部は無理だったわ」
「てゆうか、こんなポーズしてないですからね!」
「それはほら、想像で補完して」
 アイスティーを口にしながら、すました口調で説明する江利子。確かに、様々な姿勢を要求されたが、まさかそれを組み合わせて、こんな風に活用されるとは思いもしなかった。
「まあ、それはお遊びだから」
 興奮しつつも続きを見ようとしたが、景に凄まじい勢いでスケッチブックを奪われてしまった。当たり前だ。
「……大丈夫、福沢くんにもコピーあげるから」
 祐麒の内心を察したかのように、江利子が耳元で囁いてきて、やっぱり祐麒は真っ赤になるのであった。

 色々とあったが、無事にモデルのアルバイトも終わった。これで終わりかと思うと、少し寂しくなるのも事実である。何せ、江利子、景という、リリアンが誇る美女教師カルテットのうちの二人と共に過ごす時間であったから。
 着替え終えて、それでは辞去しようかとしたところで、江利子に呼び止められる。
「ああ、待って福沢くん。終了記念&ありがとう感謝の気持ちを込めて、ってことで食事ご馳走してあげるから、一緒に食べましょう」
 と。

 そして、今。
「……あの、鳥居先生」
「なあにー? ああ、遠慮しないでどんどん食べていいのよ」
「いや、そう言いましても」
 と、そこで祐麒はテーブルの上に並べられた料理を見つめ、次いで周囲に目をはしらせて、そして口を開く。
「ここ、居酒屋だけど、いいんですか。俺、まだ高校生ですけど」
「いーのよ、保護者同伴なんだし、今どきの居酒屋は小さい子だって問題ないのよ」
「いや、それはアルコールを飲まないという前提つきでしょうが!」
 自分の目の前にドカンと置かれた生中のジョッキをまじまじと見る。乾杯はすましたものの、まだ祐麒は一口もつけていない。さすがに、教師を目の前にして、良いのだろうかという理性が働く。たとえ、その教師が注文してすすめているものだとしても。
 一方の二人の教師はといえば、既に一杯目を飲みほし、早くも二杯目に口をつけている。
「私達がいいっていっているんだから、いいのに。ねえ、景ちゃん?」
「いや……良くはないけれど……まあ少しくらいなら」
「男の子だもん、どうせ家ではお父さんにすすめられて飲んでいるんでしょう? ほらほら、遠慮しないでどうぞー」
 前の座席に座る二人から改めて許可を得て、ようやくジョッキに手をのばして口をつけ、そしてそのまま一気に半分ほどを喉に流し込む。
「ぷ……はーっ」
 まだ温くなってはおらず、心地よい苦みと芳醇さが流れ落ちていく。
「お、いい飲みっぷりじゃない。やっぱり、飲んだことあるわね。よし、食べる方も遠慮しなくていいからね」
 ということで、教師のお墨付きももらったところで、飲んで、食べる。言われたとおり、家でビールを飲んだことはあるが、せいぜい缶ビール一本くらいである。一杯目を飲み終え、二杯目に入ったところで飲むのは抑え、食べる方に専念する。何せ、若い男の子は沢山食べるでしょう、なんて言いながら、江利子が次々と注文するから料理の皿がどんどん運ばれてくるのだ。
 そうして一時間ほどが過ぎた。江利子も景も酒豪のようで、二人はビールから焼酎へと移行していた。
「……さてと、景ちゃん、そろそろ言った方がいいんじゃないの?」
「うぅ」
 不意に江利子が言い、景が気まずそうに横を向く。何事かと、訝しがるが、祐麒のことを放っておいて二人は小声でやり取りを続ける。
「もう日にち、あまりないんでしょう。さっさとしなさいよ」
「でも、やっぱり」
「デモもデーモンもないのよ。ほらほらぁ、なんなら私から言ってあげようかぁ?」
「や、やめてよ、自分で言うから」
 よく分からないが、傍から見ているとまるで学生のノリのようなやり取りである。しばらくして、何かを決意したのか、景が祐麒のほうをじっと見つめてきた。顔が赤いのは、アルコールのせいだけではないように見える。景はぎゅっと拳を握り、俯き加減で口を開いた。
「ええとね、福沢くん。その……」
 眼鏡の下、いつものとおりに怜悧な感じのする目もと。美人ではあるけれど、いつもクールでとりつく隙が見えない、ちょっと怖い、なんていう意見もある景。今も、目の前の景の表情はどこか怒っているようにも見えるのだが。
「えっと……わ、私の恋人になってくれないかしら?」
 景の口から飛び出て来た、まったく予想すら出来なかった言葉に祐麒は凍りつき、景は景で言ったきり顔を背けて動かない。
 やがて祐麒は。
「――――え、えええええええっ!!!!?」
 居酒屋の喧騒が一瞬、途切れるほどの絶叫を店内に響かせたのであった。

 数分後。
「……二人とも、落ち着いた? まったく、ちゃんと順を追って言わないから」
「ご、ごめんなさい」
 江利子に窘められて、景がしゅんとしている。衝撃の告白の後の混乱を経て、ようやく心が少し落ち着いてきた。間を見計らって江利子が入ってきたが、どうやら何か訳ありのようであった。
 しかし、この展開はあれか。でもまさか、真面目な景がそんなことを、と思っていると。
「じ、実はね、大学時代の友人達に、彼氏がいるって見栄をはっちゃってね」
「って、本当にベタだ!!」
 祐麒はテーブルに突っ伏した。
 景は拳を固めて、顔を赤くして力説する。
「だ、だって仕方ないじゃない、私以外のみんな、彼氏のこと自慢して、挙句の果てには『景は男運ないから当分、無理そうだよねー』、『同性にはモテたけどね』、『合コンも連戦連敗だったし、社会人になったら出会いなんてそれこそ減るからヤバいんじゃない?』なんて言うのよ。悔しいじゃない。だからつい、今勤めている高校で実は学生の年下で可愛い男の子と付き合っている、なんて言っちゃっても、しようがないでしょう!?」
 まったくもって、しようがないとは思わない。
「で、どういう設定なんだっけ?」江利子が合の手を入れる。
「ええと、私の魅力にベタ惚れの男の子が何かしら理由を作っては保健室に入り浸って、物凄く情熱的な告白をしてきて、私は当然断ったんだけどその子も諦めなくて、仕方なく一回だけデートしてあげたら、そのデートの時に変な男に絡まれた私のことを身を呈して助けてくれて、ぼこぼこにされたその男の子を家まで連れ帰って手当てして、そこでまた改めて告白されて始まった二人のストーリー、みたいな?」
「景ちゃん……あなた、本当に想像力が貧困ね。みんな、そんなの信じたの?」
「半信半疑よ。だから、会わせろってしつこいんじゃない」
 もはや半泣きだ。普段はあまり表情も変えない、とすら噂されている景。珍しいものが見られたが、喜んでいる場合ではない。
「その相手役に、俺がなれということですか? 無理ですよ、そんないきなり」
「そんなことないわよ、夏休み入ってから一緒の時間を長く過ごして、お互いのことも随分と知ったでしょう?」
 江利子が言うとおり、同じモデルということで何となく仲間意識みたいなものを共有したし、休憩中には話も随分とした。夏休み前に比べてみれば、随分と身近に感じるのは事実である。
「やっぱりやめましょうよ。ここは素直に皆には謝って」
「駄目よ、こんな面白い……そんな、皆に言わせっぱなしで悔しいじゃない。ぎゃふんと言わせてやりましょうよ。高校生の男の子で、しかも福沢君みたいに可愛い子を捕まえたと知ったら、きっと皆、羨ましがるわよ」
 今、江利子の本音を垣間見た気がした。
「だけど、そんなこと言われても」
 当然、困惑する。第一、祐麒が恋人と言ったところで、そんなにわか仕込みではすぐにバレてしまうだろう。今まで恋人と付き合った経験などないから、どうすればいいのか分からないし、自信もない。バレてしまったら、余計に恥ずかしい思いをさせてしまうのではないだろうか。
「そんなー。福沢くん、景ちゃんのこと嫌いなの? 景ちゃんみたいな女性は好みじゃないのかしら?」
「そ、そんなことないですよ! 加東先生は綺麗で優しくて、近くにいると甘くていい香りがして、スタイルもいいしとても魅力的ですけれど、だからってそんな」
「あらら、随分な褒めようじゃない、ん?」
「え」
 冷やかすような江利子の声に顔をあげてみれば、お酒のせいか、それとも別の要因か、目のまわりと頬を赤くした景が、少しだけびっくりしたような表情で祐麒のことを見ていた。祐麒の目と視線が交わると、慌ててわざとらしく焼酎のグラスに手をのばし、一気に飲み干そうとしてむせる。
「景ちゃん、これ意外と本気でチャンスじゃない?」
「ば、馬鹿なこと言わないの江利子。福沢君だって、本人を目の前にして嫌いだなんて言えないでしょう」
「あら、そうなの福沢くん? 単なるお世辞だったの?」
「いや、あの、その」
「本当にその気があるなら、結構チャンスよ。景ちゃん年下好みだから」
「え、江利子、何を言っているのよ」
「だって、前に言っていたじゃない」
「だ、だからって、本当に生徒に対して」
「ここチャンスじゃない。顔も性格も悪くないし、捕まえといちゃきなさいよ」
 いつの間にか、景をけしかける形になっている。
「あのー、恋人役の話じゃなかったんでしたっけ? 実際の話ではないですよね」
 たまらなくなって、つっこみをいれる。
「嘘よりは本当の方がいいでしょう? ああ大丈夫、確かに学校側が知ったら黙っていないだろうけれど、私は二人の味方だから」
「いや、既成事実みたいなこと言わないで」
 こんな調子で、結局のところ結論が出ないままに時間になってしまった。ただ、見ていると景は本当に困っているようで、祐麒に対しては無理しなくていいと言っていたが、やはり気になってしまう。
 店を出て、江利子と話しながら会計をしている景を待つ。
 と、江利子が顔を寄せてきた。
「……ね、景ちゃんのいないとこで、本音きかせてよ。どうなのー、本当に景ちゃんのこと想っているなら、応援してあげるけど? 実際のところ、景ちゃんけーっこう、福沢くんのことお気に入りよ、これホント。今回のこときっかけに、いける可能性、結構高いよ」
 ウィンクしてくる。
 もちろん祐麒は、冗談として受け流そうとするが、江利子はそれでも景をプッシュしてくる。教師のくせに、どうしてこんなにも景とくっつけようとしてくるのか、まったく意図が読めないが、表情を見るに、単に面白がっているだけかもしれない。
「ごめんなさい、お待たせ」
 会計を終わらせた景が、店から姿を現す。
「さて、これからどうする? 次のお店いく? あ、それとも景ちゃんと福沢くん、二人きりにした方がいいかしら?」
「あのねえ、いい加減にしなさいよ」
 江利子の言葉に、景がため息をつく。
「大体ね、次っていったってもう時間が……あれ? 携帯が」
 バッグ、そして服のポケットに手をいれて携帯電話を探す景。
「ごめん、ちょっと忘れたみたいだから取ってくるわ」
 身を翻し、もう一度店に戻っていく。
 その背中を見送りながら、江利子が肩に手を置く。
「ほら、追いかけて一緒に探してあげたら? で、私はここで姿を消すから、あとはうまいことやりなさいよ」
 と、にやりと笑いながら軽く祐麒の背中を押してきた。

 しかし、そう言われても素直に頷けるわけもない。

 景を追って行けと言われたところで、追いついて何をすればいいのか。そして二人になってどうすればよいのか。そう考えると、すぐに動くことなどできない。
「ほら、何しているの、早く行きなさいって」
「そう言われましても、どうすれば」
「福沢くん、男の子でしょう。だったら、この状況でどうするかなんて一つじゃない。景ちゃん、強引なのに弱いと思うから、押しの一手よ。景ちゃん真面目だから困ってるんだろうけど、既成事実作って言い訳を作ってあげれば、開き直れるから。ね」
 同じ教師とは思えない、とんでもない発言である。表情を見るに、完全に祐麒と景をダシにして楽しんでいるとしか思えない。まあ、少しは景のことも考えているのかもしれないが。
「だから、ほら……って、あ、やだ、あれ主任じゃない」
「えっ?」
 突然、江利子が眉をひそめて嫌な顔をしたので、その視線の先を追いかけてみると、学年主任の教師である三間坂が、友人か分からないが何人かの仲間と立って話していた。飲み会の一次会が終わったという雰囲気だ。
「やば、なんでこんなところにいるのよ……って、こっち来る? こんなところ見られたらまずいわ」
 確かに、女の教師と男の生徒が夜の街に二人でいて、しかも互いに酒を飲んでいる。こんな状況を見られたら、何も言い訳ができない。
 江利子は祐麒の背中を押すようにして、逃げるように暗がりの方に足を向けた。
「ええっ、やだ、なんで追っかけてくるのよ」
 後ろを振り返り、慌てたように江利子が小声で言う。
 見れば、確かに三間坂は二人と同じ方向に歩いてくる。
「ば、バレてるのかしら?」
「いや……あのですね、あれは俺が思うに」
「何?」
「多分、用を足そうとしているのかと」
「え……」
 江利子は咄嗟に、見つけられにくいように、暗がりの方に歩いてきていたが、それは即ち酔っ払いが用を足すのに丁度いいともいえる場所で。
「あ、行き止まり? どうしよう」
 暗がりといったところで、それは表の通りに比べればということ。街灯の光も届いているし、人の顔を判別するくらいなら容易にできる。
 今さら抜け出そうにも、三間坂とすれ違わなければならない。相手も酔っ払っていて気がつかないという可能性もあるが、リスクが高い。
 祐麒も、どうするべきかと迷っていると。
 不意に、温かく柔らかな感触が体を包み込んできた。そして目の前には、江利子の顔。
「と、鳥居先生?」
「し。ここは、カップルのふりして切り抜けましょう。暗がりでいちゃついているカップル。お互いの顔が近ければ相手にも見えずらいし、こういう状況のカップルをまじまじと見る気にはならないでしょう」
 頭の後ろに手を回して抱きついてきて、小声で囁いてきた。
 至近距離で話しているので、その口から出される息が直接にかかってくる。アルコール臭を伴っているはずなのに、なぜか良い匂いに感じる、その息。
「ほら、突っ立ってないで、福沢くんも私の体を抱いて」
「え、あ、あ」
 そうこうしているうちに、三間坂がやってくる。祐麒たちの姿を認め、「ん」というような声を出したが、去る様子はない。「まったく、最近の若い奴らは……」などと、使い古された台詞をぶつぶつと言いながら、ズボンのジッパーをおろす音が小さく響く。
「わ、やだ」
 江利子の吐息がまた、祐麒をくすぐる。
 すぐ目の前には江利子の整った顔、そして濡れた唇。
 押し付けられている、柔らかな体。
 そんな状態で、祐麒が何も感じないわけがない。くらくらと、目眩を起こしそうな中で祐麒は、必死に理性を保つ。

 学園の女性教師は、聖、蓉子、景と美人が多い。江利子もそのうちの一人で、特徴としては特定ファンが多いということか。聖や蓉子ももちろん固定ファンはいるが、広く一般に人気がある。江利子や景は、広範にわたるというよりはコアなファンが多い気がする。
 祐麒自身はといえば、特定のファンというのはないが、もちろん江利子のことは美人だと思う。
 そんな美女が抱きついて来ているのだ。夏でお互いに薄着だから、密着度数は相当に高く、心臓の音が江利子に直接聞かれているのではないかと思ってしまうほど。
「もう少し、このままで……」
 囁くような江利子の声に、鳥肌が立ちそうになる。声の色気という点では、江利子が一番ではないだろうか。
 正直、くらくらしている。
 押し付けられている豊かな胸の感触、手を首に回されていることによって触れている二の腕の柔らかさ、妖艶な瞳、熱い吐息。
 さらに祐麒自身が抱きしめていることによって感じ取れる、江利子の体。
 何より吸い寄せられるのが、ぬらりとピンクに光る唇。ちょっと動かせば、すぐにキスしてしまえる距離に、それがあるのだ。
 この状況であれば、キスをしてしまっても許されるのではないか、なんて考えが頭の中をよぎる。
「まだ終わらないのかしら……」
 なんてことない言葉なのに、その音色だけで脳髄を揺らしてくる声。
 そして、それら全てのことに反応する体。
「……? ……あ、やだ、福沢くん」
 江利子が、気がついた。
「し、仕方ないじゃないですか、どうしようもないんですから」
「こ、これ、私のせい? うわ、嘘、お、男の人のってこんなに……?」
 おそらく、江利子の下腹部あたりに押し付けられている。それだけでも、祐麒的にはやばい。気にした江利子が、もじもじと体を動かしていることが拍車をかける。
「ど、どうすればいいのかしら?」
 頬を朱に染め、江利子は戸惑っている。
 まるで初心な女の子のような反応がまた珍しく、そして意外で、それだけに可愛らしい。
「やばい、先生、可愛い。俺、凄い、き、キスしたくなっちゃってるんですけど」
 あえて口に出したのは、セーブするため。何も言わないでいると、そのままキスしてしまいそうだったから。
「ええっ? だ、駄目よそんな、なんでこんな」
「先生が、可愛すぎるから。今の先生、世界中のだれよりも可愛く見えるかも」
 祐麒の言葉に、瞬間的に真っ赤になる江利子。きっと、祐麒にそんなことを言われるなんて、予想もしていなかったのだろう。祐麒自身、とんでもないことを口にしてしまったと内心では思うが、口が止まらなかったのだ。
 江利子は体を動かすが、逃げようにも、男の祐麒に抱きしめられていては逃げ出せない。
 祐麒と江利子の目があう。動揺をみせる江利子の瞳。右手をあげて江利子の耳に触れると、江利子は一瞬、体を震わせた後に、きゅっと目を閉じた。
 ごくりと唾を飲んで、祐麒は顔を近づける。
「うぅっ、と」
 不意に、そんな声がした。
「うーっ、すっきりした、と。ったく、見せつけてくれるね」
 三間坂だった。更に続いてそう言い捨てると、特に二人に気づく様子もなく、表の通りへと戻って行った。
 ゆっくりと瞼を開いた江利子と、目があう。
 祐麒は、ちょん、という感じで軽く江利子の鼻の頭に唇を触れ、優しく体を離した。
 呆然としたように江利子は立ち尽くし、指先で鼻の頭を触る。
 お互いに、何とも言えない表情と雰囲気で向かい合う。
「えっと、ふ、福沢くん、さっき言ったことって……」
「あれは……」
 次の言葉を言おうとしたが、その時、電子的な音が鳴り響いた。江利子があたふたと携帯電話を取り出し、開いて話しだす。戻ってきた景からのようで、江利子たちの姿が見えないので電話してきたようだ。
 そそくさと店の前に戻り、景と合流する。
「ご、ごめん、さっき三間坂先生がいたから、ちょっと逃げていたの」
「え、本当? それじゃあ、早く帰った方がいいわね……って、どうしたの江利子、なんか顔、さっきより赤いけれど」
「あー、ちょっと走って、お酒まわっちゃったかも。さ、帰ろ」
 こうして、微妙な空気を残したままに帰宅することとなった。

 帰り、景に誘われるまま景の部屋に泊まることになった。景のマンションの方が帰りに近かったし、聖や蓉子もあわせて四人のたまり場のようにもなっているのだ。
 室内は、昨日に聖が止まったということもあり、惨憺たる状態だった。そこかしこに服や下着、ペットボトル、食べ物の袋などが散らかっている。蓉子が一緒に泊まったあとなら、こんなにひどくはないのだが。
 江利子も綺麗好きではあるが、今は片付ける気は起きなかった。
「江利子、何か飲む?」
「あ、うん、水でいいわ」
 景が冷蔵庫からミネラルウォーターのボトルを取り出し、景はラグの上に、江利子はソファの上に腰を下ろす。
「まったく、江利子ってば人のことで遊んでいるだけでしょう……もう」
 愚痴をこぼしながら、水に口をつける景。
 景に相槌をうちながら、江利子は祐麒のことを考えていた。
 正直、今までは何とも思っていなかった。蓉子が気に入っているのは知っていたけれど、それだけ。いつだったか聖も含め三人で話していて、男の話題になったとき、景が年下好みということがからかわれ、今の学園の生徒の中なら祐麒が良いと答えたのは事実だ。だから、二人をからかっていたのだ。
 江利子自身は、祐麒を含めて学園の生徒をそんな風に見たことはなかった。何と言っても、子供としか思えないから。
 先ほどだって、単に三間坂という同僚から逃れるために抱きついていただけで、特別な意識はなかったし、あったらそんなこと出来なかった。
 ところが、祐麒が男であることを意識させられてから急に変わってしまった。強く抱きしめられた状態の中、間近で見つめられながら、「可愛い」とか「キスしたい」とか言われて、一気に脈拍が速くなった。
 祐麒の顔がゆっくりと近づいた時、逃げるのではなく、目を閉じてしまった。抱きしめられて逃げられないから諦めたのか、それとも心の中で受け入れてしまったのか、自分自身で判断がつかなかった。
 まさか、相手は生徒で、子供ではないかと打ち消そうとするが、脳裏に先ほどのシーンを浮かべると、途端に心臓が騒ぎだして顔が熱くなる。単なる余韻か。
「……江利子。ちょっと江利子、聞いているの?」
「え? な、何、ごめん聞いてなかった」
「だから、その、ふ、福沢くんのこと。なんか、夏前から江利子がずっとそればっかり言うから、本当に意識してきちゃったじゃない。でもさ、蓉子に言ったら怒るよね」
「えっ!? 景ちゃん、本気で好きになっちゃったの?」
「そうは言わないわよ。ただ、夏休みも一緒にいること多かったし、江利子にも刷り込まれて、自然と意識するというか……って、何言ってるのかな私、こんなの本気にすることじゃないのにね、教師と生徒で」
「そ、そうよね、本気にすることじゃないわよね」
「……さっきからどうしたの、江利子、変じゃない? 私がいなかった間に、何かあった?」
「何かって、何も、あるわけないじゃない」
 答える江利子の表情も口調も不自然だった。
 そうだ、あんなのは祐麒が状況に流されただけだ。江利子に抱きつかれて、きっと舞い上がっていただけ。江利子だって、自分が生徒達にそれなりに人気があり、容姿だって悪くないことは自覚している。年上のそんな女性と抱き合い、祐麒がその場の雰囲気で江利子のことが好きなような気持ちになったり、他の女性より魅力的に見えたり、そういうことなのだろう。
 江利子にも同様に言えることなのだ、きっと。そんな祐麒に感化された。あの時、明らかに祐麒の方が先に、そういう雰囲気になっていた。
 仮にも教師と生徒、それ以上に年の差がある。本気になるとは思えない。きっと明日になれば、いつもの自分に戻っているはず。
 そのはず、だけど。
 なぜか、鼻の頭に感じる熱は、いつまでたっても消えないような気がした。

<発生イベント>
  江利子 『暗闇でキッス』

 

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