<1>
12月24日。世間はどこも浮かれ気分、というわけではない。
「ほら、ここ間違っている。基本の部分よ、しっかりなさい」
「あ、ほんとだ。すみません」
受験生には盆も正月もなければ、クリスマスだってないのだ。
なのでこの日も祐麒は家庭教師を家に招いて、受験勉強にひたすら励んでいるわけである。
静かな室内、耳に届くのはシャーペンでノートに書き込む音、微かな呼吸する音、それだけだ。
「……それにしても。祐麒も今日くらいは家庭教師なしでも良かったのに」
「え、なんでですか、克美さん?」顔をあげてみると、生真面目な克美の顔が正面に。
「だって、クリスマスイブでしょう。そんな日に受験勉強なんて。別に毎日休む間もなくしなくちゃいけないわけでもなし」
「それをいうなら、克美さんのほうこそ、俺につきあわせてすみません」
「私は別にいいのよ」
抑揚もなく言う克美はすぐに参考書に目を落とす。祐麒も出されている課題に向き直る。
静かな時間が過ぎてゆく。やがて、克美が喉乾いたから何か飲み物を持ってきてほしいといったので、立ち上がって台所に向かう。
克美の方から要求してくるなんて初めてと思いつつ、飲み物とお菓子を持って二階の自室へと戻る。
「……あれ、なんで閉まっているの? 克美さん?」部屋の扉に鍵がかかっており、何事かと声をかける。
「あ、もうちょっと待っていて祐麒………………いいわよ、入って」
内側からカギが開けられる気配。どうしたのだろうと内心で首を傾げつつ、扉を開けてみると。
「へっ…………」驚くべき光景が祐麒の目の前に登場した。
なんと、サンタガールのコスチュームに身を包んだ克美がいたのだ。
しかもホルタ―ネックのワンピース、ポンチョのような上着をかけているが、むきだしの鎖骨が艶めかしい。
「メリー・クリスマス……ほら、この前の試験で良い成績を出したでしょう? だから、約束のご褒美」
いつもと変わらない淡々とした口調のようだが、わずかに頬がピンク色に染まっているのは、やはり恥ずかしいからか。
「か、克美さん……あの、す、すごく……」言葉にならず、ただつばを飲み込む。
「勉強をあと少しだけ頑張ったら今日は終わりにして、少しお喋りでもしましょうか」
家に来た際、やたら荷物があるなと思ったが、このためだったのか。普段とのギャップもあり、正直堪らない。
「こら祐麒、言っておくけれど変なことはしないようにね」
「は、はい」頷く。ここで気持ちがはしって克美にえっちなことをしたら、今までの積み重ねは全てぶち壊しだ。
「それから……さっきのこと」
「え。な、なんのことですか」
「せっかくのイブなのに……ってやつ。私は、家庭教師で祐麒を独り占めできたし、だから全然構わない」
眼鏡を直す仕種で目もとを隠す克美。
「男の子と一緒に過ごすイブなんて、今年が初めてなんだからね」
生真面目、だけどなぜか強気な克美の言葉と衣装と仕種に。理性を総動員して耐える祐麒なのであった。
<2>
「はい残念、可南子の負けよ」
「くっ、くぅ~~~」
カードを手にしたままプルプルと悔しさに身を震わせる可南子。
今日はクリスマスパーティ、可南子に美月、更に暁とその母親の理砂子も加えて賑やかに楽しく過ごしている。
「はい、罰ゲームだからね」
「分かっているわよ」
頬を膨らませながらも、素直に箱の中に手を突っ込んでカードを取り出す。
ゲームの趣旨として、負けたら罰ゲームをすることになっている。
罰ゲームの内容は、各自が好きなようにカードに内容を書いて、それをランダムに引いて書いてあったことを行うというもの。
自分にもリスクが及ぶし、まだ幼い暁もいるし、クリスマスのゲームでもあり、そうそう無茶なことは書かれていない。
祐麒も既に罰ゲームの洗礼を受けたが、『全員からしっぺされる』と『何か物まねをする』という微笑ましいものだ。
「な、何よコレっ!?」カードの内容を確認した可南子が、目を見開いて声をあげる。
「どれどれ~、あぁ、これか。ふふ、それじゃあこっちにきてちょうだい」
「ちょ、お母さん……って、これ書いたのお母さんね!?」美月に手をとられて隣室に消える可南子。
やがて美月だけが戻ってくる。
「可南子は今、罰ゲームの準備中なので、待っている間にもう1ゲームしましょうか」
何事もなかったかのように元の席に戻る美月。不思議には思ったがゲームに戻った。
「……………今回は理砂ちゃんの負け、と」楽しそうに美月が言う。本当に悪戯とかが大好きなんだろうなと思う。
負けた理砂子が引いたカードには『1いだった人にちゅーをする』と書かれていた。
「なっ……で、できないわよ私、こんなこと」赤面しつつ理砂子が目を向けてくるのは祐麒の顔。今回のゲームで1位だったのだ。
「駄目よ理砂ちゃん、ルールを守らないの? 暁ちゃんにそんな姿見せるの?」
「わ、分かったわよ……ごめんなさいね、祐麒さん」
「え、えぁ、理砂子さ……」
隣に寄ってきた理砂子が照れて顔を赤くしながら、素早く頬に唇を押し付け、そして逃げるように元の席に戻る。
「あははっ、理砂ちゃん真っ赤になって可愛いんだから……っと、可南子も準備できたみたいね。ほら可南子っ」
立ち上がった美月が、隣室のドアを開けると。そこにはフードつきの真っ赤なワンピースを着た可南子が立っていた。
いわゆるサンタコスチュームというやつだ。元々ミニなのだろうが、背の高い可南子が着たせいで超ミニになっている。
「わ、可南子ちゃん可愛いっ!」暁が歓声をあげる。理砂子も褒めているが、可南子は恥ずかしそうに顔を背ける。
「よ、よりにもよってこんな……」スカートの裾をおさえ、拗ねた口調の可南子。
「いや可南子ちゃん、よく似合っているよ。いや本当、前ファスナーとか用意周到だよね、今夜は可愛がってあげるよ……」
「ってちょっと美月さん、何声色変えてアテレコいれているんですかっ!?」
「ゆ、ユウキの変態、馬鹿スケベ!!」
「俺じゃないっ!?」
可南子のサンタキックを受け、薄れゆく意識の中で祐麒は必死にスカートの中に見えた色を記憶にとどめるのであった。
<3>
「おかえりなさい、パパ♪」
「ただいま、江利ちゃん」
帰宅して玄関入ると、いつも通りすぐに江利子がやってきて微笑みで迎えてくれる。
そのまま抱きついてきた江利子の体を受け止め、唇を重ねる。行きと帰りのいつもの行為。
結婚して何年も経つが、いまだに変わらない愛がそこにある。
「これ、予約していたケーキと、あとプレゼント」
「ありがと。プレゼントは見つからないように隠しておいてね」
寝室のクローゼットにプレゼントを隠し、リビングに入る。
「「「ぱぱ、おかえりなさーい」」」
三つの声が見事にハモる。そして、そんな三人の子供のお出迎え姿はなんと可愛らしいサンタさん姿だった。
雪柄リボンのついたふわふわのファーベストに真っ赤なスカート、そしてタイツ。
音葉、葉香、香音の三つ子サンタの可愛らしさに、目を奪われる。これは親ばかになる。
「じゃじゃーん、どう、うちのサンタさん、可愛いでしょう?」
江利子が三人娘の肩を抱くようにして笑顔をみせる。
可愛い娘と妻と迎えるクリスマスの夜、これ以上に幸せなことがあるだろうか。
「でも凄いねこの衣装、いつの間にそろえたの?」
「令が作ってくれたのよ。可愛いから是非、着て欲しかったって言って。本当に有難いわね」
令は自前で服を作ることができ、こうして娘たちの服も時々、格安で作ってくれる。
そこらの店で買うよりもよほど可愛く洗練されており、祐麒達も非常に助かっている。
「ねえぱぱ、けーきは、けーきは?」
「ん? もちろん買ってきたよ。でも、ケーキはご飯の後だからね」
「「「はーーーい」」」
娘たちはサンタの服を着られてはしゃいでいるが、それでもケーキのほうが大事みたいで微笑ましい。
一度部屋に戻り、祐麒もリラックスできる格好に着替え、再びリビングに行く。すると。
「めりーくりすまーす!!」
派手にクラッカーが鳴り、紙吹雪が舞う。そして紙吹雪の向こう側に見えるのは三人の娘たちと
「……どう? 令ったら、私の分まで用意してくれて……」
恥しそうにはにかむ、娘たちとおそろいのサンタ衣装を着た江利子がいた。
三人の娘の母親だが江利子とてまだ二十代、若々しく、とても可憐なサンタクロース姿に祐麒の胸は躍る。
クリスマスのプレゼント。それは、こんな幸せな夜を過ごせるだけで祐麒には十二分すぎるのであった。
<4>
さて、どうしようか。静は悩んでいた。
何せ、生まれて初めて恋というものをしているのだ。
いや、それは正確ではない。生まれて初めて『男子に』恋をしているのだ。
おまけにライバルもいて、決して安穏していられる立場でもない。なんとかしてこの恋を成就したい。
そんな気持ちが静を暴走させ、このような状況に追いやってしまったのか。
「……え、ええと、ししし静さんっ!? ななな、なんて格好を!?」
「ほら、だって今日はクリスマスイブ、でしょう?」
「そうですけれど、だからって、ちょっと」
真っ赤になった祐麒が目をそらすが、ちらちらとどうしても静の方を見てしまう。
一方、見られている静だって恥ずかしいのだが、ここまできたらもう後には引けないのも確か。
真紅のワンピースは大きなリボンのついた帯で巻かれ、スカートはミニでフリルがあしらわれている。
ワンピはストラップをつけているとはいえ、肩も腕もむき出しで露出度が非常に高い。
極めつけはウサ耳カチューシャ。なぜか、サンタバニーに返信していた。
友人に相談したら、この格好で迫ればクリスマスは間違いないと太鼓判を押されたが、根本的に間違っている気がする。
「似合って、ないですか?」
こうなったら押し通すしかない。確かに胸がゆるゆるでストラップしなきゃ落ちちゃうし、中も見えそうだけど。
「と、とても似合っていると思いますけど、そ、その格好じゃ、その、みみみ見えてしま……」
懸命に目を背けようとするが、それでも意識が胸や太腿に向けられるのが分かる。
静だって恥ずかしいが、今夜こそ決めてしまおうという決意もある。
「祐麒さんになら、見られても構いません……」
のけぞるような祐麒を追い、前かがみになってにじり寄る。ストラップが片方、肩からはずれてずり落ちる。
胸を手で抑え、更に静は身を寄せる。
「今夜、私は……はっ!?」
殺気を感じて体を起こすと、正面の扉が開いて一人の少女が姿を見せる。
静の最大最強のライバルが、シックなブラックを基調としたサンタ服に身を包んでいた。
「ふふ……抜け駆けは許しませんよ?」
天使の微笑み見えて、あれほど恐ろしいものはない。ついでにあの乳も非常におそろしい。
こうして聖なる夜にもかかわらず、恐怖の一晩が繰り広げられるのであった……特に祐麒にとって……
<5>
なんだか、いつの間にか場は大変なことになっていた。
友人達と一緒に飲んでいたはずが、聖からかかってきた電話により居所をつきとめられた。
拉致られるようにして連れて行かれた先にはなぜか景も待っており、三人で酒盛りに突入。
時間も深まり、酒のせいもあって祐麒はうとうとして、半分以上眠りかけていた。
「こおらぁっ! なに、勝手に寝てんのよ祐麒ぃ!?」
どつかれ、床に倒れ込んで頭を痛打して目覚める。
「ちょ、酷いな、何するんですか痛てててて……って」
寝ぼけ眼をこすり、目を開くと。
前結びリボンのトップス、タイトミニというサンタガール姿の聖。形の良い腰のくびれ、おへそ丸出しのセクシーなサンタ。
そして淡いブラウンのワンピース、ファーの手袋に角のはえたカチューシャをしている、トナカイガールの景。
二人が祐麒のことを見下ろしてきていた。
「せっかくセクシーな衣装を着てやったのに、寝てるってどういうことかしらん?」
挑発するように膝に手をついて前かがみになる聖。ボリュームのある胸の谷間が近寄ってきて、思わずつばを飲み込む。
「私がビンゴの景品であてただけだけど……って、どうせ見せる相手もいない癖にって、やかましいっての!」
椅子に腰をおろし、形の良い脚を組む景。しかし今の祐麒の体勢だと、ミニスカワンピの下にショーツが覗いて見えてしまう。
「祐麒クンは、私のコスを見て、性的興奮を覚えるでしょう?」
「は……へ?」
「お・ぼ・え・る・わよね?」
「は、はいっ!!」
いつもクールで冷静な景だが、今はお酒も入って完全に酔っていて、しかも何やら鬱屈しているものが出されてヤバい感じだ。
「それじゃあ……ちゃんと証明してくれるかしら? ねぇ、祐麒クン」
椅子から立ち上がると、祐麒に身を寄せてくる景。完全におかしい。聖に助けを求めるよう目を向けると。
「ちょっと、カトーさんよりあたしの方が露出度高いぞぉ? それに欲情しないって、おかしいでしょう」
聖もまた、どこか据わった目でにじり寄ってくる。二人とも美人で憧れているけれど、こんなのは……
「聖なる夜は性なるとも精なるとも言うし、いいじゃない。煙突に入るんじゃなく、あたし達の中に入れると思えば」
「わ、私だって可愛い年下の男の一人くらい、手籠めにして、可愛がってあげられるんだから……っ」
何やらいかれたことを言いながら迫ってくる二人。
時計を見れば、ちょうど0時を過ぎたところ。クリスマス当日、どんな日になるのか祐麒にも予想できなかった。