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ノーマルCP マリア様がみてる 野島

【マリみてSS(野島×祐麒)】家族には、いえないコト

更新日:

 

~ 家族には、いえないコト ~

 

 

 年が明けて三学期となり、新たな練習が始まって一か月以上が過ぎた。残念ながら新人大会は予選止まりなので春まで大きな大会はなく、まだ少し先ではあるが春の選抜大会に向けて部員達は気を張って練習に臨んでいる。それは勿論、祐麒だって同じことではある。
 そう簡単に強くはなれないかもしれないけれど、スタート地点が低いから上達しているという実感は得られる。一日一日、一振り一振りごとに力がついていくような気がするのは、練習していて楽しくもある。
 充実した生活を送っている、とは思っているが。

「――福沢くん、足さばきが適当過ぎるわよ!」
 道場内に響き渡るのは雛絵の声。そして、部員達の視線が向けられるのを感じる。
「疲れているのは分かるけれど、剣道は足よ。足さばきを適当にして上達することなんてないのだから、疲れている時こそ意識しなさい!」
「はい!」
「だから、そうじゃないでしょう。返事だけなのかしら?」
「申し訳ありません!」
「足ばかり意識しない、姿勢が曲がっている!」
 容赦なく叩きつけられる言葉に、祐麒も懸命にこたえて動きはするものの、所詮は剣道を始めて半年も経っておらず、そううまく出来るものではない。滴り落ちる汗が目に入って視界が滲むが、そんなこと言い訳にもならないというか、むしろ手拭いをきちんと巻けていないからだと叱られたことがある。
 雛絵の目、他の部員達の視線を受けて手を抜くことなど出来ないし、もともと抜くつもりもないが、疲労により腕が震えてうまく竹刀を振ることが出来ない。
「腕の力で振っているからそうなるの。ほら、腰が引けている!」
 雛絵の手にした竹刀で腰を叩かれる。
 痛いわけではないが、皆に見られているから少しばかり恥ずかしくはある。

 十二月のあの日、『叱られ役』の提案をして、年が明けてから正式に雛絵から役を依頼された。
 自ら発したことであるし、今さら嫌だというつもりもないし、やめるつもりもないけれど、いざ始まると雛絵はとにかく容赦なかった。
 他の部員達も全く叱られないわけではないが、祐麒が最も叱られているのは間違いない。だが、こうしてみると祐麒が『叱られ役』で良かったとも思える。小林と高田も剣道部であったことはないが、中等部の選択授業では剣道をやっていたので多少の心得はあるのだ。比べて祐麒は柔道を選択しており文字通り全くの未経験、だからこそ他のどの部員よりも基礎が出来ていないし、失敗することが多い。加えて野球の過去が邪魔もしてきている。
 どんなスポーツや武道でも同じだろうが基礎が重要であるし、おろそかにしていては本当の意味で強くなり上達することはかなわない。そのことを祐麒に対して叩き込み、同時に他の部員に対しても指し示しているわけだ。
 叱るのであれば、もっと上手な人に対して叱ることで、「あの人でも叱られるのだから自分もしっかりしよう」と思わせる方法もあるだろうが、雛絵が叱咤するのは考え方や取り組み方であるから叱り相手が祐麒でも効果はあるし、剣道歴の短い部員であれば技術的な部分でも意義はある。実際、令に憧れて入部した一年生もいるわけだし。
 祐麒が『叱られ役』となったためか、あるいは単に雛絵が慣れてきただけかは分からないが、雛絵が厳しく指導する姿も随分と自然な感じになってきたし、部員達も"野島部長"が率いる剣道部の方針を理解して動くようになり、前ほどのギクシャク感は随分と薄れてきていると思えた。

「――しかし、この練習メニューは俺達を殺す気か。考えたの、野島部長だろ、まさに鬼だぜ」
 それでも、こういった愚痴が消えること無いのは仕方ないだろう。
 ちなみに小林が言う通りに雛絵の考案したメニュー、特に男子に対するものは地獄のメニューと言われていた。
 年内までの練習を見て、やはり男子だけあって体力などもあるし余裕があるように見えたから多めに組んでみたと雛絵は言っていたが、実は年内の練習メニューだってきつかったものを、祐麒達は男の意地でやせ我慢をしていただけなのだ。
「てゆうかさ、野島部長はユキチに何か恨みでもあるっていうか、ユキチおまえ部長に何かしたんじゃないのか。やたら目の敵にされているよな」
 着替え、道場に向かいながら小林が話しかけてくるのは雛絵のこと。小林や高田も叱られてはいるが、祐麒ほどではないことを本人たちも自覚している。
「まあ、俺が一番下手くそだし、基礎もなっていないからな」
「だからってなぁ、やっぱり男嫌いなのかな。それとも性格なのか、勘弁してほしいと思うだろユキチも」
「うん……でも野島部長の言うことって正しいし、俺達を強くしようっていう思いが強いからだろう。部長としての責任感というか」
「…………お前、やけに部長の肩を持つな。もしかして、ユキチ」
「な、なんだよ」
「ドMか、ドMなんだな。だから部長みたいなドSが良いってことか、おい!」
「ちげーよ!」
 そんなアホな会話をしながら練習に入る。とはいいつつ、あまり雛絵に肩入れした発言ばかりするのもまずいかもしれない。あえて祐麒が『叱られ役』になっていると知られたら、その意味も薄くなってしまうから。
 しかし、そのような心配も杞憂だったかもしれない。というのも、今日ばかりはかなり理不尽なことで叱られたと感じて不満に思ってしまったから。練習の合間のちょっとしたお喋りと、だらっとした姿、それを見咎められたのだ。休憩時間ではないのかと、さすがにちょっと抵抗したくなるのを飲み込んで練習するも、その不満が出てしまったのか練習態度や動きが良くなくて居残りを命じられてしまった。
 態度がよくなかったのは反省しているし我ながら子供っぽかったと思うが、そもそもその前の叱責が難癖に近いように感じた不満がある。
 小林や高田も同情し、ちょっと怒り気味の祐麒を窘めてくれたりもした。
 時間を置いて少し冷静になった祐麒は、待っていようかと申し出てくれた二人を先に帰し、黙々と居残り練習メニューをこなした。その間も居残りに付き合う雛絵の監視の目があり、手を抜くことはできない。
『叱られ役』である祐麒と二人だけであるが、雛絵の厳しさは変わることなく続き、メニューが終わる頃には疲労困憊状態となっていた。
「――お疲れさま、今日はこれで終了でいいわ」
 素っ気なく言うと、祐麒の方を殆ど見ることなくさっさと片付けに入る雛絵。疲れていた祐麒は特に何を言う気力もなく、ただいつもの流れで片付けを済ませた。

 

 着替えを終えて外に出ると、制服姿になった雛絵が立っていた。
「待っているから、道場の鍵、返却してきてくれる?」
「うぃーっす。別に先に帰っていてくれても大丈夫ですよ」
「そういうわけにはいかないわ」
 疲れてはいたが素直に受け取って職員室に行って戻ってくると、雛絵は先ほどの場所で変わらぬ姿で待っていてくれた。
「部長、こんな場所で寒いでしょう。本当に良かったのに」
 見れば雛絵の頬や鼻の頭は随分と赤くなっている。二月となって冷え込みも一年の中で最も厳しい時期、外で突っ立って待っていればそんな風にもなろうというもの。
「大丈夫よ。さあ、早く帰りましょう、遅くなってしまったわ」
 雛絵のせいではないか、という突っ込みを思わず入れたくなったがぐっと我慢し、先に歩き出した雛絵を追いかけて横に並ぶ。
 そういえば、こうして並んで二人で帰るのはあの日以来だなと思いながら、祐麒は歩を進めた。

 十二月のあの日以来の雛絵との帰宅となったが、あの日のようにまた会話に詰まってしまっていた。その一つの要因として、前回はバスの中でつり革につかまって立っていたのが、今日は席が空いていて二人掛けの椅子に並んで座っているから、というのもある気がした。
 バスの座席は広いとはいえず、二人並んで座ったら必然的に距離が近くなるし、むしろ触れてしまいそうなほどである。空いている席が二人掛けの座席しかなく、立ったままというのも不自然で腰を下ろしたが、やはり意識はしてしまう。
 祐巳という姉はいるものの中学までは男子校で、女子とどのような話をすればよいかなど全く分からず、気の利いたことも言えず結局ほとんど話すことなく、たまに部活の話をするものの雛絵もあまり乗ってこず途切れてしまう。
「あの、福沢くん。今さらなんだけれど……『叱られ役』、ありがとう。とても助かっているわ。同時に、キツい役割をお願いしてしまってごめんなさい」
 微妙に気まずさを感じながら窓の外に目を向けていると、雛絵がそんなことを口にしてきた。
「いえ、自分で提案したことですし、役に立てているなら平気ですよ」
 とはいえ、今日は少しばかり腹が立ったのは事実だが、それは言わない。
「でも本当にありがたく思っているから。それで、そのお礼というか、ちょうど父が知り合いからこれを貰って」
 雛絵がバッグの中から取り出した紙片を祐麒の方に差し出してきたので、その紙片に目を向けてみると。
「――え、これ、開幕シリーズのチケットじゃないですか」
 祐麒が贔屓にしているプロ野球チームの開幕三連戦のチケットだった。今年は何年振りかにホームで開幕戦を行うこともあって祐麒も行きたいとは思っていたが、ここ数年で球団の人気が上昇しており、開幕戦という人気チケットは入手困難で諦めていたのだ。
「福沢くん、ファンだって言っていたでしょう。良かったら」
「え、でも悪いですよ」
「そんなことないわ、受け取って頂戴」
「でもこれ、良い席ですよ? 俺なんてたいしたことしていないし、それだけで申し訳ないというか」
「あのね、福沢くん。たいしたことか、たいしたことじゃないのか、それは受け手側が決めることなのよ。そして私は、福沢くんの提案にとても助けられている。私にとってはそう、"たいしたこと"なのよ。だから、受け取ってもらいたい。それだけのことだと思っているの」
 雛絵の言うことも分かるが、内野の良い席で普通の高校生からしてみれば高額なのだ。
「先ほども言ったけれど、父の知り合いから頂いたものなの。私の出費というわけではないから、そこは気にしないで大丈夫。それに、福沢くんが貰ってくれなかったら廃棄されるだけだから、勿体ないと思ったら受け取って」
「廃棄するだけって……」
「だって、私の友人には一緒に行ってくれるような野球好きの人はいないのだもの」
 その一言に、「ん?」と疑問がわく。

「…………え、もしかして部長と一緒に観に行くってことですか?」
「そうだけど、嫌なら誰か他の人を誘ってくれても」
「いえいえ、嫌とかそうじゃなくてちょっと意外と思っただけというか」
「前に言ったでしょう、私も野球が好きだって」
 怒ったような雛絵に、さすがに先ほどの一言は失礼過ぎる物言いだったと気が付く。純粋に驚き意外だから出てしまっただけで、嫌だなんて気持ちはなかった。ただ、戸惑いというか躊躇したくなるような部分があるのは間違いない。だって、雛絵と二人で観戦に行くなんて、本人にそのつもりなどないのだろうがそれではまるでデートみたいだから。
「――うん、はい、それでは有難く頂きます、一緒に観に行きましょう」
 だが正直、開幕シリーズを観に行きたいという素直な欲求の方が強く、次の瞬間にはそう告げていた。それに、どうせ行くなら野球が好きな人と一緒の方が観ていて楽しいだろうし、その点雛絵であればマスコットキャラクターを知っているくらいだから、結構な野球好きと思われた。
「ええ……でも当たり前だけれど、観戦に行くことは他の部員や友達には絶対に内緒よ。変な噂を流されたくないでしょう」
「うーん、変な噂、ですか」
 確かに、休日に二人で出かけるなど知られたら、それこそ付き合っているなんて噂があっという間に広まるであろうことは想定できたが。
「甘く考えては駄目よ。今日だって、こうしてチケットを渡すところを誰にも見られずに行うにはどうすれば良いか凄く悩んだんだから」
「そうですか…………ん? ちょっと待ってくださいよ。それじゃあ……えーっと、まさかその為に俺に居残り練習を課した、なんてことないですよね?」
「あっ……」
 慌てたように口元を手で隠す雛絵。
「えっ、いやいや、"あっ" ってなんですか!? もしかして図星ですか、えーっ、マジですかっ」
「いえ待って、違うの、いえ違くないけれど、理由があって。だってこうでもしないと、自然と二人になんてなれないから」
「今日の叱った理由の方が不自然ですって。それに、そのためにあれだけ厳しい追加メニューをやる羽目になったんですか俺? いやそれより、居残り練習の時点で他に部員はいなかったですよね。だったらその時に」
「ど、どう話を切り出したらよいかずっと悩んでいて決まらなくて、それでバスまで来てしまったのよ……ご、ごめんなさい」
 祐麒に詰問された雛絵はしどろもどろになり、とうとう顔を赤くしてあたふたし、最後にはぺこりと頭を下げた。
 力が抜けた祐麒は、バスの座席からずり落ちそうになるのを堪えて姿勢を戻す。
「お、怒って……いる?」
 怯えたように尋ねてくる雛絵の姿が新鮮だった。いつも、部活動では厳しい表情と言葉で叱られてばかりだったから。
「……いえ、そうじゃないですけど。居残り練習も別にいいんですけど、理由が斜め上過ぎてなんとも言いようがないというか……あ、着きましたから降りましょうか」
 いつしかバスは駅前のバスターミナルに到着していた。祐麒と雛絵はバスを降り、駅の舎内へと向かって歩く。
「――いいんですけれど、他にもっとやりようがあったのではと思うのですが」
「でも、ご実家に電話するのはどなたが出られるか分からないし、学園内では他の生徒が大勢いるし、他に連絡方法も思いつかなくて」
「んー、じゃあ、"RELAY"のID交換しましょうか」
 スマホのメッセージ連携アプリなら、他の人に知られることなく連絡することが出来る。
「え、それって」
「あ、やっぱり俺にID教えるのまずいですか? だったら」
「いえ、問題ないわ。問題ないから、交換しましょう」
 鞄の中を引っ掻き回してスマホを取り出す雛絵。無事にIDを交換し、新たなグループを作成して雛絵とのホットラインを形成する。

 

 家に帰り自室に戻った雛絵は、そのままベッドに寝転んだ。制服が皺になるかもしれないことを厭わずに。
 手にはスマホ、中には祐麒との繋がりがある。
 とうとう、とうとう誘ってしまった。そして承諾を得た。誘った甲斐があったというものだ。これで二人分のチケット代も無駄にならずに済む。父親の知り合いから貰ったなんてのはもちろん嘘で、自腹を切って購入したのだ。
 祐麒がファンと聞いて、開幕シリーズが週末だと調べ、人気チケットを抽選で運よく入手することが出来た。入手したのがペアシートというのが恥ずかしいが、貰い物だと伝えてあるから雛絵が選んだとは知られずに済む。
 あの日以来どうにか祐麒にお礼をしたいと思い、新学期になって『叱られ役』をやってもらうようになってから祐麒のことをもっと知りたいと思い、でも行動を起こすことが出来ずに日にちが流れてゆく。そんなある日、チケットの抽選販売の情報を入手した。もしもこの人気がある試合のチケットを抽選で入手出来たら誘ってみようかと応募すると、まさかの当選をはたしていた。
 そうしてチケットを渡す方法と理由を考えて今日を迎え、無事にチケットを渡して二人で観戦に行く約束も取り付け、連絡先まで交換してしまった。
「うぅ」
 ベッドの上で突っ伏したまま足だけをバタバタと動かす。スカートが乱れるのも気にせずにバタバタする、というかバタバタしてしまう。理由があるとはいえ、まさか自分がこんな、男の子と二人で出かける約束をするなんて、ほんの半年前までは思いもしなかった。
「うぅ……やばい、なんか今から変な汗かいてきたかも」
 Xデーまではまた一か月半もあるというのに今からこの状態では、当日になったらどんな自分になっていることか。
「――雛姉さん、夜ご飯だよって、何してんの、パンツ見えそうだよ」
「な、なんでもないわ。着替えてすぐに行くから」
 妹の架純が来たところで正気を取り戻し、スカートの裾を直しながら立ち上がる。このことは母や妹には言えないなと思いながら。

 

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