二年生に進級するとクラス替えがあった。残念なことに瞳子、可南子とは別のクラスになってしまったが、あの二人は二人で同じクラスになれたという喜びが、隠そうとしても隠し切れずに滲み出ていて、見ていて笑いたくなる。
遊園地に行って以来、二人は急接近したようで、特に瞳子の様子が面白い。口では迷惑だみたいなことを言っておきながら、拒むようなことはしないし、顔が赤くなっているのだから分かりやすい。
とまあ、別れ(?)もあれば新たな出会いもあるというもので。
新しい組となった私は初日、出席番号順に座って当たり前のように近くの席の子と話をしたわけだけれど。
「よろしくね、乃梨子さん」
と、前の席から可憐な微笑を投げてきたのは。
「こちらこそよろしく、笙子さん」
内藤笙子。
茶話会のときに顔を知って、それからは年が変わっても変わらず写真部エースである武嶋蔦子の後ろを、子分のようにぴったりとくっついて学園内を動き回る姿をしばしば見かけるようになった。
正直、可愛いと思う。
多分、年上受けする可愛さだと思うが、同級生から見ても間違いなく可愛い。おそらく今の二年生の中では一、二を争うと思う。このまま写真部エースの座を継ぐようなことになれば知名度も増し、笙子がもしも今年度に生徒会役員選挙に立候補したら、かなりの票が集まるのではないかと思えるくらい。
席が近ければ仲良くなるのは自然な流れで、私と笙子は徐々に打ち解けていった。私はあまり愛想が良い方ではないし、自ら他の子の輪に入り込んでいくタイプではないから、新しいクラスとかになると親しい友達が出来るまでそれなりに時間がかかるが、お互いに少し知っていたせいもあり、比較的スムーズに話すこともできた。
「……思い返せば、入学したばかりのときは大変だったよ。瞳子とか、私に対してすごい世話を焼こうとしてさ」
「瞳子さんは友達思いだから」
「あの頃は私も色々あって、なかなかそうは思えなかったから」
放課後、私は薔薇の館へ、笙子は写真部の部室へと向かうわずかな時間に、ちょっとだけお喋りをしながら歩く。
仲良くなりつつあるといっても、まだそんなもの。
「それじゃあ、また」
「うん。山百合会、頑張ってね」
手を振って別れる。
お互い、振り返ることなく自分の目的地へと向かい歩を進める。
四月の初めの頃はまだそんな、ただのクラスメイトでしかない私と笙子だった。
四月後半になり、ゴールデンウィークが近づいた頃、昼休みにお弁当を食べているとき、不意に笙子が聞いてきた。
「ね、GWにお買い物でも行かない?」
「え……」
苺ミルクのストローを口から放しながら、私は目を開いた。
「あ、ごめん。ひょっとしてどこか行く予定あるならいいんだ、別に」
「いや、別にそういうのは無いけれど」
本当は志摩子と一緒に神社・仏閣・教会巡りを画策していたのだが、志摩子が家庭の都合でGWは予定があわずに見送りとなり、はっきりいってGWは暇だった。だから久しぶりに実家に顔でも出そうかと思っていたのだ。
そんなわけで、笙子の誘いを断る理由はなかったのだが、一瞬とまどってしまったのは、リリアンに入学してからそのような誘いを山百合会メンバー以外から受けたことがなかったから。
お嬢様学校だから、そういうこともないのかなと思っていたのだ。
「じゃあ、一緒に行かない? もちろん、無理にというわけじゃないけれど」
無邪気な顔をして誘ってくる笙子。
中学時代、この手の誘いが無いわけではなかったが、あまり頷いた記憶はない。何しろ、ファッションよりも仏像の方によほど興味があったし、そちらにお金を使っていたという中学生だったのだから。
「ねえ、駄目かな?」
だけれども、笙子に上目遣いにお願いをされてしまって。
「いいよ。いつ、行こうか」
断ることが出来ずに承諾してしまった。
まあいいかと、一人で納得し、約束の日はやってきた。
天気は快晴で、外出するには絶好のコンディション。あまりにも良すぎて、GWということもあって人出が多すぎるのがやや難であったが。
約束の駅前で待つこと十分ほどして、笙子がやってきた。
「ご、ごめーんっ。ちょっと遅れちゃった。待った?」
駆け足で私の目の前に来て、両手をあわせて頭を下げる。
「あ、ううん、大丈夫。そんな大したことないから」
言いながら私は内心、大きな衝撃を受けていた。
何って、目の前の笙子の姿。
これまで学校で、当たり前だけれどリリアンの制服姿しか見たことがなかったわけで、今日初めて私服を目にしたわけだが―――
激・可愛い!?
顔立ちが変わるわけもないから、当然、変化しているのは洋服なわけだけれども。
オフホワイトの前ボタンミニスカートは、ヒップポケットにリボンがついていて可愛らしさをアピール。トップスはボーダーのキャミソールに深Uネックのショートカーデを重ねたアンサンブル。ネイビーの色使いが可愛らしさの中にも少しの落ち着きを見せている。
決して派手ではないけれどお洒落で、笙子のキュートさがバランスよく出ている。
比べて私ときたら、なんの変哲も無いカットソーの上からカーディガンを着て、下はデニムのパンツにスニーカー。どれもこれも、量販店で購入した安物である。同じ女子高校生と思えない差に内心、愕然としたわけだが。
「わー、乃梨子さん、格好いいっ」
なぜか誉めてくる笙子に戸惑う。
どう考えたって、明らかに笙子の方が可愛いのに。
「いいな、私って顔が子供っぽいし、ジーンズってあまり似合わないんだ。パンツが格好いい女の子っていいよね」
「そ、そう?」
「そうだよ、絶対!」
握り拳まで作って力説されてしまった。
「ま、まあいいや。それじゃ、どこ行く?」
そうして連れて行かれた先は、キラキラ、可愛らしい洋服が並べられたお店ばかり。どうやら外見通りに可愛い系の服が好みのようだけれど、私にしてみたら普段入ることが無いようなお店ばかりで、ちょっとばかり気後れしていた。
「ねえ、このキャミ可愛くない?」
「あ、可愛い可愛い」
私の趣味ではないけれど、笙子が着るところを想像してみるのは悪くなかった。本当に楽しそうに見てまわる笙子の姿を見ているだけで、自分まで楽しくなる気がした。
「あ、なんかごめん。私ばっかり見ちゃって」
「いいよ。もともと今日は、笙子さんの買い物の付き合いなんだから」
「えー、せっかくだから乃梨子さんも好きなの見に行こうよ。ねえ、いつもどういうところ行くの?」
問われて、困った。
彼女のように女の子らしい、お洒落な店になど足を運ばないから。
「えっと……あ、あんまりお店にこだわりはないかな。適当に見て、気に入ったらそれを買うってゆう感じで」
「なるほどねー、フィーリングを大切にしているんだ。私も今度、そうしてみようかな。どうしても、いつも同じようなもの選んじゃうから」
「あ、でもそれ分かる。自分の好みで選ぶと、偏っちゃうよね」
「そうなの……あ、名案!」
ぱん、と手をあわせてにっこり笑顔を向けてくる。
何か、と思って身構えていると。
「お互いに選びっこするってのはどうかな。私が、乃梨子さんの服を。乃梨子さんが、私の服を選ぶの。そうしたら、普段は選ばないようなのになると思わない?」
「いやいや、でも自分が気に入らないようなの選ばれたら困るでしょう。自分が気に入らないと、結局、着ないままになっちゃうし」
「そうかー、いいアイデアだと思ったんだけどー」
肩を落とす笙子。
私は、思わず笑ってしまった。
「な、なになに、私なんか、おかしかった?」
いきなり笑われて、笙子がびっくりしたように私のことを見ている。
私は首を振って。
「笙子さんって、意外と喜怒哀楽が分かりやすいんだなって」
「あぅ、確かに、お母さんとかにもよく、『落ち着きがない』って言われてるかも」
「そうじゃないよ」
がっかりと落ち込んだような笙子を見て、また私は笑いそうになってしまった。だけど、笑いをこらえて笙子の肩を軽く叩く。
「可愛いな、って思っただけ」
「え、ええーーーっ。乃梨子さんのほうが綺麗だよっ」
「どこが?」
お洒落とは縁遠く、髪型だってほとんど無頓着だし、私には縁のない単語、誉め言葉である。
だけど笙子はあくまで真剣な表情で。
「どこって、全部だよ。なんていうのかな、素材がね」
「それだったら、よっぽど笙子さんのほうがいいと思うけれど」
「ううん、絶対に乃梨子さんのほうが素敵だって」
「違うって、本人が言っているんだから。笙子さんの方が可愛いよ。だって昔、モデルやっていたくらいなんでしょう?」
「そんなの子供の頃だし。乃梨子さんの方が……」
「絶対に笙子さんが……って」
そこでようやく気がついた。
私たちはお店の真ん中で言い合っていて、いつの間にか声も大きくなっていたらしく、店員や他の客の視線を集めてしまっていた。
「……い、行こうか」
「そ、そうだね」
私たちは、逃げ出すようにしてお店から出た。
「うわぁ、恥しかったぁ!」
ファーストフードに入って席につくと、笙子はテーブルに突っ伏し、しばらくそのまま何か呻いていた。
「笙子さん、あまり気にしないで。誰も私たちのことなんて記憶していないって」
「……でも乃梨子さん綺麗だから、お店の人とか覚えているかも」
「またそんなこと言って。ほら、食べようよ」
買ってきたナゲットとポテトを取り出し、さっそく口にする。ナゲットにはマスタード、ポテトにはケチャップをつける。
そういえば、こんな風に友達とファーストフードに来るのも久しぶりだなと思った。何せリリアンは寄り道禁止で、お嬢様な生徒もきちんと校則を守っている人がほとんどなのだから。
私が食べていると、笙子も食欲に負けたのかむっくりと顔をあげ、ナゲットをつまんで食べ始めた。
「……う」
食べた途端に、渋い顔をした。
「どうしたの? 何か、変だった?」
「私、マスタードって苦手」
「あ、あのね。だったら、どうしてマスタードつけたのよ」
横にはケチャップのソースがあるというのに、なぜあえて苦手な方をつけて食べたのか。
「だって、乃梨子さんがとても美味しそうに食べるから、それなら大丈夫かなって……」
「……あのね、いくら私が美味しく食べても、苦手なものが好きになるわけじゃないでしょう」
「だってだってぇ~」
「だってじゃないでしょう、もう」
そんな、どうでもいいようなことばかりを話しているうちに、時間は過ぎていった。
家に帰ると、菫子が食事の支度をしているところだった。しかし、つい先ほどファーストフードで食べてしまったせいか、それほどお腹がすいていない。申し訳ないが後で食べると言い置いて、私は部屋に戻った。
結局、何も購入しなかったけれど、楽しかった。
志摩子と一緒に出かけるのとも違う楽しさ。
私は、一日のことを思い返しながら床についた。
長いようで短いGWが終わり、学校再開となった日。
「ちょっと二人に聞きたいんだけれど」
お昼ごはんの時間、机をあわせて一緒に食べていた高知日出実が、私と笙子のことを交互に見る。
何事か、と笙子と顔を見合わせる。
「二人がGW中にデートしていたって情報を掴んだんだけれど、本当かしら?」
「デートって……確かに、出かけたけれど」
友達と買い物に出かけただけだ、と言っても、このリリアンではデートということになってしまう。
「いつの間に二人は、そんなに仲良くなったの?」
「いつの間にって……別に。ねぇ?」
「うん。日出実さんとだって仲良いじゃない」
「そーじゃなくて。貴方達、自分の立場というものを考えてみて」
「立場……?」
私自身は白薔薇の蕾ということで、まあ分からなくもないが、笙子は別に一生徒である。立場も何もないと思ったのだが。
「甘いわね。笙子さんは今の三年生のお姉さま方から絶大な人気があるのよ」
「ええっ、ウソぉ!?」
大きな声を出してしまい、慌てて口を抑える笙子。
「そして乃梨子さんは言うまでもなく、一年生から絶大な人気を誇っている」
「そんなことは……」
「今朝も靴箱にラブレター、入っていたでしょう?」
「な、なんでそれを」
思わず、たじろぐ。
いつも思うことだが、新聞部の情報収集能力はどこから来ているのか。昨年卒業した築山三奈子以来、新聞部の後輩に継承されているのか。
確かに、ラブレターは入っていた。
ちなみにこれで四月から数えて二桁に突入した。
なぜか知らないが、『クールで凛々しくて知的で素敵なお姉さま』というように、一年生からは思われているようなのだ。
今年度、"ミスター・リリアン"の投票が行われれば、間違いなく私が選ばれるだろうと専らの噂でもある。
私にしてみたら、何故に自分がそのように言われているのか全く理解できなかった。山百合会メンバーということで、リリアン育ちの生徒からは羨望の眼差しを向けられるということは、この一年で理解した。
だが、それにしてもだ。
「みんな、変なんじゃない?」
「変なことないよ、乃梨子さんは綺麗だもん!」
「あ、ありがと」
手を握られながら、笙子にまたしても力強く言われ、私は勢いに押されるようにして頷いてしまう。
「やっぱり二人は」
「だーかーら、日出実さんも変なこと言わないで」
「あははっ」
特別なことがあるわけでもない日常。だけれども、楽しい日々。リリアンに入学した当初は、こんな日が訪れるとは思っていなかった。
だけど今は、山百合会の仲間と、友達と、かけがえのない人との絆がある。
だから私は、間違いなく今が幸せだといえる。
この、手に感じられる温もりがある限り。
おしまい