夏休みの昼飯時、今日は久しぶりに島津家にお呼ばれしての食事である。お呼ばれといっても昔馴染みの家、冷やし中華というごくまっとうなメニューを皆でうまそうに食する。
島津家、支倉家、島津家の母親と子供が集結している図の中に、男は祐麒一人しかいないが、物心ついた頃からこの状況は変わらないので、この女性陣に囲まれていても特に困るということはない。
きーんと冷えた冷やし中華は美味い。しかし、この冷やし中華を作ったのが、この島津家の母娘のどちらでもなく、支倉家の娘だという事実はよいのだろうか。
「だって、令ちゃんが作った方がよっぽど美味しいんだもの。同じ材料のはずなのに、何が違うのかしらねえ」
と、島津母は不思議そうに首を傾げる。
確かに、令の作るものは何でも美味しいが、母親としてはどうなのだろうと思わなくもないが、そんなことは口に出さない。女性の方が、圧倒的に権力が強く、下手なことは言わない方がいいというのが、長年で身につけた知恵である。
暑いけれどエアコンはつけず、扇風機と外から吹き込む風、そして清らかな風鈴の音で涼を取る。島津家、支倉家ともに祐麒の父が設計しており、夏の風通しや冬の暖を考慮してのもので、気温は高いけれども風が抜けるので、温度ほど暑くは感じない。とはいってもやっぱり汗は出るのだが、それはそれ、夏は汗をかいてこそのものでもある。
冷やし中華を頬張り、表面にびっしょりと汗をかいたコップの麦茶を飲み、お昼のテレビ番組を見るとはなしに見ていると、夏休みだなあ、なんて改めて感じてしまう。
「あー、でもお昼の番組ってなんかいまいち。早く甲子園始まらないかな」
「出場校はもう全部決まったんだっけ?」
「うん、そうそう、今年もトトカルチョするわよ、今年こそ負けないんだから!」
由乃が箸を握りしめて気合いを入れる。たいてい、この気合は空回りする。そして落ち着きがない上に、もともと食べるのが遅いので、由乃は一人だけいつも食べ終わるのが遅くなることも多い。おまけに好き嫌いも多い。今日は令が作ったということもあるし、冷やし中華というメニューもあって、由乃が嫌いなものは入っていないけれど。
「本当に美味しいわよねぇ。まったく、由乃も少しくらい料理を習ったら? こんな近くに素晴らしい先生がいるんだから」
由乃母が、わざとらしく息を吐き出して愛娘のことを見つめる。
しかし、そんな皮肉など由乃にはきかない。
「だってあたしが習ったって上手くなるわけないじゃん。それに、令ちゃんが作ってくれるから、いいんだもん」
小さな口で冷やし中華をすすりながら、まったくこたえる様子もない。おそらく、何度となく繰り返されているやり取りなのであろう。
「そんなこといって、あまりにお料理が出来ないと、祐麒ちゃんもお嫁にもらってくれないわよ?」
「ぶっ!? は、はぁ? な、なんであたしが祐麒のお嫁さんなんかに!?」
「え、何言っているの。昔から、大きくなったら祐麒ちゃんと結婚するんだって、いつも言っていたじゃない」
「むむっ、昔って、いったいいつの頃の話しているのよっ。大体、それは、祐麒みたいに優柔不断なやつ、あたしくらいしか付き合えないだろうから、仕方なくって」
顔を赤くしながら、ムキになって反論する由乃だが、聞いている祐麒のほうも恥ずかしくなってくる。
しかし、母親軍団の攻めはこんなところでは終わらない。
次に口を開いたのは支倉母だった。
「あら、大丈夫よ。由乃ちゃんが駄目でも、うちの令がいるもの」
「ぶほっ!」
今度は令がむせ込んだ。
「お、お母さん、ななな何を」
「ああ、令ちゃんは一途だから、今でも祐麒ちゃん一筋よね。うちの由乃も、令ちゃんくらい素直になってくれれば」
「お母さん、何を言っているのよっ」
令と由乃が、揃って赤面して、それぞれの母に文句を言うが、母二人は笑って全く相手にしない。
「ほら、うちの令ってばこんな男の子みたいな外見でしょう。昔から女の子にはモテるんだけど、男の子にはからっきしで、祐麒ちゃんがお嫁にもらってくれないと困っちゃうから、ねえ?」
「あら、それをいうならうちの由乃だって、家事はからっきしだからねぇ。こんなんじゃ、祐麒ちゃんくらいしかもらい手がなさそうで」
「何を言ってるの二人とも、令ちゃんも由乃ちゃんも器量が良くて、うちのへっぽこ息子には勿体ないくらいよ。祐麒こそ、令ちゃんと由乃ちゃんをつなぎとめておかないと、お嫁さんに来てくれる子なんていなさそうだから」
滅茶苦茶に恥ずかしい話の流れになっていた。3家族が集まると、何回かに一回はこの手の話になりがちなのだが、今日はなんだか極めつけに恥ずかしい内容になっている。祐麒もどうにか止めたいところだが、女性陣の話に割って入れるわけもない。
「祐麒も小さい頃は、令ちゃんと由乃ちゃん、二人ともお嫁に貰うんだって言ってね」
「か、母さん、やめてくれよっ」
「あらいいじゃない、本当のことなんだから。祐麒、男なんだから、言ったことには責任もって、ちゃんと二人を養えるくらいの甲斐性を持ちなさいね」
「何、真面目な顔してとんでもないこと言っているんだよ。大体、そんなこと出来るわけないだろ」
「あら、じゃあ祐麒あなた、令ちゃんと由乃ちゃんのどちらかを選んで、どちらかを切り捨てられるの?」
「え、いや、そ、それは……」
母に真面目な顔で問い返されて、しどろもどろになる。見れば、由乃も令も、なんとも微妙な表情をしていて、祐麒の方を見ないようにしているものの、明らかに祐麒の方にばかり意識が向いているのが分かる。
「あんたも男なら、女の子の二人くらい同時に幸せにしてみなさい」
「む、無茶言うなっての」
「大丈夫よ祐麒ちゃん、うちの令は祐麒ちゃんの傍にいられれば幸せだから、愛人にでもしてくれれば」
「お母さんっ!!」
真っ赤になって声をあげる令。
「由乃は我がままだからねえ、令ちゃんには申し訳ないけれど正妻の座は由乃にしてもらえると助かるかも」
「ば、馬鹿じゃないの、お母さん!?」
これまた首筋まで赤くして口を開く由乃。
「祐麒、あんたちゃんと二人分……いえ、子供のことを考えたら4,5人分は稼ぎなさいよ?」
「だから、もうやめろって!」
祐麒も赤くなって抵抗するが、三人のマザーは全く意に介さない。
子供のころの話やら、最近の話やら、それぞれの子供を肴にしてお喋りを続ける。祐麒達はと言えば、さっさと冷やし中華を平らげて、逃げるしか術はないのであった。
「あー、もう、恥ずかしいったらありゃしない!!」
自分の部屋に入るなり由乃は、ほっぺたをぷくーっと膨らませて、ベッドの上に勢いよくお尻をおろした。
「本当、勘弁してほしいよね」
上気した頬を手で撫でるようにしながら、令も呟くように言う。
「全くなぁ」
クッションの上に勝手に座り、祐麒も頷く。
「そ、それより祐麒、誤解しないでよね」
「え、何が」
由乃を見ると、ベッドの上で枕を抱きしめて、そっぽを向きながら目だけを祐麒の方に向けるという、器用な体勢をしている。
「だ、だからぁ、あたしが祐麒と、その……だとか、あれだとか」
モゴモゴと、よく分からないことを口ごもる。
「ち、小さい時の話なんだから、真に受けないでよね、ね、令ちゃん?」
「え、私っ? あぁ、うん、あ、でも別に嘘だって言う訳でもないのよ?」
「ええっ、な、何それ令ちゃんっ。何言っているのよっ」
「だ、だって、子供の頃に言っていたのは真剣だったし、今だって……あ、わわ」
「わ、れ、令ちゃんの馬鹿、バカッ!」
二人で勝手に言い合いをして、慌てて、混乱している。
そんな二人を見ながら、先ほど母に言われた言葉から、なんとなく小さい頃のことを思い出す。あれは、何歳くらいのことだったか。
由乃がいる。由乃は小さい頃は体も弱く、体も小さかったけれど、気の強さは今と変わらない。その頃は由乃の体のこともあり、あまり外では遊べなかった。由乃は外で他の子たちと遊んで来ればいいじゃない、なんて言うけれど、強がりで言っているのが分かるので、祐麒は結局のところ由乃、令と三人で遊ぶことがほとんどだった。そのことで、クラスの男子からからかわれることも度々あったけれど、気にはならなかった。二人の側にいることの方が、子供ながらによっぽど重要だったから。
『まあ、ゆうきがどうしてもっていうなら、あたしがゆうきのおよめさんになってあげても、いいわよ?』
なぜか偉そうな口調の由乃。
そんな由乃のことを困ったように見ているのは、令。令は小さい頃から背が高く男の子みたいな顔立ちだけど、心は女の子そのもの。男みたいだとクラスの男子に囃し立てられたためか、この頃ちょうど髪の毛を伸ばしていて、肩にかかるくらいにまで長くなっている。祐麒が綺麗だと褒めると、嬉しそうにはにかんだ。その後、由乃が似合わないというと、ばっさりと切ってしまった。
その令が、由乃の言葉を聞いて、寂しそうな笑顔で由乃のことを見ていた。
しばらく前までは、令も祐麒のお嫁さんになるんだって、二人して言っていたのに。今になって思えば、きっとこの頃、二人と同時に結婚することはできないんだって知ったのだろうと思う。だけどその時の祐麒は、そんなことを想像もできなかった。
ただ、どうして令はいつもみたいに言わないんだろうって思った。そして、もしもここで祐麒が令に関して何も言わなかったら、令がどこか遠くに離れていってしまうような気がして。だから祐麒は、口を開いた。
『なんだよ、えらそうに。でも、まあそこまでいうならよめにしてやってもいいぞ』
『む、なによー、ゆうきの方こそえらそうに』
『まあ、あんしんしろ、オレが大きくなったら、ちゃんとれいちゃんだけじゃなく、よしのもおよめさんにしてやるから』
『……え?』
それまで、二人のやりとりを眺めていた令が、いきなり自分の名前を出されてびっくりする。
『わ、わたし……も?』
指で自分のことをさす。
『あたりまえだろー、れいちゃんもよしのも、まとめてめんどうみてやるから』
得意げに言う祐麒。
でもそれじゃあ、という思いを持ちながら、令が由乃のことを見てみると。
『何言ってるのよ、ゆうきみたいにだらしないと、あたしとれいちゃんの二人がかりでもないとせわしてあげられないんだから。ねー、れいちゃん』
と、ためらいもなく頷く由乃。
令はなんだか、泣きそうな、それでいて嬉しそうな表情をしていた……
ああそうだ、確かにそんなことがあった。そしてその日の夜、祐麒は両親に得意げに、宣言するように言ったのだ。将来は令と由乃の二人をお嫁さんにもらうと。父は、言ったからにはきちんと二人を幸せにしろと言い、母はただ笑っていた。
母が口にしたのは、そのことだろう。こうして自らも思い出してみると、滅茶苦茶恥ずかしかった。
ただ、これだけは言える。少なくともあの日の祐麒は、真剣だった。
病弱であまり外も出歩けず、内弁慶だった由乃。
少年みたいな外見で、異性からも同性からも様々な誤解をされてきた令。
そして女の子二人とばかり一緒に遊んでいた祐麒。
幼いころ、祐麒にとって、いや由乃や令にとっても、世界は三人だけのものだった。だから、その世界を守るためなら何でもできる気がした。なんでもしなければいけないと思っていた。
だけど、時間は進むし、人は成長する。
世界は広がり、子供の頃に思い描いていた真実と、現実が異なることも理解する。
それでも、守りたいと思うものがある。
「――てぇいっ! て、あれ?」
「イデっ!! な、何する由乃っ!?」
額に強烈な一撃をくらい、一瞬、視界が暗くなる。
「ああ、ごめんごめん。でも、祐麒がぼーっと突っ立ってるからいけないんでしょ」
「な、なんだと、この……」
由乃の部屋で一休みした後、これから何をしようかという話になり、暑いから外に行くのは嫌なのでゲームをしようということになった。プレイしているのは、最近買ったばかりのゲームで、ゲームのリモコンを振ったり回したりすると、その動きに連動して画面のキャラも動く。
由乃の部屋には大きな画面のテレビも、最新のゲーム機も揃っている。由乃父は愛娘に激甘なのだ。
「ふふふ、本物の剣道では勝てないけれど、ゲームなら令ちゃんにも勝てるもんね」
「そう、うまくいくかしら?」
二人がプレイしているのはチャンバラのゲームで、由乃がふりまわしていたリモコンが祐麒にぶつかったのである。由乃の部屋自体はさほど広くないから、この手のゲームで動いていれば、どうしてもぶつかってしまう。
「てやぁっ」
「なんのっ」
二人がリモコンを振るう様を眺める。運動神経に関しては令の方が圧倒的に高いが、ゲームに関しては由乃の方に一日の長がある。画面上では二人のキャラクターが、接戦を繰り広げている。
しかし、と思う。
部屋にはエアコンも入っておらず、午後の気温が上がる時間帯、体を動かしていれば暑くもなるし、汗もかくのが当然で。
汗を吸って由乃のシャツは肌にはりつき、淡いイエローの下着のラインがくっきりとよく見える。おまけにミニスカートでゲームに夢中になっているものだから、動くたびにスカートの下の下着まで、ちらちらと目に入ってくる。由乃の下着なんか、と心の中で思おうとしても、ショーツの方も汗を吸ってお尻に張り付いているようで、太腿も汗で光ったりして、いつもと違う艶のようなものを感じて、どうしても見てしまう。
視線を転じようとしても、令の方を見ればこちらも似たようなもの。タンクトップが汗でしっとりと豊満なバストを浮き上がらせている。由乃と異なり、動くたびに弾むように揺れるのが、目に毒である。そして腕を振り上げると、脇からもなんか下着が見えたりもする。
小さい頃は全然気にならなかったことが気になるようになったのは、いつの頃からだったか。
「あー、負けちゃった」
「いえーい、勝利! ほら祐麒、次はあんたの番よ。ギッタンギッタンにしてあげる」
勝利の雄叫びをあげて振り返った由乃が、リモコンをビシッと前に突き出し、宣戦布告してくる。
それはいいのだが、真正面から見ると、いくら洗濯板といってもそれはそれで照れてしまうわけで。
「はい、祐麒くん」
負けた令が額の汗をぬぐいながら、リモコンを手渡してくれる。これはこれで、至近距離に豊満な胸の膨らみが程良い質感を持って迫ってくるわけで、目のやり場に困る。
とりあえず由乃の横に立てば、その辺のものは死角になるので、さっさとゲームの定位置につく。
「ふっふっふ、あたしの必殺! マシンガン突き! であの世に送ってあげるわ!」
「アホか! あんな使えん技、きかないっての」
「何おうっ、ならば禁断のハイドライド……」
「とか言っている間に、ゲームスタートだ」
「ああ、ずるっ!」
二人は、気にしないのだろうか。
確かに、学校の制服でも白いブラウスの下の下着は透けて見えるし、女の子にとっては当然のことなのかもしれないけれど、こんな狭い部屋の中にいて、際どい格好を見せたりして、意識しているのは自分だけなのだろうか。
「よし、残念だったな由乃っ」
「うわぁ、ちょ、ちょっと待ってっ」
由乃のキャラを追い詰める。焦っている由乃の姿を、ちらと横目で見る。
たまたま、前屈みになっている由乃の胸元が目に入る。たるんだシャツの中、前屈みの姿勢のせいか、ほんのりとだけど胸の膨らみが分かった。
「ん? ちゃーんす!!」
「え、わ、しまった!?」
動きの止まった隙をつかれて、由乃のキャラが起死回生の反撃をしてきた。防御しようとしたものの間に合わず、連続コンボをくらって逆転負けしてしまった。
「いやっほぅ、大・逆・転・勝利っ!!」
「く、まさか、あんなのに気を取られるとは」
「何のこと?」
「いやいや、なんでもない」
とてもじゃないけれど、言えやしない。
その後、色々なゲームを三人でやって、気がつけば夕方。さすがにゲームにも疲れたということで、だらだらと休憩。ベッドの上で壁に背をもたれていると、ゲームでの疲労もあってか、うとうとしてくる。
右に令、左に由乃。
意識しているのかしていないのか、二人とも同じように、祐麒の肩に頭をのせるようにして寄りかかっている。夏だし、触れあっていると暑いけれど、心地の良い暑さ。そういえば小さい頃は、暑くてもこうしてじゃれ合っていた。
「祐麒くん……寝ちゃった?」
令の声が、遠くから聞こえる。
「ふふ、だらしないわね、疲れて寝ちゃうなんて」
「でも、可愛い寝顔」
左右から耳に届く、昔ながらのサラウンド。
「ねえ令ちゃん、気が付いていた? 祐麒ったら、令ちゃんの胸ばっか見ていたの」
「由乃こそ、ブラとパンツ、祐麒くん、ちらちら見ていたよ」
「まったく、あいかわらずスケベなんだから」
言いながら、さほど怒った様子もない由乃。
「ふふっ、でも由乃、何も言わなかったじゃない」
「だって、言ったらなんか、あたしが意識しているみたいじゃない。そうゆう令ちゃんは?」
「由乃と同じ」
「そっか」
なんとはなしに、二人とも口を噤む。
蝉の鳴く声だけが、室内に響いてくる。
「……ねえ、由乃。ちゃんと、祐麒くんのこと捕まえておきなよ。あんまり、意地ばっかり張っていないで」
「え、何それ? そういう令ちゃんこそどうなのさ」
「私は……由乃と祐麒くんが幸せなら、それでいいから」
「はあ? 何それ、令ちゃん、バカじゃない」
「ば、馬鹿……」
呆然とする令。
だけど由乃は、本気で怒っている。
「あたしと祐麒が幸せならいいって、本気で思っているの? いいわけないじゃん。例え令ちゃんがよくても、あたしも、ううん、あたし以上に祐麒がいいと思うわけない」
「でもさ、皆が皆、ベストの幸せをつかめるわけじゃないんだよ。分かっているでしょう、由乃だって」
「そりゃ……」
続く言葉がない。それは、由乃だって心の中では分かっているから。
こんな風に三人で戯れていることだって、いつまで出来るかわからない。
由乃か、令か、あるいは全く別の人か、祐麒が本当に大切な人を見つけたなら、こうしていられない。ささやかな幸福は、霧消する。
「……だいじょーぶ」
ぽつりと、真ん中の祐麒がつぶやいた。
「ん、祐麒?」
「寝言? 寝ぼけているのかな」
と、二人がさらに祐麒に身を寄せた瞬間。
「だいじょーぶだ、俺が二人とも嫁にもらって、二人とも幸せにしてやるから!」
叫んだかと思うと、いきなり二人を抱き寄せるように腕を回し、右手で令の、左手で由乃の胸を鷲掴んだ。
「ひっ――」
令と由乃、一瞬、身を硬くしたかと思うと。
「っ、このっ、馬鹿祐麒ーーーっ!!」
「ゆっ、祐麒くんのバカーーーっ!!」
二人で祐麒の顔を挟むようにして、強烈な平手をぶちかましたのであった。
「祐麒くん、一緒に晩御飯食べていくでしょう……って、あらあらどうしたの、凄いことになっているわよ、ほっぺた」
一階に下りてきた祐麒の顔を見て、由乃母は目を丸くした。
「いや、よく分からないんですけど、寝てたらいきなり」
「寝てたらって、あらやだ、由乃と令ちゃん、どっちか一方だけ贔屓しすぎたんじゃないの? 駄目よ、ちゃんと平等に愛してあげないと」
「だから由乃ちゃんと令、今お風呂に入っているのね」
「ちょっと二人とも、うちの祐麒にそんな根性あるわけないでしょう。どうせ大方、寝惚けて由乃ちゃん達のおっぱいでも触ったのよ」
「母さん……なんでまだいるの」
寝ぼけ眼をこすりつつ、由乃母、支倉母、そして福沢母を順に見る。
「今日はね、皆で晩御飯にしましょうってことになって。お父さんたちも、早く帰ってこれそうだっていうから」
三人の母親が、何やら色々と準備をしている。リビングを見てみれば、普段は使われていないテーブルが出され、ちょっとしたパーティのような様相を見せている。
「ほら、祐麒もそんな顔していないで、シャワーでも浴びてすっきりしてきなさい」
「……ん」
頭をかきながら、のそのそと廊下を歩く。
その後ろ姿を見て、支倉母が首を傾げる。
「あ、今は由乃ちゃんたちが」
言い終わる前に。
二人の甲高い叫び声と、色々な物が投げつけられる派手な音が、キッチンにまで届いてきたのであった。
豪華な夕食を食べ、帰宅した親父達は酒宴になだれこみ、母親たちは尽きることのないお喋りに興じている。
そして、子供達はといえば。
「じゃじゃーん、二刀流!」
「ちょっと由乃、危ないよ」
「大丈夫だって、て、わわわっ、意外と激しいっ!?」
両手に花火を持った由乃が、思いのほか激しく噴出した火の粉に驚きつつも、手を離すわけにもいかずにうろうろしている。
令は素直に一本だけを手に取り、祐麒も同様。
夕方に近くのコンビニで購入してきた花火を取り出し、庭で花火大会。住宅街なので残念ながらロケット花火や打ち上げ花火など、派手なものは出来ないけれど、それでも十分に楽しむことはできる。
途中、スイカをかじり、まさに夏満喫という感じ。
「よし、次はどれやる、由乃、令ちゃん」
「やだ、近寄らないで、触り魔、覗き魔、ヘンタイ。令ちゃん、逃げよう」
「な、なんだよ、だからあれは不可抗力だって」
騒ぎながら次々と花火を消化してゆき、最後に残るはお約束の線香花火。三人でしゃがみこみ、同時に火をつけて誰が最後まで残るか。
初めはパチパチと爆ぜていた線香花火も大人しくなり、やがて熱の玉になる。
このまま見つめていれば、必ず誰かのが先に落ちる。当たり前だけど、なぜかそれが気になり、祐麒は。
「由乃、令ちゃん」
促すように、手を動かし。
「え……」
「あ……」
三つの玉が一つにくっつき、やがて同時に落ちるのであった。
花火を終えると、三人は令の部屋へと移動した。新しい漫画を読みたいからと、由乃の希望を受け入れてのことである。
「令、由乃ちゃん、祐麒ちゃん、そろそろ……」
そして、もう日付も変わろうかという頃、令の母が部屋に入ってみると。
「あらあら」
三人、仲良く狭いベッドの上で眠る姿が。
支倉母は軽く笑い、三人にタオルケットをかけて、電気を消して部屋を出る。そのことを戻って二人の母に伝えると。
「やれやれ、あんな可愛い女の子二人と一緒でそれじゃあ、当分はこのままかしらねぇ」
と、福沢母。
「まあ、もうしばらくはいいんじゃないかしら。今の時期はきっと、青春の一番楽しい頃だろうし」
これは島津母。
「私としては、もうちょっと令に頑張ってもらって既成事実作って、祐麒ちゃんに逃げられないようにしてほしんだけど」
一番過激なことを言うのは、支倉母。
「本当に、嬉しいことだけど、辛いことよねえ……」
子供の幸せを願わない親などいない。だけど、三組の親子にとって、三人ともが大事な息子であり娘であるのだ。
「まあ、私達が悩んだって、仕方がないことよね。ほらお父さん、帰りますよ」
酔っ払って寝入っている父親をどうにか引っ張って、それぞれの家へと戻ってゆく。
夏はまだ、終わらない。
そして。
「きゃあああああああっ!!! ゆ、祐麒のエッチ、変態! 何見せてんのよ、どこ触ってんのよ、てか、なんでこんなところにいるのっ!?」
「ゆ、ゆ、祐麒くんの馬鹿っ! スケベ! だだだだダメ、そんなところ触っちゃ、うわ、うわっ、ちょっと、H!!!」
翌朝、いつもと変わらないそんな悲鳴が、三家に響き渡るのであった。