その日の翌日から三日間ほど、由乃は学校を休んだ。令の話によると、熱が出てなかなか下がらないとか。それを聞いて江利子は、由乃には悪いと思いつつも心の奥底でどこか少しほっとしていた。由乃と会ったとき、どのような態度で接すればいいか、迷っていたから。こんなことは初めてだった。
一日、色々と考えた挙句、結局何も思い浮かばなかった。けれども、何かをしないでもいられなかったため、とりあえず江利子は由乃のことをもっと知ろうと思った。よく考えれば、今までの由乃の情報は全て令から聞いたものだ。もちろん、それが一番詳しい情報だろうというのは分かる。だが、身内ではなくもっと客観的な、令が知らないような由乃の一面があるのではないかと思った。
そこで江利子は、一年生達に聞き込みをしてみた。
由乃は体のこと、また黄薔薇の蕾の妹であることから、結構みんなに知られていた。高校からリリアンに入った、という子でもない限り、ほとんどの子が知っていたといってもいいくらいに。
ただ一人、「え、えと、吉野さつきさんのことですか?」と、苗字と取り違える大ボケをかましてくれた女の子がいたが。(島津由乃、とフルネームで聞かなかった江利子も悪かったが)
とにかく、そんな風に何人かに話を聞いた結果、みんな判を押したように同じ答えを返してきた。
病弱で可憐。いつも控えめで慎ましく、大人しい女の子。
とにかく女の子らしい女の子、と周囲からは見られているようだった。
令と一緒にいると、まるでお姫様と騎士みたい、という子も少なくなかった。
それはあながち間違いではないのだろう。江利子だって、初めて見たときは似たような感想を持ったし、今だって外見だけ見たら、まさにその通りだろう。
だけど。
(要はみんな、外見から見た由乃ちゃんのイメージしか持っていないのね)
由乃と同じクラスの子に話を聞いても、同様の答えしかない。そして一番仲が良い子は誰か、と聞いてみても、みんな首を傾げるだけ。しまいには、「令様では?」などと答える始末。
つまりは、そういうことなのだ。
小さい頃から病と共に育ってきた由乃は、恐らく周囲と自分の間にある壁とでもいうべきものを、敏感に感じ取るようになっていたのだろう。そして、いつしか周りも自分も傷つかないような心を守る術を自然と見につけた。それは、周りとできるだけ関わらないこと。かといって孤立するというわけではなく、周囲に合わせて皆を心配させず、それでいて距離は遥かに離れた位置にいる。
これは江利子の想像でしかないが、大きく的を外していることはないように思える。
なんと辛いことだろう。そして、哀しいことだろう。下手をしたら、もっと屈折した性格になっていてもおかしくはない。それに耐えられているのは……
言うまでも無い、令の存在なのだろう。
江利子は思わず眉間をおさえる。
そんな由乃に対して、江利子はちょっとお説教、くらいの気持ちであんなことを言ってしまったのだ。「いつまでも一緒に居られるわけではない」と。
どれだけ、令の存在が由乃にとって大切なものかも理解せずに。
「ふう……」
江利子は頭を抱える。
さりとて、今のままの状況が決して良いわけでないのも間違ってないように思える。しかしそれが分かったからといって、良い考えが浮かぶわけでもない。
先日も思ったことだが、一介の女子高生に何ができるというのだろうか。
そんな思いを抱えながら週末は過ぎ去り、新たな週を迎える。
そしてそこで、江利子はまだまだ島津由乃という女の子のことを理解していなかったのだということに、改めて気づかされることになる。