土曜日の夜。
福沢家のリビングには、珍しく十人の姉妹が全員、顔をそろえていた。表情は様々だが、決して安穏としていられるような雰囲気ではなかった。十人はそれぞれ、ソファに座ったり、カーペットの上に座ったり、好きな場所で好きな体勢をとっている。
ダイニングテーブルの椅子に腰をおろしている長女の景が、まずは口を開く。
「えー、それでは、久しぶりに姉妹会議を開きます。招集者の蓉子、議題は何?」
景にふられて、蓉子は立ち上がり、そして姉妹達の顔をざっと眺めまわす。その表情は、二十年に一人の逸材といわれ、ミス・パーフェクトの異名もふさわしい、実に真剣なものであった。
凛としたたたずまい、穏やかだけれども鋭い目つきに、姉妹たちも緊張感を体ににじませる。
「はい。今日の議題は」
そこで一息つき、蓉子は一人の妹に視線を固定させた。
「菜々、あなたよ」
「?」
名指しで指名された菜々は、自分が議題にあがるなどと思ってもいなかったのか、きょとんとした顔をして蓉子のことを見つめ返す。
「菜々と祐麒ちゃん、二人の部屋を分けるべきだと思います。これが、今日の議題です」
「えーーーっ!?」
蓉子の宣言に、大きな声をあげて反対の意を示したのは、菜々本人であった。文句を言いたそうな菜々を、とりあえず長女の景は制し、まず蓉子の意見を述べさせる。
「……こほん。えー、何しろ菜々も今年から中学生になったわけで、そんな年頃の女の子が、男の子と一緒の部屋というのは情操教育上、問題があるかと思うの。菜々が中学にあがった今を機会に、部屋をきちんとわけるべきではないかしら」
「えーっ、別に私は構わな」
「はいはいはいっ、賛成賛成さんせーい! 私は蓉子お姉ちゃんの意見に賛成っ」
菜々の抗議の声を遮るようにして、元気よく手を挙げて主張をしてきたのは笙子である。だが、他の姉妹達はまだ様子見という感じで、特に大きな動きはない。
ちなみに、この場に祐麒はいない。今日は友人と遊びに出かけており、帰ってくるのはもう少し遅くなる予定。祐麒本人がいないからこそ、こんな議題があがったということもあるが。
姉妹会議は、福沢家で行われている恒例行事である。議題は特に決まっておらず、何か姉妹達の間で会議にかけたい題目、話し合いたい事柄が発生したら、長女の景を通して召集をかけて開催される。
基本的に全員参加ではあるが、やむをえない場合は欠席することもありえる。会議の終わり方も特に決まってはおらず、話し合いの末に全員合意で結論が得られる場合もあれば、意見が分かれてやむをえず多数決を取る場合もあるし、一人でも反対がいれば結論持ち越しということもある。その辺は議長である景の判断にゆだねられる。景自身が議題の発案者である場合、次女の蓉子が代わりに議長役を務めることになる。
くだらない議題、などとは思わない。会議を招集した以上、それは本気であり、真面目に考えてのことなのである。集まったメンバーは皆、真剣に自分の意見を出す……はずである。
「菜々ちゃん本人が良いって言っているなら、良いんじゃないのかな?」
控えめに意見を言ったのは、令である。その令の意見に、菜々が嬉しそうに頷いている。
「そうねえ、私も別に問題ないと思うけれど」
令の言葉に、景も乗っかる。
ちなみに景の場合、令とは少し理由が異なる。菜々と一緒の部屋であることが、一番、危険性が少ないと思うからだ。
「問題大ありよ、だって、着替えとか、寝るときとか、問題だらけじゃない」
「私は別に、お兄ぃに見られても気にしないけれど」
「気にしなさい、年頃の女の子なんですから」
蓉子の強い口調に、首をすくめる菜々。
「他のみんなはどう思うの? はい、静」
すっと挙手した静に意見を述べるよう、景が目で促すと、麦茶を一口飲んでから静は口を開いた。
「私も別に急ぐ必要はないと思います。今まで何も問題ないわけですし、急にどうこうなるとも思えません」
「いや、でもどうかしらね。菜々っちの中学の制服姿見て、祐ちゃんたら随分と嬉しそうな顔していたし」
横やりを入れてきたのは、江利子である。ちなみに江利子は、菜々が祐麒と一緒の部屋だと夜這いしづらいので、どちらかといえば蓉子の意見に賛成ではある。だが、一緒なら一緒で、それはまた別の楽しみもあるわけで、どうしてもというわけではない。
「わ、私も反対です。大体、男女七歳にして同衾せず、とも言います。それが、中学生にもなって同じ部屋で生活だなんて、兄妹にしても、ふ、不潔ではないでしょうか」
顔を真っ赤にしながら反対意見を述べたのは、縦ロールが特徴的な瞳子。
「別に兄妹だからいいんじゃないの?」
隣に座っている祐巳が、のんびりした口調で瞳子の意見をやんわりと否定する。姉妹の中では祐巳が一番、祐麒に対して自然体である。名前で同じ漢字が使われていて、学年も同じだから、幼いころから二人は仲が良かった。顔つきも似ていて、知らない人からは双子ではないのか、なんて言われたりすることもある。
「乃梨子ちゃんは?」
姉妹の中でまだ発言をしていない乃梨子に、景が振る。一人静かに、まるで日本人形のように佇んでいた乃梨子が、地獄少女のように口を開く。
「私は別にどちらでも……そもそも、別の部屋にっていっても、うちにはもう空いている部屋なんてないよ?」
ごく冷静に指摘する。
しかし、その指摘を予想していたのか、蓉子は慌てる様子もない。
「それならいい案があるのよ。瞳子が今年、受験生でしょう。だから瞳子を一人の部屋にしてあげて、かわりに菜々が祐巳と一緒の部屋に入るのよ」
「……で、祐くんは?」
「ええと、ほら、景姉さんは家で仕事だから無理だろうし、江利子の部屋は絵の道具やら作品やらで一杯で場所がないじゃない。そうなると、あとは」
「「「「「「「「「却下」」」」」」」」」
九人の姉妹の声が綺麗にハモった。
「ななな、何よっ。まだ何も言ってないじゃないっ」
少し涙目になりつつ、頭を振る蓉子。
「言わなくても分かるわよ。ホント、なんで蓉子は祐くんのことになると、こうお馬鹿さんになっちゃうのかしら」
重い息を吐きだす景。
だが実際、部屋の問題を解決しないことには、菜々と部屋を分離しようにもできないのである。
現実問題的に景と同室というのは蓉子が言った通りの理由で難しい。江利子の部屋は片付ければ大丈夫かもしれないが、祐麒の貞操の危険度は蓉子と同じかそれ以上だ。静や令と同じ部屋にすると、祐麒に対する影響が怖い。何せ二人は真逆の方を向いた趣味を持つ姉妹。女同士が恋愛する漫画やアニメ、小説、ゲームなどをこよなく愛する、生まれついての百合娘の静に、男同士(特に美少年)が恋愛する漫画やアニメ、小説、ゲームなどをこよなく愛する、見た目は美少年の腐女子の令。おまけに令は、同人活動にも手を出している。二人の部屋の本棚はびっしりと書物で埋まっているが、果たしてそのうち何割が怪しげな本か景は把握していない。そんな二人のどちらかと一緒に生活させるというのは、姉としては非常に不安なのである。一番良いのが祐巳だろうが、果たして本人たちがどう思うだろうか。
そんなことを景が考えていると。
「あのう、祐麒を一人部屋にすればいいんじゃないの?」
至極まっとうなアイデアを出したのは、祐巳だった。それもそうだ、一人だけ男なのだから、祐麒が別の部屋になれば、万事解決なのであるが。
「でも、福沢家は年功序列。それは、男女だろうが変わらないわ」
そう、大家族である福沢家では、平和な生活を営むために独自ルールが幾つか定められている。そのうちの一つが、年功序列である。当たり前と言えば当たり前だが、これだけ姉妹がいると、その辺をきちんとしておかないと収拾がつかなくなるのだ。もちろん、横暴なことや、理不尽なことまで全て上の言うことを聞かなければならないというわけではない。年上の権威を笠に着て、無茶な要求や命令をするようならば、それにはきちんと反対をしても構わないし、むしろするべきである。
でも、だからこそ、それ以外のところではきちんとルールは守られるべきなのである。
「静や令だって相部屋なのに、祐くんだけいきなり一人部屋って言うのもねぇ」
無論、それだけではない。祐麒が一人部屋になれば、その分誰かが押しやられるわけで、必然的に江利子が二人部屋となってしまう。
「だから、私が引き受けて」
「だから、それはダメだってば。そんなことしたら、お兄ちゃんの貞操の危機だよ」
どさくさに紛れて再び祐麒を自分の部屋に引き込もうとした蓉子だったが、あっさりと笙子にブロックされる。
「でもさあ、祐ちゃんが誰かと一緒の部屋って言うのは、確かに厳しいかもね。祐ちゃんも年頃の男の子だし、色々とあるじゃない?」
にやりと、思わせぶりなことを言ってから、口の端を上げる江利子。
「祐ちゃんも、言ってくれればいつでも手伝ってあげるのに……ふふっ」
「ちょっと、江利子」
際どい江利子の発言に、思わず厳しい口調でたしなめる景。何せ、姉妹の中にはまだ中学生だっているわけで。
見回してみれば、蓉子、令、笙子、瞳子の四人は顔を真っ赤にしている。どうやら、きちんと意味を理解しているようだ。静は全く表情を変えていないが、絶対に分かっているはず。乃梨子もポーカーフェイスだが、微妙に落ち着かない様子が見えるのは、やはり意味が分かったからだろうか。菜々はよく分からない。そして。
「ねえねえ瞳子、手伝ってあげるって、いったい何を手伝うの?」
「わ、私は知りません、何も」
「嘘だ、なんでそんな焦っているの。ねえ、教えてよー」
「や、やめてください祐巳お姉様っ。祐巳お姉様は知らなくてもよいことですっ」
「ええー、ずるいよそんなの」
完全に何も分かっていない様子の祐巳は、隣に座っている瞳子に尋ねて瞳子を困らせていた。
そして令は何を想像しているのか、めまぐるしく表情を変え、顔色を変えていて、そんな様子を静が楽しそうに盗み見ていた。
髪の毛をけだるくかきあげながら、景はため息をついた。結局のところ、景がまとめに入らないと収束しないのだ。
「はい、ちょっとみんな落ち着いて、静かにして」
手を叩いて注意すると、皆の声がやがてなくなり、動きが止まる。
「とりあえず一旦、中間決議をとってみましょう。えー、蓉子の意見に賛成の人」
すると、江利子、乃梨子、笙子、瞳子の四人が手をあげる。
決議の際、議題を上げた者と、その議題に当事者がいる場合、その人物は決議に参加することはできないのだ。今回の場合、蓉子と菜々は参加できないことになる。
続けて反対の人を尋ねると、静、令、祐巳、そして景自身の四人。意見は綺麗に二つに分かれた。蓉子は足をふみならさんばかりの勢いで、悔しがっている。
「さて、どうしましょうか。もう少し話してみる?」
訊いてみたが、景としてはもうやめたいところだった。真面目に考えたとはいえ、議題自体がくだらない。意見も割れたことだし、現状維持ということで丸く収めたい。それに、蓉子の気持ちも分からないではないが、景としてみたら、逆に今の方が安全ではないかと思える。
菜々以外の姉妹の部屋と一緒だったら、確かに色々と考えなければならないが、菜々だからこそ逆に一緒の部屋で良い気がするのだ。祐麒は確かに菜々を可愛がっているが、それは完全に末っ子可愛がりで、しかも他に姉妹も多いから、むしろ子供に対する可愛がりのような気がする
菜々自身もそのポジションを楽しんでいるようで、実際、二人の間にはまるっきり変な匂いは感じられないし、多少のことに目をつむれば至って健全である。
「やっぱり、今のままでとりあえずいい気がするけど」
「それに、部屋を変えるとなると、色々と面倒くさいしね」
令と静が頷き合う。
確かに、部屋を変更するとなると色々と物を動かしたり、掃除をしたりと、面倒くさいことが発生する。
「で、でも、今の状況はやっぱりあまりよくないと思うの。菜々が私と一緒の部屋でもいいから、祐麒ちゃんを一人部屋にしてあげたほうが」
多少、劣勢を悟ったのか、蓉子が妥協案を出してきた。蓉子としてみれば、とりあえず祐麒が他の姉妹と同じ部屋になることを阻止できれば良いのだろう。
「えー、蓉姉と一緒の部屋ぁ?」
「何よ、文句でもあるの、菜々?」
思いっきり不満そうな声をあげる菜々に対して、蓉子が口を尖らせる。
このままでは埒が明きそうもない。やはりここは、意見が分かれたということもあり、現状維持の結論に持っていこうかと景が思いかけたとき、またしても正論を口にしたのは祐巳であった。
「そもそも、本人の意向を聞いてみたら?」
そして次の瞬間。
「ただいま……って、みんなで集まってどうしたの?」
張本人である祐麒がリビングに入ってきた。どうやら討議に集中していて、帰宅したことに気付かなかったようだ。
祐麒は何事かと、リビングに集まっている姉妹の顔をきょろきょろと見回している。
「ゆ、祐麒ちゃん、あなた、いい加減に自分の部屋が欲しいわよね? いつまでも菜々と一緒の部屋だなんて、大変でしょう?」
「そうだよお兄ちゃん、そう思うよねえ?」
「こらこら、誘導するような発言はしない」
先走る蓉子と笙子を、景が押しとどめる。
祐麒はいまだ、状況をよく理解できていないようだったけれど、とりあえず蓉子たちの問いかけに対しては素直に答えた。
「え、別に、今のままで構わないけれど」
その回答に、蓉子と笙子はあからさまにがっかりし、菜々は瞳を輝かせる。
「どどど、どうして」
まだ食い下がるのは、蓉子。聞かない方がいいのに、と景は思うが、あえてとめるようなことはしない。こういうときは、好きなようにさせておくに限る。
「菜々はほら、ユーレイとか雷とか、色々と怖がりだし、一緒にいてあげたほうが安心させられるし。あとゲーム好きだから俺も一緒に遊べるし。それに何より、可愛いからなあ、菜々は」
と、照れることなく言い切る祐麒。
「お兄ぃ、大好きっ!!」
ぴょんこぴょんこと飛び跳ねて、祐麒の首に抱きつく菜々。祐麒もまんざらではない様子で、「こら、菜々は本当に子供だなぁ」なんて言いながら、飛びついて来た菜々の小さな体を抱きあげている。
そう、分かっていたことである。祐麒はもちろん、姉妹全員に対して優しいが、末っ子である菜々に対しては、特に「だだ甘」なのである。あと、菜々のことをまだ子供だとしか見ていないから、無制限に甘やかしているというところもある。
そんな祐麒と菜々の様子を、蓉子と笙子は悔しそうに体を震わせながら見つめ、令と祐巳は微笑ましく見守り、江利子は何を考えているのかにやにやとし、瞳子はソワソワと気になるのだが素直に見ることができず、乃梨子は無関心を装いつつ、「私達も仲良くしましょう、乃梨子」と言いながら寄ってきた静に胸を揉まれて慌てている。
「ほら菜々ちゃん、いつまでも抱きついていないの。祐くんが困っているでしょう」
「わ」
ぶらんぶらんと祐麒の首にぶら下がっている菜々の体を抱いて下ろす。景もやっぱり末っ子である菜々は可愛いが、あまりにべたべたし過ぎるというのも望ましくない。これで菜々がもっと成長の早い女の子だったら問題ありと思うが、今のところ、菜々はまだ体も小さいし、発育もまだまだで、女性らしさよりも子供らしさの方が大きいので、祐麒と同じ部屋でも大丈夫だろうと判断する。
「はい、それじゃあ祐くんの意見も聞けたことだし、もういいわね、蓉子?」
「……はぁい」
分かるほどに肩を落とし、落ち込んでいる蓉子を見ると、さすがに少し可哀そうな気もしてくるが、仕方がない。
これにて、今回の福沢家姉妹会議は終了した。
――そして。
日曜の早朝、蓉子は足音を殺して廊下を歩いていた。時刻は、いまだ午前四時。もちろん、まだ誰も起きて活動している気配などない。
「な、菜々にだけいい思いはさせないんだから」
姉妹会議で涙をのんだ蓉子は、ただで起き上がるつもりはなかった。今日の作戦は、夜中にトイレに起きたけれど、寝惚けていたので帰りに部屋を間違って祐麒のベッドに潜りこんじゃった作戦である。ちなみに、蓉子の部屋は一階、祐麒の部屋は二階である不自然さには気が付いていない。
祐麒の部屋の扉の前に立ち、一度深呼吸をする。大丈夫、統計的に菜々が祐麒の布団にもぐりこむのは、もっと明け方、六時以降のはずである。
扉をそっとあける。中はもちろん真っ暗である。かすかな寝息が聞こえてくる。蓉子は音もなく部屋の中に入り込み、ゆっくりと祐麒のベッドの方に向かう。眠っている祐麒を起こさないように、静かに、布団の中に体をすべり込ませる。変態である。
(う、ふふ、祐麒ちゃん)
ほくそ笑みつつ、側に感じられる温もりに、抱きつく。
(うわぁ、暖かくて柔らかくて気持ちいい……そう、胸に押し付けられるようなこの柔らかな弾力は……て、え?)
ぽよんぽよんと、蓉子自身の胸を押してくる、ほんのりとした膨らみ。間違いなく、女性の胸である。
暗闇に徐々に慣れてきた目が、目の前の人物の輪郭をとらえていく。
「え……し、静っ?」
なぜかそこに寝ていたのは静だった。蓉子は、静のことを抱きしめていたのだ。
「ん……あら、やだ。蓉子姉さんったら、積極的ね……ん」
「!?」
寝ぼけているのかどうか、静が唇を重ねてきた。舌までのばしてくる。舌だけではない、指も、蓉子の敏感な部分にのびてくる。
「んっ……ちゅ、んく……や、やめなさい、静っ!」
ようやくのことで体を引き離す。そして体を起こし、布団をひっぺがす。
「静、あなたこんなところで何をやっているの、いったい! まったく、恥を知りなさいっ!!」
自分のことを棚に上げておいて、蓉子は怒るが、布団の中を見てまた目を剥く。なぜなら、静と挟むようにして、祐麒の体の向こう側には菜々の姿があったから。
「な、な、菜々っ!? あなたってば、また祐麒ちゃんの布団に潜り込んでっ!」
「あの、蓉子姉さんがそれ言いますか?」
「ふにゃぁ……うぅん、お兄ぃ……」
「ちょ、菜々っ、そんなところ触ってはいけませんっ!」
「いいじゃない、菜々もそろそろ、そういうお勉強を」
「何言っているの静、だ、大体貴女はっ!!」
と、ぎゃーぎゃー騒いでいると。
いきなり、勢いよく部屋の扉が開かれた。
「――ええい、五月蠅いっ!!! ぜんっぜん、仕事が進まないじゃないのっ!」
目を血走らせ、髪の毛もぼさぼさの景が、鬼神の如く立っていた。締切り間近なのだ。
その凄まじい姿に、蓉子も静も震え出し、菜々も目を覚ます。祐麒だけが一人、いまだに心地よさそうに眠っている。
「さっさと、自分の部屋に戻って静かに寝ていなさい!!」
「は、はいっ!!!」
景の一括に、蓉子も静もそそくさと部屋に戻り、菜々も自分のベッドに戻る。
何はともあれ、やっぱり福沢家では長女の景が一番強いのであった。
そして日曜の朝。
蓉子は眠そうな顔をしてリビングに姿を現した。
「おはようございます、蓉子姉さん」
「おはよう、静……じゃないわよ。貴女、いったい何で祐麒ちゃんのベッドに」
充血した目で睨みつける。
結局あのあと、なかなか眠りにつけず、寝不足なのだ。
「いえ、私、男性が苦手なものですから、祐麒さんで慣れておこうかと思いまして。不思議ですね、祐麒さんとなら、一緒に寝ても、全然嫌ではないんですもの。ひょっとしたら、祐麒さんこそ私の運命の人なのかもしれません」
「静、あなた……」
平然と言い放つ静に、思わず蓉子の顔が引きつりそうになる。どうにか心を落ち着けて、リビング内を見渡す。
令がキッチンで朝食の準備をしている他は、いつもと変わりない光景。
いや、違う。
「江利子がいない! 江利子ーーーっ!!!」
蓉子は、祐麒の部屋に向かって駈け出した。
やがて、上から聞こえてくる蓉子と江利子の声。
それを聞きながら、福沢家の朝は流れてゆく。
「……まったく、本当によく飽きないよね、毎回、毎回」
「お約束ですわ」
「ねえ、蓉子お姉ちゃんって、本当に才女なの?」
呆れたように笑っている祐巳に、朝の紅茶を飲みながら瞳子が答える。そして失礼な疑問を口に出す笙子。
此処は福沢家。
今日もまた、平和な一日が始まる。