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ギャグ・その他 マリア様がみてる

【マリみてSS(色々)】パラレル オルタネイティヴ <プレリュード>

更新日:

~ パラレル オルタネイティヴ ~
<プレリュード>

 

『アンリミテッド』

 

 それは、狂おしい憧憬。
 何度も願い、望み、手を伸ばしてきた。
 叶わなかった。
 届かないからこそ、更に強くなる想い。

 諦めない。諦めることなんて出来るわけがない。
 陽だまりのような温かさを求め、何度でも何度でも、届くまで手を伸ばしてもがき続ける。例え手がちぎれようとも、それだけの価値があるはずだから。
 今回も駄目だった。
 だからといって次が駄目だということにはならない。
 さあ、手を伸ばせ。
 大事なものを、掴み取るために――――

 

「――へっ?」
「にゃにゃっ?」
 あれ、おかしい。
 確か、閉じようとする扉を止めようとして手を伸ばしたはずなのに、手の平に伝わって来るのは冷たくて武骨な扉の感触ではなく、やけに柔らかくて温かい、気持ちよくなるような感触。
 間違ったかと、確かめようとしてよく握ってみる。
「あ、あンっ」
「や、ちょっと」
 歪だった。
 左手の方には、手の平から零れ落ちんばかりのボリュームと重さを感じるのに、右手の方は頑張って押さないと感じ取れないくらいのささやかさ。
「……ん?」
 目を開けると、視界が徐々にクリアになっていく。
 鮮明になってくるのは、顔を引き攣らせた由乃と、頬を赤くしパニクっている令の姿。ということは、祐麒が今手に掴んでいるのは、由乃と令、それぞれの胸ということになる。まあ、予想通りだ。
「ゆ、祐麒~~~っ」
「まあ待て由乃、これは不可抗力だ」
 この先の展開を予想し、せめて死を迎える前に楽しんでおこうと、更に指を動かす。令はまだ成長しているのか、前に触った時よりも大きくなっているような気がする。指が食い込む感じが凄い。
 一方の由乃は……残念だが、成長は止まっているかもしれない。まあ、それでもかろうじて膨らみを感じられるので、良いのではないだろうか。
「や、あん、ゆ、祐麒くんっ」
「ゆゆっ、祐麒っ、馬鹿、いい加減に……あっ」
「だから、これはちょっと夢を見ていて……」
 などと言いつつ、もう一揉み。
「んあッ……って、この、いい加減に~~」
 怒気のオーラが膨れ上がるのが分かる。

「こんの、祐麒の馬鹿っ、変態ーーーーーーっ!!!!」
「ゆゆゆ、祐麒くんの、えっちーーーーーーっ!!!!」
「にゃるらとほてーーーーーーーーーっぷっ!!!!!!!!」

 由乃と令、二人の実に息のあったダブルクロスストレートをくらい、いつもと変わらない一日が始まった。

 

 夢見は悪かったが、だからといって生活が何か変わるというわけではない。由乃と令と並んで登校して、教室では小林や蔦子といつも通りの下らない話、ちょっとした冗談を言い合って笑う。ふざけて小競り合いをしているときに蔦子のお尻を掴んでしまい、ビンタをくらうということがあったが、それくらいだ。隣の席の真美が、熱でもあるのか真っ赤な顔をしていたので、額に手をあてたら倒れてしまった、なんてこともあった。
 授業では聖にいじられ、蓉子に当てられて答えられなくて恥をかき、江利子にヌードモデルにするから脱げなんて言われて、相も変わらず賑やかな授業。
 昼休みには令が作ってきた弁当を広げていたが、なぜか飛び入りでやってきた笙子と乃梨子に挟まれて落ち着かなかった。笙子は自分の弁当のおかずを食べさせようとするし、乃梨子は機嫌が悪いっぽいのであまり話さないようにしていたら、逆につっかかってくるし。
 放課後は環境美化委員の仕事で志摩子を手伝い、その際に指を切ってしまったので保健室で景に手当をしてもらった。
 学校からの帰り道では、待ちに待った新発売の携帯情報端末を購入した。予約をしていなかったら三カ月待ちの人気機種、祐麒はほくほく顔で端末を見つめる。
「にやにやして、気持ち悪いわねー」
「うるさい、何とでも言うがいいさ。今のおれは、最高に気分が良いからな」
「へーっ、それが最新のやつ? 私にも見せてよー」
 オレンジジュースを置いた三奈子が、下がることなく祐麒の手元を覗きこんでくる。ここは三奈子がバイトをしている店で、家に帰るまで待ち切れなかった祐麒が立ちよって端末をいじくりだしたわけである。
 三奈子は身を乗り出し、祐麒にくっつくようにして画面を見ている。
「ちょ、ちょっと三奈子、くっつきすぎ」
「えー、だって近づかないと良く見えないじゃん。令ももっと近づけば?」
「そんなことより三奈子先輩はバイト中でしょう!?」
「あっははー、由乃ちゃん、見ての通りお客さん少なくて暇だから」
 などと言っていると、逆にお客さんが入り始めて三奈子は忙しくなり、祐麒たちも長時間居座っているわけにもいかなくなって店を後にした。
 家に帰って晩御飯を食べ終えると由乃と令が遊びにやってきたので、夜までゲームして由乃を叩きのめした。
「むっきーーーー!! 祐麒、ずるいずるいずるいっ!」
「何がだよ、由乃が弱いだけだろー」
「違うよーっ、ぜーったいに祐麒がずるしているんだからっ。そうじゃないと、あんなに負けるわけないもん!」
「あはは、こら由乃、もう遅いんだから大きな声出さないで。ほら、そろそろ帰ろう」
「むーっ、次は、絶対にリベンジしてやるんだからー!!!」
 悔しそうに手を振り回す由乃を、苦笑しながら令がおさえている。
「おー、楽しみに待っているからなー」
「な、生意気なーっ!」
「それじゃあおやすみ、祐麒くん。また明日ね」
「うん、おやすみ令ちゃん」
 手を振り、部屋を出ていく二人を見送る。
 二人が部屋から出ていくと、途端に静かになる。ちょっとした祭りの後の寂しさのようなものを感じるが、そんなのはこの瞬間だけだ。
 ベッドに入って寝れば、またすぐに賑やかな朝がやってくる。由乃も令も、高校生になった今でも平気で部屋に入って起こしに来るのだから、物好きなものである。一般的な高校生男女が、幼馴染とはいえそんなことをしているなんて、世間一般では変であることは祐麒もわかっている。
 だが、今までずっとこうしてきたのだから、祐麒、由乃、令の三人にとっては変でも何でもなく、むしろ普通のことなのだ。
 むしろ、明日から不意に無くなってしまうことの方が、違和感がある。
 いつまで続くかは分からないけれど、今はこれでいいのだ。どうせいつかは、三人がバラバラになる日が来る。だったら、その日までは今のままでいい。
 無意識化の中で、祐麒はそう考えていた。
 それが、どれだけ幸せなことであったのかも、分からないままに――

 

 翌朝の目覚めは、快適だった。
「……あれ、え、ちょっ、もう八時じゃねーかっ!?」
 快適に目覚められたのは、たっぷり睡眠をとることが出来たからのようだった。しかし、何故だ。休日でもないのに、由乃も令も起こしに来ていないのか。
 令であれば、朝練があったりするので来ない日もあるが、由乃は毎朝欠かしたことはなかった。
「……さては由乃の奴、昨日のゲームのことを根に持っているな」
 なんと卑怯なと思ったが、効果的なのは間違いがない。今から起きて行ったとしても、確実に遅刻である。
「畜生、由乃のやつめ……」
 教室で見つけたら、とりあえず凸ピンの刑にしてやると思いながら、制服に着替える。鞄に必要な物を詰め込んで一階に降り、その辺に置いてあった菓子パンとフルーツ牛乳をひとまとめにしてやっぱり鞄に入れる。食べている時間がないからだ。
 そうして、玄関の扉を開いて外に一歩、踏み出して。
「…………え…………?」
 呆然と、立ちつくした。
 目の前に広がっているのは。
「なんだよ、これ……」
 住宅街のはずだった。
 朝、通勤や通学の人が歩くくらいの、閑静な住宅街。いや、今の時間だと既に通勤、通学時間から外れてしまっているが、それでも普通の街のはずだった。
 しかし今、祐麒が目にしているのは、『廃墟』に他ならなかった。まともに建っている家、ビルの姿など見渡す限りなく、祐麒の家だけが不思議とまともな姿を保っている。
「嘘だろ? 由乃っ!? 令ちゃんっ!?」
 視線を転じてみると。
「な、なんじゃこれ…………」
 絶句する。
 というのも、由乃と令の家は謎の巨大な物体によって潰されていたから。
「こ、これは……」
 見た感じ、テレビアニメで見たことのある巨大ロボットの下半身とでもいったところ。上半身はなく、薄汚れているものの他に何とも形容しがたいソレが、由乃と、そして令の家だったものの上に鎮座しているのだ。
 祐麒はゴクリと唾を飲み込み。
「――――す、すっげーーーーーーーーっ!!?」
 歓声をあげた。
「何コレ、超リアルじゃん、うお、滾るなぁっ!」
 男子高校生たる祐麒、小さいころからロボットアニメは好きだったし、今でもゲームセンターではコクピット型筐体のゲームにはまりまくっている。だから、目の前にある巨大なロボットの残骸に興奮するなというのが無理なのだ。
 そして同時に悟っていた。これは、夢なのだと。
 夢でなければありえないことだし、逆に言えば夢だからこその光景だと信じた。

 それは、夢には違いなかった。
 ただし、『悪夢』という名の――

 ひとしきり家の周りでロボットの残骸にはしゃいだ後、他はどうなっているのかと街の中を歩き出した。目指した場所はなんとなくではあったが、学校だった。学校だった場所は変な基地みたいなものに変貌しており、アンテナのようなものが伸びているのを見て格好悪さに失笑した。
 しかしながら基地の門の前で兵士に捕まり、営倉にぶちこまれ、命の危険を感じてなお目覚めないことでようやく夢ではないということに気が付き始める。
 その後、基地の副指令に助けられたのだが、驚くべきことに副指令というのは江利子だった。必死で江利子に自身の境遇を説明し、信じてもらえたかどうかは分からないが、基地内での居場所を得られるようになった。
 江利子の説明を受けると、どうやら祐麒は今まで自分が所属していたのとは異なる並行世界にやってきてしまったようだった。
 この世界において人類は、かつてない未曾有の危機に襲われていた。
 それは、異星からの侵略者であるBETAの存在。
 どこから、何の目的でやってきたのかはわからないが、とにかく地球にやってきたBETA達は、地球の各所にハイヴと呼ばれる拠点を作り、各地を侵略していった。
 何の言語も、メッセージも、意思の疎通もできないBETAは、人類とは相容れない敵対生物でしかない。
 BETAの脅威はいくつもあるが、何よりも恐ろしいのがその圧倒的物量。何万、何十万というBETAの前に、人間たちは殺され続け、今や地球の総人口は十億程度にまで減ってしまっている。
 戦う上では、光線級と呼ばれるBETAの存在。名前の通りレーザー光線を発射し、人類を恐怖と失意のどん底に突き落とした。威力はもちろん、射程距離もおそろしく、世界が誇る空戦技術、戦闘機、そういったものは全て光線級の前には無力であった。何しろ、射程距離に入る遥か手前で消滅させられてしまうのだから。光線級の存在によって人類は空を失った。
 そんな情勢の中、人類が力を入れるのは当然のごとく軍事力であり、逆に力を抜くのは娯楽関係などなど。おかげで、戦術機と呼ばれるロボットのような対BETA兵器の技術、医療技術は大きく発達している。
 それでも人類はやっぱり劣勢で、ユーラシア大陸にはほとんど人は住んでおらず自然もなくなり、食べ物も減って合成食が主流、テレビゲームはないし、漫画だって無いに等しい。スポーツはせいぜい子供が学生時代にやるか、息抜きに遊ぶ程度でしかなくプロスポーツなんて存在しない。
 説明されても信じられないが、受け入れるしかなかった。
 祐麒が訓練兵として配置された小隊には、驚くべきことに元の世界の友人達がいた。志摩子、蔦子、乃梨子、祥子、三奈子――
 もちろん、元の世界にいた彼女たちとは異なり、あくまでこの世界で生まれて育ってきた彼女達。祐麒のことなど知る由もなかったが、それでも祐麒は嬉しかった。
 軍隊での訓練は、経験の無い祐麒には厳しいで済まされるようなものではなかった。
 あらゆる訓練で蔦子達に負け、落ちこぼれる祐麒。それでもなんとか食らいつき、生まれつきの人懐こさで親睦を深め、少しずつ成長していく。
 やがて、無人島でのサバイバルのような総戦技演習を経て戦術機での訓練、そして戦術機に対する祐麒の異質ともいえるべき特性。
 仲間達との衝突、能力の向上。
 HSST落下事件に火山噴火での救出活動、そんな生活を送るうちに、元の世界に戻りたいという欲求と同じくらい、この世界を護りたい気持ちも生まれてきた。
 衛士として基地の防衛をしながらの生活で、やがて訪れたのは――『オルタネイティヴ5計画』。
 それは、ごく一部の選ばれた人間だけが地球外の別の惑星へと移民し、残された人類はG弾を使用したBETAとの最終戦争へと突入するというもの。
 G弾の威力は凄まじいものがあるが、BETAはG弾にも対応し、尚且つ無限の増殖力による圧倒的数量によって人類を押し返した。
 結果、人類は更なる後退を余儀なくされ、残された僅かな土地に生き延びながらBETAと戦っていた。いや、その戦いすら、襲い掛かってくるBETAをどうにか押し返すだけで、自分たちで攻め込むだけの人も、戦術機も、物資も、人類には不足していた。
 絶望しか見えない戦いを、それでも繰り返していく。
 何を、一体、何を守るために――?

 

20xx年 10月21日

 

「……ちっ、しつこいったらありゃしない」
 舌打ちをしながらBETAを撃ち殺す。物量自慢のBETAをそんなことで消すことなど出来るわけもないが、やらないわけにもいかない。
 オルタネイティヴ5計画は明らかに失敗しているが、いまだにお偉いさん達は認めようとせず、衛士達を死地へと送り込む。衛士達は計画なんかのためではなく、自分たちが生き残るために、仲間を、大切な人を守るために戦場を駆け巡る。
 それは祐麒とて、同じことだった。
 何年くらい、何回くらい戦場を駆け巡っているのか、数えることはもうやめた。
「くっそ……」
 跳躍して87式突撃砲の弾幕をお見舞いしてやる。光線級の姿は確認されていないから、跳んでしまえばBETAなど怖くはない。
 戦いに明け暮れているうちに、いつしか祐麒は大尉などという地位まで上がっていた。それは、戦場においてそれだけBETAを殺し、作戦に貢献してきたという証であったが、興味はない。
 今や、祐麒には守るべきものなど何もない。
 江利子達は、オルタネイティヴ5において移民船に乗り、新たな星を目指して旅立っていった。
 敬愛すべき上官も、小隊の仲間達も、既に全員死んでしまった。最後まで残っていた彼女も、つい先日の戦いでBETAに喰われて死んだ。
 異世界からやってきた祐麒にとって、仲間達こそが守るべきものであり、寄る辺であったのだが、もはや全てなくなってしまった。
 なぜ、自分は戦っているのか。いつしかそれすらも忘れそうになる。
 死ねば楽になれるのだろうかと思う。

 戻れない世界、護れなかった仲間、生き残っている自分。
 今日だって、祐麒の所属していた中隊は、祐麒を残して全滅していた。正確に言うならば、二機ほどはかろうじて生き延びて戦線を離脱したのだが、一人だけ戦場に残されていることに変わりはない。
「畜生……っ」
 少しばかり集中力が落ちていたのか、一人で長時間戦っていたことによる疲労か、そもそも一人で戦っていることが無茶なのか、死角からBETAが襲い掛かってきたのを祐麒は見逃していた。
 気が付いた時には既に「ヤバい」と思っていた。
 操縦桿を引く。間に合うか?
 すると、目の前に迫ってきていたBETA群が不意に横からの砲火によって弾け飛んだ。
「援軍か!?」
 戦うことに夢中で味方の接近にも気が付いていなかったようだと、恥ずかしい。慌てて周囲の様子を確認すると。
 視界に入ってきた戦術機、その機体のマーキングを見て驚く。
『……大丈夫か?』
 通信がつながり、相手の姿が網膜投影される。
 祐麒と同世代くらいに見える男だ。
「助かった、礼を言う。しかし、まさか噂の『マッドドッグ』に、こんな場所で見えることが出来るなんて思ってもいなかった」
 BETAに追い詰められている人類の中、希望を見せているものの一つが彼ら『マッドドッグ』の一隊で、文字通り『狂犬』の異名を持つ隊長を筆頭に、歴戦の兵が揃っている部隊だと聞く。
 特に隊長の『狂犬』、ならびに副隊長の『シルバーファング』の名は世界中に轟き渡っている。
 『マッドドッグ』が今回の作戦に組み入れられているとは聞いていなかったが、遊撃や伏兵、様々な局面に投入されるだけに存在していても不思議ということはない。
「アンタ、他の奴らはどうしたんだ? まさか、天下の『マッドドッグ』がやられちまったなんてことはないだろうな」
『……本体は無事なはずだ。俺はちょっと別働として動いていたんだが、想定外の事が起きて相方はやられちまった』
 歯噛みする相手の男。
 どうやら作戦の最中にエレメントを組む仲間がBETAに斃されたようだ。
 助けてもらった流れ、そしてお互いの状況から、必然的に祐麒は相手に協力して動くことにした。
「オーケイ。これよりバビロン02、そちらの指揮下に入る――」
 言いきらないうちに、BETAの大群が押し寄せてくるのが分かった。
「くそっ、自己紹介くらいさせてくれる時間もないのかよ」
『ははっ、まあ、それは後でゆっくりやろうぜ』
 二人は即席のエレメントを組んでBETAに応戦したが、その戦果は即席とは思えないほどの成果をあげていた。
 BETAを駆逐しながら、祐麒は相手の戦いに驚嘆し、感嘆し、呆れた。まず他では見かけない滅茶苦茶としか思えない機動で、BETAをあざ笑うかのように戦場を自由自在に飛び跳ね、突き進んでいく。

「驚いたな……もしかしてアンタ、『シルバーファング』か?」
『なんだそれ、ダサい名前だな』
 笑って軽くいなされるが、祐麒としては本気で思う。『シルバーファング』の凄いところは、なんといっても誰にも真似ることのできない機動だという噂を耳にしたことがある。そして今目の当たりにしているのは、まさに唯一無二に思える動き。実際、祐麒はこんな滅茶苦茶な機動を直に目にしたことはなかった――自分がシミュレータで遊び同然に動かしている時以外は。
 戦術機に乗るようになり、教官からは基礎から色々なことを教え込まれ、祐麒は素直にそれを実践してきた。何か思うところがあっても、軍隊とはそういう場所なのだから。
『……ちなみに俺も聞いたことあるぜ。どこぞの部隊に、やたら奇妙な動きを見せる奴がいて、その名もずばり"トリック・スター"』
「ぶっ!?」
 恥ずかしい別名を口にされて、思わず噴いてしまう祐麒。確かに、窮地に陥ったり無我夢中になったりしたとき、つい無意識にゲームで培った操縦技術を出してしまうことがあり、一部からそのように呼ばれているとは聞いていたのだが。
「やめてくれ。すげー恥ずかしい」
『ははっ、言われる方の身はな。だけど本当にいいよ、その動き……なあ』
「ん?」
 会話をしている最中も、BETAとの戦闘は間断なく続いている。
 初めて連携する相手同士だが、お互いに幾多もの戦場を経験してきただけあって、即席でも乱れることのないコンビネーションを見せる。
 二人の技量は特出しておりBETAに後れをとるようなものではないが、それでも所詮はたった二機である、大局をどうこうできるものではない。BETAの物量を前に無理はできず、とにかく味方との合流を急ぐしかないのだが。
「く……」
 徐々に焦りが出る。
 味方が全滅してから一人で戦い、大破するようなダメージこそないものの、幾つもの小さなダメージはある。そして更に問題なのは、ずっと補給をしていないということだ。
『――おい、どうした。大丈夫か!?』
「やばいな……ここまでかもしれない。そろそろ弾が尽きるし、推進剤も残ってねぇ。挙動も一部おかしくなっている」
『諦めるな、俺が援護する。なんとか補給コンテナまで――』
「そのコンテナは、どこにあるんだ?」
 問いかけるが返事はない。即ち、それが答えだ。
『離脱しろ。俺が拾う』
「ばーか、そんな暇があると思うのかよ」
 可能性はあるかもしれないが、二人もろともBETAに引きちぎられる可能性の方が遥かに高い。相手が名だたる『シルバーファング』であるなら、巻き込むわけにはいかない。
 それでもすぐに諦めることなんてせず、自分の装備、地形、BETAの量と動き、それらの情報から最善と思える方法を考える。
「…………ははっ。無理矢理に突破するしかねぇなぁ」
 即ち、ただの根性論。確率でいえば1%もあるかないか。
「それでも、諦めるわけにはいかないよなぁっ!!」
 自分を鼓舞するように咆えるが、心の中では恐怖が膨れ上がっていた。とうとう、自分も死んでしまうのか。
 攻撃ではなくBETAを躱し、可能な限り無駄をせずに先を目指す。

 死ぬのは仕方ないと思う。怖いし嫌だけど、今の世の中では死などどこでも溢れているし、軍隊に所属している身では尚更だ。むしろ、今までよく生き延びてきたと思う。
 BETAに対し何もすることが出来ず小便を漏らしただけの初出撃、それでも『死の八分』をどうにか生き延びて、何度も戦場に立った。死にそうになったことも数えきれないほどあったが、よほど悪運が強いのか生き残ってきたが、いよいよ順番がやってきたというだけのことだ。
 心残りがあるとすれば。
「由乃……令ちゃん…………」
 久しぶりに声に出したのは、かけがえのない幼馴染の少女二人の名前。
 この世界に来て、蔦子達はいたのになぜか由乃と令の二人だけはどこにもいなかった。
 江利子にも尋ねてみたが、そのような二人は存在しないという。江利子といっても民間人の全てを抑えきれているわけではないだろうし、把握していないだけかもしれない。
 存在しないのならそれでも良い、こんな狂った世界に二人がいないのなら、むしろその方が祐麒は有難い。
 ただ、死ぬ前にもう一度、由乃と令に会いたかった。抱きしめたかった。
 乱暴な由乃のプロレス技によって起こされて、喧嘩して、口ばっかりで体力なしで意外と小心で、そんな由乃の力強く輝く夏の太陽のような笑顔をもう一度見たかった。
 由乃との喧嘩をいつも微笑ましく見つめ、由乃と祐麒の世話をやいて嫌な顔一つせず、美少年に見えて誰よりも乙女な、春の暖かなそよ風のような令の優しさに包まれたかった。

「くそっ!」
 機動力が落ちているため攻撃を完全に回避できずダメージを負う。援護を受けているのでどうにかなっているが、祐麒にあわせているため移動速度も落ちている。このままでは本当に共倒れになりかねない。
「おい、俺に構わずさっさと行け!」
『馬鹿野郎、そんなこと出来るかっ』
「できるだろ、ここで俺一人を助けられるか分からないことに時間を費やすより、あんた自身に課せられた任務をこなす方が遥かに大事……天秤にかけることの方がおかしい。それくらい、分かっているだろう」
『…………』
「大丈夫、俺だってやられるつもりはない。どうにか切り抜けて見せるさ、生きて会いたい人だっているしな」
『さっきのは、恋人か?』
 小さな呟きだったが、聞かれていたようだ。
 苦笑しながら祐麒は答える。
「さあ……どうなんだろうな。小さい頃からずっと一緒に居る腐れ縁で、一緒に居ることが当たり前だと思っていたから。だけど、当たり前なんかじゃなかったんだって、こういう状況になって思い知らされるよ」
『へえ、そいつは奇遇だな。俺にも同じような相手がいるよ。口うるさくて、毎朝起こしに来て世話をやきたがって、うるさいけれどアイツがいるのが日常で』
「なんだそれ、本当に同じじゃないか。マジかよ」
『おう、マジマジ』
 本当かどうか分からないが、この状況下で嘘をつく必要性もないし、何より相手の口調からは真摯な思いが伝わってきた。
「じゃあ……こんな場所でやられるわけにはいかないだろ?」
『――――ああ、そうだな』
 その声からは、決意のようなものが感じ取れた。
 そうだ、それでいいんだと祐麒は頷く。
 死にたくはないが、無駄死にはもっと嫌だ。この世界に来て幾年、祐麒の心は衛士のそれへと変化していたのだ。
『じゃあ、俺は先に行っている』
「おう、俺に追いつかれないように気張れよ」
『お前こそ、必ず追いついて来いよ』
 言いながら『シルバーファング』は一気に加速する。
 武器がないならば予備を渡すという手だてもあるが、推進剤がなくなってしまったのではどうしようもない。
「……もっと最初から、あんな凄い奴と出会えていればなぁ」
 詮無い事と分かっていながら、口に出さずにはいられなかった。
『――それは、こっちの台詞だ』
「っと、まだ聞こえていたのか」
『ああ、言い忘れていたことがあってさ』
「言い忘れていたこと?」
『そうそう――――いや、俺の仲間以外にも『マジ』なんて使う奴がいるなんて思わなくてさ、どこから伝わった?』
「え…………」
 思いがけない問いに、言葉が詰まる。  どういう意味か、何を答えれば良いのか、考えているうちに『シルバーファング』の姿は見えなくなっていた。元々、答えなど求めていなかったのかもしれない。求めているとすれば、それは次に会った時という意味か。
「……ああくそっ、ごちゃごちゃ考えるのはやめだ」
 そもそも目の前に迫ってくるBETAの群れが考える暇を与えてなどくれない。
 突撃級をかわし、戦車級に弾幕をお見舞いする。
 とうとう弾薬の切れた突撃砲を投げ捨て、近接戦用の長刀と短刀を両手に持ち、迫りくるBETAを切り捨てる。
「くそおおおおおおおおおおおっ!!!!!」
 咆えるのは、自分自身を奮わせるため。
「こんな、こんなところで死んでたまるかぁああああっ!!」
 残りカスのような推進剤を使用して宙を舞い、避けて、斬り付け、薙ぎ払う。
 脳裏に浮かぶのはやっぱり由乃と令の姿。
 一目でいいから会いたかった。女々しいと言われようが、情けないと侮蔑されようが、彼女達こそが祐麒の居場所であり帰るべき場所だったのだから。
 左腕にダメージを受ける。脚が動かなくなるよりは遥かにマシだ、腕ならまだ右腕が残されている。
 斬る。ひたすらに斬る。切れ味がどうのこうのとか関係ない、刃が欠けてこようが気にする必要もない。斬れなければ叩きつけて破壊すれば良いのだから。

 死ねない。
 死んでたまるか。
 左腕がとうとう千切れ飛ぶ。
 それは、たった一人きりの死の演舞。
「やられて、たまるかってんだよ!!!」
 しかし、機体はもはや祐麒の思うように動いてくれない。反応も鈍い。
 諦めるな。最後まであがいて、もがいて、死地に活路を見出さなければならない。要塞級が迫ってくる。
 ウスノロな攻撃など当たるわけもない。

 ――俺の仲間以外にも『マジ』なんて使う奴がいるなんて思わなくて

 なぜここで、先ほどのアイツの言葉が蘇ってくるのか。
 そういえば、『マジ』なんて言葉、この世界では使用されていなかった。ずっと昔からBETAとの戦争に突入していたから、祐麒の世界で当たり前に使われていた言葉も存在しないからだ。
 だとしたら何故、アイツはあんなことを言ったのか。

 ――それは、こっちの台詞だ。

 ああ、そうだな。  お前みたいな奴に最初から出会えていれば、今のこの展開も変わっていたのかもしれないな。
 なあ、『シルバーファング』
 諦めるなんてこと、ありえないよな。あの陽だまりのような世界に還るまでは、血と泥と糞を啜ってでも生にしがみつき、這い進んでいくって決めたから。
 だから、だから――――
「おあああああああああああああああああああああああっっっっ!!!!!」
 咆える。
 獣となって。
 要塞級の振り回す触手を避ける。
 避けた目の前に、別の要塞級のかぎ爪状の衝角が迫っていた。

 目の前が、頭の中が閃光を浴びたように真っ白に、ホワイトアウトする。
 それでも叫んで。
 それでも手を伸ばして。

 BETAのかぎ爪が戦術機を抉る。

「――――――――ッ!!!!」

 もはや声となっているかも分からない。
 それでも祐麒は、魂を振り絞って叫ぼうとする。

 存在するかもしれない、此処ではない何処かを求めて。
 異なる世界線を求めて――――

 

To The ALTERNATIVE...

 

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