午前12時を過ぎて、新たな放送が流れた。13時にA-1、B-9、I-10、15時にF-8、H-5、J-6、そして17時にA-6、D-5、G-10。指示された禁止区域を地図にチェックしながら、乃梨子は歯噛みする。
この6時間で、さらに3人の生徒が死んでいる。そのうちの一人は高知日出実、乃梨子も知っている同学年の子。死んだなんて言われても、やはり実感はなかなか湧いてこないが、田沼ちさとと銃を撃ちあったことを思い出すと現実感が増してくる。
このままでは、本当にジリ貧だ。
どうすればよいのか、まだ良案は思い浮かばないが、ここはやはり仲間を作りたい。一人で考えて行動するのは、限界がある。乃梨子だけでは良案が出なくても、他の人の、他の視点で考えてみれば、思いがけないアイディアが出てくるかもしれない。
もちろん、誰でも仲間にできるというわけではない。信頼できる仲間を作らなくてはいけない。
同じ学園に通う生徒達なのだから、全員を信用したいところだが、そんな虫のよい話があるわけはないと乃梨子も分かっている。高校からリリアンに入った乃梨子は、リリアンのお嬢様育ちの生徒とは、思考も違えば経験も異なっている。説得すればみんな応じてくれる、なんて夢物語のようなことは、あるわけがないのだ。
よく知りもしない生徒のことを、信用できるわけもない。となると、必然的に相手は限られてくる。
まずは、もちろん志摩子だ。
志摩子なら、他の誰よりも信用できる。100%、と言いきれないところに胸が痛んだが、仕方がない。それでも、一番、信用できる。
「だけど……」
そこで乃梨子は、頭を振った。
自分の考えに、自分のことが嫌いになる。
志摩子は信頼できるけれど、『戦力』として考えるとどうか、なんて思ってしまったのだ。自分の嫌らしい心を、必死に振り払う。
戦いとか、殺し合いとか、そういうのは抜きだ。何より、安心して自分のことを任せられる相手がいるというのが大きい。交代で休むこともできる。
志摩子の次となると、誰だ。
やはり、山百合会のメンバーだろうか。祐巳、由乃、令、祥子、と、順に頭の中に思い描いていく。
確かに、生徒会活動で親しくなったし、みな良い人たちだが、彼女達のことを乃梨子は生徒会の活動以外ではほとんど知らない。今のような状況下にあって、日常生活と同じように信用することができるのか、判断がつかない。
特に祥子は、田沼ちさととの件を目撃されており、誤解されている可能性が高い。恐れや怯えは、異常な今の状況下において、正確な判断を狂わすのに十分だ。
由乃と令の黄薔薇姉妹は、他の生徒達の誰よりも絆が深い。だから、あの二人同士ならばお互いを迷うことなく信じあいそうな気がするが、それだけに、他の人間のことを信じないかもしれない。令は、性格的にそんなこともなさそうな気がするが、由乃は可憐な容姿に似合わず攻撃的であるし、猪突猛進型だ。令は由乃を溺愛しているだけに、由乃に引きずられる可能性も高い。むしろ、由乃を守るために、他人に対して非情になるかもしれない。令の性格なら、由乃だけでも助けようとするのは、目に見えていた。
祐巳はどうか。
ごく平凡そうに見えて、おそらく、芯が一番強いのは祐巳ではなかろうか。争いごとに進んで身を投じるとも思えない。信頼できそう、にも思える。
だが同時に、どこか怖い。
乃梨子は、祐巳の純粋さが怖いのだ。
どうしてあんなに、人を疑えずにいられるのだろうか。どうして簡単に、人のことを信じることが出来るのか。
祐巳ならば、無条件で乃梨子のことを信じて、一緒にいることにも安心できるかもしれない。だけどそれは、他の生徒に対しても同じことで。
明らかに戦闘意欲を持っているような相手に対しても、相手の良心を信じて疑わない、そんな祐巳の姿が目に浮かぶ。
それはひょっとしたら、とても素晴らしいことなのかもしれないが、今の状況で、無条件に誰もかれも信じるというのは自殺行為だ。
頭を抱える。
山百合会メンバーが駄目なら、あとは瞳子と可南子くらいしか思い浮かばないが、やはり、彼女達のことだって深く知っているとは言い難い。
乃梨子はため息をついた。
誰を考えたって、同じことなのだ。
あとは、どれだけリスクを考えるか。信頼と不安と、二つを天秤にかけて、リスクを抱えながら仲間を作るか、リスクを恐れて仲間を作らないか、自分で判断するしかない。
いっそのこと、感情的ではない相手の方がやりやすいかもしれない。損得をクールに考え、乃梨子といることにメリットを感じさせ、そのメリットがある限りは裏切らない。感情的な相手より、よほど分かりやすい。
「あー、なんかこんなことばかり考えていると、本当に自己嫌悪に陥りそう」
小声で呟きながら、ゆっくりと園内を進んでゆく。
昼間の明るいうちは、思っていた以上に姿が目立つ。移動するなら夜の暗闇に乗じた方がよいのだろうが、それでは間近に寄るまで相手が誰だかもわからない。近寄った挙句、戦う気満々の相手に攻撃されては、目も当てられない。
慎重に移動し、遠くから相手が誰だか把握し、大丈夫だと思えたなら近づいていく。危険でもあるが、そうするしかないか。
危険なのは、園内の各区画間を移動するときだ。何しろ、大きな通りを渡らなければいけないのだから。
乃梨子が向かっているのは、『アドベンチャーフロンティア』、古代遺跡を模したアトラクションや、どこかのジャングルを思わせるアトラクションがあり、身を隠しながら移動するには最も適したエリアかもしれない。それも移動しようと決意した理由の一つで、乃梨子が居た『フューチャーパーク』は、広くて開けた場所も多く、長時間居るには適していないと思ったからだ。
充分に、周囲に気を払って移動をしていたつもりだった。
だけど、そこは一介の女子高校生にすぎない乃梨子、完璧なんてことはありえない。だから、気が付けなかった。
気がついたときには、相手は乃梨子の背後に迫っていた。そこまで、乃梨子に気配を感じさせなかったのだ。
「――え?」
慌てて振り向こうとした瞬間、乃梨子は体当たりをくらい、地面に押し倒されていた。
【残り 25人】