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ノーマルCP マリア様がみてる 江利子

【マリみてSS(江利子×祐麒)】アナタ色に染まって

更新日:

~ アナタ色に染まって ~

 

 季節は梅雨に入り、湿度も気温も日々上がっていき、つられるようにして不快指数も日を追うごとに上昇していっている。
 尚、祐麒の大学生活も、日を追うごとに色々と大変なことになっていっている。
「あー、肩こったー」
 伸びをして肩をまわす。慣れてきたとはいえ、やっぱり講義を受けた後は疲れもする。今日は夕方の講義は入っていないので、午後イチの講義を終えたところで終了である。サークルも休みなので、それで大学を後にする。
 携帯でメールを確認すると、江利子から丁度メールを着信。内容を確認してみると、今日の夜はご飯を作って待っているから、とのこと。
 傘をさし、まとわりつくような雨の中を移動すると、ますます気分も重くなるが、いつまでも暗い顔をしているわけにはいかない。気持ちを切り替えなければいけないのだ。なぜなら、そう――

「お帰りなさいませーっ」

 笑顔と元気のよい挨拶で、入ってきたお客をお出迎え。
 ここは、メイド風の制服を着たウェイトレスが働く喫茶店、『サティー』。オーナー曰く、「決してメイド喫茶ではない」とのこと。あくまで、ウェイトレスの制服がメイド風の服なだけで、あとは基本的に普通のカフェだと。確かに、メイド喫茶にありがちなメニューやサービスは存在しない店ではあるが、イベントは行っているし、接客の言葉遣いなどを考えると、傍目には大した違いはないように思える。
「ああっ、ユキちゃんが戻ってきてくれて、本当に助かったわ!」
「わわ、分かりましたから、抱きついてこないでくださいっ」
 歓喜に打ち震え、祐麒にしがみついてきているのは、店の先輩である麻友。以前はフロアチーフだったが、今でもまだフロアチーフである。上のポストがつまっているのか、それとも本人の気持ちなのか、はたまた何か問題でもあるのかは、分からない。二十代半ばの女性であるはず。
 麻友から離れ、フロア内を甲斐甲斐しく動き回りながら、祐麒は半月ほど前のことを思い出す。

 

「……と、いうことでー、待ちに待ったユキちゃんの復帰でーす!」
 紹介と共に、一斉に拍手と歓声が沸き起こる。どれもみな温かい声で、待ち望んでいてくれたのかと思うと嬉しいような、そうでもないような気がして。なぜか微妙に涙が出そうになるのは、どうしてだろうか。
 そう、祐麒はバイトに復帰したのである。もちろん、"ウェイトレス"として。
 高校三年生の夏休み前に、大学受験を控えているからと一旦、アルバイトを辞めることにした。店の皆は引き止めてくれたけれど、祐麒は頑として譲らなかった。いい加減、女装に慣れてしまった自分が怖かった。だから受験という丁度良い機会を口実にして、逃げるつもりだった。
 仲間たちは仕方ないと諦め、それでもいつでも戻れるようにしておくと言ってくれていた。頷きつつも、もちろん祐麒は復帰するつもりなどなかった。やめてしまえば、もうこちらのものだと思っていたのだ。
 しかし何の因果か大学に入学すると江利子に見つかり、江利子や麻友からのお願いもあって、半ば強引に店に戻ることにされてしまったのだ。
 店から離れていたのは一年弱の期間なので、大きく変わったというわけではないけれど、それでも前は在籍していたけれど辞めてしまった人、逆に祐麒の知らない新しく入った人など、ところどころに変化は見てとれる。
 一方の祐麒はウィッグをつけて化粧をして、何とも言いようのない顔をする。いくらなんでも大学生になったし、もう無理だと断ったものの、容姿がたいして変わっていないことは自分でも薄々は気が付いている。背が伸びるわけでもなし、体毛が濃くなるわけでもなし、体格が良くなるわけでもなし、声が武骨になるわけでもなし。だからこうして制服に袖を通してみて、鏡で姿を見つめて、あっさり馴染んでしまう自分にやっぱり落ち込むのだ。
 ただ正直、この店で再びバイトすることになると決まった時は嫌で仕方なかったけれど、いざこうして職場に戻って見ると、昔の仲間は変わらず温かく出迎えてくれて、雰囲気も良いし、なんだかんだと落ち着くし、悪いことばかりではない。
「わー、ユキちゃん相変わらず脚キレーイ。すべすべー」
「ちなみに今日のパンツはどんなのかなー?」
「ぎゃーっ、やめてーっ!!」
 もちろん、セクハラも相変わらずであった。

 

 そんなこんなで、復帰したわけである。
 フロアに出るのも、当り前だが久しぶりで、当初はうまく仕事をこなせるだろうかと不安があったが、いざ働き出すと杞憂だったということがわかった。一度覚えたことはそうそう忘れないのか、あるいは自転車なんかと同じで体が覚えてしまっているのか、出だしこそ緊張したものの、すぐに昔と変わらずに働くことができるようになっていた。
「お帰りなさいませー」
 客を出迎える。
「あれっ、ユキちゃん? 復帰していたの?」
 どうやら、前に働いているときにも来たことがある客のようだった。営業スマイルを浮かべて頷く。
「あ、はい、つい先日から。またよろしくお願いします」
「やった、俺、ユキちゃんのファンなんです。他にもユキちゃんファンのやつ、たくさんいるから、知らせたら喜びますよ。離れていったやつらも戻ってくるかも。あ、でも秘密にしておいた方が、俺がユキちゃんと話せる機会が……」
「そんな、お店の売り上げに貢献してくださいよー。おねがいします」
「う……そ、そうだね、ユキちゃんにお願いされたら断れないな、うん、旧ユキちゃんファンクラブのやつらにも声をかけておくよ」
「え……あ、はい、お願いしますー」
 笑顔を保持して、厨房の方に戻ると。
「ユキちゃん、小悪魔っ娘め、このー」
「うわー、ユキさん凄い人気なんですねー、ほわーっ」
 店員仲間がそれぞれの思いで祐麒を出迎える。しかし祐麒とて、まさかファンクラブなるものが存在していたなんて、今の今で初めて知ったのである。
 ちらりと先ほどの客の様子を見てみると、携帯電話で誰かと話をしている。ちょうどお客の少ない時間帯で店内は空いており、その話している内容が聞こえてくる。
「……そう、ユキちゃんだよ。髪の毛も伸ばしていて、前より少し大人っぽくなって、可愛さに綺麗さが加わって、たまらんってマジ。ああ、そうそう……」
 背筋に寒気がはしる。
 女性から可愛いとか言われると、恥ずかしくなるが、同じ男から可愛いとか言われると気持ち悪くなる。
 それでも。
「すみません、オーダーお願いします」
「あ、はーい。少々お待ちください」
 呼ばれると、条件反射的に笑顔で向かう。
 なんだかんだ言いつつも、あっさりとバイトに馴染む祐麒であったが、前回と異なって大きな問題が一つある。
「今日も一日疲れたねー、香奈枝」
「そうだねー佐奈枝、でもユキちゃんの方がずっと大変そうだったけど」
「本当、すっごい人気だよね、ユキちゃん! お店のブログのアクセス数も、うなぎのぼりだし」
「やっぱあの、ちょいエロ画像がきいたね」
 と、声をかけてくるのは香奈枝・佐奈枝の双子姉妹。「この店に足りないのは、双子姉妹というキャラクターよ!」というオーナーが探してゲットしてきた、祐麒と同じ大学一年生。双子らしく顔つきは良く似ているけれど、姉の香奈枝の方が微妙に吊り目で泣き黒子があるので、見た目でも分かる。
 超有名国立大学に現役合格した超秀才姉妹で、ルックスも良くスタイルも良いと、全く申し分ないスペックを持ち、店でも着実に人気を博しているのだが、実は超がつく腐った脳を持つ女子で、休憩時間や更衣室では大声でBLの、しかもかなりえげつないことを嬉々として話し合っている姿は、見た目が良いだけに引くものがある。
 ついでにショタ、ガチ百合、女装男子、それらも大好物と公言してはばからず、祐麒としては慄きを覚えて仕方がない。
「人気が高いのも頷けるけれどね。なんか不思議な魅力があるわよね」
 ウェイブヘアをかきあげながら、あやめが頷く。色気満点のあやめは、以前在籍していた恭子が結婚退職してからは、代わりにお姉さまキャラとしての地位を確実なものにしている。
「私も、ユキさんみたいに素敵な女子になるのが目標です!」
 元気よく宣言するのは、高校二年生のあかり。ポニーテールをぴょんぴょん跳ねさせる、元気系の女の子だ。
 四人いずれとも、祐麒が店を辞めた後に店に入った子なのだが。
「ねえ皆さん、帰りにカラオケ行きませんかー? 新曲、仕入れたんですよー」
「いいねえ、ね、香奈枝」
「うん、いいね、佐奈枝」
「私も今日はオーケー……あらユキちゃん、着替えないの?」
 祐麒の方を向いたあやめの、ボリューム満点のバストが揺れる。
「あ、いえ、きっ、着替えますっ」
 慌てて背を向けるが、どこを見ればいいのやら困る。何せ、あやめだけでなく、双子もあかりも着替えのためにあられもない下着姿なのだから。
 大きな問題とはそう、新規メンバーはユキが実は『男』であるというのを知らないということ。
 祐麒は当然、麻友なりが話しておいてくれているものとばかり思っていたが、全くされておらず、当たり前のように『女』として受け入れられていた。昔からのメンバーにしてみれば、祐麒と一緒に着替えるなど最早気にするような事ではなく、ごく普通に受け入れられていて説明など頭になかったという。
 改めて説明しようにも、そのことを知ったのは新規メンバーの生着替えを何度も見てしまった後で、今さらどのように話して良いかも分からず、今に至るのだ。幸か不幸か、着替えのスキルは上達しているので、可能な限り肌や下着を晒さずに着替えることも出来るようにはなっている。
「ねぇねぇ、ユキちゃんもさー」
「おわっ!?」
 不意に肩に触れられて、慌てて振り向いてみれば、いつの間に忍び寄ってきたのか双子の姿が。姉が白、妹が黒の対象的な下着、だけどサイズは同じ70A。
「あ、ユキちゃんのブラ、これ超可愛いっ!」
「ホント、いいなこれ、どこで買ったの?」
「あわわ、あの、ここここれはっ」
 そんなに迫ってこないでください。Aとはいえ、寄せて上げてプラスして前かがみでは立派な谷間が見えるわけで。というか、ブラジャーをしなければいけない自分に泣く。
 その後も抱きついてこようとする双子をどうにかやり過ごして、着替えを終了する。
「それで、ユキさんもカラオケ、行きませんかーっ?」
「あーっ……と、ごめん。今日は江利ちゃんが部屋に来るんで」
「あ、そ、そか、すみません」
「相変わらず、ラブラブなのねぇ」
「あははっ……」
 ちなみに、やっぱり江利子とは付き合っていることになっている。あやめは大人の女の余裕なのか、内心は分からないが少なくとも表面的には素直に受けいれている。あかりは免疫がないのか、赤面している。
「リアルガチ百合、萌えっ……」
 そして双子は、悶えている。
 いやいや、あなた達の方こそ姉妹百合ではないですかと心の中で突っ込みを入れつつ、祐麒は店を後にした。

 雨はやんでいた。
 歩きながら携帯を取り出してみると、働いている間にメールが何通か届いていた。全部、江利子からだった。
「あ~、江利ちゃん、友達とご飯食べに行ったのか」
 夕飯の支度をして待っていると約束していたのに御免なさいと、申し訳なさそうなメールが届いていたが、友人たちとの付き合いも大切であるし、どうやら拉致られたらしいので特に文句は言えない。そもそも、ご飯を作ってくれるのだって、完全に江利子の厚意なのだから。
「……いや、それとも好意、なのか?」
 首を傾げつつ、夜ごはんはどうしようかと考える。コンビニ弁当か、牛丼屋でも寄っていくか、久しぶりにカレー屋というのもアリか。思考を巡らせていると、電話の着信音はやっぱり江利子から。
「もしもし、江利ちゃん?」
『あ、ユキちゃん、やっほー』
 テンションが高い。電話越しの江利子は、対面しているときと異なり、かなり丁寧になるのだが、今日はおそらくアルコールが入っているせいだろう。しかし、"ユキちゃん"とはどういうことか。バイトが終わったばかりくらいの時間だから、もしかしたら周りに聞こえるかもしれないと、気をつかってくれたのか。
『こっちこっち、上だってばー』
「上?」
 江利子の言葉に、首の角度を変えて上方をキョロキョロと見まわしてみると。
「……あ」
 どこぞの飲食店ビルの二階の窓。透明な窓ガラスなんかじゃないので、はっきりとその姿が判別できるわけではないが、それでも間違えるわけがない。窓の向こうで祐麒に向けて手を振っているのは、江利子であった。

「――と、いうことでぇ、ユキちゃんも加えて改めて、乾杯っ!」
「「「「かんぱ~~~い!」」」」
 なぜか、強制参加させられた。しかも、"ユキ"としてだ。
 女子五人に混ざって何をしているんだろうと思うが、深く考えては負けだ。というか、女でいることに徹しないと、恐ろしいことになる。
「でもユキちゃん、可愛いねーっ。江利ちゃんの後輩なんでしょう?」
「あはは……は、はい」
 江利子以外の四人も、大学でよく江利子と一緒にいるのを見かけたことがある。しかし、話したことはないので、うまいことやり過ごせば祐麒だとはばれずに済むはずだ。
「ユキちゃんは、彼氏とかいる?」
「えっ!? い、いないです、そんなのっ」
「えーっ、そんなに可愛いのに? 野郎どもが放っておかないでしょうに」
「そんなこと、ないですよ」
 早速突っ込んできたのは、女の子らしい恋愛がらみの話で、正直困る。男同士の馬鹿話ならともかく、女の子の恋愛トークをそつなくこなす自信はない。逃げたいところだが、気を利かせてくれたのか江利子の隣の席、即ち左右を挟まれる真ん中の席に座らされ、簡単には脱出もできない。
 適当に相槌をうって誤魔化すしかない。まあ、江利子以外は初対面なわけで、話しづらいような話題は振ってくるまい。
「じゃあさ、江利ちゃんの彼氏は知っている? 福沢君。祐麒くん。年下のカレ」
「はぇっ、はあ、えと一応、名前くらいは」
 これまた気を利かせて、共通の話題になりそうなことを振ってきたのか分からないが、困る。何せ自分のことなのだ。
「えーっと、や、優しそうな人ですよね」
 何、自分のことをそんな風に評しているんだと突っ込みをいれたくなるが、とりあえず『優しい』といっておけば無難だろうと思ったのだ。
「そう思うでしょう? ところがねー、あんな可愛らしい顔をしていて祐麒くん、かなり鬼畜な変態エロスなのよ」
「――は?」
 一瞬、自分のことを言われたのだと分からずに、きょとんとする。その隙をついて、というわけではないが、正面に座っている淑美が続ける。
「だって、部屋にいる時は絶対コスプレしていなくちゃいけないんだって? お気に入りのコスプレは、巫女さん、女子高生、チアガールの三つとか」
「んで、そうそう、自室に帰ってきたら、とりあえず江利ちんのおっぱいに挟んで一回シてあげないと駄目なんだって」
「ぶーーーーっ!? げほっ、かはっ、けほっ」
 噴いた。
「ちょっと大丈夫、ユキちゃん? 刺激的すぎた? 純情っ娘?」
「い、いえ」
 口を拭いながら、ちらと横を見てみれば、江利子はわずかに困ったような表情を見せるものの、特に何か口出ししようとする気配はない。
「料理している最中にバックからちょっかいかけてくるのはいつものことで、それでお料理ミスしちゃったりしたら、その晩はお尻ペンペンされちゃうとか、お風呂は当然江利ちゃんの体をスポンジに見立てて泡踊りとか、次の日が休みだと最低六回がデフォとか、とにかくまあ、可愛らしい顔してヤリまくりキングなんだよー、信じられる?」
「あは、あは、あはははっ……」乾いた笑いしか出てこない。
「あれで実は、ドSなんだっていうからねぇ」
「そうなのよ。それでほら、私がMだから、もう完全に祐麒くん色に染められちゃったというか、調教されちゃっているというか」
 江利子まで調子に乗っている。
「そ、それはさすがに、ないんじゃないでしょうか~」
「あー、信じてないでしょう? それならね、もっとより、具体的なエピソードを教えてあげようか。江利ちゃん、すんごいことされているんだから」
「ちょっと淑美、そこまで話さなくても」
 さすがに江利子も恥しいのか、止めようとしてきたが、だからといって一度話そうとした女の子のお喋りが、そう簡単に止まるわけもない。
「いいじゃない、元々、江利ちゃんが話して教えてくれたことなんだし、ユキちゃんだって興味津々っぽいしぃ」
「そ、そうですね、ちょっと、興味あるかもです、あははー」
 果たして、本人のいないところで江利子が友人達にどんなことを話しているのか、気にならないわけではなかった。まあ、ロクでもなさそうだということだけは、今まで少し聞いただけでも分かったが。
 そうして江利子の友人達から色々と話を聞いたのだが、正直、聞かなければ良かったと後悔するだけだった。

 

「……まったく、なんてとんでもないことばっかり言ってるんですか」
 帰りの夜道、江利子と二人きりになってようやく愚痴を言う。
「だって、お付き合いしていて何もないなんて、言えないじゃない」
 むーっ、と、膨れる江利子がやたら可愛いが、許してはいけない。
「だからって、あれじゃあまるで俺がエロの権化みたいじゃないですかっ」
 なんというか、AV的シチュエーションというか、エロ漫画的展開というか、そんなものが江利子の友人達に展開されていたのだ。
 嘘っぽいし、どこまで信じられているのか分からないが、ところどころ妙に生々しいところがあったりするのが厄介だった。微妙にリアリティがあるのだ……まぁ、コスプレとかは確かに事実だが。
 そんな風に適当に飲み会のことを話しながら、アパートに到着する。
「俺、郵便物確認してくから、江利ちゃんは先に部屋に行ってて」
「はーい」
 素直に二階への階段を上っていく江利子を見送り、祐麒は郵便受けの方に足を向ける。何通かのダイレクトメールを手にして戻ると、アパートの前にタクシーが止まり、中から人が降りてくるのが見えた。
「――はい、どうもありがとうございましたーっと、あ、ユキちゃん」
「あ、と、こんばんは、マナさん」
 アパートの玄関のライトに浮かび上がったのは、二つ隣の部屋の住人である沢辺マナ。短大を卒業して、現在、OL二年目だから確か二十二歳。
「何、今日は合コン? いい男はいた?」
「いえ、女の子だけの飲み会ですよー」
「ふーん、女子会か、そういうのもいいよね。今度さ、あたしとも飲みに行こうよ、次は部屋じゃなくて、どこか美味しいお店に」
「あー、そうですね、機会があれば」
「うん、それじゃね、おやすみ」
「おやすみなさい」
 マナの部屋の前までの短い時間、当たり障りのない会話をして別れる。そして、自室の部屋の扉を開いて中に入ると。
「……祐麒くん、今の女性は、一体誰かしら?」
 電気もついていない暗い部屋の中、月明かりをうけた江利子が微笑みながら祐麒のことを見つめていた。
「たっ、ただのご近所さんですよっ」
「へぇぇ、その割には随分と親しそうだったけど? 『次は部屋じゃなくて』って、前に部屋でご一緒したことがあるってことかしら?」
 マナと知り合ったのは、バイトを再開してからである。店に行く際には女装する必要があり、かつては行く途中の公園のトイレで着替えていたのだが、それも面倒くさくて部屋から女の格好をして外に出た。女装といっても、ウィッグをつけて軽くメイクをしておけば、男の服だとしても、そういうファッションだと思われるということを知っていたから。その点は、女性は便利だなとも思う。
 当然、帰宅する際も女装なのだが、ちょうどマナの部屋の前を通りかかったところで、部屋から飛び出してきたマナと顔を合わせてしまった。ゴキブリが出たということで逃げ出してきたマナがあまりに怯えるので、祐麒が退治してやったら、大層喜ばれた挙句、そのまま部屋でおもてなしされた。また、Gが出ると恐ろしいから居てくれ、というのもあった。
 祐麒のことを女だと思い込んだから、簡単に部屋に上げる気にもなったのだろうが、そうしてマナとの親交が始まったのだ。実は男なんですとバラそうにも、マナから色々と話を聞て、女としてしか聞いたらまずいようなことを知ってしまったので、完全に機会を逃していた。祐麒としては、余計に気を遣う日々の始まりであった。
「なるほど……そうやって、可愛い女の子と仲良くなる、っていう寸法ね」
「ちょ、ちょっと待って、今の話、聞いていましたっ!?」
「聞いていたわよ、だから、ユキちゃんとして接して警戒心を紐解いて、親しくなって、そのまま頂いちゃおうっていう作戦なんでしょう?」
「違いますよっ」
「むーっ、祐麒くんの浮気者ーっ!」
 ぷんすかと怒る江利子がこれまた可愛いのだが、怒っているので下手なことは言えない。そもそも、いくら女子と思われているとはいえ、他の女の子の部屋に上がったりしていて、それを江利子に言っていなかったわけで、江利子に怒られても仕方がない状況だ。
「ご、ごめん江利ちゃん、えと、どうすれば許してもらえるかな」
 情けないが、低姿勢で出るしかない。
「……許して欲しい? じゃあ、私のお願い、聞いてくれる?」
「えーと、うん、俺に出来ることなら」
「そうねえ、それじゃあ……」
 この辺、完全に江利子にコントロールされているなぁと自覚しつつも逆らえないのが、江利子に敵わないところであった。

 そして。

「――そうそう、そのポーズ、足、もうちょっと開いて。やーん、可愛いーーっ!」
 江利子が喜色満面で祐麒のことを見ている。
「えと、え、江利ちゃん、さすがに恥しいんだけど……」
「その恥じらう表情、仕種が、見ている人の心をグッとつかむのよねー」
「うぅ……」
 羞恥に身を染めながらも、自分が言いだしたことであり、跳ね除けるわけにもいかない。
 さて、今、祐麒が何をしているかというと、某女子高校の制服を着てポーズをとらされている。寝っ転がったり、体育座りだったり、四つん這いだったり、健康美とエロさを融合させた萌えカワポーズ、というのが江利子の言である。
 女子高校生以外にも、ロリータ、チャイナ、セーラー戦士っぽいものなんかを着させられていた。これが一番、恥しくて精神的にきつかった。
「あぁもうっ、これでユキちゃんブログのアクセス数UPは間違いなしねっ!」
 江利子に観賞されるだけならまだしも、デジカメで写真に撮られ、それをお店のHPに載せるというのだから、祐麒としては落涙ものである。
「うぅ、な、なんでこんな、俺サイズの服がいつの間にこんな沢山、用意してあったんですか」
 ミニスカ、オーバーニーというスタイルにもじもじしながら問いかけると、江利子は苦も無く答える。
「ああ、もちろん令にお願いしているのよ。うふふ、まだまだ沢山作ってもらっているからね、ああんもうっ、可愛いっ」
 嬉しそうな江利子を見るのは良いのだが、代償があまりにも大きすぎる気がする。やや興奮気味に江利子に散々、写真を撮られ、ようやくのことで解放された時にはぐったり疲労していた。この写真がブログにアップされることを考えると、より一層、気分が沈みこみそうになる。
「てゆうかさ、江利ちゃんは、俺がこんなんで、良いの?」ほくほく顔の江利子に尋ねる。
「え、何が?」
「だから、ほら、一応とはいえ彼氏が女装って」
「だって、『可愛いは正義』って、令から聞いたことあるし。『男の娘』っていうのも、今じゃあ一つのジャンルとして人気あるとも聞いたし。私と一緒にファッションの話が出来るのも嬉しいし。まあ、何よりもやっぱり、可愛いからいいじゃない!」
 悪びれも、恥しがりも、困りもせずに、言い切る。
 やっぱり江利子は、趣味がどこか変としか言いようがない。
「でも、ネットにあげなくても……」
「お店の衣装の写真とか、私服とかは既に載せているんだし、今さらじゃない。それに、祐麒くんだなんて絶対に分からないし、こんな可愛いのを公開しないなんて、罪よ」
「うぅ……もう、着替えてもいい?」
「あーっと、ちょっと待ってて」
 デジカメを置いて、なぜか江利子が部屋から出ていく。
「着替えないで、待っててくれる?」
 祐麒の返事を聞かず、洗面所に姿を消す。
 これ以上、何をさせる気なのかと、ベッドに横になって諦め気味に目を閉じる。
 しばらくそのままの格好でいると、夜もいい時間なので瞼が重くなってくる。このまま寝てしまおうかと思いかけた時、ベッドの隣に江利子が潜り込んでくる気配。
「江利ちゃ……んっ?」
 目を開けると。
 そこには、祐麒と同じ格好をした江利子がいた。いや、厳密にいえば少しだけ異なり、制服の胸元が祐麒はリボンなのに対し、江利子はボータイになっている。それ以外は、ニーハイソックスまで同じだ。
「最後に二人で、写真撮ろ?」
 そう言って、身を寄せてくる。
 抱きついてくる江利子と胸があたり、絡めてくる足がこすれる。お互いの絶対領域部分同士が触れ合う。
「うわ、うわ、え、江利ちゃんっ……」
「ほら、はい、ポーズ」
 江利子の太腿が股間に迫って来て焦るが、江利子は無邪気にカメラに向かってポーズなどをとっている。声につられてカメラの方を向くと、いつの間にかタイマーセットされていたのか、シャッター音が響く。
「この写真は、二人だけのものだからね」
 間近で微笑む江利子。
「ふぁ……眠くなってきちゃった」
 小さく欠伸をして、祐麒の体に抱きついたまま目を閉じる。
「え、江利ちゃん、その格好のまま寝ちゃあ服に皺が」
「うふ……こんなコスプレばっかりして、本当、私ったらどんどん祐麒くん色に染められちゃっているわね……」
「え?」
 体を起こそうとして、止まる。江利子は既に、軽い寝息を立てていた。アルコールも入っていたし、撮影している間にいつしか日付も変わっていたからか、やたらあっさりと眠りについてしまったようだ。
「ううぅ、これじゃあ、動けないし眠れない……」
 写真を撮った時のポーズのため、密着しているし、胸は押し付けられているし、足が絡んで太腿の感触がたまらないし、股間に触れるか触れないかという部分もヤバいし。
 というか、それより。
 バイト先でメイドとして働いたり、様々な女装コスプレ姿を撮られてネットに載せられたり、隣の住人に女だと間違われ女装生活を余儀なくされたり、どう考えても祐麒の方が『江利子色』に染められているとしか思えないのだが。
 このままいったら、大学生活でも女装を余儀なくされたりして、なんていう恐ろしいことまで想像してしまう。
「……ま、まさかね、あはは……」
 乾いた笑いを吐き出しつつ。
 江利子の温もりの心地よさに包まれ、次第に祐麒も眠りに落ちるのであった。

 

「ふぁ~あ」
 寝ぼけ眼をこすりつつ、郵便受けに新聞を取りに行く。金に余裕があるわけではないが、朝刊だけ契約しているのだ。
 朝刊を手に取り部屋に戻る途中で、隣の部屋の扉が開いてマナが姿を現した。
「あ、おはようございます」
「おはよう……って、ユキちゃん?」
「はい?」
「えと、ユキちゃんって、確か大学生だよね」
「そうですけど、それが何か……って、あっ!?」
 そこで初めて、自分が昨日の夜のままの格好、すなわち女子高校生スタイルであることに気がついたのである。寝起きだったというのもあるし、ここのところ女装に慣れていたという悲しい事情もあり、うっかり着替えもせずに出てきてしまったのだ。
「コスプレ……?」
「こっ、これはですね、えと」
 良い言い訳が思い浮かばずにばたばたしていると、今度は自分の部屋の扉が開いた。
「どうしたの、ゆ……」
 顔を覗かせたのは当然、江利子。
 しかも、江利子も祐麒と同じく女子高生姿で、加えるなら寝ている間に制服が乱れて、なんともエロい感じになっている。
「あっ……!!」
 姿を見せた江利子は、他に人がいるのを目にして部屋に引っ込もうとして、すぐにまた戻ってきた。目を開いて、マナのことを見つめている。
 やばい、と思ったが。
「江利ちゃん、これは……うわっ!?」
 その時には既に遅く、江利子が腕にしがみついてきていた。当たってます。というか、めり込んでます。
「ユキちゃん、浮気なんて許さないんだからっ!」
「うえぇっ?」
「浮気は、"めっ" って言っているでしょう? ほら、ユキちゃんの大好きなコスしてあげるから、早く部屋に戻りましょう」
 マナを警戒するように、腕に強く抱きついて部屋に戻ろうとする。
「ちょっと江利ちゃん、マナさんに失礼だよ」
「そっ、そうよ、浮気だなんて、まだあたし何も手出してないからっ。これからじっくりと仲良くなって……って、あ」
 慌てて口を抑えるマナ。顔は、真っ赤になっている。
「ふぇ? えと、マナさん?」
「ほーら、やっぱり。昨日の夜に見て、そうじゃないかと思ったの」
「う……い、いいでしょう、別にっ! だ、大体あなたはユキちゃんの何なんですか!?」
「そんなのもちろん、ユキちゃんの……ぽっ」
「自分で擬音を言うなっ!」
「ユキちゃん、早く部屋に戻って朝チュッチュしましょ」
「ええええ江利ちゃん?」
「あ、朝チュッチュですって、じゅるり」
「あなただって、じゅるり、とか言っているじゃない」
「い、いいじゃない! ていうか、ユキちゃんと朝チュッチュなら、あたしも混ぜて!」
「混ぜません、危険ですから!」
 祐麒を間に挟んで言い合う二人。
 そして祐麒は、なんだかとんでもない事態に、混乱して叫ぶしかなかった。

「なんぞこれーーーーー!?」

 いつも通り、平和で賑やかな江利子と一緒の朝なのであった。

 

おしまい

 

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