白昼の学校内で教育実習生と生徒が廊下で抱き合っている所を目撃し、さらに生徒達の噂も耳に入っていたのであろう、学年主任の宮澤は執拗に景のことを責めていた。
男子生徒にちやほやされてのぼせあがっていたんじゃないか、これ見よがしに短いスカートなんか穿いて来て男を誘っているんじゃないか、大学では男を引っ掛けることでも学んできたのか、言い方は違えどもそのような内容のことを景に浴びせていた。
景は黙って耐えるしかなかった。何を言ったところで通用しないだろうし、そもそも後ろ暗いところも持っている。更に言えば、保身に走れば祐麒達のせいにすることになる。それだけは、するわけにはいかなかった。
「ちょっと待ってください、加東先生はそんなことはしていません」
ところが、思いがけない所から抗議の声があがった。
横目で確認するまでもなく祐麒の声だと分かったが、瞬時には意味が理解できずに思考が止まる。
だが、発せられる声は止まらない。
「全て誤解です、加東先生は悪くありません」
「何を言っているんだ、福沢、俺は見たんだぞ、加東先生とお前が廊下で抱き合っているところを。俺だけじゃない、多くの生徒達だって見ていたんだ。言い逃れできるような状況じゃないんだよ」
「だから、それが誤解だと言っているんです」
宮澤の迫力にも、全く屈する様子のない祐麒。
「福沢君、あなたは黙っていなさい」
祐麒に押し付ける気なんて毛頭なかったし、三年生という大事な時期の祐麒達に傷をつけてはいけないと理解している。
「黙ってなんかいられないですよ、だって加東先生は悪くないのに」
「そこまで福沢に言わせるとは、加東先生、あなたは一体どこまで福沢をたぶらかせているんですかな? 大学に行って、一体何の勉強をしているのか。うちの学生達は男子校で女子に免疫の少ない、純情なのが多いんですよ。ちょっとちやほやされたからといって、アイドルにでもなった気になっているんじゃないですか。大体、真面目そうに見えるのに限って……」
また、ねちねちと嫌らしい小言を続ける宮澤。セクハラとしか思えない発言も多く、屈辱と羞恥で胸がカッと熱くなる。なんで、ここまで言われなければならないのかと思うが、それでも口に出して反抗するわけにはいかない。自分が否定すればそれは即ち、祐麒達に責任を押し付けることになるのだから。
拳を握りしめ、我慢を重ねようとして。
「だから、違うってっんでしょうが!!」
宮澤の言葉を遮るような大声を出してきた祐麒に、びっくりして思わず顔を横に向けてしまう。
視界に飛び込んでくるのは、祐麒の横顔。
それは、今まで見たことがない怒りの表情だった。
「加東先生はそんな人じゃない。大体、こんな美人な先生なんですよ、ここは男子校ですよ、エロさ爆発の男子高校生の集団ですよ、何もしなくたって騒ぐし、盛り上がるのは当たり前のことだって、宮澤先生だって分かるでしょう!?」
「お、お前、福沢っ、何を」
いきなり爆発した祐麒を目の当たりにして、さすがの宮澤も動揺を隠せない。
「何をじゃないですよ、宮澤先生が加東先生のこと知りもしないで貶めるようなことばかり言うからじゃないですか!」
「だが、実際に沢山の生徒が色目をつかわれたとも言っているわけでだな」
「それは、単に加東先生の目つきがそうなだけで、意識的にしているもんじゃないですよ。あれは生来のものです」
「そーそー、景ちゃん先生は綺麗で可愛いから、俺達みたいな野郎どもはファンになって当たり前ですって」
それまで黙っていた小林まで、後押しするように口を開いてきた。
「しかし、先ほど福沢のことを押し倒していたのは、言い逃れできないぞ」
「だから、それは誤解だってさっきから言っているじゃないですか!」
「何が誤解だというんだ、多くの人間が目撃しているというのに」
「あれは、加東先生が押し倒したんじゃなくて、俺の方が倒れたフリをして、心配して覗きこんできた加東先生を抱き寄せたんです」
「は?」
思わず間抜けな声を出してしまったが、幸いにも祐麒や宮澤の耳には届かなかったようだ。隣にいたアリスには聞こえてしまったようで、目で『黙っていて』と合図をされる。
「な、なんでそんなことを……」
勢いに押されたのか、宮澤の方の声が小さくなる。
思いがけない事態に、景は何をすることもできずに立ち尽くしていたが、小林とアリスはどこか楽しそうな顔をしているようにも見える。
「何でって、そんなの決まっているじゃないですか」
そこまで言って、祐麒が不意に景の方に顔を向けた。
真剣で、且つ怒りの混じった表情に、後ずさりしそうになる。
「見てくださいよ!」
景に向けて、勢いよく腕を広げてみせる。
「黒髪ストレートで! 眼鏡美人! 色白でクール! 年上のおねいさんで、素敵な女の先生で! スレンダーで貧乳で、タイトミニにストッキングですよ! しかも性格は少し勝気で、ツンとしていて、可愛い所もあってツンデレ要素も充分にあって! こんなん俺好みの属性総集合で、惚れて当たり前でしょうが!? だからですよ、別に誘惑なんかされたわけじゃない、元から超・俺好みだっただけなんですからっ!」
叫びが生徒指導室内に響き渡った。
思いのたけをぶちまけた祐麒は息も荒く、挑みかからんばかりの目つきで宮澤に相対している。
宮澤はぽかんと口を開けていて、小林は可笑しそうに口元を歪め、アリスは穏やかな表情で祐麒のことを見つめる。
そして景は唖然として立ち尽くしていた。
だが、やがて。
「な、なっ、何を言っているのっ!?」
顔を真っ赤にしながら、祐麒の方に顔を向けた。
しかし、祐麒に見つめ返されて、慌てて目をそらす。
「そうですよ宮澤先生、福沢君は常日頃から加東先生のことをそりゃもう熱く語って、惚れているというか、むしろ信者といってもいいくらいで。日々加東先生のことをおかず……いやいや、いつ強引な手段にはしってしまわないか、俺も常に目を光らせていまして」
「ここまで強烈に愛情を持てるというのは、素晴らしいことだと思います」
小林とアリスが祐麒をさらに後押しする。どさくさまぎれに、とんでもないことも言われている気もするが、ここは無視する祐麒。
「さかりのついた男子高校生なら、勢いでやっちゃうこともありますって」
「うん、福沢君はこう見えても凄く情熱的で行動的なんですよ。私も、何度か強引に抱き締められたり、体を求められたりしましたし」
「アリス、余計な嘘は言わなくていいからっ!」
「えーっ、ユキチのいけずぅ」
「な、なっ、なんなのよ……」
もはや、展開についていけない景。それは宮澤も同じようで、複雑に顔色と表情を変化させながら、どうにか事態に追いつこうとしている様子だったが、やがて諦めたのか強引に話を自分の方に引き寄せようとする。
「ええいお前らっ、適当なこと言って誤魔化そうとするな! 何を言ったところで、状況は変わらんのだぞ。加東先生の罪がなくなるわけじゃあ」
「ああもう、本当に分からずやだなっ!」
憤慨した様子の祐麒がいきなり動き、景の目の前にやってきた。
「何、なんなの、いったいちょっ」
混乱している景の言葉を遮るようにして、祐麒は。
「か、加東先生!」
景の体を抱きしめてきた。
「ひゃっ!?」
突然のことに反応できない。祐麒の腕の中に包まれ、身動きもとれず、祐麒の息遣いに胸の鼓動が速くなる。
そんな景の耳元で、景にだけ聞こえるように祐麒が囁いた。
「……ごめん、センセ」
「え?」
次の瞬間。
景のお尻を、祐麒が撫でた。
体が熱くなる。顔に熱が昇る。
「――な、な、何するのよっ!?」
ぱーん! という良い音が放たれた。
「いっ……てぇ~!」
頬を手で抑え、よろめいている祐麒。
景は逃げるように祐麒の体から離れる。
「おー、ユキチ大胆」
「格好いい、ユキチ」
「ふ、ふ、福沢、お前っ!!!?」
宮澤の怒号が轟き渡る。完全に宮澤の怒りは祐麒に向けられ、ガミガミと説教ともいえないようなことを祐麒に向けてがなっている。
そんな状況を呆然と見詰めながら、景はお尻に触れた。
祐麒に撫でられたけれど、思わずひっぱたいてしまったけれど、不思議と今は、そんな嫌な感じはしなかった。
元生徒会長と教育実習生の禁断の恋! なんてタイトルの校内新聞はさすがに発行されなかったが、噂は瞬く間に広まった。内容的には、祐麒が一方的に景に対して思慕を募らせているというもので、景ファンも多い生徒達には色々な受け止め方をされていた。
渦中の祐麒はといえば、景に対するセクハラ行為に対する反省の意味を込めて、三日間の停学処分を受けていた。本当はもっと重い処分だったらしいが、景が必死に頭を下げてどうにか軽い処分にしてくれたと聞いたのは後になってのこと。まあ、学年主任の目の前で抱きついて尻を触るなんて破廉恥行為を働いたのだから、お坊ちゃん学校、品行方正の花寺学院生としては許せないところなのだろう。
停学になったことに対し、初め家族には説明しなかったので怒られ、心配もしたのだが、その後、景を守るためにやったことだと景の口から説明されると、むしろ褒められた。「惚れた女を守るのが男の役目だからな」などと父親は言うし、「景ちゃんも祐麒に惚れ直したに違いないわ」と母親は口にして景を慌てさせた。
どちらにしろ、祐麒としては家で大人しくしているしかない。何もなければ、学校に行って景に会える可能性もあったが、ずっと家にいるのではその機会もない。おまけに景は景で今回の一件で色々と言われ、反省文だの何だのを課されて毎日帰りが遅く、帰ってきても疲れていてすぐに寝てしまう。
三日間は殆ど景と話をすることもなく過ぎ去り、停学明けの金曜日、即ち景の教育実習最後の日となった。
「いよーうユキチ、英雄色を好むとはいったもんだな、どうよ、三日間のバカンスは?」
登校する途中、待ちうけていたかのように小林が現れて、声をかけてきた。おそらく停学していた祐麒を気遣ってのことだろうが、軽口からはそんな気配は微塵も感じられない。いつも通りに接するのが友人の配慮に応えるものだと思い、祐麒も特に気負うわけでもなく応じる。
「お陰様で、のんびりさせてもらったよ」
「この三日間で、また多くの敵を作ったぞー、お前。ま、本気で思っているやつはそんなにいないだろうけれど」
「俺はいいけど、先生には悪いことしたかなー」
「自分よりも彼女のことを第一に考える、男ならそうこなくちゃな」
茶化してくる小林に軽くパンチをいれる。
学校に近づくにつれ生徒の姿も増え、そのうちの何人かは祐麒に声をかけてきた。
「よ、セクハラ生徒会長のご出勤だ」
「うるせー、第一、元・生徒会長だ」
「なぁなぁ、景ちゃんを抱きしめた感じってどうだった? やーらかかった?」
「誰が教えるかっての、俺だけの秘密」
「卒業と同時に結婚するって本当か? ってか、既に子供がいるという噂も」
「んなわけないだろ、あほか」
適当に相手をしながら歩いていく。こうして話をしている限り、あまり深刻に受け止めなくても大丈夫なような気はする。皆、冗談半分にしか受け取っていないのか、それとも他に何かあったのか。
隣を歩く小林の方を見ると、小林は「どうした?」とでもいうような顔をして、下手くそな口笛を吹いている。
祐麒が不在の間、小林やアリスあたりが、何かしてくれたのかもしれない。持つべきものは友人であるが、果たしてどんなことしたのか分からないので、もろ手を挙げて喜ぶというわけにもいかない。下手したら、余計に変なことになっているかもしれないのだ。
学校に到着し、下駄箱で上履きに履き替え、廊下を歩いていると僅かに周囲の雰囲気が変わった。何事かと思って前方を見てみると、景の姿が見えた。
先日のトラブルのことは本当に知れ渡っているようで、周りの生徒達は興味ありげな視線を祐麒や景に送ってくる。
微妙な緊張感を抱きつつ、ここで踵を返して逃げ出すのも無様であるので、そのまま何事もないかのように歩を進める。
やがて、景の方も祐麒に気がついたようだが、特に表情を変えることもなく歩いてくる。そうして、二人の距離は近づき、止まる。
何とも言えない空気が蔓延する。周囲の生徒達は、これからどんなことが起きるのか、興味、好奇心、不安、緊張、様々な思いを抱いて見守っている。
「福沢君」
先に口を開いたのは、景だった。
「はい」
「……この前みたいなこと、二度としないこと。今回くらいの処置で済んだのは幸運だと思いなさい。受験生なんだし、軽率な行動は控えること。いいわね」
「はい、このたびはご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした」
注意をする景、頭を下げる祐麒。
それ以上でもそれ以下でもなく、何かを期待していた生徒達は肩すかしをくらったような気になる。
そんな生徒達に目を向ける景。生徒達は、誤魔化すように動きだし、止まっていた時間が流れだす。
髪を指で梳いてから、景も動きだした。
祐麒とすれ違う。
その、刹那。
「――でも、ありがとう」
祐麒の耳にだけ届くような声で、景は言った。
思わず振り返る祐麒だが、景は背を真っ直ぐに伸ばし、何事もなかったかのように歩き去っていく。
あの日以来、景とはまともに話をしていなかったし、話した内容と言っても景に怒られ、叱られ、呆れられてばかりだった。それが今初めて、感謝の言葉を伝えられたのだ。
気のせいかもしれないが、「ありがとう」と言った時の景の顔は心持ち赤くなっていたように見受けられた。もしかして、照れていたのだろうか。そう考えていると、心が急速に熱く、明るくなっていく。
やっぱり、自分の気持ちは本物なんだなと改めて気づく。
「おいおい、何、いやらしい目をして景ちゃん先生の尻を眺めているんだよ」
「馬鹿、そんなやましいこと考えてねーっつの!」
「あいたたたっ、ちょ、お助けー」
小林の頭をヘッドロックで極める。
ああ、やっぱり景は、モロ好みだなと頭の中で思いながら。
教育実習の最終日といっても、これまでの授業と変わりなく進んでいく。ただ、行く先々のクラスで皆から惜しまれ、引きとめようとする声を聞くと、やっぱり嬉しくなる。女だからというのもあるだろうけれど、それも分かっているけれど、嬉しいものは嬉しいのだ。もしかしたら、短い実習とはいえ景の拙い授業を、本当の意味で楽しみにしてくれていた生徒だっているかもしれないし。
なんだかんだいって花寺の生徒はいい子達が多いし、あからさまな不良、ヤンキーといった男の子もいなく、やりづらくはなかった。まあ、たまにセクハラ的発言が出ることはあったが、許容範囲としておこう。
祐麒とのトラブルの件もあって生徒達の視線も気にはなるが、さすがに三日間も経てばある程度鎮静化した。裏では、何やら祐麒の某友人が動いていたという噂もあるが、確証もないので置いておく。景としては、波風立てず、生徒達の勝手な噂は聞き流し、大人の対応をとればいいだけなのだ。
すぐに学院を去る身、生徒達だって、しばらくすれば忘れてしまうだろうから。
景が反応しなければ、生徒も飽きる。最終日となった今日では、朝こそ思いがけず祐麒と顔を合わせて妙な緊張感が漂ったが、以降は何事もないし、授業中も変なことを言われたりはしなかった。
そうして、最後の授業を無難に終える。安堵感に包まれ気が抜けそうになるが、まだ終わりではない。
何でもこの後、体育館で最後のセレモニーがあるらしい。といっても、簡単な挨拶をするくらいなのだが。
一旦、職員室に戻って準備をして、体育館へと向かう。
セレモニーというには簡素なもので、朝礼が夕方に移されただけのような感じ。校長先生からの有り難い言葉を聞いた後、各教育実習生からの挨拶。景は、おそらく意図的に最後にまわされていた。
言うことは既に考えている。特に趣向を凝らしたり、受けを狙ったりするようなものではなく、無難な挨拶だ。皆が何を期待しているかは分からないが、景はそういうキャラクターなのだ。
拍手が起きる。
いつの間にか前の実習生の挨拶が終わっていて、景の番になった。下がった実習生と入れ換わるようにして、前に出てマイクを手に取る。
「――皆さん、こんにちは。花寺学院での教育実習が始まったのが三週間前、本当にあっという間に――」
平凡な挨拶。
もちろん、色々と思うことがないわけではない。苦労したし、思い通りにいかないことばかりだった。そんな中で生徒達と触れ合い、仲良くなったり、親しまれたり、交流をしてきた。景の授業で、分からない所が分かるようになったと言われた時は、心から嬉しくなった。男子校での実習なんて不安ばかりだったけれど、振り返ってみれば充実した期間だった。
家を追い出されたのは想定外だったけれど――
「……それでは、在校生より感謝の花束の贈呈です」
無難に挨拶を終えた後は、花束贈呈。いつもは実施されていないようだが、今年は女である景がいるということで催されることになったらしい。
「……お疲れさまでした」
「どうも、ありがとう」
その花束贈呈者が祐麒だというのが、これまた在校生側の意思を感じさせる。停学明けの元生徒会長にやらせることでは、普通はないだろうに。
何らかのアクションを期待されているのかもしれないが、祐麒も景もお互いに分かっているので、淡々とこなす。
そして、景が花束を受け取った直後。
体育館中に大音響が響き渡った。
舞い上がる紙吹雪、紙テープ、怒涛のような歓声。
何事かと思い目の前の祐麒を見ると、祐麒も何も知らなかったのか目を丸くして驚き立ち尽くしている。
「いよっ、ご両人!!」
「お、俺の景ちゃんをーーっ! 生徒会長、ぶっ殺ス!!」
「結婚式には呼んでくれよー!」
「くっ、生徒会長はボクが狙っていたのにーーっ」
「学校内でって、ちょっとハメ過ぎ、もと羽目外しすぎじゃねーの!?」
冷やかしだったり、怒号だったり、なんか聞きたくないような台詞だったり、とにかく様々な声が壇上の二人に投げかけられる。
更に、横断幕のようなものが勢いよく開かれる。
書かれていたのは。
"祝 ☆ 変態(元)生徒会長 福沢祐麒・景ちゃん先生 ご婚約! "
なんて文字。
「こ、こらっ、お前たち静かにしろっ!」
「やめろ、やめんかっ」
どうやら生徒達によって大々的に仕組まれたようで、教師たちも戸惑い、騒ぎを止めようとしているものの効果はあがっていない。
そんな中、新聞部の生徒らしき男子が壇上に飛び上がってきて、マイクを突き付けてきた。
「告白の言葉はなんでしたか? 教育実習が終わったら婚前旅行に行くと聞きましたがどちらへ? 福沢さんのどんなところに惹かれたんですか?」
矢継ぎ早に質問を投げかけてくる。
想定外の事態に、景の脳内は一時的にショートした。
「な、わ、私と祐麒君は、そ、そんな仲じゃあないからっ」
マイクを通して、景の声が体育館内に響く。景の白い肌は、薄いピンク色に染まっている。生徒達に見せる、珍しく狼狽した姿。
騒がしかった館内が、景の声を聞いて静かになる。
「……え、何、景ちゃんの反応」
「今の台詞って、何か、マジっぽくない?」
「てか、景ちゃん先生、生徒会長のこと 『祐麒君』 って呼んだ、よな?」
「え、え、もしかして二人って、マジだったとか!?」
途端に、ざわめきが大きくなるが、その質は先ほどまでとは異なるものだった。
「あ、え、ちち違っ、違いますっ。祐麒君とは別に、あ、福沢君とは」
言い訳しようとして、墓穴を掘る景。
喧騒の中、景は救いを求めるように祐麒を見る。
祐麒は、諦めたように大きく息を吐き出した後、新聞部の生徒からマイクを奪い取って叫んだ。
「――先生のお尻の具合は、最高だった!!」
と。
ついでに高く掲げられる右手。指は、何かを掴むかのような形をして、何かを揉むかのような動きを見せている。
またもや静寂に包まれる体育館。
そんな中、顔を真っ赤にして打ち震える景。
「な、な、な……」
ぷるぷると震えながら、祐麒を凝視する。
なんか、とんでもないことを言いやがりましたよ、この男子。子狸みたいな顔をして、なんとまあ、非常識なことを。自分の発言の内容を分かっているのだろうか、今の発言ではまるで、景と祐麒が、お尻で、その、ナニかしちゃったみたいに聞こえるではないか。
だからかほら、生徒はもちろん、教師達まで景の方を唖然と、あるいは妙な顔つきで見つめてきている。
頭の中が真っ白になる。
どうすればよいのか。
ああそうだ、こういうときは。
「なっ、何を言い出すのよこのヘンタイーーーーーーっ!?」
景の悲鳴ともつかぬ叫びとともに、大きく振りあげられる景の腕。
次の瞬間、マイクを通して。
何とも小気味よい音が、今までのどんな大声、叫びよりも大きく、体育館内に轟き渡ったのであった。