人と群れるのは苦手だった。
いつも、どこか他人と違うような気がしていた。
多くの人と一緒にいても、自分だけが同じ人間じゃないと思えることが多々あり、居心地が悪くなる。
だから、集団行動は苦手だ。
だけど、一人でいるのは寂しかった。
幼い頃はそんなことなかった。
いつからだろう、群れるの嫌いだけど、一人きりでずっといるのもイヤ。でも、だからといって誰かに「一緒にいてほしい」なんていうことも出来ない。
我ながら面倒臭い性格だと思うけれど、変えられないのだから仕方ない。
幸い、群れるのは苦手でも、人と接すること自体は苦手ではなかった。もちろん、誰でも良いというわけではないけれど、通っていたリリアンは素直な子が多いから、あまり裏を考えたりしなくてもよくて、言葉は悪いけれど「適当に」演じていれば良かった。
特に最上級生の高校三年生の後半は色々と楽しむことが出来た。
ちょっと軽薄だけど、でも頼れる先輩、なんてのを演じることになるなんて昔の自分からは考えもつかなかった。
そうして義務教育を終えて大学に入り、18年間の人生を経て処世術も上手くなり、大学生活もそれなりにやってこられた。
だと、いうのに。
「はぁ……あ」
情けない声と共に吐き出される息はほの白く、でもすぐに薄まって空気に溶けて消えてゆく。
寒さには強い方だと自認しているが、好きなわけじゃあない。
年の瀬も迫ってきたこの週、冷え込みが一気にレベルアップして首都圏を襲ってきて、ダウンを着ていても寒さが身にしみてくるようだった。
自然と歩みも速くなるが、だからといって家に早く帰りたいわけでもない。
大学入学とともに一人暮らしを始めた部屋は気に入っているけれど、嫌でも一人でいることを意識させられてしまう。
普段はそんなセンチな気持ちにならないけれど、この時期、この日は駄目だった。
もう大丈夫、昨年は大丈夫だったしと思っていたけれど、その時は実家だったし仲間達もいた。
でも、今は――
鍵をさしてドアを開け、暗く冷え切った部屋に入る。
電気は点けない。
明るく照らし出された室内に一人だということを、嫌でも見せつけられてしまうから。
こんなことなら、誘われていた合コンにでもついていった方がマシだったか。いや、逆にもっと精神的にはキツイ状態になっていたかもしれないと思い直し、これで良かったんだと自分を納得させる。
ダウンも脱がず、ベッドの上で膝を抱え背中を丸めて座る。
大丈夫、耐えられる。
あと、一日くらい。
膝に顔を埋めるようにして丸まったままどれくらい経っただろうか。
もしかしたら少し寝てしまっていたのかもしれない。
意識が戻ったのは、玄関の扉が開く音が耳に届いたから。
鍵をかけ忘れた?
いや、鍵を開ける音もしていたから、鍵を開けて入って来たのだ。
ということは。
部屋に明かりが灯され、眩しさに思わず目をすぼめる。
勝手に部屋に上がり込んできた相手はベッドの上で小さく丸まっている聖をちらりと見ただけで何も言わず、コートを脱ぎ、小さなハロゲンヒーターをベッドの脇に置いてスイッチを入れる。
すぐに暖かな空気が感じられるようになる。
「ダウンくらい脱いだら?」
言われてようやくダウンを脱ぐ。
ひんやりと寒いけれど、ハロゲンヒーターの熱のお蔭で耐えられなくはない。
「よいしょ」
彼女は勝手にベッドの上に乗ると、聖の背にもたれかかってきた。
「……あの、ちょっと」
「どうせじっとして動かないんだから、座椅子の背もたれ代わりになってよ」
酷い言われようだと思ったが、特に言い返すことも出来ず黙っている。
彼女は本を取り出すと、更に聖にぐっと体重を乗せてきて読書を開始した。
テレビもない。
音楽もない。
住宅街にあるマンションだから外も静かなものである。
しんと冷えた室内、体の側面に感じるヒーターの熱と、背中から伝わってくるあたたかさが心地よい。
静まり返った部屋の中、二人の呼吸と、時折ページをめくる音だけがやけに大きく響いて聞こえる。
「……今日、バイトじゃなかったの?」
「行ったわよ。でも、誰かさんが寂しくて泣いているから」
「な、泣いてなんかいないし」
「そう?」
軽く首を傾げる仕種。
それ以上は追及してこず、彼女は再び読書に没頭する。
放置されているのに、背中に感じる温もりがあるから寂しさを感じさせなかった。
二人でいるのに一人でいるような、そうじゃないような、言葉に言い表せない安心感みたいなものが不思議とあった。
また、無言の時が進む。
やがて、彼女が本に栞を挟んで脇に置いた。
背中から熱が離れていくのに後を引かれ振り向きたくなったが、我慢する。
でも振り向かなくても、後ろから肩越しに腕を回されて頬を撫でられた。
そして肩の上に顎を載せられ、耳元で囁くような声が届く。
「……誕生日なんでしょう?」
「なんで、そのことを」
教えていないはずだった。
「貴女の素敵な友人から」
脳裏に浮かんだのは二人の顔。
果たしてどちらか。
「……それでわざわざ、来てくれたの?」
「馬鹿ね、自惚れないで」
吐き出された息が耳をかすめ、体が自然と震える。
「街はみんなクリスマスで浮かれて、カップルがイチャイチャしているのがいやでも目に入る。聖なる夜とか言っているけれど、この後にする行為はとても淫らなことなのにね」
「凄い、偏見じゃない?」
「偏見じゃないわよ……だって、事実だから」
そう言った彼女が聖の耳朶を唇で食み、指先で鎖骨をなぞってきた。
「今、私、物凄く性欲が高まっているから」
「ちょ、景さん、そ」
そんなキャラだっけ?
問おうとしたが、それ以上言えなかった。
ぬるりとした生温かいモノが耳の穴の中に侵入してきて、何も言えなくなったから。
「誕生日おめでとう、聖さん」
「こ、この体勢で言われても……」
「ふふ、誕生日の間のこれからの23時間59分、たっぷりご奉仕してあげるから」
時計に目を向ければ、ちょうど午前零時をまわったところだった。
「え、ちょ、それって私よりも景さんの方が楽しんでいるだけじゃ……」
「大丈夫」
「大丈夫って、何がっ……」
「…………何も考えられなくしてあげるから」
その一言に。
彼女に対して過去のことなんて何も伝えていないけれど、それでも聖の心の奥にある暗い靄のようなものを感じ取ってくれているのだと分かった。
だから、聖は。
景に身を委ねた。
「……星明りが眩しい」
虚ろな瞳で窓の外に光る星を見つめていた。
「どうしたの?」
上半身を起こして白い肌に星の光りを反射させながら景が見下ろしてきた。
「どうしたの……じゃないわよ、まさか本当に23時間もぶっつづけで……」
「そんなことないでしょ、途中で貴女がどうしてもっていうから小休止を」
「あ、やめて、思い出させないで」
聖は腕で顔を隠して首を振る。
途中で限界に達した聖は休ませてほしいと懇願したのだが、対して景は「そんなに休ませてほしいなら相応のことをしてもらわないとね」などとぬけぬけとのたまった。
しかし抵抗する気力も体力もなかった聖は、景の要求に従ってとんでもない痴態を見せてしまったのだ。
どんなことかは、思い出したくもなかった。
「可愛かったわよ?」
「やーめーてー」
嬉しそうに聖の髪の毛を撫でてくる景。
そして、顔を寄せてくる。
「ねえ、聖さん?」
「……ナンデショウ、景さん」
しかし景は何も言わずにそっと顔を離していく。
景の手が、聖のわき腹を撫でる。
そのまま楽器を奏でるように動き、指先でお臍を弄ってくる。
景は指の動きを止めること無く、意地悪そうな笑みを浮かべた。
そして、口を開く。
「……なんでもない」
そんな景との距離感が、聖には堪らなく愛しいと思えるのであった。
おしまい