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ノーマルCP マリア様がみてる 乃梨子

【マリみてSS(乃梨子×祐麒)】騙されたりなんかしない

更新日:

~ 騙されたりなんかしない ~

 

 

 しばらく前から、誰かに見られているような気がしていた。一時期、そんな気配も消えたように思えたのだが、ここのところまた復活しているように思える。単に気のせいかもしれないけれど、やはり良い気はしない。
 小林などにこの話をしたら、「単なる自意識過剰じゃないの?」と、何とも言えない苦笑いで見られ、アリスに言ったら、「さすがユキチ、もてもてだね。学校内でも、ユキチのこと、可愛いって言っている人多いし、分かるかも、その気持ち」と、あまり嬉しくないことを教えられた。
「まあ、あまり気にしすぎても仕方ないか」
 自分に言い聞かせるように呟く。
 今はそれよりも重要なことがある。次の週末に親戚が家に遊びに来るのだが、その中に女の子(小学校低学年)がいて、丁度、誕生日を迎えるのだ。そのため、誕生日プレゼントをあげようと、買い物に出てきているのだ。
 とはいうものの、失敗したとも思う。
 祐巳とはそれぞれ別々な物を購入しよう、ということを事前に話したのだが、いざプレゼントを買おうとすると、今時の小さい女の子が何を欲しがるのか、さっぱりわからないのだ。
 世の中、小学生とはいえ随分と精神年齢も上がっているというか、ませてきているというか、おしゃれしたり携帯電話を持っていたり、自分自身が子供のころとはかなり異なってきている。
 訪れてくる子は普通の女の子だったと思うが、前にあったのは一年以上昔のことで、どうなっているか分からない。ぬいぐるみなんかで喜んでくれるだろうか。
「ちくしょう、祐巳のやつ、少しくらい頼らせてくれてもいいじゃないかよなー」
 仕方なく、祐巳に何が良いか教えを請いに行ったのだが。
『やっぱり祐麒が自分で選んだプレゼントがいいよ。ほら、未凪ちゃん、祐麒に随分と懐いていたし、大好きなお兄ちゃんが選んでくれるプレゼントが一番嬉しいに決まっているし』
 なんて、もっともらしいことを言って、結局のところヒントもくれなかった。
 来週には未凪がやってくるわけで、プレゼントを買うとしたら今日しかない。学校帰りというのもあるが、ゆっくり選ぶ時間はないだろうから。
「とはいうものの、本当に困ったなー。小林や高田に聞いたところでアテにならないだろうし、アリスは風邪でダウン中だし」
 幾つかデパートを覗いてみたものの、色々なものに目移りし、その割にはどれが最も良いのか判断がつかず、髪の毛をかきむしる。
「どーするかなぁ」
 適当に濁すか、それとも店員さんのお薦めでいくか、あるいは……と、迷っている中で一つの案が頭の中で閃く。
 携帯電話を取り出し、電話帳を検索して『二条乃梨子』の名前のところで止める。携帯電話の中に登録されている、唯一の女子の名前。
「そうだそうだ、二条さんがいるじゃん。駄目元で訊いてみるか」
 乃梨子はどうも祐麒に対してツンケンしているので断られるかもしれないが、聞いてみて損はない。素早くメールを打って送信する。

『こんにちは。突然だけど、今から出てこられませんか? 買い物に付き合って欲しいんだけど』

「――と、電話の方が良かったかな?」
 送信した後で、気がつく。
 メールだと、見るのが遅れると返信がいつ来るか分からない。携帯電話と離れた場所にいたり、どこか置き忘れていたりしていれば、つかまえようもなく時間を無駄にしてしまう。返信をただ待つのも時間の無駄になってしまうし、ここは直接話をしようと、しまいかけた電話を再び目の前にかざす。
「とはいえ、電話ってのは、さすがに緊張するなぁ」
 何しろ、相手は女の子である。
「まあ、迷っている場合じゃないか……っと、メールか」
 電話の前に、メールを受信したので確認してみると、送信者の欄には『二条乃梨子』の名前が。
「早っ、って、この場合は丁度よいのか」
 タイミングが良かったのだろう。さて、返答はどうかとメールを確認してみる。

『は? なんですかいきなり一体。なんで私が一緒に買い物に?』

『あー、無理ならいいんだ。ごめん』

 機嫌の悪そうな返信を見て、諦めと謝りのメールを送信すると、三十秒もしないうちに乃梨子からまたメールが飛んでくる。

『別に無理なんて言ってないでしょうが、馬鹿ですか?』

『じゃあ、OKってこと?』

『OKとも言っていません。で、一体どういう風のふきまわしで?』

『いや、先に言った通り、買い物に行って欲しいんだけど』

『そうですね、私も暇ではないので。でも、どうしてもというのであれば考えないこともありませんが』

『忙しいなら無理にとは』
 というメールを送った直後、話がループしていると思い、なんだか面倒くさくなって直接電話をかけることにした。
 呼び出し音がしばし鳴った後、電話がつながる。
『なにゃっ!?』
「……なにゃ?」
『……コホンっ。な、なんでいきなり電話なんですか』
「いや、メールだとなんだか埒があかなかったんで。それで、どうかな?」
『ど、どどっ、どうって言われても、そんな、なんでいきなり』
「いや、だから無理なら無理って言ってくれれば」
『無理、とは言っていませんけど、ってか、行って欲しいんですか、それとも欲しくないんですかっ?』
「そりゃもちろん、一緒に行って欲しいけど」
『ど、どうしても、ですか?』
「え? ああうん、そうだね、どうしても」
『…………』
 なぜか黙り込む、受話器の向こう側。
「ええっと、二条、さん?」
『……ま、まあ、そこまでどうしてもと言うのであれば、付き合ってあげないこともないですけれど。ちょ、ちょうど私も駅前まで出てきているので、ついでといってはなんですけれど』
「あ、マジで? 俺もちょうど駅前に来ているんだ、えっと、どの辺?」
『いいいやっ、あの、私、小用をすませる必要があるので、三……四十分ほど、待ってもらえますかっ!?』
「ああ、うん、それくらい構わないけれど、今どの辺りに」
『うっ……さいですね、とにかく、また連絡しますからっ、それまでその辺でもうろついていてください、ではっ』
 まくしたてるように言うと、乃梨子は通話を切った。
 良く分からないが、とりあえず買い物に付き合ってくれるようで、胸を撫で下ろす。女の子であるし、そう大きな間違いにはならないだろう。
 少しだけ気分が楽になる祐麒であった。

 

 近くのゲームセンターで時間を潰しているうちにメールが入り、駅前へと戻る。四十分といっていたが、結局は一時間以上が過ぎていた。まあ、乃梨子の方も用事があったようだから、それが少し長引いたのであろう。お願いをしている身としては、文句は言えない。
「ええと、お待たせしました」
「急にごめんね、二条さん」
「本当ですよ、なんでこんないきなり、当日とか」
 ぶつぶつと文句を言う乃梨子の頬は、わずかに赤い。宣言した時間より遅くなったから、急いで来てくれたのかもしれなかった。
 今日の乃梨子は七分袖と長袖のTシャツを重ね着した上に、ショート丈のジャケットというスタイル。ベージュ系のシャツにネイビーのジャケットという組み合わせが、引き締まった感じを見せる。ボトムスはレース使いの巻きスカートで、こちらはストライプ柄。
 じろじろと乃梨子のことを見ていると、睨まれた。
「なっ、なんですか、人のことをじろじろと見て」
「ん? いやー、お洒落だなーと思って」
「はぁ? べべ、別に、わざわざお洒落してきたわけじゃないありません!」
「ええっ、なんで怒るのさ!?」
「怒ってなんていません。そんなことより、早く行きましょうよ。買い物でしたっけ、何を買いに行くんですか?」
「そうそう、プレゼントを買いたいんだ」
「ぷ……プレゼント、ですか。なんの」
「誕生日の、なんだけど」
「え、誕生日? でも、私の誕生日は……」
「女の子へのプレゼントって、何を買っていいか分からなくてさ、それで申し訳ないんだけれど二条さんの意見を参考にしたくって」
「……?? あの、プレゼントって」
「来週さ、誕生日を迎える女の子にプレゼントを贈るつもりなんだけど、迷うばかりで決まらなくて困っていて」
「つまり……その、その女の人へのプレゼント選びに、私を呼び出した、と?」
「そうだけど」
 言った次の瞬間、何かが「ぷつん」と切れた音を耳にしたような気がした。だが、実際に聞いたのは、乾いた破裂音のようなもの。
 ちょっと遅れて、頬に痛みがはしる。
 乃梨子に、引っ叩かれたのだ。
「はあっ!? な、なんでいきなり叩かれなくちゃいけないんだよっ」
「ばっ、馬鹿にしないでよっ、なんで私がそんなのに協力しなくちゃいけないのよっ!? くだらない、私はもう帰りますっ」
 くるりと背を向け、歩き出す乃梨子。
 何が何だか分からないが、とりあえず追いかけなければと思う祐麒。頬を抑えつつ、「ちょっと、二条さん」と肩をいからせている乃梨子に声をかけ、一歩足を踏み出したところで。
「あ、あのっ、これ落としましたよっ」
 後ろから声をかけられ、動きを止める。振り返ってみると、一人の女の子が祐麒の携帯電話を手にして立っていた。どうやら、乃梨子に叩かれた際に落としてしまったらしい。
「どうも、ありがとうございます……あれ?」
 受け取りながら女の子の顔を見て、ふと不思議な思いにとらわれる。どこかで会ったことがあるような気がするのだ。
 さらさらストレートのロングヘアーに、どこか儚さを感じさせる気弱そうな表情、そして大人しそうな雰囲気とは反比例している立派に盛り上がったバスト。同世代の女の子の知り合いなんて数えるほどしかいないので、友人知人であればすぐに思い出せるはずなのだが。
「あの、失礼ですけれどどこかで会ったことありませんでしたっけ――あ痛ッ!?」
 不意に後頭部を殴打され、首がカクンと前のめりに。
「ちょっと、追いかけてくるんじゃなかったんですか!? 何、ナンパなんかしていやがりますか、いやらしいっ」
「えっ、あっ、お?」
 殴られた部分をさすりつつ、今度こそ去っていく乃梨子と、携帯を拾ってくれた女の子を交互に見て。
「あっとゴメン、俺、行かないと。これ、ありがとうっ」
 女の子にもう一度お礼をして、乃梨子を追いかける。
 ずんずんと歩いていく乃梨子だが、ブーツのせいか、あまり速度は速くなく、たやすく追いつくことが出来た。
「二条さん、どうして突然、怒りだしたの?」
 横につきながら、尋ねる。
「別に、怒ってなんかいません。私なんかに構っているより、さっさと彼女さんのためのプレゼント選びでもした方がいいんじゃないですか?」
「だから、それを手伝ってもらいたくて。俺じゃ良く分からなくて」
「私だって、そんなん分かりませんっての!」
「でも、俺よりマシだって。何せ小学生の女の子だよ?」
「小学生だろうがなんだろうが、好きなものプレゼントすればいいじゃないですかっ……て、小学生?」
 そこで、乃梨子が足を止める。
 眉をひそめ、問いかけるような目で祐麒を見る。
「……祐麒さんって、ロリコン?」
「は、何言ってんの? 親戚の女の子が遊びに来るんだけど、誕生日だからプレゼントをするんだよ」
「…………っっ!!?」
 なぜか、乃梨子の顔が爆発的に赤くなった。
「え、じゃ、その、女の子、がっ、小学、せいっ!?」
「そうだけど、それがどうかし――ぶはぁっ!?」
 全てを言いきる前に、乃梨子の肘が鳩尾に入った。思わず、しゃがみこむ。
「そーいうことは、早く言ってくださいよっ!?」
 両手で顔を抑えながら、なぜか乃梨子もしゃがみこむ。
「あああっ、もうっ……」
「どうしたの、二条さん。情緒不安定?」
「あ・ん・た・が、言うかぁっ!!」
「おぶぅっ!!!」
 立ち上がった乃梨子の膝が入り、祐麒は無様に道路に転がった。

 

 ひと悶着の後は、どうにか無難に買い物を済ませることが出来た。ところどころで乃梨子と衝突をしつつも、プレゼントに関しては真面目に考え、意見をくれたので、満足いく物を購入できた。これで喜んでもらえなかったとしたら、もう諦めるしかない。
「今日は本当に助かったよ、ありがとう」
「ま、それくらい感謝はされても、罰はあたりませんよね」
 素直にお礼を言ったのに、乃梨子はなぜか上から目線。突然の呼び出しで付き合ってもらったのだから、文句はないが。
 時刻はすでに夕暮れ時、街はオレンジ色に染まり、明日から始まる生活に向けて帰宅の途につく人の姿も目立ち始める。祐麒と乃梨子も、それぞれの家に向かうために、駅方面へと歩いている。
「まったく、祐麒さんがあれほどまで優柔不断だとは、思いませんでした」
「し、仕方ないだろ、小学生の女の子なんて、何をプレゼントすれば良いか、本当に分からないんだから」
「だからって、あの悩んだ顔、思い出すだけで……ぷっ」
「なっ、何を笑っているんだよっ? そんな変な顔はしていないだろ」
「いやぁ、どうでしょうねぇ。本人が思っているより、周囲から見ると……ねぇ?」
「くそっ、なんだよなんだよっ、思わせぶりなことばかり言いやがってっ」
 すました顔をしているようで、微妙に笑みを見せつけてきている乃梨子。なんだか馬鹿にされているみたいで悔しくなるが、今日ばかりは強く言い返すこともできずに口ごもる。そんな祐麒を見て、乃梨子も満足そうにしている。後輩のくせに、こういうところが生意気だなぁと思いつつも、そこまで悪い気はしない。
「ふふん、いいですね、その悔しそうな表情。わざわざ出てきてあげたんですから、それくらいのものは見せてくれないと」
「あーはいはい、ちくしょうめ」
 人のことをいじるときは、本当に楽しそうにするなと思いつつ、ふと違和感を覚える。
「……あれ? わざわざ出て来たって、元々駅前まで来ていたんじゃなかったっけ?」
「ふぇっ? え、あっ、そそ、そうですよ、もちろんっ。だ、だから、用事を終えてからわざわざ来てあげたってことですよ、ええ、はい」
「あぁ、そっか、何か用事があるっつってたもんね。そっちは大丈夫だった? なんか、少し時間がかかっていたみたいだったけど」
「え、ええ、まあ」
「ちなみに、何の用事だったの?」
「ふえっ!? え、あ、いや、えとそれは別に大した用事では」
「えー、何、教えてくれてもいいじゃん、大したことじゃないなら」
「あうあぅ、そそそれは、えーと」
「何々?」
「あ~~っ、う~~っ、う、うるさーーーーいっ!!」
「何故にっ!? 理不尽っ!!!」
 なぜか、乃梨子に殴られた。
 本気の力ではないし、プライベートに踏み込んでしまったのは祐麒の方なので、これまた文句を言う筋合いはないのだが。
「……あぁもうっ、だからこの人は……っ」
 拗ねたように、何かぶつぶつ呟いている乃梨子。
 しまったかなと思いつつ、駅に到着したのでそのまま改札を通る。
 乃梨子とは行き先が違うので、ここで別れることになる。
「それじゃあ、これで失礼します」
 頭を下げ、去ろうとする乃梨子に、慌てて声をかける。
「は? まだ、何か用でも――って、これは?」
 振り向いた乃梨子に、鞄から取り出したものを差し出す。
「今日、付き合ってくれたお礼」

「…………え?」

 きょとん、とした顔をして、手の平の上に乗っかった小箱を見つめる乃梨子。
「大したもんじゃないんで、期待はしないで」
「え、いつの間に、こんなものを」
「二条さんが御不浄に行っている間に」
「なっ……いや、ちょっと、こんなの困ります!」
 顔を赤くしながら付き返そうとする乃梨子だが、その手を押し返す祐麒。思っていた以上に小さな手、指に触れると、乃梨子がびくっと体を震わせた。
「ホント、気にするようなもんじゃないから。あっと、俺、電車来るからこれで」
「あ、あっ、ちょっと」
 乃梨子の声を背に受けながら、ホームに向かって駆けだす。
「ゆっ、祐麒さんっ」
 少し大きめの乃梨子の声を受けて、振り返る。電車がホームに入って来るアナウンスが聞こえてくる。あまり、時間はない。
 手の中の小箱を見て、顔を上げて、そして乃梨子は。

「……こっ、こんなんで私、買収なんかされないんですからねっ」

 あくまで憎まれ口。
 乃梨子らしいと思った、次の瞬間。
「――――」
 ぱくぱくと動いた、乃梨子の口。
 だけど、電車の音やアナウンスの声にかき消されて、届かなかった。

 軽く手を振り、祐麒はホームへと駆けこんでいく。
 後には、小箱を手にした乃梨子だけが残される。その小箱を目の高にまで掲げ、軽く首を傾けて乃梨子は。
「……ふん、何よ、こんなもん」
 小さく呟いて。
 今日、おろしたばかりの新品のジャケットのポケットに無造作に突っ込んで、口を尖らせるのであった。

 

 

おしまい

 

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