やはり、誰かに見られているのではないだろうか。自意識過剰だと言われようがなんだろうが、そう思えるのだから仕方がない。
学校から帰るとき、あるいは休みの日に外出した時、どこからか視線を感じる気がするのだ。
ただ、色々と気にして注意してもいるのだが、怪しい人物を見つけることも出来ず、祐麒としては少し苛々する日を過ごすしかなかった。
しかし、そんな日々にも突然、終止符がうたれるときがくる。
学校からの帰宅途中、本屋に立ち寄って前から欲しかった本がようやく入荷したので購入し、さっさと帰って読もうと気分よくバスに向かうところで、声を掛けられたのだ。
「あ、あの、申し訳ありません」
初めは、自分に対する声だとは思わず、止まることなく歩き続けたのだが、続けて「ふ、福沢さん」と名前を呼ばれたので、そこでようやく立ち止まって振り返る。
そこに立っていたのは、祐麒と同い年くらいの少女だった。名前を呼ばれたからには、祐麒のことを知っているのだろうが、ぱっと思い出すことが出来ない。確かに、どこかで顔をあわせたような記憶はあるのだが。
「も、申し訳ありません、突然、呼び止めてしまいまして」
少女は落ち着かない様子で長い髪の毛をいじっている。
「いえ、それは、別に」
「いきなり声を掛けさせていただいたのはですね、あの、福沢さんを見かけまして、改めて先日のお礼を伝えたくて」
「あ、ちょ、ちょっと待ってください」
「はい……あ、もしかして、私のこと」
「いや、その、えっと」
慌てる。
確かに、絶対に見かけたことがあるのだ。今は制服に身を包んでいるから分かりづらいのかもしれない。ということは、以前会った時は私服だったということか。女の子と知り合う機会など、さほど多くない。きっと、思い出せるはず。
「あ、気にしないでください。一度、ちょっと助けられただけですから。夏に、私が男性に絡まれている時に……」
「――――ああ!!」
少女の言葉に、ようやく思い出した。
それは今年の夏、生徒会のメンバー達と避暑地に遊びに行ったときの話だ。避暑地の繁華街で、質の悪そうな男たちに絡まれている女の子を助けたことがあったのだが、その時の少女だ。
名前は――
「改めて、西園寺ゆかりと申します」
「そう、西園寺さん」
お嬢様っぽい名前だなと思ったものである。
しかし、衣装と髪型が変わり、あの時は薄く化粧もしていたのかもしれないが、顔の雰囲気も微妙に異なるような気がして、全く気が付けなかった。
「ご、ごめん、とっとと思い出せなくて」
「いえ、いいんです、思い出していただけたなら」
男たちから助けた後、怯えて不安がっているゆかりにソフトクリームをご馳走までしてあげたというのに、本人から言われるまで気が付かなかった。
「本当はもっと早くにきちんとお礼に伺うべきだったのですが、連絡先を聞いていませんでしたので」
「そんな、お礼なんていいのに」
「そういうわけにもいきません……あ、と、でもどうしましょう。今日はこの後、用事がありまして……」
「俺のことは気にしないでいいですよ。あと、お礼とかも特に、もう十分なんで。それじゃあ」
と、急ぎの用事があるならこれ以上話すのは悪いだろうし、助けたといっても大それたことをしたわけではないので、お礼を言ってくれただけで祐麒としては他に臨むことなどない。
軽く会釈をしてその場を立ち去ろうとして。
「ちょ、ちょちょちょっ、ちょっと待ってください!」
慌てた様子のゆかりに呼び止められた。
「えーと、まだ何か?」
「こ、今度、改めてお礼をしたいと思いますので、も、も、もしよろしければ、連絡先を教えていただけないでしょうか……?」
最後の方は、なぜか消え入るような小さな声になっていた。
「本当に、そんなに気にしなくていいんですけれど」
「福沢さんが気にされなくても、私が、いえ、私の両親も、助けていただいてお礼もしないのは西園寺家の恥だと申してまして、どうか、私を助けると思って、お願いします」
一気に言うと、ゆかりは赤い顔をしながら深々と頭を下げてお願いしてきた。
「そんな、大げさな。まあ、それくらいならいいですけど」
「ほ、本当ですかっ!? ありがとうございますっ!」
顔をあげ、嬉々として携帯電話を取り出すゆかりと赤外線通信で連絡先を交換する。ゆかりは液晶画面を見つめて、ほんのりと微笑んでいるように見える。
「そ、そ、それでは、また改めてご連絡差し上げますので」
「はぁ、分かりました」
やはり、良いところのお嬢様なのだろう。あれくらいで家の恥だなんて言うくらいだし、言葉づかいもどことなく雰囲気がある。
ぺこぺこと頭を下げ、ゆかりは去って行った。
ゆかりと再会してからしばらく経った、ある休日、祐麒はいそいそと駅前へと出張ってきていた。
目的地が近づくにつれ、自然と首を左右に振る回数が増え、つい相手を探してしまう。
「――遅いですよ」
「っと、ごめん、二条さん」
待ち合わせの相手は、乃梨子だった。
なぜ休日に乃梨子と待ち合わせをしているのか。もしやデートか、などと簡単に思ってはいけない。とにかく乃梨子と祐麒はやたらとお互いに衝突しあう。とゆうか、乃梨子の方が一方的に祐麒に突っかかってくることが多い。そんなに嫌われているのかと思うが、それなりに話はするし、そこまで嫌がっているというわけでもないらしい。本当に嫌なら、そもそも祐麒と接しないようにすればよいのだから。
で、なぜ二人で待ち合わせているのかという話だったが、祐麒には祐巳から今日の話はきている。
リリアンの学園祭で実施した劇も非常に好評の中で終わり、感謝と慰労の意味を込めて、両校の生徒会メンバーで打ち上げでもしないかという話になった。学園祭ではリリアン側がホストであり、花寺はお客様であり協力者でもあるから、諸々の準備はリリアン側でとり行うことになった。
リリアンメンバーの中で唯一の一年生である乃梨子は、当然のように幾つかの役割が割り振られたが、その中で会場の準備というものもあった。
そんな中で、祐巳から言われたのだ。どこを会場として打ち上げを行うか乃梨子が困っているので、一緒に場所の下見をして選んできてくれないかと。お客様側の要望も聞き入れた方が良いだろうし、協力してくれと。
そんなの、ごく普通のカラオケでいいじゃないかと祐麒は言ったのだが、場所によっては狭かったり、汚かったりするかもしれない。また、料理や飲み物の充実度、料金なども考えなくてはいけないし、割引も活用したい。その辺の細かいサービスの違いは、同じ系列の店でも店舗が異なれば変わってくる。だから、実際に目で見て、足を使って探すのが一番良いのだと祐巳は力説してきた。
また、他の花寺メンバーに頼むのは申し訳ないが、祐麒なら祐巳の実弟であり頼みやすいという事情もあったらしく、祐麒に白羽の矢が立ったとのこと。
そこまで言われては、一方的に拒否することもできず、こうして乃梨子につきあって場所探しを行うことになったのだ。
「どこか当てはあるの?」
「基本的にカラオケでいいと思うんですけれど……リリアンってやっぱりお嬢様学校なんですかね。わざわざカラオケの部屋くらいで事前調査というか、リサーチをさせてからではないと行けないなんていうのは」
「そうなのかなぁ」
「それ以外に、何かあると?」
断言はできないのだが、どうも意図的なものを感じてしまうのだ。普通こういうとき、同学年同士の方が気楽なものではなかろうか。もっとも、乃梨子であれば祐麒に対して遠慮するどころか、容赦ないくらいだから丁度良いのかもしれないが。
「それじゃあ、少し見て回ろうか」
「あ、祐麒さん、その前に、あの」
歩き出したところを呼び止められ、何かと乃梨子を見てみると。
「こ、この前は、どうもありがとうございました」
なぜか悔しそうな顔をしながらお礼を言ってくる乃梨子に、首を傾げる。
「ですから、この前、買い物に行ったときに頂いた」
「ああ、別にそんな、お礼なんて」
親戚の小学生の女の子のプレゼントを選ぶのに、乃梨子につきあってもらったことがあった。お蔭で良いものが買えたので、そのお礼にと乃梨子にもプレゼントを渡したことがあったのだが。
「気に入ってくれたなら、いいんだけど」
「まあ、祐麒さんにしては頑張ったのではないでしょうか。ありがたく、机の引き出しにしまわせていただいています」
「使ってくれた方が、嬉しいんだけどな……ま、いっか。それじゃあ行こうか」
改めて歩き出す。
幾つかの店をのぞいてみて、料金の情報、料理やその他イベント関連の情報などを仕入れていく。こうして色々と見て回ると、意外と店ごとに違っているものもあることに気が付く。
おやつのメニューの一つだけ激辛が入っている『ロシアン~~』なんてのがあれば、サプライズ的演出をしてくれる店もあるし、ネタとしか思えないフードメニューがあるとか、様々であった。
「せっかくだから、どこか入らない? 外から見てまわるだけなんて、つまらないし」
「え~~、二人で、ですか?」
あからさまに嫌そうな顔をする乃梨子。
確かに、乃梨子にしてみれば何でわざわざ祐麒なんかと、という気になるのかもしれないが、祐麒からすれば女の子と遊ぶチャンスなわけでもある。乃梨子は色々と祐麒に対して手厳しいが、別に祐麒は嫌いではない。はっきりと物事を言ってくるし、自分が悪いときは素直に認めるし、なんだかんだで可愛いと思うのだ。もちろん、口に出してはそんなこと恥ずかしくてとても言えないが。
「ほら、実際に中に入ってみて分かることもあるだろうし」
「カラオケなんて、どこだって同じようなもんですよ」
「いやいや、時々さ、やたら狭い部屋とか、やたら古くて汚い部屋とかあるから」
「そういうお店は、外観からして分かるでしょう」
「それが、外観はリニューアルして綺麗だけど、中の部屋はまだなんてことも結構ね」
などと、店の外で乃梨子をどうにか説得しようとするも、簡単に頷いてはくれない。分かってはいたけれど、強敵である。
「……分かった、二条さんはカラオケ嫌い?」
「特別好きというわけではないですが、嫌いでもないです。友達とも時々、行きますし」
「じゃあ、なんでそんなに嫌がるのさ」
「だって、二人でカラオケなんて、祐麒さんえっちなことしてくるんじゃないですか」
「しないよ! ってか、人をどういう風に見ていたんだよ!?」
ここまで嫌がられると、さすがにこれ以上は無理強いにしかならないし、諦めるしかないだろうか。
「…………で、でもまあ、どうしてもと」
「――福沢様っ!!」
諦めかけた祐麒の前で何やら乃梨子がごにょごにょと言いかけた時、不意に祐麒の名を呼ぶ声が響き渡った。
驚き、振り返ってみてみると、やたらひらひらとした服を着ている女の子が祐麒に向かって手を軽く上げてみせている。
「え、と、西園寺さん?」
「はい! 覚えていてくださって、嬉しいです。西園寺ゆかりです」
ゆかりは祐麒の前まで早足でやってきて、嬉しそうにお辞儀をする。
「偶然ですね」
「はい……いえ、約束も交わしていないのにこうしてまた出会えるなんて、これはもしかしたら運命なのかもしれませんわ」
「そんな、大げさだなぁ」
「ほ、本当はご連絡差し上げたかったのですが、緊張してなかなか……」
もじもじと照れる素振りを見せるゆかり。
「連絡? ああ、だからお礼とか別に気にしないで」
「そうもいきませんわ。だって福沢様は私の大恩ある方、西園寺の娘として私もそれ相応のおもてなしを福沢様に」
「だから、そういうのは……ん?」
ゆかりと話しているところ、腕をつんつんとつつかれて横を見ると、能面のような顔をした乃梨子がいた。
「――誰ですか、この人?」
「え? ああ、ええと、西園寺ゆかりさん。夏に旅行に行った際に偶然知り合ってね」
「へえ……旅先でナンパですか? ほぉ~~」
「いや、そ、そんなんじゃないよっ!?」
慌てて誤解を解こうとするが、乃梨子の冷たい視線が突き刺さって、痛い。とゆうか、なぜ乃梨子からここまで強力な圧力を受けなければならないのか。
「そうですわ、ナンパだなんて軽いものではありません。私と福沢様の出会いはそう、まさに運命……!」
「うわっ、運命とか、イタいコ……?」
表情を顰める乃梨子に、ゆかりの眉がぴくんと跳ね上がる。
「私が暴漢に襲われかけているところ、福沢様が颯爽と現れて助けてくださったのです。その時は私も突然のことに連絡先も聞けずに別れてしまいましたが、先日、偶然にも再会できたのです。これを運命と言わずして何と言いましょう」
「いや、だから偶然でしょ。その前に自分で言ったじゃない」
冷静に突っ込む乃梨子。
「そ、そもそも貴方はいったい誰なのですか!」
険悪になりかける二人の間に、慌てて祐麒が入る。
「えーと、こちら二条乃梨子さん。リリアン女学園で生徒会に所属していて、俺も花寺学院で生徒会やっているんで、その関係で」
「ああ、なるほど。生徒会のお仕事でのお付き合いがあると」
「ええ、まあでも今日はプライベートですけどね」
「――――え?」
乃梨子の言葉に、ぎょっとして見てみるが、乃梨子はあくまでゆかりにしか視線を向けていない。あまり見たことがない、怒ったような、目を吊り上げているのに笑っているという不思議な顔をしてゆかりと対峙している。
「ぷ、ぷらいべえとでご一緒に……」
おののくゆかりに、乃梨子は少し余裕を見せる。
「ええ、休日に、私服で、一緒に行動しているわけですから」
「くっ…………!」
「ふふ……っと、いけない、失礼」
ポケットから取り出そうとしたハンカチを落としてしまい、身を屈めて拾おうとする乃梨子。その時、上半身を前かがみにしたことによって、首元から何かがするりと滑り出てきた。
それは、涙の形をしたシンプルなシルバーのネックレスだった。
「あれっ? それって」
「はい、この前、祐麒さんにプレゼントしていただいたものです」
指でつまんで、ゆかりに見せつけるようにする乃梨子。
「なっ……、ぷ、プレゼントで」
「そうです、はい」
「あれ? でもさっき、それは机の引き出しにしまってあるって……あっがぃっ!!?」
疑問を口にしかけたところ、いきなり乃梨子から強烈な肘打ちを脇にくらい、息が詰まる。
「分かりましたか?」
ネックレスを胸元にしまい、ゆかりに問いかける乃梨子だが、何が分かったというのだろうか。祐麒は痛む脇腹を抑えながら、二人の様子を窺う。
「く……ふくざ……いえ、祐麒さま。私を助けていただいたお礼ですが、父と母も是非にと、今度我が家のディナーに来ていただけないでしょうか」
ゆかりはなんと、乃梨子をスルーして祐麒だけに話しかけるようにしてきた。痛みで動けない祐麒の元に近づき、そっと手を取り懇願の目を向けてくる。
もちろん乃梨子が黙っていない。
「ちょ、ちょっと、何勝手にくっついてるのよ、この泥棒猫!」
目を剥き、ゆかりを指差して噛みつくように言うと。
「な、な、言うに事欠いて、人のことを泥棒猫ですって!?」
「その通りじゃない、色目つかってきて」
「そんなもの使っていませんわ、純粋な感謝の気持ちを表しているのです」
「とにかく、私たちはこれからカラオケデートなんだから、これで失礼します」
「え、でも二条さん、カラオケは嫌だと……げるぐぐっ!!?」
今度はリバーブローを喰らい、膝から崩れ落ちそうになるのをどうにか堪える。酸っぱいものが胃の中から込み上げてくるのを耐え、顔を上げてみれば、乃梨子もゆかりも祐麒のことなど気にもせず、正面から見つめあっている。まるで火花が散っているかのようだが、正直、少しは気にしてほしかった。特に手を下した乃梨子。
「ふ、二人でカラオケですって!? そ、そんな暗い密室で男女が二人だなんて」
「そうですよねぇ、そんな場所じゃあ、何があるか分からないですよね」
「ま、まさか、『祐麒さま、私、あなたのマイクじゃないと上手く歌えないの』とか言って……け、汚らわしいですわ!」
「そっ、そんなことするわけないでしょう!?」
二人とも真っ赤になって睨み合うが、やがて乃梨子は踵を返すと、祐麒の手を掴んでカラオケBOXへと引っ張っていく。
「あ……ゆ、祐麒さまっ! 今度、ご連絡致しますから。必ず私が、その痴女から救い出して差し上げますわ!」
「だ、誰が痴女よ!」
ゆかりの捨て台詞(?)を背に、乃梨子と祐麒はカラオケBOXの中に入っていくと、フロントで予約して部屋へと足を踏み入れる。その後、最初のドリンクが運ばれてくるまで二人は一切無言であった。乃梨子から放たれる殺気にも似たオーラが怖くて、とても話しかけることなどできなかった。
「……ちょっと。近いんですけど」
「し、仕方ないだろう?」
ようやく口を開いたかと思うと、やたら機嫌が悪そうな声。
そして乃梨子の言うとおり、近い。案内されたのは狭い部屋で、席も二人が並んで座れるのがやっとという、完全に一人から二人用の個室だった。
「えと、あの、二条さんって俺の彼女だったっけ?」
「はぁ!? なんで私が祐麒さんの彼女にならなければいけないんですか!?」
滅茶苦茶睨まれ、思わず逃げたくなったが狭くて逃げ場がない。
「じゃあ、西園寺さんとの時、なんでまるで彼女的な態度を」
「気のせいです」
「それに、ネックレスと、カラオケだって」
「き・の・せ・い・で・す」
「…………はい」
これ以上突っ込んでも良いことなどないと判断し、カラオケのキーコンを手にした。
「二条さんは、どういうの歌うの? あ、AKR47なんか踊りながら歌ってくれたり」
「ぜーーーーーったいに、イヤ」
「なんで、二条さん似合いそうだし、絶対に可愛いのに」
「かっ……まあ、歌うくらいならできますけれど」
「あ、この店コスプレ衣装も貸してくれるって。AKRみたいなのもあるよ」
「絶対に、嫌です。それよりさっきから言ってますけれど、離れてくださいよ」
「だから、これ以上は向こうに行けないっての」
乃梨子と肩が、腕がふとした拍子に触れてしまうような距離。
「二条さんの方が離れればいいじゃない」
「私をソファから落としたいんですか?」
「じゃあ、我慢するしかないじゃん」
「そう……ですね、我慢するしかないですね」
はあ、とため息をつく乃梨子を横目に選曲した歌を送信し、マイクを準備する。やがて始まる曲のイントロとカラオケ映像。
「それじゃあ、はいよろしく二条さん」
「って、これAKRじゃないですか!?」
「そうだよ、あれ、歌えるって言っていたじゃん。あれって、嘘?」
「ふん、歌えますよ、これくらい」
マイクを握り、威嚇してくる乃梨子。ミュージックは明るくアップテンポなアイドルナンバーで、全く合っていないが。
歌い始める乃梨子。
結局、カラオケをしている一時間半の間、二人は触れそうで触れない、でも時々意識せずに触れてしまう、そんな距離を保ったままだった。
おしまい