胸に手を置き、鼓動の速さを確かめる。普段よりもわずかに、いや、結構速くなっている気がするが、爆発してしまうほどではない。
軽く咳払いをして喉の調子を整え、台詞を口の中で反芻する。
目的の人物は、あとわずかのところに存在していて、ほんの少し歩いていけば触れられる距離になる。
ただ交互に足を動かして歩くという行為に、ここまで緊張したことがあるだろうか。後ろめたい気持ちを持っているせいもあるかもしれない。だが、ここまできて後戻りするわけにはいかない。
心を決めて、祐麒は一歩を踏み出した。
「……あれ、清子さん?」
わざとらしくなかっただろうか、内心でドキドキしつつ表情にださないようにする。
声をかけた相手は、ゆっくりと振り返り、祐麒の顔をみて相好を崩した。
「あら、祐麒さん。ごきげんよう」
おっとりと、上品な挨拶をしてきたのは小笠原清子。祥子の母親であるその人だ。
「今日は、買い物ですか?」
「ええ、ぶらぶらと」
「清子さんがこんなところで買い物するなんて、意外ですね」
今いる場所は、ごく普通の繁華街で、小笠原家の奥様が買い物をするのに相応しいとも思えない。イメージ的には、銀座で優雅に買い物、なんて感じだ。
「そうですか? 時々、来ますよ。どうしてそう思われたんですか」
「いやぁ、なんか車に乗って決まったお店に行くのかなぁって勝手に思っていました。すみません」
「私だって、こうして一人で買い物にくるくらい、ありますよ」
「そうですか……あ、今日はお一人なんですか」
分かっていることを尋ねる。
「ええ……ああ、真由さんがいないのが残念なんですね、祐麒さんは」
くすくすと笑う清子。
清子はなぜか、小笠原家の使用人である真由と祐麒が恋仲であるのではないかと、なぜか思っているのだ。
実際のところはそんなことまるでない。むしろ真由は、清子に祐麒をあてがおうとしているくらいであり、今日、清子がこの場所に一人で買い物に来ているという情報を教えてくれたのも真由なのである。
夫が愛人を囲っているのに対して真由は腹を立てていて、それならば清子も好きなようにやればいいのだ、というちょっとばかり過激な思いを抱いている。そして祐麒は、そんな真由の思惑にうかうかと乗せられているというわけである。
清子は、魅力的であると思う。
高校生の娘がいるとは思えないほど若々しいし、上品で綺麗で、そこはかとなく大人の色気も漂わせている。お嬢様育ちのまま今に至るのか、どこかのほほんとしているところも、若さの秘訣かもしれない。
「ええと、これからどちらへ行かれるんですか?」
あえて真由のことはスルーして、話を買い物に戻す。
「実は、特に決めていないんですよ。こうして色々と見ながら歩くだけでも楽しくて」
真由に話を聞いたところ、今までの清子は特に一人で普通の商店街や繁華街に買い物に行くことはなかったらしい。しかし以前、コンビニ商品に興味を持ってからというもの、時折出かけるようになったとのこと。清子にとっては、一般的なお店なんかが珍しくて興味を惹かれるのだろう。
「祐麒さんは、どちらに?」
「えと、俺も同じようなものですけれど、この後は百均ショップにでも行こうかと」
「???」
祐麒が言うと、清子は予想通り、首を傾げた。
「ええと、ですね。百均ショップというのは……」
店内に入ると、清子は「まあ」というような感じで驚いていた。
「これらの商品が全て、本当に百円なんですか?」
百均ショップの話をすると、清子は興味を示した。以前、3コインショップに行ったことがあるので不安ではあったが、どうやら百均にはまだ足を運んだことはないようであり胸を撫で下ろす。正直、もう少し考えろよと自分自身にツッコミをいれたくもなったが、まあ結果オーラいということにしておこう。小笠原家の奥様といえど、300円から100円への急落には目をひかれたようだ。もっとも、単に以前のことを忘れていただけかもしれないが。
「凄いですね、これが本当に全部、百円で買えるんですか」
「そうですよ」
同じ台詞を口にする清子に頷く。
そして、予想していた通りの反応に内心で胸を撫で下ろす。
清子が一人で買い物に出かけた情報を仕入れたは良いが、その後どうすれば良いかが課題であった。
高校生である祐麒に、大それた場所に行くようなお金も経験も度胸もない。色々と考えた末に思いついたのが、この百円ショップだった。コンビニの鍋焼きうどんで喜ぶ清子である、普段は足を向けないような庶民的な場所の方が喜ぶだろうという考えは、間違っていなかった。
「もちろん、どれもこれも百円で買える程度のクオリティですけどね」
「でも、これなんかとても100円に見えないわ」
清子が手にしているのは土鍋であった。どうあっても鍋にこだわっている、というわけではないだろうが、なんだか少し面白い。
主婦であるためか、まず興味を惹かれたのは家事に関するもので、蒸し器やティーポットなど、手にとっては楽しそうに眺めている。そして、そんな無邪気に喜んでいる清子が可愛いと思いながら見つめてしまう祐麒。
「ほらほら祐麒さん、これも100円ですって」
百均だから当たり前なのだが、はしゃいでいる清子を見ているのが楽しくて、祐麒も調子をあわせる。
「凄いですよね、こんなのが100円だなんて」
清子の後ろに立ち、商品を見るふりをして清子に目がいってしまうのはどうしようもなかったが。
二人が入った百均ショップは、広くて綺麗で商品も豊富なので、実際こうして商品を眺めて店内を歩くだけでも十分に楽しめる。珍しい商品、普通の店では売っていないような変な商品も多く、見るたびに清子は驚いたり、喜んだり、不思議がったり、様々な表情を見せてくれた。
そして、そんな清子の姿を見せられるごとに、祐麒の気持ちは高まっていく。
年上好きとはいえ、相手は結婚していて子供もいる、自分の母親と同じような年齢だ。憧れを持つくらいならともかく、それ以上の気持ちになってはいけないとどうにか抑え込もうとする。
「ほら、祐麒さん」
しかし、清子の柔らかな微笑みが、祐麒の思いに簡単に罅を入れてくる。
「ねえ、祐麒さん」
耳朶を打つ涼やかな声が、祐麒の心に染み入ってくる。
「あの、祐麒さん」
これ以上は、まずい。
でも、分かっていたのに今日、会いに来てしまった。一人だということを知って、計画を立てて、こうして楽しんでいる。近づくことは危険で、先に進むことなどできないのに。先に進んだとしても、誰も幸福になどなれないはずなのに。
だから、これ以上入れ込んだらいけないのに。
「……って、清子さんっ!?」
「はい?」
我に返って驚いた。
いつの間にか、祐麒が持っていた買い物かごには、山となって溢れんばかりの商品が入っていたから。
「こ、これ以上はまずいですよ、これ以上入れたらだめです。ってゆうか現時点でも入れすぎですからっ!」
この辺、やっぱり清子なのだなぁと思わされるのであった。
駄々をこねる清子をなだめ、どうにか商品を半減させることに成功した。駄々をこねる清子の姿を見られて祐麒としては思わぬ眼福であった。
買い込んだ商品を入れた買い物袋を持ち、帰途に就く。半減させたとはいえそれなりの量だったので、荷物持ちとして家まで行くと申し出たのは祐麒である。もちろん、清子と一緒にいるための方便でもある。
当然、清子は一人で大丈夫だと言いはしたものの、強弁はしなかった。この辺、あっさり折れて荷物を持たせるところは、やっぱりお金持ちの奥様なのかもしれない。
駅に到着し、ホームへの階段を下りる。
てっきり車が迎えに来るものだと思っていた祐麒は、清子が電車に乗って帰ると聞いて驚いた。
「私だって、電車にくらい乗れます」
そんな祐麒を見て少し怒ったような清子であるが、拗ねたような表情ですら魅力的に映って見える。
休日でそれなりに混雑しているわけで、大丈夫だろうかと心配にもなるが、学生時代はリリアンに通うために混んでいるバスにも乗っていたわけで、さほど気にするほどのことではないのか。
「今日は、楽しかったです。ありがとうございました」
「いえ、楽しかったなら、良かったです」
電車の中、扉の近くに向かい合って立って話す。
反対側の扉がしまり、やがてゆっくりと動き出す電車。
「ふふ、また今度、100円のお店に行ってしまいそうだわ」
「見ているだけでも楽しいですよね」
「知らない商品があんなに沢山あることに、驚きました」
祐麒にとってはどうということのない話でも、清子にとっては物珍しく興味を惹かれるらしく、他愛もないはずの話が弾む。だからだろう、あっという間に次の駅に到着する。
「あ、扉開きますよ」
扉が開き、何人かの客が降り、それ以上の人が乗り込んでくる。扉の近くにいた清子と祐麒は、乗ってきた人たちに社内の中に押し込まれてゆく。油断していたためか、清子は押されるままに祐麒の正面にぴったりとくっつくような形となった。
「あら、ごめんなさい」
「い、いえ、大丈夫です」
微妙に混雑している社内、うまいこと体勢を変えることも出来ないうちに、電車は出発し、揺られた清子は咄嗟に祐麒のシャツを掴んでバランスを取る。体を押し付けあうほどではない、だけど触れ合っているという至近距離で、清子と正面から目が合う。
「すみません、祐麒さん」
「き、気になさらずに」
祐麒は吊り革をつかみ、もう片方の手は荷物を持っているので、どうこうすることも出来ない。ただ、正面から清子が服を掴んできているだけだが、間近に感じる清子からは香しい匂いが漂ってきて、頭がくらくらしそうになる。祐巳などからは感じられない、化粧の匂いだが、きつすぎずむしろ心地よく思えるくらい。
「――ふふ」
「どうかしましたか?」
「いえ、やっぱり男の方だなと思って。逞しいですね」
「なっ」
下から見上げてくる清子。
急速に熱くなってくる体。
次の駅に到着するまでの三分間ほどの短い時間、祐麒は様々なことに耐えたのであった。
間もなく、小笠原家に到着する。
電車での接近から、祐麒は今まで以上に清子のことを意識してしまい、挙動が不審になっていないか心配だった。
清子の方は全く変わった様子もなく、気にした風でもなく、自分一人が意識しまくっているのは分かるが、分かっていたとしてどうしようもないのだ。
歩いている間も、清子から話しかけられているというのに、「はい」とか「ええ」とか、そんな相槌を打つことしかできないでいる。幸い、清子は特に祐麒の変化に気付いている様子ではないが、このままでは駄目だ。
「あの、さ、さやっ、清子さん」
なんとか自分から話そうと口を開いたが、緊張のあまりうまいこと呼ぶことすらできない。
「あら、ふふ」
おかしそうに笑う清子を見て、羞恥に赤くなる。
「"さやこ"って結構、呼び難いわよね」
そうではない。
祐麒が噛んだのは、単に緊張していただけのこと。
しかし、そんな風に一人で恥しがっている祐麒に、清子はとんでもないことを言ってきた。
「"さやこ"って呼び難かったら、"さーこ" って呼んでくださっても構いませんよ」
などと、軽く笑いながら。
「え? さ、さ……」
「"さーこ" です。実は学生時代はそのように呼ばれていたりもしたんですよ。懐かしいですね、そのように呼ばれたら学生時代に戻ったような気持ちになりそうです……ふふ、ごめんなさい、こんなおばさんなのにね」
「そんな、とんでもない! 清子さんはすごい若いですよっ、きっと今学生服を着てもそんなに違和感ないと思いますよっ」
思わず、全力で口にしてしまった祐麒だが、半ば以上は本気である。熟女コスプレというと厳しいものが多いが、清子であるならばとてもよく似合うのではないかと想像する。派手なのではなく、あくまで清楚な女学生という感じであれば、さすがに本物の学生とは思えないだろうが、二十代の美女がコスプレしているくらいには見えるのではないか。
脳内で想像し、慌てて打ち消す。何を考えているのだろうか。
「いやだわ祐麒さん、さすがにこの歳で」
冗談だと思っているのだろう、苦笑する清子。
「俺は別に、その、さ、さや」
「"さーこ"でもいいですよ?」
悪戯っぽい表情で見つめてくる清子。
からかわれているのかもしれない。箱入りで世間知らずと思っていたが、さすがに長く生きているだけあって、これくらい余裕なのか。
「さ、さー……」
呼びかける。
「さ、さーや、さん」
「えっ?」
びっくりして目を見開く清子。
だが、呼んだ祐麒の方も限界だった。清子をどうにか動揺させようと呼んでみたものの、恥ずかしくてまともに顔を合わせられなかった。
「いやですわ祐麒さん、そんな風に」
「そ、そうですよね、すみません、調子に乗り過ぎました、ごめんなさい」
マッハで謝り頭を下げる。
どうかしていたとしか思えない、あんな風に清子のことを呼んでしまうなんて。
「いやだわ、そんな……だなんて、他の人の前で呼ばれたら困ります。あの、二人だけの時にしてくださいね」
しかし、祐麒の焦りとは裏腹に、清子はそんなことを言ってきた。わずかに困ったような目をしながら。
「え……と、それは、清子さんと二人の時は、そう呼んでも構わないということで?」
「ええ、でもさすがに他の人のいるところで、そのような呼び方は」
「じゃあ、こ、こ、今度、会ってくれますか? 二人で」
「え、あ、それは」
ちょっと困惑する清子。
二人の時であれば良いということは、二人きりで会うことを許容してくれるということではないだろうかと、ここぞとばかりに祐麒は詰め寄った。
「――あ、着きましたね。祐麒さん、荷物を持ってきていただいたお礼に、美味しい紅茶でもご馳走しますわ。どうぞ、寄って行ってください」
祐麒をかわすように、清子は話を変える。もう少し清子から発言の意図を聞きたかったが、しつこいと嫌われると思って口を閉ざす。それに実際、小笠原家に到着してもいた。
一旦、断りはしたものの、もう一度誘われたら断る道理などない。そもそも、最初に断ったのもポーズで、初めからこの展開を期待していたのだ。
家に入ると、見知らぬ使用人の女性が迎えに現れた。
「あら、真由さんはいないのかしら」
「はい、杏里でしたら別の仕事で離れております」
真由よりいくらか年上に見える、恐らく二十代後半くらいの女性は丁寧にお辞儀をすると、祐麒の手から荷物を受け取って歩いていく。
「ごめんなさいね祐麒さん、真由さんがいなくて」
「いえ、だから俺と真由さんは、なんでもないですからっ」
本気なのか冗談なのか分からないが、まだ真由のことを言ってくる。本気だとしたら、ちょっと嫌だ。
リビングに通されソファに座ると、清子は着替えるからと、一旦、部屋に戻っていった。手持無沙汰になった祐麒は、何とはなしに室内をぼんやりと眺める。以前にも座ったことのある場所だが、今とは全然違う状況だった。
小さなライトの薄明かりの中に浮かび上がって見えるのは、浴衣姿の清子の輪郭、僅かに覗いて見えた胸元の膨らみと肌の白さ。随分と前のことのはずなのに、鮮明に思い出すことができる。
「――お待たせしました」
「うをわぁっ!?」
微妙に淫らな姿を思い浮かべていた本人が現れて、大仰に驚く祐麒。清子は、不思議そうに首を傾げて見つめてくる。
「な、なんでもありません、ぼーっとしていて、あはは」
「ふふ、おかしな祐麒さん」
口元を手で隠して上品に笑いながら、祐麒の対面に腰を下ろす清子は、ワンピースにカーディガンという格好であり、家の中ならスウェットやシャツに短パンなんかで過ごす祐麒達とは大違いであった。
後に続いて、先ほどの使用人がグラスの乗ったトレイを持ってやってくる。ゆっくりと音を立てずに歩いてきて、やがて祐麒の近くまでやってきて。
「……せーの、」
と、呟き。
「きゃあっ!!」
「ぶわっ!?」
「祐麒さんっ!」
いきなりバランスを崩して転び、その勢いのままトレイ上のグラスを、中身ごと祐麒にぶちまけた。
「つ、冷たっ!」
アイスティーを頭からひっかぶり、悲鳴を上げる。
「ああ、申し訳ございません、何という粗相を!」
「……さっき、"せーの"って言いませんでした?」
「申し訳ありません、すぐに着替えをご用意いたします」
祐麒の言葉を無視して、女性は祐麒をソファから立ち上がらせる。
「益田さん、すぐにバスルームにご案内して」
「はい、奥様」
「いや、あの、ちょっと」
抵抗する間もなく、アイスティーまみれの祐麒は益田と呼ばれた使用人に引き連れられてリビングを後にする。聞きたいことはあるが、逃げるように急いて歩く益田の背中を見ていると、嫌な予感に襲われてならない。
もちろん、その予感は的中する。
「よーし、でかした」
脱衣所に続く扉へと案内されたところで姿を見せたのは、真由だった。満足そうな笑みを浮かべて益田の肩を軽く叩く。
「やれば出来るじゃないか、亜芙羅」
「申し訳ございませんでした、祐麒さま! 私は嫌だったんですけれど、真由さんがどうしてもと」
「……一体、何がしたいんですか」
「そんなの分かってんだろ? あんたの服のクリーニングに一日かける、だからまあ、今日は泊まっていけっていうコト」
得意げに親指を立てる真由を見て、頭を抱える祐麒。
「心配はいらねーぜ、出張中で旦那様はいないし、祥子さまも今日はお泊りでいない。だから、安心して奥様とよろしくやってくれ」
「なっ、な、何を言ってるんすか!?」
大きな声を出したのは、心の内を見透かされたようだったから。しかし、真由の言うことが本当だとすると、今夜小笠原家に泊まっていったら清子と二人ということになる。こんな機会はそうそうないはずで、真由の言葉にのせられたようで癪だが、胸が騒いで妙に落ち着かなくなってくる。
「ちなみにコイツ、亜芙羅も味方だから安心しろ」
「……真由さん。お願い聞いたんだから、約束通り、私とパンツ交換してよ?」
「わ、わかってるよ」
「ちゃんとお互いに脱ぐところ見せ合って、ソレを穿くのよ!?」
「くっ……奥様の幸せのためだ」
「うふふ……真由さんの液がパンツを通して私のアソコに……うふ、うふふ」
なんか変態的な台詞が聞こえてきたが、今の祐麒の心には響いてこない。思いがけずに降りかかってきた事態で気持ちは乱れ、いっぱいいっぱいだったから。
夢に浮かされているようなうちにシャワーを浴び、用意された着替えを見につけてリビングに戻ると、清子が立ち上がって出迎えてくれた。
「申し訳ありませんでした、益田さんがあんなことをするなんて。普段はあんまり失敗なんてしないんですけれど」
「そ、そうなんですか……」
答えつつも、上の空。
いけないと思いつつも、いけない妄想なんかをしそうになって、慌てて打ち消すことを一人で繰り返す。
それでも、抑えきれなくて。
「……さーこさん…………」
うっかりと漏らしてしまい、急いで口を押えるものの、出てしまった言葉は打ち消せない。
おそるおそる、清子を見てみると。
「……ふふ、"さーこ" でも、"さーや" でもどちらでも、お気に召すままで良いんですよ?」
意味深ともとらえられる言葉と笑みを返され。
シャワーから出た後だというのに、祐麒は一人、のぼせてしまうのであった。
おしまい