「うおおおおおおおっ、しまった、いきなり間違えるとか、俺は馬鹿か!?」
ダッシュしながら叫ぶとかどう考えても効率が悪いというか、明らかに呼吸が苦しくなるだけにも関わらず叫ばずにはいられない。それが今の福沢祐麒の嘘偽らざる心境であった。
今日は高校の入学式。この春に晴れて高校一年生となった祐麒の晴れの舞台だというのに、いきなり道を間違えてしまうとは実に馬鹿らしい失態である。だが、それも多少は致し方ないものと思っていただきたい。
祐麒が進学するのは『リリアン学園』。
昨年まで『リリアン女学園』という名の通り女子校だったのだが、近年の少子化から学校経営が厳しくなり、共学化への道へと舵を切ろうとしていたらしい。だが、昔ながらのお嬢様学校でもあり、女子生徒や親御さんたちからの反対もあり、簡単に共学というわけにもいかなかった。
そこで、まずはお隣の『花寺学院』から試験的に男子生徒を編入させてみたらどうかという意見が出て、まあそれくらいならばと受け入れられ、今年度から少数ではあるが男子生徒がリリアンに通うことになった。そして祐麒もまたその中の一人というわけなのだが。
「くそっ、いつもの癖でつい花寺の方の道に行ってしまった!」
ずっと花寺で育ってきた習慣とは恐ろしいもので、寝不足でぼーっとしながら歩いていたらいつの間にか花寺学院にやってきてしまっていた。校門を抜けたところで中学時代の同級生から声をかけられていなかったら、そのまま花寺の入学式に出席してしまっていたかもしれない。
慌てて踵を返し、リリアンに向けて走り出したが、時間的にはギリギリだった。花寺だったら抜け道を使ったり、途中の塀を飛び越えたりといったことも考えるのだが、警備の厳しいリリアンではそんなことできるわけもなく、既に生徒の姿など見えない正門を走り抜けようとして守衛につかまり、生徒手帳を見せて通過するという余計な時間を消費し、体育館へと向かおうとしてまた道に迷った。
「――くそっ、無駄に敷地が広い!」
初めて訪れたリリアンという敷地内、他に人の姿もちらほら見かけたのだが、全て女子生徒ということもあり、なんとなく隠れるようにしてこそこそとしてしまう。何せずっと男子校育ち、同年代の女の子に対する免疫は少なく、恥ずかしい。おまけに昨年まで女子校だったということもあって、後ろめたい気持ちが無駄に発生してしまう。
そんなことをしていたら本当に遅れてしまう、というか集合時間は既に過ぎている。ああいうのは多少の余裕を持たせているだろうが、もはや一刻の猶予もないことは事実。
「ええと、こっちか」
でかい体育館を簡単に見つけられなかったのは、立派に育った大きな木々とその葉によって視界を隠されていたからだが、見つけてしまえばその方向に向かって突き進むだけ。どうにか最悪の事態(式が始まっている中に飛び込んでいくこと)だけは避けられそうだと、内心で安堵していると。
「――――あ」
頭上から声がした。
つられてふと見上げてみると、一人の女子生徒が二階の窓から身を乗り出していたというか、窓枠に足をかけて今まさに飛び降りようとしているところだった。
「え、マジ!?」
と言葉にした瞬間には、女子生徒の足は窓枠を離れていた。
見上げる中、ふわっと広がるスカートのシルエット。下着が見える、と思ったのも束の間、急降下してきた少女がそのまま祐麒に激突してきた。スカートの下についつい目が引き寄せられていた祐麒は避けることもできず、もろに少女の体を受け止め、もちろん、落っこちてきた人間をまともに受けられるわけもなく、もろとも地面に倒れ込んで後頭部をしこたま地面に打ち付けた。
「がっ!?」
不幸中の幸いだったのは、コンクリートではなくて土だったこと。しかも昨日の通り雨のおかげかしっとりと柔らかい土だった。
「あっ……ご、ごめんなさい、大丈夫ですかっ!?」
少女の声だけが聞こえてくる。
「もしかして、私を助けようとして……?」
それは違う、単に驚いていたのと、スカートの下が気になって避けられなかっただけである。
「やだ……ひょっとして、死んじゃった?」
「――いや、勝手に殺さないでくださいよ」
危うく亡き者にされそうになり、痛みを堪えて目を開くと、驚くほど間近に顔があった。
「きゃっ!?」
祐麒の顔をのぞき込んでいたらしき少女は、不意に祐麒が目を開けたので驚き、身をのけぞらせた。
「あイテテテ……」
「あ、きゃあっ!?」
さらに、痛む頭を手でさすりながら上半身を起こすと、祐麒の上に乗っかる形になっていた少女はバランスを崩し、後ろに転びそうになる。手をついてかろうじて転倒を防いだ少女だったが、そのはずみで両足があがってスカートの下のパンツがちらりと見えてしまった。
ラッキーと思いつつ、見ていることを悟られないように視線を少女の顔に戻す。
ちょっと吊り目だがそれゆえに理知的と見える顔立ち、背中まで流れる美しい黒髪、制服なので分からないが、上に乗られた重量感的にほっそりとした体躯。当たり前だが見覚えのない少女だった。
「大丈夫ですか? あ、血が……」
「え? ああ、これくらいかすり傷ですよ」
言われて分かったが、倒れた際にすりむいたのか手の甲から血が滲み出ていた。
「でも……あ、どうしよう、時間が」
きょろきょろと、焦ったように周囲に目を向ける少女だったが、他に人の姿は見えない。
「あの、俺なら大丈夫ですから、急いでいるようでしたら気にせずどうぞ」
というよりも、祐麒自身もここで倒れているわけにもいかないのだ。意味不明なアクシデントではあったが、幸い体は頑丈な方で実際にかすり傷一つくらいで、パンツも見えてむしろラッキーと思える。ならば、これ以上時間をロスする意味もない。
「そうですか、でも……あ、助けてもらったお礼はいずれ必ずしますから、すみません」
ぺこりと頭を下げると、少女は立ち上がって素早く走ってゆく。まあ、二階から飛び降りてくるくらいだから、よほど急いでいたのだろうとは思うが、その向かう先はどうやら体育館のようにも見えた。
「……って、俺も急がないと」
立ち上がり、特にどこも怪我していないことを確かめると、制服に付いた汚れを簡単に払い落としてから祐麒も少女の後を追うようにして走り出す。
体育館に到着すると、入口のところに立っていた教師に止められて確認を行われ、それでようやくこっそりと中に入れてもらうことが出来た。入学式は始まる直前で、最悪の事態は免れたようだった。
女子生徒ばかりが並ぶ中、ごくわずかな男子生徒の列に入り込んでいくと、さっそく小声で話しかけられた。
「――初日から重役出勤とは、なかなか大物ですな」
「いや、ちょっと、迷っちゃって」
そのたった一言だけで、近くにいた女子から好奇と非難、両方の視線を向けられてしまい、慌てて口を噤む。
とかく目立つ行動は避けた方が良いようだ。
男子の列は、体育館の最前列に用意されており、最も目立つ位置で教師達からも見られていると考えてよい。祐麒は素直に、黙って並んでいることにした。
入学式は淡々と流れ、退屈ともいえるがそういうものだから仕方がない。
『――それでは続きまして、在校生より送る歓迎の歌です』
そんなものもあるのか。その程度の感覚で待ち受けていた。伝統あるリリアンのコーラス部か何かであれば、それこそ美しい歌声を聴かせてくれるのかもしれないが、特にそういったことに興味が深いわけでもないので、早く終わらないかなどと内心では考えながら壇上を見ると。
「――――あっ!!」
と、思わず声を上げてしまっていた。
途端、周囲の生徒や教師から見つめられ、周囲がざわつく。どうかしたのかと近くにいた教師から尋ねられ、赤くなって何でもないと答えるが、目は再び壇上に吸い寄せられる。
そこには、体育館に来る前に二階から飛び降りてきた少女の姿があったから。少女もまた、祐麒の声を耳にしてその姿を認めると、わずかに驚いた表情をした。そして、祐麒が教師から注意を受けている姿を見て、かすかに笑ったようにも見えて余計に恥ずかしくなってしまった。
先ほど少女が急いでいたのは、このための準備や打ち合わせか何かがあったのかもしれないし、単に式に遅刻しそうだったのかもしれない(登場した時間を考えれば時間的には余裕があった筈だが、式が始まる前までに集まるのが当然だろう)
少女は、たった一人で壇上に立っていた。
他にコーラス部員がいるわけでもない、いるのは他にピアノ演奏についている、こちらも髪の長い少女が一人。
ピアノの伴奏が始まる。美しい旋律に、自然と背筋が伸びる。ピアノを弾く少女は横顔だけでも凄い美少女と分かり、ピアノに指をのばした姿が神々しく見えるのか、うっとりとした表情で見惚れている新一年生が沢山いる。
だが、祐麒としては次の瞬間、壇上に立つ少女の口が開かれた瞬間から、心は一気にそちらに吸い寄せられていた。
アヴェ・マリア。
体育館内に響き渡る、少女の歌声は。
圧倒的だったとしか言いようがなかった。
歌にさほど詳しいわけではない祐麒だったので、素晴らしく上手いということは分かるものの、技術的なことはさっぱり分からない。それでも強弱、高温、伸び、そういったものがきちんとなされており、何より祐麒の魂に突き刺さったと感じた。
気のせいではない、時折静は祐麒に目を向け、祐麒に向かって歌うようにも見え、だからこそ祐麒もそのように感じたのだ。
ピアノの伴奏も素晴らしいが、あくまで主役は歌い手とばかりに大きく主張せず、逆に引き立てるかのようにも聴こえ、両者がうまいことマッチして素晴らしい歌に昇華されているのだろう。
圧倒的な時間は気が付くと終わっており、万雷の拍手によって入学式は幕を閉じた。
「――いや、凄かったな、あの歌は」
教室に入って与えられた席に着くと、すぐに入学式のことが話題となった。話しかけてきたのは小林という同級生で、祐麒が体育館に遅れて入った時にも話しかけてきた男だ。
周囲に注意を向けてみれば、女子生徒達も何人かで集まって話していたりもして、男同士で少しくらい話していても問題なさそうだったので祐麒も口を開く。
「確かに、圧倒されたな」
「あの人、"リリアンの歌姫"って呼ばれているらしいよ」
話に加わってきたのは有栖川という、女の子のような容姿をした同級生。昔からニックネームはアリスであり、ここでもそう呼んでほしいとのこと。
「へえ。でも、それくらい呼ばれていても不思議はないくらいだったよな。むしろ、プロじゃないのかって思ったくらいだし」
「歌での海外留学も考えているって話らしいしね」
「そうなんだ。ってアリス、お前、随分と詳しいな」
「えへへ、リリアンへの編入の話が出てから、色々と調べたからね」
小林とアリスは中学時代に同じクラスだったらしく、気安く話し合っている。
「アリスはリリアンに来たがってたもんな」
「へ~、どうして?」
何気なく尋ねてみる。
「え? えーと、それは」
「ちなみに俺は、花寺とリリアンの架け橋になりたいってのと、あとはやっぱり綺麗なお姉さま達とお知り合いになりたいからな」
「小林、そういう下心あるやつは編入できないはずだが」
「面接で口にするわけないだろう。それに、別に変な意味じゃないよ。ネットワークというか、人脈というか、そういう意味でさ」
「福沢くんは、どうしてリリアン編入に希望したの?」
「俺? 俺か。なんとなく、環境を変えてみるのもいいかなって思って。そうしたら、偶々合格したってだけで、深い考えはないよ」
さらりと受け答えしてみせる。本当は、野球で有名な高校に進学するはずだったのが肩を壊して駄目になり、花寺の高等部に進学するのも野球部の仲間に対して後ろめたく、前向きな気持ちよりは逃げに近い形でリリアンに来たのだ。既に割り切ったと思っていたが、こうして思い出すといまだに胸がズキズキするのは、やはり忘れられないから。
「そっか。ま、なんにせよ数少ない仲間だ、これからよろしくな」
小林が言う通り、男子の数は圧倒的に少ない。編入を受け入れたといっても、その数は各学年で十人ずつ、合計で三十人という数なのだから。
男子の入るクラスは各学年一クラスで、そのクラスに配される女子も、事前に男子と同じクラスでも良いという同意を得た生徒だけである。中には『絶対に嫌だ』という女子もいて、そういう生徒は隣のクラスにもならないように配慮されているらしい。
お嬢様学校と呼ばれ、時代が変わったとはいえいまだにお嬢様も多い学園だから、それも致し方ないところだろう。
だからこそ、数少ない男子には清く正しい素行が求められるし、成績だって落ちこぼれるわけにいかず、希望するだけ編入できるわけではなく書類審査と面接を経て、数少ない生徒が選ばれてやってきているのだ。
「――はい、皆さん席についてください」
そうこうしているうちに、担任の教師が教室に入ってきて、お喋りをしていた生徒達も自分の席に戻っていく。
「おはようございます、私が皆さんのクラスを受け持つことになります、鹿取真紀です。これから一年間、よろしくね」
ウェイブのかかった、淡く茶色の入ったセミロングの髪を後ろで束ね、スカートスーツに身を固めた真紀が生徒に向けて軽く微笑む。
男子編入クラスということで、それに関して何か言うかと思ったが、逆に意識するようなことは何も言わなかった。特別なことではない、そう、男子にも女子にも思わせるためかもしれなかった。
初日ということで、その後は簡単な自己紹介とクラス委員を決めるだけで終わることになった。
男子から自己紹介ということで緊張させられたが、女子も特に変な目を向けてくることはなく、むしろ興味深そうな感じで見られているように思えた。
無難に自己紹介を終えた後は、女子の自己紹介を見ることになる。当然、どのような女の子がいるのか気になってしまうのは、年頃の高校生男子、しかも男子校育ちとなれば仕方ないところだろう。
そんな男子生徒達が一瞬ざわめいたのは、一人の少女が立ち上がった時だった。
「――藤堂志摩子です。よろしくお願いいたします」
まだ他のクラスを見たわけではないが、それでも志摩子を目にした瞬間、彼女こそ学年ナンバーワン美少女だと全ての男子が思ったことだろう。それくらい、志摩子は群を抜いて美少女だった。
圧倒的に目立つわけではない、実際に立ち上がるまでは彼女がいると分からなかったくらいなのに、こうして目にすれば自然と声が、ため息が漏れてしまうほどの可憐な容貌。
「うぉ……こりゃまた、凄いな」
小林も、そんな風に呟いていた。
しかも志摩子は容姿だけが良いというわけではなく成績も優秀で、中等部から高等部に上がるための試験では首席を獲得しているらしい。というのも、クラス委員を選ぶ際に、「志摩子さんがふさわしいと思います」という推薦の声に、「そうよね、何せ学年首席ですもの」、「異論はないわよね」、というような声が挙がっていたからだ。
志摩子はクラス委員という立場に難色を示しているようだが、隣の席の女の子が「大丈夫だよ」とか励ましているのが聞こえる。
「……それじゃあ、藤堂さんには少し考えてもらって、先に男子の委員を決めちゃいましょうか?」
真紀に言われ、「え?」というような感じで顔を見合わせる十人の男子。
「クラス委員は男女一名ずつとなります。さあ、立候補はいるかしら?」
再び顔を見合わせる野郎どもだが、率先してクラス委員になろうという勇者はいないようだった。
それもそうだ、何せクラスの半分以上が女子という中でクラス委員をやるというのは、いかなるプレッシャーがあるだろうか。全員が全員、花寺からの編入だから男子校育ち、下手したら女子からどんな苦情を受けるとも分からず、恐れているのだろう。祐麒だってそれは例外ではなかった。
「――はい、福沢くんが適任だと思います」
すぐには決まらないと思う中、不意を突いて祐麒を推薦したのは小林だった。
「おい、小林!?」
「……あら、小林くんはそう言っているけれどどうかしら、福沢くん」
「ちょ、ちょっと、ま……」
「ん?」
「ま、待ってくださいよ、そんな勝手に」
と断る祐麒であったが。
「僕も、福沢くんがいいと思います」
「あ、俺も」
「俺も――」
「おいアリス? てゆーかみんな!?」
小林やアリス含め、クラスの男子全員が初めて顔を合わせる連中だというのに、示し合わせたように推薦してくる。いや、一人が生贄の祭壇に上がったことで、それに調子を合わせているだけなのだ。自分がならないように。
「九人全員一致の推薦……ここまで人望があるなんて、凄いじゃない。これはもう、決まりかしら」
「そんな、最終決定は本人の意思によりますよね」
「それは、もちろん。それで、どうしますか?」
真紀の言葉に、男子だけでなく他の女子全員の注目が集まる。そんなプレッシャーなど関係なく嫌なら断ればよい。悪いことなど何もないのだが。
「……分かりました、やります」
頷くしかなかった。ここで断ると、そんなイメージがこの後も付きまといそうに感じたし、それにそこまで嫌なことではない、というのは負け惜しみか。
「それじゃあ、男子は福沢くんで決定ね。女子は――」
と、真紀が話を向けると。
「あの……私、クラス委員受けようと思います」
ようやく決心したのか、志摩子が立ち上がって答えた。
教室の前に立って二人で挨拶し、拍手を受けて席に戻る。最後に真紀が簡単に翌日以降の予定や注意事項を話して、初日は終わりとなった。
真紀が教室を出ていくと、すぐに騒がしくなるのはリリアンといえども変わりはない。もっとも、男子校のような乱雑な騒がしさというものはないが。
「くそっ、覚えていろよ小林。何が、俺が適任だと思うだよ。アリスもだぞ、お前が尻馬に乗るから、他の奴まで続いたじゃないか」
「ご、ごめんね。でも、福沢くんがいいって思ったのは本当だよ」
「今日、初めて会ったのにか」
「それはまあ、直感で」
「やっぱり適当じゃないか」
「まあまあ、アリスも悪気があったのは少しだろうし、許してやれよ」
「大元の小林がそれを言うか??」
クラス委員騒動をきっかけに、なんとなくだが男子同士の距離感も初日にして近づいたように思える。こうして軽口を叩き合えるようになったのなら、まあ良いかと気持ちを切り替えることにした方が良いだろう。
そんな風に考えていると。
「――ねえねえ、福沢くん」
「ん? あ、はい、ええと」
呼ばれて振り返ると、一人の少女が立っていた。ショートカットが良く似合っている、明るくて活動的そうな少女だ。
「あのね、志摩子さんが改めて挨拶したいって。ほら、志摩子さん」
「う、うん、桂さん……」
桂と呼ばれた少女の後ろに、志摩子が隠れるようにして立っていた。
「ほら志摩子さん、前に出て、ほらほらっ」
「きゃっ? ちょ、ちょっと桂さん、押さないで……」
といいつつ桂に押されて代わるように前に出てくる志摩子。間近で見ると、その美少女っぷりにやっぱり見惚れてしまいそうになる。そんな志摩子が、もじもじと恥ずかしそうな表情で見つめてきている。
「あ、あの、福沢くん。改めて、よろしくお願いします。私、クラス委員なんて初めてで迷惑をかけてしまうかもしれないけれど」
「それなら、俺だって同じだし。むしろ、俺の方が慣れていないし、色々と教えてもらわないといけないだろうから、藤堂さんに迷惑かけちゃうと思うけど」
「そんな」
「だから、お互いに助け合って行こう」
と、無意識的に手を差し出すと。
「おっ、積極的だな福沢」
「なっ……た、ただの握手だろ」
と言いつつも、さすがにやり過ぎ感は否めない。手をひっこめようとしたが、見ると志摩子がおずおずと手を上げてきていた。
「はい、あの、よろしくお願いします」
「志摩子さん、がんばっ」
「も、もう、桂さんったら」
恥じらいつつも、手をひっこめる様子のない志摩子に、祐麒もまた手を引く機会を失い、そのまま握手しようとして。
「――――あ、やっと見つけた、キミ!」
「え?」
横から突然の闖入者。
顔を向ければ、なんと件の歌姫が教室に入ってきていた、というか真っ直ぐ祐麒に向かって歩いてくる。
そして、差し出されていた祐麒の手をぎゅっと握りしめ、微笑みかけてくる。
「あの、あの時はありがとう。貴方のお蔭で助かったのに、ちゃんとお礼も言えてなかったから」
「い、いえ、あのっ!?」
突然のことに戸惑う祐麒だが、それは小林や志摩子にしても同様で、突然現れた上級生の姿に、何も言えずに固まっている。
「あ、いきなりごめんなさい。ただ、それだけ言いたくて……っと」
そこでようやく手を握りしめていることに気が付いたのか、ちょっとだけ照れたような素振りを見せて手を離す。
「それじゃあ、それだけだから……またね、ごきげんよう」
そうして軽く手を振り教室を出ていく。
まさに、嵐のような勢いでやってきて去って行った。
「えーと、それじゃあ俺たちもそろそろ帰るか……それじゃあ藤堂さん、明日からよろしくお願いします」
「え……あ、はい、こちらこそよろしくお願いいたします」
ぺこりと礼儀正しくお辞儀を返してくれる志摩子に手を振り、祐麒も帰宅の途に就いた。
教室を後にする祐麒達の姿を見送って、志摩子は「ふぅ」と息を吐き出した。
「凄いね、福沢くん、静さまとお知り合いなんだ」
隣の桂のその言葉に、ぴくりと反応する。
「……そうね。いったい、どんなご関係なのかしらね」
そう言って微笑む志摩子。
こうして、リリアンにおける祐麒の波乱な学園生活は幕を開けた。