「反対、反対、ぜーったいに、反対ですからねっ!!」
身もだえしながら絶叫しているのは、本来であれば共同生活における最大の良心であるはずの蓉子だった。
「え、でも、蓉子さんに反対されても、私は祐麒くんに許可貰ったし」
髪の毛を指でいじりながら言い返すのは景。つい先日、四人の共同生活に転がり込んできた四人目の女。
「私だって反対だよ、もちろん」
「同じく」
蓉子の味方に付いたのは、聖と江利子。
「たとえ三人が反対したとしても、祐麒くんが許可してくれたことは変わらない。多数決よりも、本人の意思が尊重されるべきでしょう、この場合」
「そんなの、祐麒くんの本心のわけがないでしょう。駄目です、絶対に駄目ですからっ」
四人が何を言い争っているかといえば、景の処置についてであった。一緒に暮らすということは既に覆せないとして、祐麒の部屋に寝泊まりするという景の主張に対し、三人が反対をしているという構図である。
祐麒の言質をとっている景はそれを盾にしており、他の三人はそんなの言葉尻を都合よくとらえただけだと反論する。お互いがお互いのことを認めないのだから、どんなに言い合っても水掛け論にしかならず、話は平行線をたどる。
それに対し、議論の中心人物の意見は。
「えーと、俺はリビングのソファで構わないんだけど。十分に広いし」
「「「「それは駄目」」」」
異口同音に拒絶されてしまった。
曰く、リビングでは開放的過ぎて簡単に夜這いをかけられてしまう、あるいは監視がついて逆に夜這いをかけづらい、そんな反論によって。
結論の出ない議論は延々と数時間にもわたり無為に行われ、その結果として一つの結論というか、案が導き出されて可決された。
即ちそれは。
"一人ずつ一緒に寝て、誰と共に寝たいのかを祐麒自身に決めてもらおう"
というものであった。
もちろん、実施するにあたってはいくつかの取り決めもなされた。
なんといっても性的交渉を強引に行わないこと、またそれを誘発するような過激な誘惑も禁止。わざと抱き着いたり、性的な場所を触ったり、その手のことも禁止。それじゃあ本当にただ寝るだけではないかという文句もあったが、彼女たちが納得したのには理由がある。それは、祐麒の方から性的交渉を求めてきたのであれば、それを受け入れることは受容する、というもの。
言い換えてしまえば、祐麒から好意を得ていて、抱きたいと思われていれば良いのだ。あるいはそこまでいっていなくても、すぐ隣で寝ていたらムラムラして襲わずにはいられない、そういう状況になってしまえばいいということ。
過度な誘惑は禁止と、ある程度その具体的な行動も示されたが、何もできないわけではない。何が駄目かは祐麒の判断にゆだねられており、女としての魅力を上手に発揮することができれば何も問題はない。
当初、蓉子はこの案にも反対をしていたのだが、「もしかして自信ないの? 仕方ないわよね、女子力の低い蓉子じゃあ」と江利子に挑発されると、あっさりと乗ってしまったのであった。
こうして、祐麒のお試し同衾デーが始まる。
◆ 一日目 江利子
厳正なる籤引きの結果、トップバッターは江利子となり、本人はいたく上機嫌であった。一番手ということは、もっとも祐麒と昵懇の仲になれる可能性が高いからである。江利子は満を持して、祐麒を寝室に迎えることにした。
「――って、ちょっと待ちなさい江利子! あなた、その格好で寝るつもり?」
「そうだけど、何か問題でも?」
蓉子に呼び止められ首をかしげる江利子の格好はといえば、ピンクのすけすけシースルーベビードール。胸元は大胆に開いて江利子の大きなバストの半分以上が出ているのではないかと思えるくらいだし、透けて見える下着はどうやらTバック。
「寝間着はいつも通りのって話でしょう? それに、これでも比較的大人しめのを選んでいるのよ、違うのにしてもいいのかしら」
「ぐっ……そ、それは」
江利子の言葉は真実なので、蓉子も返答に詰まる。江利子は余裕の表情で蓉子に手をひらひらと振り、自室へと入った。
しかし、内心ではかなり緊張もしている。先頭だから有意ではあるが、ここを逃したら後がないとも考えられる。二人きりで一夜を過ごすというのに何もされなかったら、それは女としての魅力がないか、あるいは祐麒にとって江利子はそういう対象ではないということなのだろうから。
シャワーを浴びて念入りに体は綺麗にしたし、下着も新しいのをおろし、お気に入りのベビードールで身を飾り祐麒を待ち受ける。
一方で祐麒は、困惑しながら江利子の部屋へと向かう。蓉子からは散々に注意を受け、くれぐれも一時の快楽に身を任せることなく、慎重に、早まった行動を起こすなと同じようなことばかりを何度も言われた。今もなお、背中に突き刺さる視線を感じるが、だからといって行かないわけにもいかず、なんでこんなことになったのかなど考えながら部屋の中へと入る。
江利子の部屋には、江利子の匂いがある。それは他の蓉子や聖にしても同様で、その中でも江利子の部屋はもっとも甘い匂いが感じられる。
「いらっしゃい、祐麒くん。こっちへどうぞ」
ベッドの上から江利子が正座で出迎えてくれているのがなんともアンバランスで、少し笑ってしまいそうになる。
「何を笑っているのよ? 何か私、変かしら?」
「あ、すみません、別にそういうわけじゃないんです。えっとそれじゃあ……寝ましょうか」
「え、もう寝ちゃうの? 少しくらいお話ししましょうよ」
「いや、でも時間も遅いですし……」
とにかく、あとは寝るだけにしてしまおうと思って遅くまで時間を引き延ばしてきたのだ。余計なことを考えずに寝てしまえば、変なことにもならないだろうと。妙なことになってしまったが、祐麒だって若い男である。魅力的な女の子と二人きりで一つのベッドになど寝ていたら、理性を保つのも大変なのだから。
「そ、それじゃあ……これで、どう?」
すると、不意に江利子が肩を掴んで祐麒の体を後ろに倒してきた。突然のことだったので抗いきれずに倒れかけたところ、後頭部が柔らかなモノによって受け止められた。
「え、あの、江利子さん?」
「ど、どう? 私の……おっぱい枕」
想像通り、祐麒の頭は江利子の胸によって受け止められていたのだ。胸の谷間にちょうど埋まるような形で、むにゅむにゅとした弾力がなんとも心地よい。
「ちょっ、え、江利子さんっ」
「こ、これは、祐麒くんが寝るための枕だから……別にゆ、誘惑じゃ、ないわよ」
赤くなり、どもりながら言う江利子に、祐麒も少しだけ余裕が出てくる。
「江利子さん、あの、そういうことしなくてもいいですから」
「ど、どうして? こういうの嫌だった?」
「あー、いや、そういうことじゃなくて」
名残惜しいと思いながら江利子の胸から離れ、体の向きを変えて正面から見つめる。ボリュームのある胸、艶めかしい太もも、どこか憂いを帯びたような面立ち、四人の中でも色香という点ではもっとも強いものを持っていると思う江利子。
「エッチな女の子は嫌い? それとも、私のことが……」
眉をハの字にして不安そうな表情で見つめてくる江利子。祐麒は軽く息を吐き出すと、おどおどしているように見える江利子の肩を掴んで押し倒した。目を見開き、何が起きているのか理解できていない江利子はあっさりと倒れ、はずみで胸が大きく揺れる。
「え、え、あ?」
驚きに目を丸くしている江利子をよそに、ベビードールの裾をまくりあげ、大胆なショーツと形の良いおへそを露わにする。くびれたウエストに手を這わせると、すべすべの滑らかな肌の感触。
「え、や……祐麒くん、あの、嘘……やっ!」
ようやく状況を理解した江利子は、戸惑いの表情からやがて恐怖の表情へと変わり、暴れようとして、でも祐麒に組み伏せられて動けないことを知るとギュっと目を閉じて身体を固くする。
その様子を見て、祐麒は力を抜いて江利子の上から退いた。
「………………え? ゆ、うき……くん?」
解放された江利子が、おそるおそる目を開く。
「怖がらせてごめんなさい。でも江利子さん、やっぱり無理していたんだ」
「むっ……無理なんて、していないわ。今はいきなりだからびっくりしただけで、私ならいつでも」
慌てて身を起こして反論する江利子だったが。祐麒が再び手を顔に近づけると、ビクリと震えて肩をすくませてしまった。
「ほら、やっぱり」
「ち、違うのこれはっ、嫌なんかじゃなくて、その」
「わかってます。だから、無理しなくていいんですよ。江利子さん、セクシーな格好で誘惑してきますけれど、本当は凄く恥ずかしがり屋でエッチなことだってよく知らずに言っているでしょう」
江利子の言葉を塞ぎ、頭をそっとなでる。
「でも、そんなことしなくたって江利子さんはとても綺麗ですし、嫌いになんかならないですから、大丈夫ですよ」
「うぅ……なんか子ども扱い」
「嫌ですか?」
「……イヤじゃない…………もっと、撫でて……」
「はい」
恥ずかしそうにしながらも、どこから嬉しそうに見える江利子。
「とにかく、江利子さんは魅力的なんですから、あんまりそういう露出の高い格好したらダメですよ。他の男にそんな江利子さん見せたくないし」
「私だって、祐麒くん以外の男の人に見せる気なんて……ん? あれ、もしかして今のって、嫉妬? 独占欲?」
「え、いや、そういうわけじゃ」
今度は祐麒が気まずそうに頭をかき、顔をそらす。逆に江利子は勢いを取り戻し、嬉しそうな顔をして祐麒の方に迫ってゆく。
「じゃあ、なんで他の男の人には見せたくないって思ったの? ね、ね」
「ちょっ、え、江利子さんっ、胸っ、見えちゃうからっ」
四つん這いの格好で迫ってくるため、巨大なバストがより強調されて零れ落ちんばかりの迫力である。
「大丈夫、今言ったでしょ。祐麒くんだけには見せてもいいって……」
「だああっ! だから、無理してそう痴女ぶらなくていいですからっ!!」
逃げる祐麒。
結局、一日目はそんな感じで最終的には何事もなく朝を迎えたのであった。
◆ 二日目 聖
「いよーっす、やってきたな祐麒」
聖の部屋に入ると、Tシャツにショートパンツといういつもの格好で聖が出迎えてくれた。これが夏になるとタンクトップになるので、今はまだ色気が抑えられているのだ。
「江利子とは何にもなかったんだって? ふん、江利子のやつ、あんなエロイ体しているけれど意外とおぼこだからなー。いざとなったら腰が引けたか」
頭の後ろで両腕を組み、胸をそらして高笑いをする聖。その、盛り上がった形の良い胸の膨らみについ視線が吸い寄せられてしまう。江利子ほど大きくはないが、それでも十分な大きさと良い形が見て取れる。しかも、間違いなくノーブラだ。
「あたしだったら遠慮はいらないよ祐麒、ん?」
言いながらすり寄ってくる聖からは、ほんのりと甘酸っぱい香り。
「……聖さんって、女性が好きな人なんじゃなかったでしたっけ。なんで、俺なんかのことを?」
「ぬ……今さら、それを言う? 人を好きになるのなんて、理屈とかそういうもんじゃないでしょ、なったもんは仕方ないじゃない」
「本当ですか? 蓉子さんや江利子さんに張り合っているだけじゃ……」
そこまで言うと。
急に真剣な表情になった聖がずんずんと近寄ってきたかと思うと、祐麒をそのまま壁際に追い詰めて壁にドンと手をつき、正面から見据えてくる。
「何、蓉子や江利子からの好意は本物だって認めるのに、あたしの気持ちは嘘だって言うの? それは、祐樹でも許せないな……」
肘を曲げ、さらに接近してくる聖。
堀が深く整った顔立ちは、近ければ近いほど美しさと迫力が増す。
「――――キス、しようか」
「え、なっ、なんでっ」
「あたしの、本気の気持ちの証明」
「で、でもっ、それは」
「あたし、男とのキスは、祐麒に初めての相手になってほしい……ねえ分かる? あたしの心臓、凄いドキドキしているの。祐麒だからだよ?」
言いながら聖は、祐麒の腕を掴んで自らの左の乳房に触らせた。シャツのさらりとした布越しに、もっちりとした肉まんのような感触が伝わってくる。同時に、手のひらを通して聖の鼓動も。
聖自身が言うように、心臓の動きは激しく、間近で見つめてくる聖の頬は上気し瞳もわずかに潤んでいる。
いつもマイペース、からかう感じで祐麒を誘惑してきた今までの聖とは全く異なり、祐麒の方も急速に胸がどきどきしてきた。
「祐麒……」
しっとりと艶を帯びた聖の声、熱い吐息に、体に力が入る。
「……あンっ」
と、ちょっと甲高く色っぽい声が聖の口から漏れ出た。
祐麒もびっくりしたが、それ以上に聖自身の方が驚いたように目を丸くしている。
「え、今のは」
「ば、馬鹿、ちが……あ、あッ、やんっ」
またしても可愛らしい声を漏らし、そしてそのこと自体に顔どころか首筋まで真っ赤にする聖。
「だから、これは違う……っ、んっ! 祐麒が、胸っ……」
壁について体を支えている腕に力が入らないのか、ぷるぷると震えだしている。胸がどうしたのかと思ったが、そこでようやく祐麒は気が付いた。右手で聖の左の胸を触っていたのだが、人差し指と中指の間に硬く尖ったものがあり、それを挟んで摘んでいたことに。
「あ、はぁっ……」
離そうとしたが、とうとう腕で体を支えられなくなった聖が倒れ掛かってきて、壁に押し付けられる形となって体の間に挟まれた腕が抜けなくなってしまった。どうにか抜こうとすると、それが刺激になってか聖はビクビクとその度に体を痙攣させてしがみついてくるのだから、祐麒としてはたまらない。
仕方ない、ここは多少強引にでも挟まれている手を抜こうと、グッと力を入れて引き抜く。
「あ、あ、あっ…………っ!!」
「ふう、ようやく抜けた……って、せ、聖さん、どうしました、大丈夫ですかっ?」
それまでギュっと祐麒にしがみつていた聖だったが、急に力抜けて膝が崩れ、そのままへなへなと床に尻餅をつくようにしてぺたんと座り込んでしまった。
「聖さん?」
慌ててしゃがみこみ、顔を覗き込もうとすると。
「ば、ばか、見るなっ!」
「あいたっ」
ぺちん、と頬を叩かれる。
俯いている聖の表情は見えない。
だが、何かつぶやいているのが聞こえる。
「うぅ……祐麒め、なんつー手だ……」
その後、なぜか立ち上がれなくなってしまった聖をお姫様抱っこでベッドに寝かせると、「あーもう駄目……」とか言いながら、聖は祐麒に背を向けて丸くなって寝てしまった。
よくわからないが、祐麒もそのまま寝て朝になった。
何事もなく爽快な目覚めとなったが、なぜか聖からは恨みがましい目で見られていた。
◆ 三日目 蓉子
「よ、よ、よろしくお願いします」
なぜか三つ指ついて出迎えしてきた蓉子に驚きつつ、室内に足を踏み入れる。立ち上がった蓉子は花柄の中のところどころに猫があしらわれた、可愛い感じのパジャマ姿。江利子、聖のあとなのでほっと落ち着く。
ただし、普段は真面目で理知的な蓉子なのだが、時になぜか暴走するので注意が必要である。特に、祐麒のことがからむと暴走しやすい。
「寝る前にあたたかいカモミールティでも飲む? 落ち着くわよ」
などとすすめられた紅茶を飲みながら雑談をする。非常に穏やかで落ち着いた雰囲気であり、江利子や聖のときとは違うなと安堵する。
「ごめんなさいね、こんなことに巻き込んじゃって。私も、簡単に挑発なんかに乗っちゃって反省しているわ」
紅茶を飲み、ほぅ、と息を吐きながら蓉子。
「まあ、蓉子さんのせいじゃないですから、気にしないでください」
「そうはいってもね……でも、江利子、聖とは何もなかったのよね」
「ないですよ。江利子さんも聖さんも言っていたでしょう?」
「確かに、江利子も聖も今回のことで嘘はつかないと誓ったし、祐麒くんもそう言っているわけだし。ただ……」
そこで口ごもる蓉子。
ちらりと祐麒に目を向けたかと思うと、どこか気まずそうに俯く。何やら思いつめたような表情をしており、どうしたのだろうかと軽く不安になる。あまり、蓉子のこういった姿は見かけないからだ。不安があっても相手にそれを見せないようにする、それがいつもの蓉子なのだ。
「どうかしたんですか?」
耐え切れず、訊いてみる。
「あの、ね。私……ううん、私たち、祐麒くんに謝らないといけないかも」
「どうしたんですか、いったい」
思いつめた様子の蓉子に、さらに不安は増幅される。
ベッドに腰を下ろし、膝の上で拳をギュっと握りしめている蓉子は、絞り出すようにして声を発した。
「祐麒くん……私たちと一緒に暮らすようになったから……その、い、息抜きとかできてないんじゃないかなって」
「え? そんなことないですよ、別に息抜きくらい……」
「で、でも、昨日も一昨日も何もなかったのでしょう? ゆ、祐麒くんくらいの男の子だと、一日も溜めると我慢できないって聞くけど……」
「?」
首をかしげる祐麒だが、ちらちらと向けられる蓉子の視線に気が付き、ようやく何を言いたいのかを理解し、同時に顔を赤くする。
「ちょっと蓉子さん!?」
「だ、だからそのっ! 罪滅ぼしってわけじゃないけれど、良かったら、わ、わ、私が、お手伝いしてっ」
「あの、蓉子さん?」
「こ、これは別に誘惑とかじゃなくてっ、男の人の生理的欲求を満たすためにであって、今夜しておかないと明日、景さんと一緒の時にまずいかもしれないし、だから」
「えーと、もしもし? 聞こえてます?」
「ゆ、祐麒くんが望むなら、今夜だけじゃなくて明日からも毎日でもお手伝いしても、あ、その、私頑張るし、その、手だけじゃなくて」
蓉子の口からあられもない卑猥な単語が飛び出してくるのを、祐麒は何とも言えない気持ちで耳にする。いや、真面目な蓉子から言われると凄くエロく感じるのだが、一方で蓉子からそのような言葉を聞きたくないという思いもあり、とても複雑なのだ。
わかることは、経験はないけれど蓉子が色々と知識としては知っているということ。さすが優等生、この辺のことも勉強したのだろうか。
「――ということで、失礼します」
「……って、ちょいちょいちょい!?」
気づかぬうちに祐麒の前に跪き、寝間着のハーフパンツを下ろしかけている蓉子に脳天チョップを食らわせる。
「い、痛いっ!? な、なに、何か物足りないことでもっ?」
頭をおさえ、涙目で見上げてくる蓉子におもわずため息を漏らす。
「……蓉子さん、そういうことはしなくていいですから」
「え、なんで……あ、も、もしかして私なんかにそんなことされるより、江利子や聖の方がやっぱり」
「いや、そりゃ俺だって蓉子さんにしてもらえるなら嬉しいですけれど、そうじゃなくて。俺たち、まだそういう関係でもないのに、しちゃだめですよ。それに、そんなに心配していただかなくても大丈夫ですし」
「それって……や、やっぱり聖や江利子にしてもらっ、イタっ!!」
再び、手刀を叩きつける。
「そうじゃなくて、そういうのは、俺一人でどうにか出来ますからっ」
「どうにかって……」
「いや、言わせないで下さいよ」
「ご、ごめんなさい」
そこでようやく少しは我に返ったのか、恥じ入って謝る蓉子。もちろん、祐麒だって恥ずかしい。
「……もう、寝ましょうか」
どっと疲れが押し寄せてきて、肩を落とす。蓉子も素直にうなずき、二人でベッドに横になる。お互いを意識し、体の距離をあけるようにベッドの端と端に横になる。
「……ねえ、祐麒くん」
明かりを落とした部屋の中、蓉子のささやくような声。
「なんですか?」
「…………さっき、私にしてもらえるなら嬉しいって言った?」
「あーもう何も聞こえません、余計なこと言ってないで寝ましょう、はい」
「え、えーっ、ずるいーっ!?」
そうして。
精神的には一番疲労した三日目が終わった。
◆ 四日目 景
「オーラスは景さんか……読めないのよね、景さんが一番」
「確かに、意外と大胆だったものね」
既に祐麒との一夜を終えた三人が、ひそひそと話し合っている。
「――私は、祐麒くんの部屋で寝るってことでいいのよね」
寝間着に着替えた景が髪の毛をかきあげながら言う。
景の寝間着は膝上10センチくらいの、ダボダボのロンTだった。ロンTからにゅっと出ている太ももが艶めかしい。
「男の子って、こういうのが好きよね?」
「でも、全般的になだらかで凹凸が少ないから大丈夫かも……」
「あなたたち、何気に失礼なこと言っているわね。まあ、別にいいけれど」
ふう、と肩をすくめた後、三人の視線を受けながら景は祐麒の部屋の扉を叩く。
中に入ると、少しばかり緊張した様子の祐麒がいたので、軽く笑ってみせる。
「そんなに緊張しないで。別に私はあの人たちみたいなことはしないし。バイトで疲れちゃったから、もうさっさと寝ちゃうから」
「あ、そ、そうなんですか」
「そりゃ、祐麒くんが求めてくれるなら? それは話は別だけど」
言いながら眼鏡を外してベッドに入り込み、毛布を手に持つ。
「いえ、普通に寝ましょう、はい」
「それはそれで寂しいけれど……祐麒くんもこの三日間、疲れたみたいだし。今日はゆっくりと休みましょう」
「はい」
安心したように祐麒も横になり、部屋の電気を消す。
しばらくすると、景の方から寝息が聞こえだす。さらに数分後には、祐麒の方からも。
前の三日間と比べ、なんとも穏やかな夜になったのであった。
そして、朝。
祐麒は少しの寝苦しさ、そして少しの心地よさとともに目を覚ました。その瞬間、何事が起きているのかを理解するのに苦しんだ。
至近距離に景の寝顔があった。真正面から向き合う格好だ。
そして、その景にギュっと抱きしめられていることにも気が付く。祐麒も、景を抱きしめている格好だ。二人して横になり向かい合って抱き合っているわけだが。
「ちょ……け、景さ……」
「ん……っ、んぁ…………あしゃ……?」
寝ぼけ眼の景と目が合う。
「あの、これっ」
「祐麒くんの抱き枕、気持ちいい…………」
「いやいや、そうじゃなくてっ」
抱き枕ではないと言いたいが、問題はそんなことではなく。抱きしめている祐麒が触れる景、その手に感じるのは景のみずみずしい肌そのもの。寝ている間に乱れたのか、ロンTが大きくめくれ上がって肌を晒してしまっている。
さすがに一晩中この体勢でいたはずもないだろうから、おそらく明け方とかあるいは目を覚ますちょっと前にそうなったものと思われるが、刺激的すぎる。
「うっ……えっ!?
更に、身もだえするような快感が襲ってきて体を震わせる。何かと思ったら、なぜかハーフパンツとトランクスがどうしてか脱がされて下半身丸出しになっており、朝の生理現象が発動したソレが、景の柔らかな肌に触れたから。
「え……え、えっ!?」
驚きはそれだけで終わらない。ロンTがめくれて確かに肌が大きく露出しているのだが、感触がおかしい。
位置的に、柔らかな下腹部、さらに下がってパンティなりショーツなりの生地があるはずだと思うのだが、触れるのはショリショリとした感じのこそばゆいもの。言うなれば、毛髪のような。
「って、け、景さん、な、なんで下着脱いでいるのっ!?」
「んん~? 私、もとから寝るときは下着つけない主義だけど? ふぁぁ……」
「わ、ちょっ、景さん、くっつかないで」
「え、なんで~、じゃあ、ちょっと……ん? なんか当たってる……?」
「あ、ま、まっ、その動きやばいから」
「えぇ? あ……んっ、ん?」
「うぅっ、そ、そこで止まっちゃ、ちょっ」
「え、な、何々、何これ、えっ?」
「あっ、やめ…………っっっ!!!!」 夜、寝るときはとても静かだったけれど。
朝は最も大騒ぎとなった四日目だった。
そうして無事(?)四人それぞれが祐麒と一夜を過ごしたわけであるが。
結論として、祐麒はもともとの自分の部屋で寝ることとし、景と聖が一緒の部屋で寝ることになった。
誰か一人と祐麒が一緒の部屋で暮らすなど、祐麒がその相手を恋人として認めない限り土台無理な話だったのだ。景が聖の部屋に入ることになったのは、単純にじゃんけんに負けたからである。
「まあ、いいけどさ。祐麒と誰かがくっつくのと比べれば、前々」
「それに聖は寂しがり屋だものね、誰かが一緒にいた方がいいでしょ」
「なんなら、そのままデキちゃってもいいから」
「デキません」
戦い終え、四人はビールで乾杯しながら話していた。
「――でも、何もなかったとはいえ、祐麒くんは私の肌とか胸とか、他の男に見せたくないって独占欲みせてくれたし、頭を撫でてくれたし、おっぱい枕もしたし、やっぱり私が一番好かれているのではないかしら」
アルコールか、はたまた思い出したのか、頬をうっすらと桜色に染めた江利子が自慢げに言うと。
「あたしなんか、祐麒のテクニックで腰砕けにされちゃったんだから。もう、この身体は祐麒色に染められちゃったかも」
微妙に気恥ずかしげに、口をとがらせながら言うのは聖。
「わっ……私は、祐麒くん、私にしてもらえるなら嬉しいって言ってくれたし……」
対抗心をあらわにして拳を振り上げるのは蓉子。
「してもらえるって、何を?」
「え? そ、それは……だから…………ら………………とか」
「え、聞こえませんが、もう一度、大きな声でお願いします水野蓉子さん」
「だ、だからっ、XXXとか、YYYYとか、ZZZZZとかよっ!!」
やけくそになったのか、開き直ったのか、優等生な乙女らしからぬ単語を口にする蓉子。さすがに聞いていた聖や江利子も呆れ顔だ。
「蓉子ってホント、むっつりよね」
「何気に一番、エロいわよね」
「な、な、何よ何よっ! そ、それより、景さんはどうだったの? 何かそれらしいことはなかったの?」
それまで一人静かに黙ってグラスに口をつけていた景だが、不意に話を振られて目をぱちくりさせると、眼鏡の位置を直しながら口を開く。
「何もないわよ? 祐麒くんからも聞いたでしょう」
「それはそうだけど……なんか本当なのかあやしいんだもん」
「バイトで疲れたから、さっさと寝ちゃったって言ったでしょう」
言いながら立ち上がる景。
「どこへ?」
「お手洗いよ」
リビングで酒宴に興じる三人をしり目にリビングを出て、トイレのドアに手をかけたところで部屋から出てきた祐麒と目が合う。
途端に、祐麒が赤面する。
「ほら祐麒くん、顔に出しちゃだめよ、三人に気づかれちゃうから」
「は、はい、そうなんですけど……」
相変わらずの赤い顔のままの祐麒に近づき、耳元に口を寄せて景はささやく。
「…………先っちょの分だけ、私がリードかしら? 全部だったら私の勝ちだったのかな?」
「なっ……け、け、景さんっ!?」
「ふふっ、冗談よ。あんな事故みたいなのじゃなく、ちゃんとした形じゃないと、ね」
景もわずかに頬を赤くしつつ、するりとトイレに姿を消す。
その姿を見届けた後。
祐麒は洗面所に駆け込み、熱くなった顔を懸命に水で洗うのであった。