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ノーマルCP マリア様がみてる 冴香

【マリみてSS(山村先生×祐麒)】武士道トゥエンティーX (5)

投稿日:

~ 武士道トゥエンティーX (5)~

 

 

「――――あ」
 信じられなかった。
 思わず響の方に目を向けると、響は真っ直ぐに腕を上げて宣告した。
「小手、一本!」
 間違いなく、祐麒の方を上げている。ということは本当に、間違いなく、祐麒が一本を取ったのだ。
 年が明けて新しい一年が始まって既に一か月が経った二月の上旬、稽古を開始してから半年以上も経過してようやく、ついに、試合形式の練習の中で冴香から一本を取ることが出来たのだ。
 もちろん、何度も繰り返して冴香が疲れていたというのもあるだろう。実際、動きだって鈍くなっていると感じていたくらいだけれど、そんな中での一本だったけれど、それでも嬉しかった。
 いまだ信じられなくて半ば茫然と立ち尽くしていると、一本を取られた当事者である冴香は不意に膝をついてがっくりと項垂れてしまった。
「え、ちょっ、山村先生?」
「くっ……まさか、油断していた……そんなはず……私が福沢くんに一本とか……」
 何やらぶつぶつと呟いているが、よほどショックだったのだろう。
「あの先生、今のは偶然――」
「いや、剣道にそうそう偶然なんて起こらないよ。疲れていた、油断していた、言いたいことはあるかもしれないけれど、いずれにしても冴香は一本を取られた。そのことに間違いはないから」
 落ち込む冴香に対し、容赦ない言葉を放つ響。
「福沢くんはよくやったわ、冴香の攻撃のパターンをよんで上手く反応したね」
 一方で祐麒にたいしては素直に褒めてくれる。
「しかし情けないね、福沢くんの腕がメキメキと上がっているのは確かだけれど、この時期にそんな調子で大丈夫?」
「ふ……ふふ……」
 ゆらり、といった感じで立ち上がる冴香。
 なんだか体から湯気が立ち上っているように見えて恐ろしい。
「さあ福沢くん、続きをしましょうか。私から一本を取ったのだもの、もっと稽古をつけてくれるわよ…………ね?」
 面を付けていて良かったと思う。
 自分の怯えた表情を見せずに済み、且つ冴香の今の表情をまともに目にしないで済んだのだから。
 そしてその後。
 冴香が思っていた以上に負けず嫌いだということを、身をもって思い知らされた。

「うぅ、痛たたた……ああ、もう容赦ないな、先生は」
 どれだけ打ち合っただろうか。よほど悔しかったのか、何度も何度も冴香に打ち込まれて体の節々が痛くて顔を顰める。ただ、冴香も疲れていたし、感情的になって余計な力も入っていたのか祐麒も善戦することは出来た。
「とはいえ、結局一本を取れたのはあの一回だけだったけど」
 せめてあと一回くらいと思い、惜しいと感じた攻撃もあったのだが、剣道は単に竹刀が当たればよいだけではない、気勢、姿勢が打突と一致しないといけないわけで、その点でまだまだ十分ではなかった。
「でも、本当に惜しかったわよ。ふふ、これで冴香も更に気合が入るんじゃないかしらね。気合い入れて稽古に励んできた甲斐があったんじゃない?」
 響が近づいてきて声をかけてくれた。冴香の姿はなく、着替えに行っているのだろう。
「びっくりしたけどね、もっと厳しい稽古をして欲しいと言ってきたときは。正直、最初はそんな強くなりたいと思っていたなんて、思わなかったから。何か心変わりするようなことがあったの?」
「いやぁ……」
 響に言われて思い出すのは十月の稽古の休憩中、トイレから戻ってきたときに耳に入ってきた冴香と理玖の会話。

「確かに頑張っているのだろうし、稽古の相手をしてくれることは有難いと思うけれど、本当にもっと『強くなりたい』と思ってここまで通っているのかしら?」

 聞いたときは特に思い悩んだわけではない。祐麒だってもちろん『強くなりたい』とは思うが、もとはといえば理玖に連れてこられて始めたものであるし、本人がどう思おうが人の受け取り方は人それぞれなのだから。
 そうして稽古を終えて家に帰ったのだが、時間が経つほどに胸のモヤモヤは濃くなってきて、どうにも気持ちが晴れない。理由が分からないまま夜になり、ベッドに入ってから不意に理解した。
 冴香のあの言葉、それは土日にまで通ってきているのに祐麒から本気で強くなろうという思いを感じ取れないことであり、実際、祐麒とともに稽古をしていて物足りないと感じているのだろう。祐麒という稽古相手が目の前にいるのにもかかわらず、教師になるべく活動真っ只中の理玖を強引に稽古相手に引っ張り出したことからも、本心だと感じ取れる。
 剣道のキャリアが違うし、実力的に全く追いついていないのは事実なわけで、そこまで悔しがることではない。そう思おうとしたのだが、心は晴れず逆に眠れないまま時間だけが過ぎてゆく。
 そうして明け方近くになってようやく分かった。

 悔しいのだ。

 勝てないことが悔しいのではない。
 努力をしていないと、本気で強くなろうとしていないと、なんとなく稽古をしているのではないかと、そう思われているのが悔しかった。
 小学生のころから野球を始め、リトルリーグに属して練習に明け暮れてきた。体が小さいから下手なのだと言われたくなくて、人よりも多くの練習をこなして耐えて、根性だったら負けないと思ったし、実際にそれだけのことをやってきた自負がある。
 だけど今、剣道においてそこまでやり切れていないことは事実。部活動としての剣道をやって、時々土日に冴香の相手をして、でも言われたことをこなすだけ。それが悪いわけではないけれど、『そんなもの』と思われることが嫌だった。
 今の祐麒は冴香の視界にただ入っているだけの張りぼてみたいなものだ。だけどそうじゃないのだということを見せつけてやりたいと思った。
 その日から祐麒は生活を変えた。
 今までは冴香と予定があうときにしか訪れなかった宮野木の家に、土日休日、響が許す限り通って指導を受けた。本来なら教えてもらうために月謝を払う必要があるが、そんなお金はないので稽古の前か後、響の娘である茉莉に勉強を教えることで等価交換ということにした。
 平日は部活が休みの日も自主練をしたし、走り込みや筋トレを行い、剣道の試合のビデオを見て研究もした。
 野球を辞めてから久しぶりに本気で打ち込み、努力し、上を目指してきて、ついに冴香から一本を取ったのだ。たかが一本とはいえ、感慨もひとしおである。

「はあ……こんなんじゃ駄目だわ。確かに福沢くんも強くなったとはいえ、あっさり一本を取られるなんて」
 稽古を終えたあと、首を振って重い息を吐き出す冴香を見て祐麒は思い切って訊いてみることにした。今ならば、答えてくれるかもしれないと思って。
「山村先生がここまで練習しているのって、やっぱり、目的があるんですか」
「え? あ、ええ、そうね、目的というか、目標というか」
 すると、少しだけ考える素振りを見せた後に冴香は教えてくれた。
 冴香が休日も使って稽古をしている理由は、春に行われる剣道の大会に出場し、そこでとある選手に勝ちたいからだという。
 その相手というのは連城梓美という女性で、大学生時代にライバルとして競った相手だという。
 教職についてから、剣道部の顧問になったとはいえ本格的な活動からは少し遠くなってしまった冴香だが、試合の緊張感や満足いく試合が出来た時の高揚感などが忘れられずに昨年、その大会に出場をした。そこで、その梓美という女性と久しぶりに対戦したのだが、あっさりと負けてしまったらしい。
 ブランクがあったとはいえ、大学時代は互角以上に戦いしのぎを削ってきた相手だけにショックだったが、負けたこと以上に、梓美から憐れまれるような視線を向けられたことに強く衝撃を受け、またプライドを傷つけられたのだという。
「――そんなに負けたくないんですね」
「それはもちろん、福沢くんだってそういうの、あるでしょう?」
「分かるような気はします」
 野球は団体競技だが、それでもあのチームには負けたくないとか、あの打者だけは抑えこんでみせるとか、そういった思いを抱くことはあった。
「あと少しで大会なのに、ここで調子を落とすわけにはいかないわ」
「大丈夫ですよ、きっと」
「私から一本を取った身で、気軽に言わないでよね」
「す、すみません」
「とにかく、これから大会までの仕上げ、福沢くんにも付き合ってもらいますからね」
「お手柔らかにお願いします」
 本気の表情で見つめながら言う冴香に少しビビりながらも、少し楽しみになっている自分がいた。

 厳しい稽古を続ける理由を聞き、少しでも役に立てればと思う祐麒であったが、冴香の調子は明らかに下降線を辿っていた。
 実戦形式の中で何度か一本を取ることが出来た祐麒だが、初めて一本を取れた時とは異なり、どう見ても冴香の動きが鈍くて取れているものであった。
 そうすると冴香もムキになり、力も入り、余計に悪くなるという悪循環。かといってわざと力を緩めたら冴香にはすぐバレるだろうし、そんなことを望んでもいないだろう。どうすればよいのか分からないまま日だけが過ぎ、一向に状態は上向かないという最悪の状況のまま三月も半ばになっていた。
 今日もまた、冴香の状態は悪かった。真面目だから考え込むとスランプが長くなってしまうのか、とにかくよくなる気配が今のところは見えない。
「冴香もホント、変に考え過ぎなんだよね」
 休憩中、音もなく近寄ってきた響が呟くように言う。
「どうしちゃったんでしょうね、本当に。大会までもう一か月もないのに」
「他人事みたいに言わないの、原因の張本人のくせに」
「えっ、俺がですか!?」
 驚くと、響は呆れたように肩をすくめる。
「祐麒くんに一本を取られてから、リズム崩しているからね。祐麒くんに一本取られることなんてないって思っていたんだろうね、それだけ上達しているって素直に認めればいいのに、頭が固いんだから」
「俺のせい、ですか」
「とはいっても、冴香次第であることに変わりないし、それくらいで長期間スランプになっているあの子の問題よ。それでも、少しでも責任を感じるならば、気分転換でもさせてあげたらどうかしら。あの子、真面目だけれどその分、思いつめると視界が極端に狭くなるから」
「気分転換、ですか」
 そうは言われてもどうすれば良いものか分からない。
 悩みつつ稽古を終え、祐麒が考えたのは。
「――え、姉さんをデートに誘いたい? いいよいいよ、とうとうその気になったのね祐麒くんっ」
「デートじゃないです、山村先生の気分転換に何が良いかと思って」
「オーケイオーケイ、姉さんの喜びそうなデートコース、教えてあげるから」
 相談したのは冴香のことをよく知っていると思われる理玖、喜んで話を聞いてくれたのは良いが、どうにも勘違いをしていて困る。
「そうね、とはいってもあの姉さんだから普通のデートっぽいのは受け付けないだろうし、特に生徒が相手とあっては……あ、でもいいの思いついたよ!」
 眼鏡の下の瞳をらんらんと輝かせ身を乗り出してくる理玖。
 嫌な予感のする祐麒だったが、聞いてみるとまともで真面目な意見だったので驚く。
「失礼だな君は。あたしはね、姉さんと祐麒くんの仲を応援しているんだから」
「またそういうことを。でもありがとうございます、ちょっと考えてみます」
 理玖の意見を聞いたうえで、更にどうしようか自分で考える。しかし、冴香に断られたら意味がないわけで、その辺も考えて良いアイディアを思いついた。

 

「――山村先生」
「何、福沢くん」
 大会前、休日の稽古は最後とのことで気合の入っていた冴香だが、相変わらず状態は上がっていなかった。どうにかしようとしているのは分かるが、やはり力みが入って力が出せていないように思える。
 そんな稽古の合間、タイミングを見計らって祐麒は声をかけた。
「実はちょっと行きたいところがあって」
「――そう。それじゃあ、今日はここまででいいわよ、後は私一人で」
「あ、いえ、そうじゃなくて、先生にも一緒に行ってほしんですけど」
「私が? なんで」
「実は、これなんですけど」
 置いておいた携帯を手に取って画面を見せる。
 そこに表示されているのは、『刀剣と歴史』という美術展のホームページだった。日本刀を主とした展示会で、過去から現在に至る名刀の展示と、その刀にまつわる時代や歴史についても紹介している。
「面白そうだと思いませんか」
「確かに、これはそそられるわね。でも駄目よ、プライベートで二人で外出とか」
「いえ、ほらこれ、歴史も学べますし課外学習の一環で、俺もあまり詳しくないから先生に教えてもらえると有難いですし」
「そう言われても、私だって専門じゃないし」
「でも詳しそうじゃないですか」
「それはまあ、好きではあるけれど……」
 理玖から教えてもらった冴香の好み、そして勉強でもあるという口実、それでもまだ逡巡して頷いてはくれない。
「あと、実は」
「まだ何かあるの?」
「実は俺、明後日が誕生日なんですよ。だから誕生日プレゼントじゃないですけれど、お祝いがてらにどうですか」
「お祝いがてらって……」
 呆れたような顔をする冴香。もしかしたらこれは逆効果だったかと思ったところで、助け船が出た。
「いいじゃない、行っておいでよ。今のまま続けても良くなる気配はないし、趣味を楽しんで力を抜くのもいいんじゃない?」
「響さんまで……」
 もともと祐麒に対して助言をしてきた響が加勢したことが大きかったのか、やがて冴香もとうとう折れた。あるいは不調から抜け出せないことで、藁にもすがりたい気持ちだったのかもしれない。いずれにせよ、早めに稽古を切り上げ二人で美術展へと向かった。

「――凄く良かったわね」
 美術館を見て回って外に出ると、既に空は暗くなりかけていた。三月とはいえまだ肌寒く、吹いてくる風は冷たいが、冴香の表情は明るかった。
「俺も、思っていた以上に楽しめました」
 男だというのもあるだろう、刀剣というだけでも見ていて面白いものがあるが、それにまつわる歴史やいわくつきの話などがあって、更に冴香も時々追加で説明を加えてくれたので想像より遥かに満喫することが出来た。来るまでは、美術館なんて退屈だろうけれど、今日は冴香の気分転換なのだからと自らに言い聞かせていたが、そんなことは吹っ飛んでしまっていた。
 見る限り、冴香も気を遣っているわけではなく本心から楽しんでくれたようで、これで少しでも良い方向に向かってくれるのならば御の字である。自分との稽古のせいで調子を崩したなんて、もしこれで負けてしまったら寝覚めが悪いし、どうにか復調してくれればと思う。
「はぁ……でも、私も駄目ね」
「え、何がですか?」
「生徒に気を遣わせてしまって。私のスランプが治らないから、気分転換させようとしてくれたのでしょう?」
「え、スランプだったんですか? 今日はただ、俺が観に行きたかったっていうか、せっかくの誕生日だから綺麗な女性と一緒に行きたくて誘っただけですから」
「……もう、変なことを言わないの」
 おや、と思ったのは、冴香がわずかに照れたように見えたからだが、気のせいかもしれない。
 果たしてこれでいかほど効果があるかは分からないが、多少なりとも力になれればよいなと思った。

 

 そして四月となり新たな年度が始まった。祐麒は二年生に進級し、偶然ではあろうがクラス担任は冴香となった。新入生が入ってきて、剣道部にも女子の方では既に何人か入部し、祐麒も一年生男子を勧誘している。
 そんな中で大きく変わったのは、理玖が正式にリリアンの教師となったことであろう。女子はもちろん、男子は大喜びで理玖を迎えている中で、理玖の本性を知ってしまった祐麒はこの先のことを考えると微妙な気持ちになった。
 教師としての理玖はやはり猫を被っているようで、何も知らなければコロッと騙されるのも仕方ないとは思える。学園内ではシニヨンにした髪、そのうなじの色気にドキッとさせられることも確かであるが、つい視線を向けてしまうと、その度に「全て分かっているわよ」とでもいうような笑みを向けられるのが怖かった。
 そんな風に慌ただしく開始された新年度がいまだ落ち着かないうちに、冴香が出場する大会がいよいよ翌日となった。
 前日ということで厳しい追い込みはせず、体をほぐして調整をするにとどめる冴香。稽古はしないと聞いていた祐麒だが、やはり気になって顔を出してみるものの、役に立てるようなことはなく、せいぜい気休めにと来る途中で購入してきたお守りを冴香に渡すくらいだった。
 そしていざ大会の当日、祐麒は理玖と一緒に応援席に陣取っている。
「それで、連城梓美さんというのは、どの人なんですか?」
「えーとね、あそこ、ほら一人でかい人がいるでしょ、あの人」
「おお……見るからに強うそうですね」
 理玖が指さした先を追って見れば、確かに上背があって目立つ女性がいた。170センチは大きく上回るであろう身長に、やや茶色がかった髪の毛をまとめ、日本人にしては彫りの深い顔立ちに鋭い目つき、剣道の腕は知らないけれど正面から相対したら怖そうなことは確実だ。
「もちろん強いけれど、あの長身でありながら、実は凄い柔らかい剣道をするのよね」
「……柔らかい剣道」
「なんていうのかな、姉さんの剣道は正面から力強くというか、無骨に突き進む剣道。対して梓美さんは、軽やかな足さばきで相手の剣をいなして舞うような剣道、って感じ」
「それは、意外な感じですね」
「見た目や威圧感は半端ないからね、それでいて優雅な剣道、分かっていても相対するとそのギャップで戸惑う人も多いみたい」

 大会が始まり梓美の試合を観てみると、確かに理玖の言う通り大きな体を優雅に舞わせるように動き、相手の攻撃を捌いてから攻撃に移って一本を決めている。かと思えば、相手が待ちの構えを見せると自ら出て行って主導権を握ることも出来る、攻防とも隙が無いように感じられた。
 冴香の方はどちらかといえば攻撃に特化していて、攻勢の時は強いが、そこを凌がれて反撃され守勢に回るとやや弱い部分がある。攻撃も、梓美とは対照的に直線的。力強く圧力はあるが、いなしの上手な梓美が相手だと分が悪いように思われた。
「学生時代は6-4に近いくらいで梓美さんの方が勝率が良かったみたいだけど、どれくらい差が開いているかなぁ」
「え、開いているんですか?」
「そりゃそうよ、姉さんは教師になって本格的な稽古は遠ざかっている。それに対して梓美さんは警察官、今もバリバリにやっているはずよ」
 理玖の言葉を聞いて改めて試合会場を見れば、確かに、梓美の方が上回っていると、祐麒の目でもそう思える。
「じゃあ、山村先生が勝つ確率は」
「あまり高くないのが事実だけど、それを高める方法なら」
「あるんですか? それは一体」
 そこで理玖がくるりと祐麒の方に顔を向け、人差し指を突き付けてきた。
「そりゃあ勿論、祐麒くんの愛情でしょう。ほら、ここから声援を送れば」
「いや、剣道の試合で声援は駄目でしょう。もう、からかうのはやめてくださいよ」
「そうはいってもね。でも、ちょっとついているのは、対戦するとしたら準々決勝だから、体力的にはまだ余裕がありそうなところかな」
 理玖が言った通り、冴香と梓美は二人とも順調に勝ち上がり、準々決勝で対戦することとなった。

 試合は予想通り、冴香が積極的に攻めるのを梓美がさばいて反撃に出るという流れ。
「――今日は山村先生も調子良さそうですし、きっと勝てますよね」
 言いながら拳を握る。
 実際、先日までの不調はどこへいったのかというような感じで、ここまでの勝利の内容も良かったし動きも軽快である。気分転換が功を奏したのであれば良いが、そうでなくてもなんでもよい、あれだけ稽古を重ねてきたのだから勝って欲しいと思う。
 もちろん、勝負事はそんなものではない。努力も、想いも関係ない、強い方が勝つのだ。
「――――あ」
 一瞬の事だった。
 冴香の攻めを捌いた梓美の剣が魔法のように動き、小手で一本を取られた。
 後がなくなった冴香だが攻めを緩めることなく、逆転を目指して激しい攻撃を繰り出していく。だが、そんな攻撃も全て梓美の前では通用しないのではないかと思う祐麒だったが、冴香はそんなこと露一つも思っていないのだろう。攻めて攻めて、今までなら捌かれて一呼吸を置いていた場面、恐らく対戦相手の梓美も予想を覆されたのだろう、もう一度捌いてさて反撃に転じようとした一瞬の隙、冴香は見事な面を決めていた。
「うっわ、すげーな姉さん。これやっぱり、祐麒くんと稽古した成果じゃないかな、スタミナが格段にUPしているよ」
 とはいえ、今の代償は大きかったようで冴香は肩で息をしている。
 開始線に戻り、勝負の三本目に向かう。
 冴香、梓美、ともに気合のこもった声を放ち、剣を交える。面、胴、小手、いずれも互いに決まらない。鍔迫り合いでは体格的に冴香の方が不利だが、それでも負けてはいなかった。
 互いに一歩も引かず、梓美の呼吸も荒くなっている。
 残り時間も少ないが、ともに決めるつもりで戦っている。
 そしておそらく最後、攻めの冴香が襲い掛かり、梓美が受けに回る。
 結果は――

 

おしまい

 

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