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ノーマルCP マリア様がみてる 祐巳

【マリみてSS(祐巳×祐麒)】その手の伸ばす先

更新日:

 

~ その手の伸ばす先 ~

 

 

 四月からいよいよ大学生になるにあたり、祐麒は実家を離れて一人暮らしを始めることにした。決して実家から通えない距離ではないのだが、片道二時間近くをかけて通うのはなかなかに大変であるし、加えて一人暮らしというものに憧れもあった。
 母親はちょっと心配そうな顔をしたものの反対をすることはなく、父親はむしろ賛成してくれた。父にしてみれば、娘の祐巳が実家にいてくれればよいのだろう。
 引っ越しの当日は、両親と祐巳、それぞれが手伝ってくれて新たな部屋に新たな家具やら家電やらを運び込んだ。
「へー、ここが祐麒の新しい部屋なんだ。あんまり広くないね」
「仕方ないだろ、一人暮らし用のマンションなんだし、あんま高い部屋借りるわけにもいかないし」
 1Kの間取りだから広いわけもないのだが、大きなクローゼットが備え付けられているし、収納スペースはかなりあるから困ることはないと思っていた。1Kとはいえ、キッチンも三畳ほどの広さがあるし、一人で暮らすには十分だろう。
 ベッド、冷蔵庫、洗濯機、テレビといった主な家電と家具の配置を考え、部屋を作っていくのは楽しかった。
「祐麒、両隣にちゃんと挨拶をしてきなさい」
 と、父親が用意してきていた引っ越し挨拶用のギフト品を手渡してくる。最近の、しかもこの手の単身者用のアパートやマンションで引っ越しの挨拶はあまり行われていないとも聞くが、この辺、祐麒の親はしっかりしなさいと子供たちには言いつけている。
「お父さん、これから祐麒がお世話になるんだし、私達も一緒に挨拶したほうが」
「やめてよ母さん、さすがにそれは」
 親が一緒じゃないと一人で挨拶も出来ないと思われそうだし、何より恥ずかしい。祐麒はギフト品を手に部屋を出てまずは右隣りへと向かったが、インターフォンを押しても誰も出てこない。単に留守にしているのか、それとも面倒くさくて出ないようにしているのかは分からないが、とりあえず不在時用に用意していた挨拶のメモを添え、扉の取っ手に袋をぶら下げておく。
 続いて自分の部屋の前を横切って左隣の部屋に。

『――――はい、どちら様でしょうか?』
 今度は、返事があった。
「あの、この度となりの203号室に引っ越してきた福沢といいます。引っ越しの挨拶に伺わせていただきました」
 変な言葉づかいでなかったろうかと、わずかに緊張していたことを不安に思いつつ待っていると、やがて扉の向こうに人の気配を感じた。
「――あ、どうも、こんにちは」
 扉が開いて顔を覗かせたのは、栗色の髪の毛をサイドで結わいている女性だった。祐麒と同じく、大学生くらいに見える。
「改めて、203号に引っ越してきた福沢です。これ、えーと、ご挨拶のかわりといいますか、よかったらどうぞ」
「あ、わざわざご丁寧に、ありがとうございます…………」
 と、ギフト品を受け取った女性の視線が祐麒ではなくあらぬ方向に向けられているのに気が付き、まさかと思って祐麒もそちらに目を向けてみると、まさかであった。
「ちょっ、父さん、母さん、祐巳までっ!?」
「あ~っと、申し訳ありません、この子の父です」
「これから息子が迷惑をおかけするかもしれませんが、よろしくお願いします」
「ちょ、ちょっと、恥ずかしいからやめてくれよ!」
 真っ赤になって祐麒は親を押し返そうとするが、それで引き下がるような親ではない。
 すると、後ろで女性がくすくすと笑うのが分かり、余計に恥ずかしくなる。
「ご家族、仲が良いんですね」
「いえ、その……すみません」
「そんな……あ、挨拶が遅れました。あたし、三間坂といいます。実はあたしもつい先日、こっちの大学に通うため富山から引っ越してきたばかりで、分からないことばかりなので、よろしくお願いします」
 深々と頭を下げる三間坂。
「三間坂さん、この子はこれでも男の子ですから、力仕事とか、夜の一人歩きとか怖い時、遠慮なく使ってくれて構いませんからね」
「ああもう、母さんもやめてくれよ恥ずかしい」
「あら、ご近所づきあいは大切よ。特に一人ぐらいでは、お互いに何かあった時に助けられるような人が近くにいるのといないのでは」
「分かったから、とにかく、あの、これからよろしくお願いします」
「――はい、よろしくお願いします」
 おかしそうに笑いを堪えている三間坂を見て、ますます羞恥に頬が熱くなる。背を向け、親を押してどうにか室内に戻った時には、精神的にかなり消耗していた。

「お隣さんも良さそうな人で良かったわね」
「そうだな、こういうのは縁も大切だからな」
 と、相変わらずマイペースを崩さない両親に、祐麒としては気付かれないよう小さく吐息を出すしかない。
「――でも祐麒、本当はちょっと嬉しいんじゃない?」
 するとそこまで黙って様子を見ていた祐巳が口を開いた。
「何がだよ?」
「だって三間坂さん、結構可愛かったし、性格も良さそうだったし、そんな女の子がお隣さんで。お父さん達のお蔭で思いがけず距離感も一気に縮まったし、彼女も地元から出てきたばかりで知り合いもいなくて不安なわけで、仲良くなるチャンスじゃない。彼氏だって、今ならいないんじゃない?」
 悪戯っぽい笑みを浮かべて言う祐巳。
「な、なんだよそれ。俺は別に、それに地元に彼氏とかいるかもしれないし」
「いや、あれはいないよ、同じ女の勘として」
「何が『女の勘』だよ」
 呆れる祐麒だったが、思いがけず祐巳の言葉を本気にとらえる人がいた。言わずもがな、両親である。
「なるほど、確かにチャンスじゃないか祐麒。なかなか良さそうなお嬢さんだし、お前も高校時代に彼女の一人も家に連れてこなかったからな、どうなんだ?」
「でも祐麒、一人暮らしだからってあまり羽目を外したら駄目よ。交際をするなら、ちゃんと」
「だーかーら、なんで勝手に先走るかな。そんな気ないってのに」
「なんだ祐麒、三間坂さんみたいな女性、好みじゃないのか?」
「だからー!」
 どこの家もそうかもしれないけれど、どうしてこう親というのは面倒くさいのだろうと、祐麒はしみじみと思うのであった。

 

 一通りの片づけを終えた後、まだ少し時間は早かったけれど家族で食事をした。祐麒の引っ越し祝いというにはささやかだが、新しい門出を祝してである。今までは家族で食事をするのが当たり前だったが、これからそれもなくなる。一人で食べること自体はそこまで問題ないけれど、心配になるのは栄養面である。母親もその点は気にしており、散々、細々と注意をされる。もう同じことを何度聞いたか分からないけれど、それでも自分のことを心配してくれてのことだと考えると、総務気にすることも出来ず素直に聞いた。
 食事を終えたら、家族は家に戻ることになる。いよいよこれから本当に一人での暮らしが始まるかと思うと、楽しみと、そして少しの寂しさがこみあげてくる。
 父親が運転してきた車を停めてある駐車場に向かって歩きながら、今までのこと、そしてこれからのことを何とはなしに考える。
「――あ、しまった。祐麒の部屋に、お財布忘れて来ちゃったかも」
 駐車場までやってきて、いざ車に乗り込もうとする直前、いきなり祐巳がそんなことを口走った。
「何やってんだよ、間抜けだな」
「うるさいなー。ごめんお父さん、お母さん、取ってくるからちょっと待ってて」
 両親に手刀を切り、踵を返す祐巳。
「ほーら祐麒、あんたも一緒に来てくれないと、鍵開けられないでしょう」
「へいへい、なんで偉そうなんだよ」
「いーから、早く来るのっ」
 命令され、祐巳の後をてくてくと追いかけていき、これから自分の城となる部屋の前に立つ。隣、三間坂は部屋にいるか分からなかった。
「何、三間坂さんが気になるの?」
「違うっつーの」
 鍵を開けて部屋の中に入り、明かりをつける。
 まだ完全には整理しきれていない荷物があるが、寝泊まりするだけなら問題ない状態にはなっているだろう。
「……つうかさ、さっきのは何なんだよいったい。いきなりさ」
「さっきのって、何が?」
「だから、三間坂さんのこと。いきなり、チャンスだとか彼女だとか……祐巳は、俺が三間坂さんを彼女にしてもいいのかよ?」
 気になっていたことを、二人きりになれたことでようやく口にすることが出来た。
「えー? そりゃもちろん、弟に彼女が出来るのを邪魔したりしないよ。そこまで私、ブラコンじゃないし」
 あっさりとそう返され、胸がズキッと痛む。

「――俺は、祐巳が」
 祐巳を、背中から抱きしめる。
 髪に顔を埋める。
 髪質が硬くて癖っ毛だから高校生の時はツインテールにしていたけれど、大学生になるということでさすがに髪型も卒業し、ストレートパーマをあてている。何度も匂いをかぎ、撫でてきた髪の毛。
「ちょっと、こらこら祐麒、お財布が探せないでしょ、手伝ってよ。どこかに紛れちゃったのかなー?」
 やんわりと腕を解かれて距離を取らされる。
 ため息をつき、床に膝を落として探すのを手伝う。
 そりゃあ、一人暮らしをすると決めたのは祐麒だし、そのことに関して相談もしなかったことで祐巳を怒らせ、拗ねさせてしまったのは事実だ。だけど、別に祐巳が嫌いになったなんてことはないし、大学生になって心機一転、彼女を作るぞと思ったわけではない。
「三間坂さん、良い子そうだし、それにあの子服で分かりづらかったけれど、胸も結構大きいと思うよ?」
「――別に俺は、胸の大きさとか関係ないし」
「もー、何を拗ねているのよ。お姉ちゃんが、弟に彼女が出来るようにって思ってあげているのに」
 だからこそ辛いのだと、祐巳は分かってくれないのだろうか。
 ちらと、祐巳の横顔に目を向ける。
「――あ、あったあった。こんなところに入れちゃっていたんだ」
 引っ越し荷物の中に紛れていた財布を手に取って笑う祐巳。
「もう、祐麒ったら、そんな顔しないでよ。だいたいさ、私達、いくらどうこうしようとしたって、一緒にはなれないんだよ?」
「そ……れは、そうだけど」
 分かっている。
 分かっているけれど、そんな先のことは考えられないと、ずっと目を瞑ってきたこと。それは祐巳も同じではなかったのか。それとも、高校卒業を機に清算しようというのか。あるいは、祐麒が一人暮らしをすることになったのが契機になったのか。
「だから、祐麒が彼女を作るなら、好きな子が出来るなら、応援するよ?」
 にっこりと笑って言われるほど、ズキズキとした痛みが胸を刺す。
「もう、そんな顔しないの祐麒。これから楽しみな一人暮らしが始まるんでしょう?」
 言われても、笑えるわけもない。
 ただ、情けない表情を見せないように俯くことしかできない。
「……まあ、祐麒に好きな子ができたら応援するし、彼女を作ろうとするのを止めたりはしないけれど」
 床にうつる祐巳の影が、一歩だけ近づいてくる。
「――――祐麒」
「っ!?」
 俯いていた視界に、いきなり祐巳の顔が現れる。
 腰を屈め、わざわざくりくりとした大きな瞳で見上げてくる。
 そして、ふっ、と口の端をわずかに上げて。

「でもどうせ、祐麒はそんなこと、出来ないでしょう?」
 言いながら腰をわずかに伸ばし、唇を押し当ててきた。
 先ほど食事したレストランの、食後の紅茶の味がする。
「んっ…………は、ぁ」
 久しぶりに味わう祐巳の唇の感触だったが、すぐに離れてゆく。名残惜しむように口の端から糸を引く唾液を指で掬い、上目づかいで祐巳は見つめてくる。この角度、この表情に祐麒が弱いことを、おそらく知ったうえで祐巳はやっている。
「あ……やだ祐麒ったら、キスだけでそんなにしちゃって」
 祐巳の視線は、祐麒の下半身に向けられている。
 だけど仕方ないではないか、せっかく大学受験を終えて春休みに入ったというのに、一人暮らしの準備は忙しく、祐巳は怒っていて、ずっと出来ていないのだから。
「ゆ、祐巳」
「だーめ、祐麒ったら。お父さん達が待っているんだから」
「う……」
 軽く祐巳の胸を揉んだ途端、ぺしっと叩かれてしまった。
 あからさまにがっかりと肩を落とす祐麒を見て、祐巳はくすっと笑う。
「……仕方ないなぁ。汚れちゃうと困るから、それじゃあ手早く手でしてあげるね」
「祐巳……んっ……」
 唇を塞ぎながら、祐巳はそっと手を祐麒の下半身に伸ばしてきた。

「――わ、お母さんからメール来た。えーと、今から行きます、っと」
 携帯を手に帰り支度をする祐巳を、祐麒はぼうっとして見つめる。
「それじゃあね、祐麒。明日は新しい洗濯機で、ズボンとパンツ洗ってね」
 言われて赤面する祐麒。
 文字通り祐巳の手にかかり秒殺されたうえ、溜まっていたものを久しぶりに出したせいでズボンの方まで染みてしまったのが傍から見ても分かる状態になっている。
 玄関でスニーカーを履き出て行こうとして扉に手をかけたところで止まり、なぜか靴を抜いでまた室内に戻ってくる祐巳。
 軽快な足取りでキッチンを抜けて居室に来ると、ローテーブルの上に手を伸ばす。
「――合鍵は貰っていってもいいよね?」
 キーホルダーを持ってクルクルと鍵を回しながら見せると、再び祐巳は玄関に戻って靴を履き直す。
「それじゃあまた……次は、勝手に一人暮らしを決めて私を怒らせた分、たっぷり付き合ってもらうからね…………お父さん達を気にしなくてもいいしね、へへっ」
 ぱちっと可愛らしくウィンクし、そして扉の向こうに見えなくなる祐巳。
 そんな祐巳を見送って祐麒は。
「…………っし!!」
 単純なもので、心も、そして体もすぐに元気になったのであった。

 

 尚、翌日に洗濯物を干そうとベランダに出ると、同じようにちょうど洗濯物を干そうとしていた三間坂と出くわし、一人勝手に気まずい思いをしてしまう祐麒だった。

 

 

おしまい

 

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