第三話 『残念美少女』
一人、既に日付も変わってしまった後に部屋に帰ってきた。
昨日は早くに帰宅したため、今日は頑張って残業をしてきたのだ。明日が土曜日で休みということもあり、遅くなっても心置きなく寝坊することができるので、残業すること自体は問題なかったが、それでも働き詰めで脳を酷使すれば疲労する。
鞄をベッドに放り投げると、中から携帯電話が飛び出してきた。
「ん、メールか」
着信しているメールを確認すると、その中に大学時代の友人からのメールがあった。久しぶりに会わないかという誘いのメールに、特に予定も何もなかった祐麒は深く考えずに返信し、そのままベッドに横になった。
少しだけ休むつもりだったが、いつしか祐麒は眠りに落ちていた。
翌土曜日、昼前にようやく目覚めた祐麒は、シャワーを浴びて頭と体をさっぱりさせ、朝昼兼用の食事をカップラーメンで済ませ、録画しておいたドラマを観た後で部屋を出た。
睡眠時間は充分のはずだが、一週間分の疲労が体に蓄積されていたのか、いまだに少しだるい感じは残っている。首と肩をほぐすようにして歩きながら、携帯のメールを確認する。
昨夜の返信メールから、更に何通かメールを着信していたのを、今になってようやく見ることになる。昔から、メールの返信が遅いと各方面から文句を言われているが、いまだにそれは直っていない。
最寄駅から電車に乗って、約束の場所を目指す。電車の窓から差し込んでくる四月の日差しが眩しい。
電車を一回乗り換えて数十分後、予定していた駅に予定通りに到着する。日差しはあるけれどまだ空気は冷たくて、首をすくめて歩き出す。
「ちょわーっ!」
「ぐはっ!?」
歩き出したところで突然、背後から奇声とともにタックルをくらってつんのめった。どうにか体勢を立て直して転倒を回避し、奇声のした方を振り返って見ると、予想通りの顔がそこにあった。
というか、こんな突拍子もないことを街中の人の目が多い中で平気でやってくるのは、知り合いの中にも一人しかいない。
「い、いきなりショルダータックルとかするなっての!」
「ショルダータックルじゃありません、真空とび膝蹴りです」
「どっちでも同じだっちゅーの」
なぜか自慢げに薄い胸を張っている彼女。
「ったく、もう四年生だってのに、変わらないな菜々ちゃんは」
白いブラウスにピンクのカットソーを重ね着したトップスに、暖かそうなオフホワイトのフリル付きカーディガンはふりふり感が可愛らしい。ベージュと黒のチェックキュロットからは健康的な脚が伸び、黒のフリル調ロングブーツへとつながっていく。
大学の二年後輩にあたる菜々は、この四月からは新四年生へと進級していた。
祐麒と同じ大学に現役合格した菜々は、本来であれば一年浪人した祐麒の一学年後輩になるのだが、一年留年しているため、二学年後輩になっている。
知り合ったきっかけは祐麒の友人と同じサークルだったことだが、実はリリアン女学園の山百合会メンバーということで、高校時代にも面識が少しだけあった。もっとも高校時代は学園祭の手伝いでニアミスしたくらいで話した記憶もなかったので、数年ぶりに会った菜々とは初対面のような感覚であった。
そんな菜々は、中学時代は高校生に間違われることもあったとのことだが、どうやら言動的にも肉体的にも成長はその辺で止まってしまったらしく、ふりふり、ひらひらのカーディガンやフリルのブーツがとても似合っている姿は女子高校生にしか見えない。
「いやいやいや、大きく変わりましたよ! 今の真空とび膝蹴りの滞空時間、物凄く長かったですよ、空中で一瞬止まったかと思いましたもん。近年稀にみる跳び膝でした」
仮にもリリアン育ちのお嬢様のはずが、なぜこんなことになってしまったのか。菜々が言うには、「師事した姉の影響です」とのことだが、それはあくまで契機の一つであって、そもそも菜々がそういう資質を持っていたとしか思えない。
「で、菜々ちゃんだけ? 灰田と小早川はまだか」
約束している他の友人の姿を探すも、周囲に姿は見えない。
「ああ、なんかお二人とも遅れるそうですよ。18時に集合とのことです」
「え、マジで? 俺には連絡来てないよ、ったく、確かに俺は返信遅いけどさ。でもそうなると、二時間以上時間があいちゃうのか。どうする?」
菜々に訊いてみると。
「時間的に丁度よいので、ラブホでご休憩とかどうです?」
「はいはい、そうですか」
大体、普段からこの調子である。
見た目、清楚な美少女なのだが、言動に奇天烈なことが多いので、大学内では陰で『残念美少女』とか呼ばれている。周囲からの評判を知ってか知らずか、菜々の言動は今も変わることはなかった。
祐麒も当初は散々にからかわれ、菜々のペースに乱されて狼狽し、そのリアクションが面白いのか菜々が更に調子に乗り、ということを繰り返していた。女子に慣れていない祐麒の反応が一番面白いのか、今でもこうした感じだ。
もっとも、祐麒も長い間繰り返されればさすがに慣れるし、スルースキルも覚えたので、今では菜々にいちいち惑わされることなどない。
「うへへへ」
女子らしくない笑いを浮かべながら、わざとらしく腕を組んできたって動揺しない。胸を押し付けてこようが、今日は四月とはいえ寒くてスプリングコートを着ていて分かりづらいし、そもそも感じさせるほどの胸の大きさは、菜々にはないはずだ。
「あー、祐麒先輩照れています? かわいい~」
「照れてないっての」
「そうですかぁ。あ、どこがいいですかね?」
「どこって、何が……って、ぶふっ!?」
適当に会話を受け流しながら、腕を組まれた菜々にあわせて歩いていたのだが、いつの間にかラブホテルロビー内の部屋選択するパネル前にやってきていた。というか、いつラブホテルに入ったのか気が付かないとは、自分のことながらスルーしすぎである。
「わ、私、よくわからないので……せんぱい……選んでくれます……?」
菜々が「ぽっ」と頬を赤く染め、潤んだ瞳で見上げてきて、祐麒と目が合うと恥ずかしそうに慌てて視線をそらし、俯いてしまう。菜々の指は、祐麒のコートの袖をつまんでいる。可愛らしくも、ちょっと色っぽいような、そんな感じの菜々を初めて見た気がする。
「え、ちょっ……な、菜々ちゃんっ!」
慌てて顔を左右に向けると、フロントにいる受付の人と目があい、一気に顔が赤くなった。顔を背け、菜々の手を掴むと、祐麒は急いでラブホテルの外に向かって歩き出した。
「せんぷぁーい、気に入ったお部屋、なかったんですくわぁ~?」
「ええい、黙りなさい!」
わざとらしくしなを作る菜々を引っ張り、受付の人の不審そうな視線を背中に感じながら外に出て、ようやく息を吐き出す。
「あはははははっ! 祐麒先輩、焦りすぎ、面白い顔していましたよ~」
「お、お前なぁ、冗談でもこんなことするなよ」
今まで冗談は色々あったが、ここまでやられたのは初めてだった。
「俺がもし、その気になっちまったらどうするんだよ、ったく」
「祐麒先輩はそんなことしませんもの」
文句を言っても、澄まし顔で応える小憎らしい後輩。
「信頼してくれているのは嬉しいがな、俺だって男だぞ、ったく。それに俺だから良かったものの、冗談じゃなく本気にする男だって絶対にいるぞ」
「大丈夫ですよ」
「馬鹿! 男を甘く見るなよ。菜々ちゃんが強くたって、男の腕力には敵わないんだぞ!?」
菜々の細い両肩を掴み、正面から睨みつけると、菜々は驚いたように目を丸くした。
反省する様子もない菜々に、さすがに少し頭に来たのだ。女の子がそんな品のない冗談をするものじゃないし、冗談で済ませられなくなったら、傷つくのは菜々なのだ。
「……大丈夫ですよ、だって祐麒先輩以外の人にはこんなことしませんもん」
ちょっと拗ねたように口を尖らせながら、菜々は言う。
「そして、祐麒先輩だったら、本気にしちゃっても私、いいですよ……?」
上目づかいに見上げてくる菜々に、不意を突かれる。
「え、おい、ちょっ、菜々ちゃ」
どぎまぎして、何を言っていいか分からなくなった。
「その、お、俺は、だね」
「…………」
肩を掴んだまま菜々を見下ろすと。
口から舌を出している菜々を視界にとらえた。
「…………っ、こ、こいつ!?」
「あははははははっ」
祐麒の手をすり抜け、爆笑する菜々。
「こ、こんのヤロー!」
「アイターーーっ!?」
脳天にチョップを落とす。
結局、最後まで菜々にからかわれただけだった。分かっている、菜々には大学在学中から敵わなかったのだから。
祐麒は頭をかき、大きく息を吐き出した。
「あ~~っ、怒ってます?」
少し引き攣った笑いで、祐麒に尋ねてくる菜々。
祐麒はゆるゆると首を横に振る。今更のことで、怒る気力もないし怒るほどのことかも分からなくなってきていた。もう、いつものことだし別にいいやという投げやりな気持ちと、大学時代のノリに戻ったような気がして、仕事で疲れていた気分もどこかに霧消してしまったように感じられたから。
「調子に乗りすぎてたらすみません。でも、祐麒先輩だけっていうのは、本当ですよ?」
「分かった、分かった」
「むぅ~~っ、ほんとうにわかっているのかなぁ、このせんぱいは」
「……菜々ちゃん、今、俺のこと馬鹿にした?」
「え~~っ、なんでですかぁ、なながせんぱいのことばかにするわけがないじゃないですかぁ」
「その喋り方が、なんか馬鹿にされている気がするんだが!?」
「わたしはふつうにしゃべっているだけですけど~~?」
「だから、そのひらがなチックな喋り方を辞めろっちゅーに!」
「え~? いみがわかりませーん」
大学時代から、菜々とはずっとこんなだった。社会人になってから、メールはちょくちょく菜々から送られてきたが、面と向かい生身の菜々と馬鹿馬鹿しいやり取りをするのは久しぶりで、からかわれているのに心が軽くなる。
「さて、と。灰田達との時間まで、何かするか」
「はいっ! ゲーセンいきましょー、ゲーセン。あ、祐麒先輩の好きな『ゲイ専』こと『ゲイ専門のあんなモノやこんなモノ売っている秘密のショップ』じゃありませんからねっ」
「誰も何も言ってないし、そもそも好きじゃねー!」
そうして、菜々と二人でワイワイ、くだらない時間を過ごしたのであった。
二時間ほどゲーセンで時間を潰した後に残りの友人二人と合流し、ちょっとぶらついた後に居酒屋へとなだれ込んだ。
「おつかれー!」
ビールのジョッキで乾杯する。土曜日で仕事をしていたわけでもないので、疲れてなどいないのだが、お約束というものだろう。
チェーン店の居酒屋のテーブル席で四人が集まって飲むのも、いつ以来であろうかと祐麒は考えてしまう。
「いやーっ、仕事してなくてもこの一杯はうめーよなー!」
一気にジョッキの半分ほどを飲み干し、大きな声を上げるのは灰田透。大学で仲良くなった友人その1である。
「店員さん、豆腐サラダと唐揚げと串揚げ盛り合わせと特性コロッケ」
「揚げ物ばかりじゃねーか!」
祐麒の隣で注文をするのは小早川礼司。灰田に続く友人その2で、眼鏡で細身という外見のクセに、やたらと食うヤツである。
「あ、追加でバーニャカウダとお姉さんの女体盛りお願いします!」
と、店員の可愛らしいお姉さんにセクハラしているのは言わずもがなの菜々。
「しかしユキチ、お前顔色わりーなー、前に会った時よりやつれてるんじゃねーの? ちゃんと休んでるのか?」
「体壊さない程度にはね。灰田こそ、営業ノルマとか大変なんじゃないの?」
「コイツは要領がいいから問題ないだろ」
「あ、コバお前、決めつけるなよなー。ま、その通りだけれどさ」
灰田は商社の営業職につき、一年目にしてバリバリ働いているらしい。元々が営業志望で、性格も営業向きで、仕事も性に合っているようで生き生きとして見える。
一方で小早川は一流メーカーの技術職に就き、やはり日々忙しく過ごしているらしい。
「皆さん、お仕事大変そうですねー」
「ナナッチも他人事じゃないだろ、就職活動はどうなってんだよ。内定とか出てないのか?」
四年生の菜々は、就職活動真っただ中のはずであるが。
「私は……どうしましょうかねぇ」
「本気で考えろ、コラ」
学生時代の懐かしい空気がすぐに戻ってくる。おそらく、何年経っても、同じメンツが集う限りすぐにそうなるのだろうと想像がつく。
「しかし、俺らの仲もここまで続くとは思わなかったね。何せ男三人に女一人、しかもナナッチだけ二コ下っつー集まりでさ」
「何を言いますかハイダー先輩! 私たちは『エクストリーム・アイロン掛け』同好会の同志ではありませんか!」
「ついでに、『わなげ同好会』兼『吹き矢同好会』の同志でもあるね」
「そう、その通りですコバ先輩!」
「俺たち以外に誰もいないけれどね」
要は、四人でつるんで遊んでいたというだけの話である。いや、『エクストリーム・アイロン掛け』に関しては四人ともそこそこ活動して、大学の怖い講師の講義中や、学長室内に忍び込んでとか、体育館の屋根の上でとか、色々と実践してみた。
「あ、あと、『リアルBL三人衆部』も」
「「「それは違う」」」
「えーっ、なんでですかー、お三方ともそこそこ整った顔して、私を含む頭に"腐"のつく女子からは、それはもう裏で大変な人気で」
「いやそれ、ナナッチが口コミで広めたんでしょうが?」
祐麒達は全く意識していなかったのだが、ホスト風の灰田、学者風の小早川、そして童顔狸顔の祐麒の三人がつるんでいると、妖しげな匂いが立ち込めて見えるのだとか。そういうことを菜々が大学内の主に女子に広めたおかげで、時に変なことを言われたりしたのも、今となっては嫌な思い出である。
「"灰×福"とか"コバ×福"とか、萌えるじゃないっすか!? 祐麒先輩総受けの灰コバ攻めもたまらんですタイ!」
力説する菜々を、冷めた目で見つめる男三人。この辺も、菜々が『残念美少女』と呼ばれる所以である。
男女構わず誰の前でもBLトークを交わしたり、エクストリーム・アイロン掛けで新一年生入学式の学長挨拶の時にアイロン掛けをし始めたり、学際で祐麒達三人を引き連れて即席のお笑いユニットを作成してステージに乱入したり、といった数々のことをやってきた。見た目が清楚な美少女だけにギャップも激しく、男たちは失望し、あまり近寄ろうとしないらしい。
そんな菜々を受け入れたのが、祐麒達というわけである。というか、無理矢理に居場所を作られたというのが正しいか。
友人たちと久しぶりに馬鹿話に興じ、店を二件目に変えて更に酔っぱらったテンションのまま騒ぐ。
「――ところでさ」
そんな中、菜々がトイレに中座した時に不意に灰田が呟くように言った。
「ユキチさ、ナナッチとはちゃんと付き合ってんの?」
「……は?」
一瞬、何を言われているのか理解できなかった祐麒に対し、小早川が灰田を援護するように言葉を重ねる。
「菜々クンとは彼氏彼女の関係になっているのかと訊いているのだ」
大真面目に言う小早川の眼鏡をまじまじと見つめる。
「いやいやいや、待て待て二人とも、なんでそうなる?」
「なんでって……まあ、なんとなく?」
「前々から、お前たちの関係はなんなんだろうと不思議ではあったんだよな」
「不思議も何も、何もないよ。むしろそんなことを訊いてくる方が不思議だよ。付き合いの長さだったら、お前たちだって同じじゃん」
「そりゃそうだけどさー、付き合いの長さじゃないじゃん、こういうのって」
「菜々ちゃんが俺ばかりからかうのは、俺が反応するのが面白いからだろう?」
灰田や小早川に対しても物怖じしない菜々だが、悪戯をしかけてくるのはほとんど祐麒に対してばかりである。昔は後の二人にも同じようにしていた記憶があるが、二人は早々に受け流すか、受け取って投げ返す技術を身に着けたので、菜々のからかいの対象から外れたはずである。
「いやぁ、でもなぁ? 今日だってさ」
「今日の招集は、灰田だろ」
「そうだけどさ、待ち合わせの」
灰田が何かを言いかけたところで、トイレから戻ってきた菜々がテーブルの傍までやってきたので、口を閉じる。
「どもども、遅くなりました。いやー、トイレに貼ってあったギアナ高地のポスターに夢中になっちゃいまして」
などと言いながら席に戻る。
「あれ、どうかしましたか。何か話していました?」
「ん? ああ、それが菜々ちゃんがさ」
と、祐麒が言いかけたところで。
「菜々ちゃんの寂しい胸が少しは成長しただろうかってさ」
灰田が言葉を重ねてきた。
そして、その言葉を受けて菜々が自分の胸にちらと視線を落とす。
「ほほう、そのようなセクハラトークを繰り広げていたと……なるほど、なるほど」
「――と、ユキチがやたら気にしていてさ」
「って、何で俺!?」
「ふふふ、なるほど、これはお仕置きが必要なようですね。お姉さん、アブサンをこの方に!」
「やめて、無理っ!」
騒がしい土曜の夜は、こうして過ぎていく。
二件目を出るころには終電近くなっていた。灰田と小早川は明日用事があるということもあり、オールナイトは避けて帰ることにした。
駅で灰田達と別れ、菜々と二人で電車に揺られる。
「菜々ちゃん、寝るな、もう少しだから我慢しろ」
「う~~っ……」
立ったままうつらうつらとしている菜々を必死に支える。
菜々の方が先に電車から降りるのだが、果たして大丈夫だろうかと思う。菜々は実家暮らしだから、電話して家から誰かに迎えに来てもらえれば問題ないだろうが、肝心の菜々が連絡できないと意味がない。
「菜々ちゃん、家に電話できる? 家の人に迎えに来てもらいな」
「ふぁ~い……面倒くさい……祐麒先輩の部屋に泊まりじゃ駄目ですか?」
「駄目に決まっているだろ、っていうか俺の家より菜々ちゃんの家の方が近いじゃん」
「はいはい、そうですね」
どうやら目が覚めたらしい菜々は、携帯電話を取り出してメールを打って送信した。すぐに返信が来て、姉が車で駅まで迎えに来てくれることになって祐麒としても一安心であった。
やがて電車は菜々が降りる駅に到着し、扉が開く。
駅のホームに降り立った菜々は、祐麒に軽く手を振る。応じるように祐麒も手をあげたところで、扉が閉じて二人の間を隔てる。
ゆっくり動き出す電車の窓の外、少しずつ離れていく菜々の姿。
と、菜々は何を思ったのか、いきなり両手の人差し指で口の中にいれて左右に引っ張って、舌を出して見せた。
「は、なんで?」
疑問を口にするが、もちろん誰も答えてなどくれず、菜々の姿はみるみるうちに小さくなって視界から消えてしまった。
「分からんなぁ」
扉に寄りかかりながら呟く。
菜々の言動は、最後まで相変わらず理解できなかったが、それでも今日一日で随分と仕事で鬱屈していた気分が解れた気がする。間違いなく、菜々たちのおかげであった。
既に見えなくなった後輩の姿を思い浮かべ、苦笑しながらまた翌週から頑張ろうと思う祐麒であった。
第四話に続く
~なかがき~
「どもー、というわけで私のターン!」
「よーナナッチ、元気だねぇ相変わらず」
「ハイダー先輩も相変わらず軽薄そうな笑顔ですー」
「うはっ! これは俺の素の笑いなんですが」
「そーゆーとこがホストっぽいんですよ」
「それよかナナッチも苦労するなぁ、あそこまでやっといて手ぇ出さないユキチ、どんだけヘタレ?」
「やっぱハイダー先輩もそう思いますよねー? だから、ハイダー先輩やコバ先輩とのうわさが流れるのに」
「流しているのはナナッチでしょ?」
「そうですけど…………はっ!?」
「どうした、いきなり?」
「いえ、私のターンが終わってしまった! 次は敵のターンなのです!!」
「はぁ?」