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ノーマルCP マリア様がみてる 真紀

【マリみてSS(真紀×祐麒)】嬉しくないわけが

更新日:

~ 嬉しくないわけが ~

 

 

 もちろん、ちょっと罪悪感は抱いている。
 どうせ断るならなぜ、デートなど受けてしまったのか。デートすれば相手はより大きな期待を抱くだろう。しかも二回も。
 初めから可能性などないのだと伝えておけば、余計な期待など持つこともなかったのに。
 あの断りの翌週、学校内では極力、祐麒の姿を視界に入れないように気を付け、部活動の方にも出なかった(これは前と同じだが)
 授業などで必然的に姿を見せることはあるが、そういう時、祐麒から向けられる視線が辛かったし、その表情を見せられると申し訳ないと思うが、それはすべて自分が蒔いた種である、受け止めるしかない。

 幸いというか、祐麒はきちんと真紀の結論を受け入れてくれたのか、それ以上にしつこく食い下がってくることはなかった。祐麒は若い、今は傷ついたとしても時間が癒してくれるだろうし、若くて可愛い女の子は周囲に沢山いるのだ、自分勝手だと思いつつも早く傷が癒えてくれれば良いと思う。
 デートを受けてしまったのは、何年も前のことをずっと真剣に受け止めて今まで一生懸命にやってきた祐麒、その勢いと熱意にうたれてしまったからだと今になって分析する。だとしても、男子生徒とプライベートに二人きりで会うなどすべきでなかったと思うのだが、既にしてしまったことを悔いても時間は戻らない。
 何事が起きたわけでもないのだから、真紀も記憶の片隅に退かし、これから先の事だけを考えよう。
 授業を終え、部活動の指導をして、書類仕事をして、学園を出るころにはとっくに日は落ちて外は真っ暗になっている。冬のこの季節ならいつものことだけど、身を切るような寒さはどうにかして欲しいと思う。
 マフラーに首をすくめ、そそくさと校門を出てバス停に向かおうかと思ったら、暗闇から人影が出てきた。まさか変質者か何かかと身構えようとすると、街灯の下に現れたのは意外な姿だった。

「――修司さん? どうしたんですか、こんな場所で。待っていて下さったなら、連絡をくれれば」
 婚約者である牧修司だった。 「いや……仕事中はメール、見ないと聞いていたから」
「でも、こんな寒い場所で。どこかお店にでも入りますか?」
 とはいっても、学園の近くに喫茶店などもなく、バスで駅前に出た方が良いかもしれない。そう考えながら改めて顔を上げて修司を見ると、ひかり加減のせいかもしれないけれど顔色が良くないように見えた。
「どうか……したんですか?」
 真紀の問いには答えず、修司は無言で封筒を差し出してきた。よくわからずも受け取り、封筒の中のものを取り出して見て、真紀は声をなくした。
 中に入っていたのは写真であり、その写真には真紀と祐麒が写っていた。
 二人で仲良く並んで歩いている姿、話をしている姿、服装や景色から二度目のデートの時の写真だと分かったが、なぜこのようなものを修司が持っているのだろうか。写真から顔を上げると、辛そうな表情をした修司の目が真紀に向けられていた。
「先週……私の部屋に来て真紀さんがシャワーを浴びている時、真紀さんのスマホに着信がありました。放っておいたんですが、いつまでも切れなくて、もしご家族から急ぎの電話だったりしたらと思い、とりあえず呼び出し元が誰かだけでも確認しようと手に取りました。電話は直後に切れたんですが、その時に画面に触れてしまったのか、写真が出てきました。その写真に写っている男と真紀さんが、何かのマスコットと一緒に楽しそうにしている写真でした」
 最初のデートの時のものだと気が付く。消去していなかったのは確かだが、それ以降、特に新しい写真を撮っていなかったので、最初に出てきてしまったのだ。
「日付を見ると……私がデートに誘ったけれど、断られた日でした」
 それは、祐麒との約束を先にしてしまったからだ。
 だけど、それを言うことが出来ない。
「その翌週のデートの申し込みも断れました。まさか、と思いました。疑って申し訳ないと思いながら、どうしても気になって興信所に依頼をして、結果がそれです。相手の男性は……同じ学園に通う生徒だと聞きました」
「ち、違うんですこれはっ。た、確かに私の生徒ですが、これには、事情があって……」
「興信所の所長は私の知人でもあるのですが、その彼が言うには、その日は一貫してデートを楽しんでいるように見えた。教師と生徒ではなく、そう見えたと……私見ではありますが言っていました」
「それは、違うんです……」
 だけど、何がどう違うと説明すれば納得してくれるだろうか。
「私は、真紀さんが教え子を誑し込むような女性だとは思っていません。ですが……この写真を、この写真の貴女の笑顔を見ていると、分からなくなってくる。私には見せたことのないような笑顔を見せられて……」
「修司さん、私は」
 言いかけたその時、遅くまで部活で残っていた生徒だろうか、数人が校門から出てくるのが見えた。

「――え、何、誰?」
「痴話喧嘩? 別れ話?」
 ひそひそとした声が聞こえてくる。まだ距離があるから真紀だということは分かっていないようだが、このままではまずい。
「修司さん、とにかく、場所を変えませんか?」
 顔を伏せ小声で言うが、修司に反応はない。それどころか、声のした方に顔を向けて立ち尽くしている。
(――まさか!?)
 顔は下を向いたまま、そっと角度を変えて視線を向ける。
(やっぱり……福沢くん…………っ)
 出てきたのは、競技かるた部の面々だったのだ。正門の明かりで、こちら側の方からだと生徒の顔もある程度分かり、修司は見つけてしまったのだ。
(ど、どうしよう、こんなところを他の生徒に目撃されたら……っ)
 焦りで頭の中が真っ白になる。
 どうする、どうする――?
「――あ、環さん、環さん、ちょっといいですか?」
 すると、そんな声が聞こえてきた。
(………………?)
「実は折り入ってかるた部にお話がありまして……」
「私達に? 一体何かしら、桂さん」
「まあ、それはこんな場所ではなんですから、ちょっとこちらに……」
(桂さん……って、テニス部の彼女よね? なんで桂さんが……でも、助かった)
 ほぅ、と白い息を吐き出す。
 よくわからないが、桂に連れられて環たちはどこかへ姿を消した。今のうちに場所を変えようと言おうとして、修司の顔がいまだ正門の方に向けられていることに気が付く。
 真紀も目を向けると、しばらくして一人の人影が出てきてこちらに向かってきた。言わずもがな、祐麒である。
「鹿取先生…………ですよ、ね?」
 おそるおそる、といった感じで問いかけてくる。近くにいる修司のことは当然ながら知るわけもなく、どうしたものか戸惑っている様子。
「もしかして、こうして帰宅時に逢引きをしているんですか?」
「あいび……っ! ち、違いますっ」
「とにかく、こうしても貴方たちが何かしら関係あるのは分かります。私よりも……その少年に心を移したのでしょうか」
「待ってください修司さん」
「いずれにしても、今の私は貴方を信じられないんです……だから…………婚約は解消します」
「――――」
「安心してください、だからといってその少年とのことをご両親に言ったりはしませんから。別に貴方の破滅を望んでいるわけではありませんし」
「修司さ――」
「それでは」
 踵を返し、闇に溶けるように去っていく姿を、真紀は追いかけることが出来なかった。
「――あの、鹿取先生。もしかして、今の」
「福沢くんは気にすること無いわ。これは、私の問題だから」
「でも」
「いいから、もう帰りなさい」
 それ以上の言葉を続けさせず、有無を言わさず帰らせる。
 今の真紀には、それしか出来なかった。

 

 当たり前だけど、修司から婚約解消を言い渡された後は大変なことになった。
 親からどういうことなのかと説明を求める電話、その後には直接やってきて色々と詰問されたが、当然のように事実をすべて話すなんて出来ることもなく。
 ただ一つ助かったのは、別れ際に修司が言った通り、修司は真紀と祐麒のことは何一つ話すことなく、ただ二人で話し合って決めたことだからと言い通してくれたこと。本来なら修司からも、そして修司の両親や親戚縁者からどれだけ責められても仕方ない立場なのは真紀一人だったのに、詳しい理由を説明しないことで修司の方も責められていた。
 申し訳ないと思いつつ、内心では感謝する。自分自身のことについては自業自得なので、すべて受け入れるしかないが。
 もう一つ不幸中の幸いだったのは、ごく身内だけでささやかな式を行うつもりだったので、多くの人には結婚のことを知らせていなかったし、披露宴に呼ぶようなこともしていなかったこと。それでももちろん、知らせていた親戚や、予約をしていた結婚式場に迷惑をかけたことに変わりはなく、両親と一緒に各所に頭を下げに回った。
 両親に対しても申し訳ないと思う。結婚する気配の見えなかった娘が三十を越えてようやく相手が見つかりホッとしたと思った途端、婚約解消、結婚しないなんて言い出したのだから。

 そんな諸々のことが一段落ついたのは二月も終わりに近づいた頃で、ようやく大変なことが片付いたと自分の部屋で一息ついたとき、真紀は改めて一つのことに気が付いた。
 修司から婚約解消を言い渡されたあの夜のあの後に真紀が思ったのは、『大変なことになった、これから両親や関係者への説明や後片付けが大変だ』ということであり、『修司との仲をどのように修復させようか』ということを思わなかったのだ。それ即ち、その時点で既に修司のことをそれほど想っていなかったということではないか。
 思えば、大恋愛の末に結婚というゴールにたどり着いたわけではない。修司に声をかけられ、交際を始め、もちろん嫌いではないしむしろ好感が持てるから結婚の申し込みを受けたのだが、どちらかといえば結婚して一緒に生活していく中で更に好きになっていけるだろう、そんな気持ちが強かった。
 だから、結婚がなくなったことに対するショックは少ないのか。もしかしたら自分はとんでもない、ろくでもない女なのかもしれない、真紀はそう自己嫌悪に陥りそうになるが、これだって偽善、自己満足だ。
 修司に対しては申し訳ない気持ちは今でも持っているし、幾ら謝ったところで許されないであろうと分かっている。だけど、既に恋愛感情という点では割り切ることが出来ている。修司とは終わったのであり、その点に関してはぐずぐず落ち込んだり、引きずったりすることはしていない。もしも修司が、真紀が復縁を望んで縋ってくることを期待しているのであったら申し訳ないが、それはないと言い切れる。真紀は恋愛という点についてはさっぱりと割り切れるし、引きずらないタイプだった。
「メール……また、お母さんからか」
 一段落ついたとはいえ、母親はいまだ完全に納得した様子はなく、こうしてメールを度々送ってくる。

"真紀ももういい年なのに、この後どうするつもりなの?"

 この一文を読んだだけで、後の文章は読む気をなくしてしまった。メールを閉じる。
「あ……」
 なんとはなしにスマホをいじっていると、うっかり例の写真を出してしまった。
 祐麒と二人でデートした時の写真。
 あの夜以降、祐麒とは接触していない。もちろん、授業など必要最低限の時はあるが、個人的な話はしていないし、そんな時間も余裕もなかった。祐麒の方も何かを察したのか、無理に近づいてくることは無かった。
 学園内でも特に真紀のことは大きな騒ぎにはなっていない。元々、誰かに知らせていたわけではなく、なんとなく噂が流れていたみたいだけどそれだけだ。あの夜も、幸いなことに真紀だと顔バレしていなかったようで、特に騒がれてもいない。
「福沢くん……か」
 果たして祐麒はどうしているのだろうか。あの夜以降、特に何も言ってこないのは気を遣ってか、あるいは愛想をつかしたか。いや、どちらにしてもこのタイミングで距離を取り、離れていった方が良いに決まっている。高校時代の一時の情熱、一時の感情で女性の教師に思慕を寄せることは多々あると聞く。それだけのことなのだから、距離を取り、時間を置くことで自然と冷めてゆく。デートを受けて祐麒に期待を持たせてしまったことは申し訳ないけれど。
 もう少しで三学期も終わるし春休みにも入る。タイミング的にも丁度良い。そう思う真紀だったが。

「――か、鹿取先生。良かったら今度、一緒に食事に行きませんか?」
 そんなことを考えた途端、まるで見計らったかのように祐麒が誘いをかけてきた。放課後の準備室、他に誰もいないとはいえ学園内で大胆にも。
「あの、福沢くん。前にも言ったけれど、もう」
「確かに言われましたけれど、俺が誘うのは俺の自由ですよねっ」
 顔を赤くして緊張に身を硬くしながら、それでも真剣に顔を向けてくる。
「ですので、今度の土曜日――」
「ごめんなさい、土日はしばらく忙しくて」
 これは嘘でなく本当のことだ。ただ、全く空かないというわけではないのだが、そう言うしかない。
 これで諦めて欲しいと思ったが、その翌日。
「休みの日ではなくて、平日ならどうでしょうか。良ければ明日にでも」
「部活もあるし、職員会議もあるから、明日は忙しいしごめんなさい」
 申し訳なさそうに伝える。休日もダメ、平日もダメと、これは拒絶なのだと気が付いてくれただろう。
 そう思い、実際それから数日は何も言われなかったので、てっきり諦めたのだと思ったのだが。
「――鹿取先生っ」
「福沢くん……何度も言ったけれど」
「今日はテニス部休みですよね。競技かるた部も部員の3名がインフルエンザで休みなので今日は無しです。職員会議も今日は無し、卒業式に向けた打ち合わせは明日、今日の放課後はお時間、空いているかと思います」
「あ~~…………っと」

 目をぱちくりさせて祐麒を見る。
 まさか、そこまで調べてくるとは思っていなかった。
「先生方の間でも、『早帰り日』を作ってメリハリのある仕事をしよう、ってなっているんですよね。鹿取先生は本日を『早帰り日』に設定していると聞きました」
 書類仕事があって残業と言おうとする前に、封じられた。祐麒の言っていることは間違っておらず、真紀は反論しようとした口を閉じ、息を吐き出す。
「お店も、幾つかピックアップしているんです。第一候補は……」
 祐麒が口にした店は真紀も知っている名前で、高級過ぎず、かといって安過ぎず、高校生男子にしてはなかなか良いチョイスであった。
「――――負けたわ。仕方ないわね、今回だけよ、この前のお返しということで」
「ほっ…………本当ですか!? やったー!!」
「こら、大きな声出さないの」
 ガッツポーズをして無邪気に喜びを体で表現する祐麒を見ると、もはや苦笑するしかなかった。

 その日、仕事を負えて学校を出たのはなんだかんだいって夜の七時だった。メールをして待ち合わせした場所に行くと、一度家に帰って着替えた祐麒が既に待っていた。
 向かう店は、真紀が指定することにした。なるべく知り合いと出会ったり見られたりするリスクを減らすためであるし、また祐麒から貰ったプレゼントに対するお礼の意味もあったからである。
 カジュアルな服装で良いと言ったが、祐麒はコートの下にはシャツにジャケットというフォーマルな格好をしてきており、背伸びした感じがどうしても抜けない。だけど、悪い気はしない。
 真紀が祐麒を連れて入った店は、小洒落たフランス料理のレストランだった。洒落ているといっても高級な店ではなく、家庭的な雰囲気のする店である。
「うわ……俺、こういうお店に来るなんて、初めてです」
「ふふ、福沢くんくらいの年齢でこういう店に来慣れていたら、逆に嫌だわ」
 コートを脱ぎ、少しリラックスした表情を見せる真紀。
「じゃあ、料理も私が選んでいいかしら? おすすめがあるの」
「はい、お願いします」
 選べといったところで、祐麒も困るだけかもしれないし、せっかくだから美味しい料理を食べさせて喜ばせたい、そんな気持ちもある。
 真紀が注文して運ばれてきた料理は、スペイン産生ハム添えグリーンサラダ、マルセイユ風魚介のスープ、海の幸のフリカッセ、仔牛の薄切りソテー、といった品々で、祐麒にとってはどれも初めて食べるものらしかった。
 美味しい、美味しいと夢中になって食べているのを見ていると、なんだか微笑ましくなって自然と表情が柔らかくなってくるのを自覚する。すると、正面の席から真紀に食べるさまを見られていることに気づき、祐麒は赤面する。
「遠慮しないで、さすが男の子だなって思っていたのよ。美味しく食べてくれる方が、私も嬉しいもの」
 祐麒とは対照的に、ゆっくりと食べ物を口に運ぶ真紀。
 食事が進むと自然と会話も進み、いつしか真紀も普通に楽しむようになっていた。店に来るまでの間に感じていたこと、どうやって祐麒の気持ちを断てばよいだろうと考えていたこと、そういったことが頭の片隅に追いやられていた。
 一生懸命に話しかけてくる祐麒の気持ちが大きかったし、食べっぷりが良かったことも大きい。また、変な気遣いをしてこなかったのも大きかったかもしれない。

「ねえ、福沢くん」
 店内の席は適度に離れており、また平日ということもあって混雑しているほどではない。二人の会話も他に聞かれる心配はあまりなさそうだが、真紀は心もち声のボリュームを下げて聞いてきた。
「福沢くんは、今でも本当に、私のことを……?」
「はい、好きです」
「結婚したいなんて、勢いで言っても後悔するだけよ。そんな軽いものじゃないわよ、結婚は。私が今何歳で、福沢くんが大学を卒業して社会人になるころには何歳になっているか分かっているの?」
「はい、鹿取先生は今年で教師になられてから9年目と伺っていますから」
「――――そう。あぁ、余計なこと言ったなぁ」
 頬杖をつき、しかつめらしい顔をする真紀。
「俺が好きになったのは、鹿取真紀さんという一人の女性です。年齢は――」
 言いかけたところで、店員が歩み寄ってくるのが見えて口を閉じる。デザートのクリームブリュレを静かにテーブルに置き、戻ってゆく。
 話は途切れてしまい、そのままデザートを食べて食事は終了した。食事は楽しかったが、だからといってこの後もずるずるとプライベートで会うわけにはいかない。考えていた、祐麒の想いを断る言葉を口から出そうとした真紀だが、その直前でいきなり祐麒が真紀の左手に右手を重ねてきた。

「ちょ、ちょっと、福沢くん?」
 手を引こうとしたが、ぎゅっと、思いのほか強く握られて動かせない。
「……俺、鹿取先生のこと本気で思っています。絶対に、嘘じゃないですから」
「わ、分かったから手を……って、福沢くん、あなたもしかして」
 店の照明の具合で今まで気付かなかったが、よくよく見れば顔が赤くなっており、どこか目も据わっているように思える。はっとしてテーブルの上を確認すると、祐麒の前にはワイングラスが置かれている。初めこそソフトドリンクを飲んでいたが、話が弾み盛り上がってきていつしか互いにワインを飲んでいたのだ。
「よし、行きましょうか」
 真紀の手を握ったまま立ち上がる祐麒。慌てて真紀も椅子から立ち、バッグとコートを手に取る。
「福沢くん、コートが着られないし、逃げないから手を離して」
 言うと素直に祐麒は手を離した。

 先に祐麒を店の外に出して支払いを済ませ、コートを着て店の外に出ると冷気が体を包み込んでくる。思わず首をすくめてしまったところ、再び祐麒に手を握られた。何かを言う間もなく、ぐいぐいと引っ張られて慌てて足を動かす真紀。男の祐麒のスピードにはついていくのがやっとという感じである。
「ちょ、ちょっと福沢くん、待って」
 聞こえているのかいないのか、構わずに進んでいく。
「ふ、福沢くんってば」
 ヒールで早足は少し辛い。真紀もワインで少し酔っているから尚更だ。
「もう、少し、止まって」
 ぐいと力を込めて踏ん張ると、ようやく祐麒も足を止めた。
「もう……どうしたの、いきなり」
 少し乱れた息を整えつつ、バッグをかけた左手で前髪を梳く。
「俺は、鹿取先生が好きですっ」
「きゃっ!?」
 今度はいきなり体ごと引っ張られたかと思うと、顔に硬質の冷たいものが当たって痛みに顔をしかめる。何かと思ったら、祐麒のコートのボタンだった。
「ちょ……ちょっと、福沢くんっ?」
 抱きしめられていた。
 抜け出ようとするも、祐麒の力は強くて身動きもままならない。
「俺、本当です、俺は何があっても鹿取先生のことが好きだし、鹿取先生のことを疑ったり、裏切ったり、絶対にしませんから!」
「えっ、と……」
 祐麒がそう言ったのは、おそらく修司とのことがあったからだろう。あの時の修司とのやり取りを聞いていたのは祐麒だけだ。

「俺は絶対に、手放したりしません。後悔なんてしないし、後悔させません」

 苦しいくらいに抱きしめられ、息が詰まる。
 どうにか体の間に腕を入れ、祐麒の胸を押すようにして僅かに体の間に距離を取る。
 息がかかるほどの近さで、真剣な祐麒の顔が視界を覆う。
「ずっと、中学一年の時から、鹿取先生だけを想って、それを支えにきました。気持ちは変わりません……いや、もっとずっと強く大きくなっています。今はまだ子供かもしれないけれど、絶対に、鹿取先生に相応しい男になりますから!」
「嬉しいけれど、落ち着いて考えなさい。福沢くんはまだ高校二年生、十七歳でしょう。私は一回り以上も年上なのよ。だから」
「俺の気持ちは変わらないです……年齢じゃないです、鹿取先生だから好きなんです」
 再び抱きしめられ、顔がコートに埋められる。
 少年の真っ直ぐな情熱が痛いほどに伝わってきて、真紀の心もさすがに少しばかり揺れてくるが、だからといってここで受け入れるわけにはいかない。
 祐麒の胸に手の平を置き、力を入れて体を離す。

「駄目よ……分かって」
「分かんないですよ……人を好きになったら、いけないんですか?」
 教師と生徒だから、立場が異なるから、そういったありきたりの言葉を口にすることが出来なかった。祐麒が吐き出しているのはもっと根源的な感情、男として、いや人として人を好きになっては駄目なのかという問いだったから。
「福沢くん、お酒を飲んで酔っているのよ。ちゃんと酔いを醒まして帰りなさい」
 だから、違う方向に話をずらして終わらせようとする。
 諭しているようで、お酒に慣れていない子供を酔わせたまま自分は帰ろうとする、そんな自分自身の行動も見えないふりをして。
 そうでもしないと、今の祐麒の熱と勢いに飲み込まれてしまいそうだったから。

 どうにかそれで祐麒と別れて部屋に戻って一息つく。
 真紀だって、あそこまで熱く思われて、自分のことを好きだと思われて、嬉しくないわけではない。だからといって、受け入れられるかは別問題なのだ。
「…………あれ……」
 と、そこでふと気が付く。
 嬉しくないわけがない、なんて。
「私……嬉しがっている……?」
 そう口に出してしまってから、慌てて頭を振って否定する。
「勢いと雰囲気に酔っただけよ、私も。冷静になりなさい、私」
 自分自身に言い聞かせる。
 だけど、気が付いてしまったことを忘れることは出来なかった。

 

 

おしまい

 

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