~ The story of one future ~
「あの、祐麒さん」
祥子さんの綺麗な瞳が、俺を見つめている。何度見ても、慣れてしまうことなんてない。
ここは、小笠原家の祥子さんの自室。
祥子さんと正式な付き合いをはじめてから何度もデートはしているけれど、
基本的に祥子さんは人の多いところなどが苦手なので、こうして屋内で過ごすことも多い。
この祥子さんの自室にも、もう何度も訪れている。
もちろん、祥子さんの部屋だからって、やましい行為など至っていない。
誰に恥じることも無い、清らかな交際である。(微妙に涙)
いや、俺だって年頃の男だし、付き合う彼女とあんなことやこんなことをしたいとは思うけれど、何せ祥子さん。
男嫌いでもあったし、超がつくくらいのお嬢様だ。焦るようなことは厳禁だと自らに言い聞かせている。
「なんですか、祥子さん」
祥子さん手ずから淹れてくれた紅茶を、口にする。芳醇な香りが、心地よい。
「祐麒さんはやはりその……私に、お、お口でしてほしいのでしょうか?」
「ぶーーーーーーーーーーっ!!!!!????」
祥子さんの上品な口から出たとんでもない一言に、俺は思い切り紅茶を噴いてむせた。
口を拭いながら、目を丸くして祥子さんを見つめると、祥子さんは頬を朱に染めながら俺を見ていた。
「そ、その、知り合いに聞いたのです。殿方を喜ばせるなら、やはりそういうことをしてあげるべきだと」
一体どんな知り合いが、祥子さんにそんなことを吹き込んだのか。はた迷惑なような、嬉しいような。
「あああの、祥子さん、気持ちは嬉しいですけれど、そんな、いきなり無理にそういうことはしなくても」
「別に、む、無理に、というわけではありません。わ、私も色々と考えた末の、結論です」
真っ赤になり、俯きながら言う祥子さん。滅茶苦茶可愛い。しかし、俺達は付き合いは長いけれども、
本当に清い関係なのだ。それが、いきなりそんな大胆な。でも、嬉しさと期待で胸がバクバクいっている。
「ほ、本当に、良いのですか、祥子さん?」
「は、はい、あの、祐麒さんがお嫌でなければ」
「いいいい、嫌なわけないですよ、むしろ祥子さんが無理してないか心配で」
「先ほども言いましたように、無理などしていません。それに……恋人同士なら、当然の行為かとも」
「それじゃ、本当に、いいんですね?」
「はい……それでは……」
ごくり、と唾を飲み込んだ俺の目の前で、祥子さんは目を閉じ、その可愛らしい口を……軽くすぼめた。
その体勢のまま固まり、数秒がたち、数十秒が流れる。そしてやがて祥子さんが目を開き、首を傾げる。
「あの……祐麒さん? やはり、お嫌でしたか?」
「え?」と疑問に祐麒も首を傾げながらも、ようやく理解した。祥子が言っていたことは。
「あの、祥子さんひょっとして……今のって、ええと、キスのこと、ですか?」
「え、は、はい。あの、だって、お口で他に何が……?」
真っ赤になったまま、恥しそうに言う祥子さんだったけれど、恥しさで死にそうなのはこっちの方だった。
当たり前だ、キスすらしたことないのに、あるわけがない。自己嫌悪とそれまでの興奮で、祐麒は倒れた。
「ゆっ、祐麒さんっ、どうしたんですかっ!?」
こうして俺は今日もまた、祥子さんとの関係を前進させる機会を失うのであった。
~ The story of one future ~
「うにゅ~」
すぐ耳元で、妙な唸り声というか、鳴き声みたいなものがした。
なんとなく可愛らしい声で、微笑ましくなる。
何か柔らかくて、暖かくて、気持ちの良いものが体にくっついてきている。
そう、いつまででも味わっていたいように思える。
正体はもちろんわかっている、三奈子が祐麒の体に抱きついてきているのだ。
祐麒はまだ眠かったのでそのまま横になっていたが、三奈子はもぞもぞと動き出してゆっくりと身を起こした。
「ん、ん、んにゃ~~っ」
両腕を上にあげて、ぐっと体を伸ばすようにする。長い髪の毛は解かれているけれど、とても綺麗だ。
均整の取れた肢体は、カーテンの隙間から差し込む朝陽を浴びて輝いて見える。
豊かな二つの胸、くびれた腰、可愛らしいお臍、何度見ても、触れても、飽きることなんてない。
「あ、祐麒くん起きてたの? おきていたなら声くらいかけてよー。おはよ」
「あ、う、うん、おはよう」
三奈子の体に見惚れていたのだけれど、こうして正面から見つめられると逆に照れてしまう。
そんな祐麒を見て、三奈子はにんまりと笑った。
「ひょっとして、私に見惚れていたんでしょう? へへー、かーわーいいー」
「わっ、と」
祐麒の胸の上にのっかってくる三奈子。顔が目の前に迫り、祐麒の大好きな笑顔が映る。
胸の膨らみが押し付けられる、これまた大好きな感触。細い体だけど、適度な重さがまた心地よい。
「……あ」
「やーだ祐麒くんたら、朝から元気ね、昨夜あれだけ頑張ったのに。それとも、私のせい?」
「いや、これはほら、朝だから生理現象っていうか、わ、ちょっと」
三奈子のお腹がぐいぐいと押し付けてくると、さらに反応してしまう。
「なんだ、ただの朝の現象なの?」
楽しそうに三奈子さんが聞いてきて、祐麒は観念して三奈子の体を抱きしめた。
「えへへー、私のせいなら責任とらないとね。祐麒くんの好きなヤツ、してあげるね♪」
「うわ、ちょ、三奈……っ」
近所でも評判のバカップルは、朝からこんなんだった。
~ The story of one future ~
まさか、こんなアルバイトをすることになるとは思わなかった。
だけど、仕方が無い。祐麒と江利子を二人にするのは危険なのだから、こうするしかないのだ。
「ほら蔦子ちゃん、笑顔、笑顔」
「は、はいい」と、無理矢理に、笑顔を作る。果たして、ちゃんとした笑顔になっているだろうか。
「メガネっ娘キャラはやっぱり需要もあるしね、蔦子ちゃん、人気急上昇よ」
「はは、そりゃどうも……」
素直に喜べない。何せ、此処は……
「お帰りなさいませ~♪」
メイドカフェなのだから。
可愛らしい制服に身を包み、笑顔と愛想を振りまいて接客する。はっきりいって、恥しいのだが。
「いやーん、ユキちゃん復帰してくれて嬉しいっ! さっすが江利ちゃんっ」
「いえいえ、これくらい」
「とほほ、なんでまたメイドに……」
蔦子のすぐ近くには、同じ制服に身を包んだ祐麒と江利子もいた。
しかし、大学生になったというのにメイド姿が似合う祐麒はいかがなものかと思う。
確かに、写真を撮りたくなるくらい可愛らしいのではあるけれど。
「蔦子ちゃんも入って、一気に看板娘が三人も増えるなんて、凄いわぁ」
「私とユキちゃんが入れば、必ず蔦子ちゃんも来ると思っていたから♪」
くすり、と笑いながら、蔦子の方に目を向ける江利子。蔦子は目をそらすことなどせず、思い切り睨み返す。
「ほら、そんな怖い顔しないで蔦子ちゃん。スマイル、スマイルー」
「てゆうか、さすがにもう無理があると思うんですけど、俺……」
「何言っているの、まだまだ全然イケるわよ、ねえ、蔦子ちゃん?」
「はあ……」
さすがに可愛そうで、どう返事をしたものか困る。肯定してしまったら、更に落ち込みそうだし。
「本当だって、可愛いわよ、さすが私のユキちゃん」
言うなり、抱きつく江利子。それを見て、思わずカッとなり蔦子も反対側から祐麒の腕に絡みつく。
「ちょっと江利子さま、どさくさに紛れて何しているんですかっ。離して下さいっ」
「あらー、どさくさに紛れているのは蔦子ちゃんじゃないの? うふふ」
「あああああの、二人とも、あの、ちょっと、押し付けすぎ……」
間に挟まれて真っ赤になっている祐麒。
そしてそんな三人を見て嬌声をあげるバイト仲間と客達。
「ガチな百合展開! これはお客様も萌えるわっ!」
「百合じゃありませーーーーんっ!」
泣きそうな祐麒の悲鳴は、更に周囲のボルテージをヒートアップさせるのであった。
~ The story of one future ~
まさか私に、こんな日が訪れようとは。
今まで、こんな苦労をしたことがあるだろうか。リリアンに入ってからも色々と悩み、苦しんだりしたけれど。
大学進学後も、様々に苦悩したけれど、それらは大抵は自分自身の心の問題だったり、気持ちの問題だったり。
だけど目の前の難題は、それらのものとは明らかに質が異なるわけで。
「あのさ、顔、怖いよ。もっとリラックスして。そんな気を張らないでさ」
「は、はい」、と返答したものの、やっぱり私はそんな簡単に緊張が解けるわけもなく。
ああ、でもどうしよう。もしも、拒絶されたらと思うと、心配で仕方ない。
「絶対に大丈夫だから、笑って、ほら。いつもみたいに」
いつもみたいにと言われても、どうしていたのか意識なんてしていかったから。私はおろおろとする。
しかし、そんな私の醜態を見て、「ぷっ」と笑ったりなんかする。私が困っているのに、ひどい。
「そ、そんな笑わなくてもいいじゃないですか、もうっ。意地悪なんですから」
「あ、ちょっと」
「なんですか、まだ私を笑うんですか?」と、拗ねて見せるが。
「そうじゃなくて、ほら、笑ってるって。ほら」
「えっ?」 言われて見てみると、先ほどまできょとんとした表情をしていたのが、笑顔を見せている。
しかもそれだけではない。口を開くと、「……まぁま」と喋ったのだ。
「! ゆ、祐麒さん! 今、私のことを『まま』って!」
「嘘っ!? まだ俺のことだって『ぱぱ』って呼んでくれていないのに! やっぱり母親は強いのかなー」
私の方に駆け寄ってくる祐麒さんは、言いながらも、それでも嬉しそうな顔をしている。
産後の肥立ちの悪かった私は、ずっと実家の小寓寺で静養していたから、今まで殆ど接していなかった。
だから凄く心配だったけれど、目の前の笑顔と先ほどの一言で、一気に不安が消え去ってしまった。
「ほらもう一回、言ってごらん。ぱぱとままですよー」私を後ろから抱くような格好で顔を見せる祐麒さん。
私の腕の中でむずかった赤ちゃんは、ぎゅっと私の胸に顔を埋めるようにして抱きついてきた。
「うーん、やっぱり志摩子の胸に包まれるのは気持ちいいのかな?」
「やだ、もう祐麒さんったら」
私のナイト様は、実はちょっとエッチだった。