<1>
「つ、つつつつっ、典さんっ! 昨日、祐麒さんとデートしていたでしょうっ。ど、どういうことですかっ!?」
「え? あー、舞台を一緒に観に行ってもらったの。一緒に行く予定だった子が急にキャンセルしてきて」
「そそ、そんな、酷いっ! わ、分かっているんですか? 私は、その、えと、あの」
「わかっているわよ、祐麒さんの彼女は真美さん。それくらい」
「じゃあ、どうしてっ」
「てゆうか、最初に真美さん誘ったけど、バイトだから駄目だって。代わりに祐麒さん誘っていいかも訊いたじゃない」
「うぅぅ、そ、そうだけどぉ」
涙目の真美。晴れて祐麒と付き合っているのだが、典のアタックはいまだに続いているというか、友人として続いているというか。
祐麒は真美のことを好きだと言ってくれているが、やはり美人の友人が彼氏のことを好きというのは、不安になるものなのだ。
「大丈夫、昨日はお酒抑えたから、キスしなかったし」
「あーもー、その話はやめてーっ!」耳を抑える真美。
大学に入って分かったことだが、典は一定量のお酒を飲むと大胆になり、キス魔となるのだ。
そして恋人の真美の目の前で祐麒にキスされてしまったのだ! ちなみにその後、さらにディープなキスを真美にされたのだが……
「じゃあお詫びに、またおっぱい揉んであげるから」
「ぜ、全然お詫びじゃないしっ!?」
「何よー、私のおかげでAAからAになったでしょーが」指をわきわき動かしながら迫ってくる典。
逃げようとする真美だったが、鈍い真美でしかも逃げ場のない室内ではどうしようもなく、すぐに捕まってしまった。
後ろから抱きつかれ、シャツの中に手が侵入してくる。ひんやりとした典の手が、お腹から胸の方に上がってくる。
「つ、つ、典さん、酔ってる!? あーっ、これっ、スクリュードライバーっ!?」
「うふふ……私、結構女の子でもイケると思うの。特に真美さんだったら歓迎かも……」
「ちょっと、やめっ、典さんのばかーっ!!」じたばたするが、酔った典のパワーは微増するのだ。
体勢を崩し、床に倒れたところに典が覆いかぶさってくる。至近に迫る顔、吐き出される息はお酒臭い。
キスしようとしてくる典から必死に顔を背ける。その時、部屋の扉が開いた。
「真美さん、いるんで…………あ」
「え、や、あわわあわ、ち、違うんです祐麒さんっ、こ、これはっ」
「し、失礼しましたっ」
「って、えええええーーーーーっ!?」
真美の悲痛な叫びが響き渡る。その後、典に何をされたのか、真美は黙して語ることはなかったという。
<2>
「えっと、瞳子ちゃん、お願いがあるんだけど」
「なんですか?」
「その、手、つないでもいいかな?」
照れくさそうにしながらも祐麒が言うと、心なしか瞳子の肩が震えたように見えた。
ツンとした少し吊り気味の目、小さな口、僅かに桃色を帯びた頬。
「そ、そんなことわざわざ訊くなんて、無粋ですわ。そういうときは、何も言わずに手をつなげばいいんです」
「そ、そうか、ごめん。こ、こういうのよく分からなくて」
謝りながら、祐麒はおそるおそる横を歩く瞳子の方に手を伸ばす。二人の距離はさほどないのに、物凄く遠くに感じる。
だけどやがて距離は詰まり、二人の手の甲が触れ合い、びくっと跳ねそうになる。だけどそれを抑え、祐麒は更に手を伸ばす。
手の平の中に、小さな手が収まる。ちらと横を見れば、瞳子は口を尖らせ拗ねた様な表情。
が、顔は先ほどよりも上気し、赤くなっている。手を振り払うわけでもなく、大人しくしている。
ぎこちなく繋いだ手、祐麒は握り方を変えようと指を動かすと、応じるように瞳子の指も動く。
やがて二人の指は互いに絡まるようになった。
「あの、と、瞳子ちゃん」
「な、なんですか?」
二人とも、お互いを意識しまくっているように見え、表情も言葉も不自然な感じだが、嫌な雰囲気ではない。
ぎこちない温かさ、とでもいうような空気が二人をまとっている。のだが。
「……あれっ、瞳子、と、祐麒さん?」
「あ、本当、って、わーっ!? 二人、恋人つなぎしているーーーっ!」
「本当、こ、これって、スクープ!?」
「え、ちょ、の、乃梨子さんっ!? それに笙子さん、日出実さん、な、なんでこんな場所にっ!?」
同級生達に目撃され、途端にわたわた慌て始める瞳子。絶対、知り合いになど見られないよう選んだ場所だったはずなのに。
「わ、私は、そのっ……!!」
手を振りほどこうとして、咄嗟に思いとどまる瞳子。ここでそんなことをしたら、祐麒を傷つけてしまうだろうから。
「す、すみません、祐麒さん……」俯き、小さく呟く瞳子。
「俺は別に、構わないよ。瞳子ちゃんのことは、本気だから」
微笑みながら祐麒は。瞳子を安心させるように、繋いだ手にぎゅっと力を入れるのであった。
<3>
小寓寺、それは即ち志摩子の実家なわけで、志摩子の両親も当然のようにいるので緊張してしまう。
今日はお寺の仕事の手伝いをして、お礼にというわけではないが夜ごはんをご馳走になった。
そして遅くなったから結局、泊まっていきなさいという厚意に甘えて、一晩やっかいになることになった。
当然だが通されたのは客間で、志摩子の部屋とは随分と離れているのだが、それでも同じ屋根の下に泊まると思うとドキドキする。
風呂を借り、これまた借り物の浴衣を寝間着に、客間に敷かれた布団の上で精神を落ち着ける。
「あの、祐麒さん、失礼してよろしいでしょうか」
そこに、志摩子の声がかかった。上ずった声で返事をすると、志摩子が室内に入ってくる。
志摩子も風呂に入ったのか、ふわふわの髪の毛がしっとりと艶をおび、肌もほんのり桜色でやけに色っぽい。おまけに志摩子も和装だ。
「ど、どうかしましたか?」ついつい、胸元に目がいってしまいそうになるのを、必死にこらえる。
「ええと、あの、実は母から祐麒さんに渡して欲しいと頼まれたものがありまして」
「え、な、なんでしょうか」心当たりのない祐麒だったが、とりあえず志摩子に差し出されたものを受け取る。
手の平に乗ったものを、特に何も考えずに摘み上げて。
「って、こ、これっ!?」
「え、な、なんですかっ?」
「いいいや、これ、え、ちょっと」わたわたと赤面しながら手にしたものを後ろ手に隠す。
何せそれは、いわゆる避妊具だったのだから。
「あと、そういえば父からはこれを祐麒さんにと」
次に出してきたものを見て、またひっくり返る。今度は、精力ドリンクだったから。
ちょっと待て志摩子パパママ、年頃の娘に対してそれでいいのか!? というか何だ、祐麒の退路を断とうというのか!?
そういえば今日の手伝いも、やけに細かいところまで教えられたりもしたけれど、それも……??
「どうしたんですか、祐麒さん。なんで隠したんですか、ソレ、なんだったんですか?」
気になったのか、志摩子が迫ってくる。しかも四つん這いの格好で、風呂上がりで当然ノーブラで、和装の寝間着の胸元は緩くて。
「いや、まずい、駄目ですってそれ以上は、し、志摩子さんっ」
「な、なんでですか? 私には内緒なんて、ずるいです」
大迫力で迫ってくる志摩子の二つの膨らみ、志摩子が動くたびにたぷたぷ揺れるのが分かる。
誘惑に耐えるべきか、乗るべきか、祐麒は運命の分かれ道に差し掛かっていた--!?
<4>
「せーーーんぱーーーいっ! 待ってくださいよーーーうっ」
明るく溌剌とした声がキャンパス内に響き渡った。
祐麒が振り向くと、元気よく駆けてくる姿が。止める間もなく突進してきた影は、勢いよく祐麒の腕にからみついた。
「しょ、笙子ちゃん、講義があるんじゃなかったの?」
「急に休講になっちゃったんですよー、酷いですよねー、頑張って朝早く起きたのに」
膨れて見せる笙子だが、怒って見せたところで可愛いことに変わりはない。
「えと、笙子ちゃん、それは分かったけれど、少し離れた方が」顔を赤くさせながら、祐麒はもごもごと口にする。
「えーっ、なんでですか、いいじゃないですか。それとも私と一緒にいるの、嫌なんですか?」
「そ、そういうわけじゃ、ないけれど、ほら」
落ち着かなさそうに祐麒は体を動かす。笙子はもちろんわかっていながら、更に胸を押し付けるようにして強く腕を絡める。
何せ成長して今や立派なDカップだ、存分に堪能して、笙子の魅力にメロメロになってもらうんだもん、なんて考えながら。
男子校育ちのためか、祐麒はこの手の攻撃に滅法弱いのだ。女子校育ちの笙子が大胆なのは、それは恋の魔力なのさ!
いやらしくない程度のミニスカートも、薄めの化粧も、ちょっと過剰なスキンシップも、全てはラブパワー。
でも、奥手で恥しがり屋の祐麒は、なかなか手を出してきてくれないのだ。
笙子が強引に迫れば応じてくれそうな気もするが、なんかそれだと笙子が無理やり、みたいで嫌なのだ。
やっぱりこう、祐麒の方から迫って来てくれた方が笙子的には嬉しいというか。
だからこうして日々、アタックを仕掛けているわけなのです。
ちなみに、こうみえて笙子のライバルは多い。祐麒は可愛い顔をしているから年上のお姉さま方に人気なのだ。特に一番手は……
「祐麒、風見先生が呼んでいたわよ、前から言っていた本が手に入ったんですって……あら、笙子、いたの」
「う、ふふ、お姉ちゃん、ごきげんよう」
そう、ライバルは実の姉である克美。朴念仁だと思っていた克美が去年から急に色づいてきて変だと思っていたが、祐麒だったとは。
笙子が知ったのは、たまたま克美が自慰行為中に祐麒の名を呼ぶのを聞いてしまったから(戸締り注意!)
祐麒も祐麒で、年上属性があるのか意外と悪い気もしていないようで。あの、真面目っこの克美に対して!
「本当ですか? やった、すぐに行ってみます」
姉妹に挟まれて、祐麒は一人、能天気な顔をしている。
……ちなみにいずれ、様々な意味で本当に姉妹に挟まれることになる……かもしれないのであった。
<5>
「う、うーーんっ」
目を覚ました可南子は、両手をあげて伸びをした。腰まで届く長い髪の毛がぐしゃぐしゃに絡まり、変に固まっていて気持ちが悪い。
とりあえずシャワーを浴びて髪の毛と体を綺麗にし、着替え、朝食の準備をする。といっても簡単なものだ。
キッチンで朝食用のスクランブルドエッグを作っていると、後ろから声がかかった。
「お、いい匂い。おはよ、可南子ちゃん」
「さっさと準備しないと遅刻するわよ。祐麒、確か今日、朝一からでしょう」
「OK、でも可南子ちゃんは……ってそか、土曜の今日は休みか。でも受験生だろ、受験勉強はいいの?」
「祐麒がだらしなくて、仕方なく来てあげているんでしょう。そう思うなら、しゃきっとしなさいよ」
「あれ、そうだっけ? 別に俺は一人で起きられるって言っているのに、可南子ちゃんが強引に……いえ、俺がだらしないからです」
可南子に睨みつけられて、素直に従う祐麒。可南子は再びフライパンに向かい、料理を続ける。
「私は別に来なくてもいいのよ。でも、祐麒の生活能力が欠如しているからこうして……って、きゃっ!? ちょっと?」
悲鳴をあげる可南子。料理をしていた可南子の背中から、祐麒が抱きついてきたのだ。
「てゆーか可南子ちゃん、その格好、誘っているとしか俺には思えないんだけど……」
「ば、馬鹿っ! ほ、他に着替えがないから仕方なくでしょう、ちょっ、朝から何を押し付けているのよ、変態っ!」
可南子は、ショーツの上から祐麒のシャツを羽織っているだけの格好。しかも可南子の方がずっと背が高い。
即ち、後ろから見ればパンツとお尻がちらちら見えてしまっているわけで。おまけに長い脚、綺麗な太腿が眩しくて。
「そう思うなら着替え持ってくるなり置いておくなりすればいいのに、しないってことは、狙っているんじゃないの?」
「そ、そんなわけないでしょうっ! 大体、祐麒が着衣のままで、汚すから」
「んー? いや服着たまま可南子ちゃんが……いえ、そうです、俺が着衣好きだからです」
「最初からそう認めなさいよ、大体、男なんて助平で、本当、嫌になる」
「でもさ、昔から男嫌いって言ってたけど、可南子ちゃんエッチは積極的だよね。昨日だって俺は限界だって言ったのに何度も追加」
「ゆ、ゆ、祐麒が収まらないから仕方なくでしょ!?」
などとやっていると、アパートのドアを叩く音。二人ではっとして入口の方に目を向けると。
『おーい、祐麒、起きている? あのね、大学行くついでにお母さんからの差し入れを持って来たんだけど』
「ゆっ、祐巳さまっ!? ちょ、やだ、な、なんとかしなさいよっ!」
「なんとかって言われても、どうしろと!?」ショーツにシャツ姿の可南子、トランクス一枚の祐麒。更に。
『ここが祐麒くんのアパートかぁ。男の子の一人暮らしって、どんなんだろね?』
『祐麒さんでしたら、しっかりしていそうですけれど』
由乃と志摩子の声まで。いまだに二人の仲は誰にも内緒。絶体絶命の危機の中、可南子と祐麒は果たして!?