俺は今、緊張と期待に胸を躍らせながら立っている。
天気は生憎の曇り空だったけれど、そんなことは気にならないくらい心の中は浮足立っている。
今いる場所は、適度に知られている待ち合わせスポットで、他にも何人もの人が誰かを待っているように立っている。暇な時間を潰すためか、携帯をいじったり、音楽を聴いていたり、ゲームをしたりしているけれど、俺はそんな気持ちにはなれずに、ただ相手がやってくるのをドキドキしながら待つ。
時間的にはまだ余裕があるのだが、落ち着かずに何度も時計に目を落とす。数えるのも馬鹿らしくなるくらいの回数、時間を確認したところで、ついに待ち人の姿が視界に入ってきた。
「ごめんなさい、待ったかしら」
「いえいえ、俺も今来たところですから」
お決まりの台詞を口にして、思わず勝手に感動する。
人生初のデート、相手は年上の綺麗な女性、待ち合わせで漫画のようなやり取りをかわす。高校生男子にとって、このような夢のシチュエーションが訪れるなんて、奇跡ではないだろうか。
「どうかしたの、祐麒くん?」
「いえっ、なんでもないです水野さんっ」
生まれて初めてのデート相手となる蓉子を見て、居住まいを正す。
なぜ、蓉子とデートをすることになったのか、それはあの、蓉子の嘔吐を体で受け止めるという衝撃的な日に端を発する。
「ご、ご、ごめんなさい~~~っ!!」
目の前には、平謝りをする蓉子の姿。
「そんな、もう謝る必要なんてないですから」
どれだけ俺が言っても、納得する様子もなく、ひたすら自己嫌悪をしているようだった。酔い潰れた蓉子と聖を運び、一夜明けた朝の室内は、いまだ昨夜の余韻を残しているかのように乱れている。
目を覚ました途端、目の前の相手に粗相をするという失態を犯した蓉子は、アルコールが残っていることとも相まって、全く元気がなく落ち込んでばかりの様子。着替えて、メイクと髪の毛も最低限に整えてはいるが、顔色はあまり良くない。
ちなみに俺はというと、昨夜のスクリュードライバーシャワーに続き、吐瀉物によって下着まで全滅してしまい、急遽、江利子が近くのコンビニで購入してきたトランクスを穿いている。それ以外は洗濯中で、肩からシーツを被って肌を隠しているという状態。男なので、最悪、パンツ一丁でもと思わなくもないが、うら若い女性三人の前ではさすがに無理だった。
「ああもう、なんでこんなことに。入学祝いだからって、聖と江利子の甘い言葉に乗って飲んでしまった自分が恨めしい」
テーブルに力なく突っ伏す蓉子。
「そんなこといって、貴重な体験ができたじゃない」
「そうそう、初めて男の子を部屋に入れて、初めて夜を共にして」
「あ、なんか初めて入れてとか、えっちぃよ江利子」
「でも実際、本当のことだし」
「わ、私だって、好きで部屋に上げたわけじゃないんだからっ!」
聖と江利子の言葉を耳にして、テーブルを叩きつけつつ身を起こす蓉子。
「挙句の果てには、運んでくれた祐麒くんに粗相をしちゃうなんて」
またも落ち込む蓉子。先ほどから繰り返しでエンドレスだ。
「そ、そういえば祐麒くん、お家の方にご連絡とか、大丈夫?」
言われてみれば、呼びだされて外出することは告げたが、それ以降、連絡をしていなかった気がする。いくらなんでも、無断外泊となれば親だって心配しているだろうと思っていたら。
「大丈夫でしょ、祐麒は男だし」
「うん、それに昨日、蓉子の名前でちゃんと電話しておいたから」
けろりと、江利子が言う。俺も初耳だった。
「え、ちょっと江利子、私の名前でって、一体どんなことを言ったのよ?」
「ん? 別に普通に、お宅の息子さん、本日は私の家に泊まりますので心配しないでくださいって」
「ななな何よそれ、そもそもなんで私の名前で」
「だって蓉子の部屋なんだから、そうじゃないと、つじつまが合わなくなるじゃない。大丈夫じゃないかな、昨年度の紅薔薇様だと言っておいたし。お母様、リリアンの卒業生と聞いていたわ」
確かに江利子の言う通りかもしれないが、夜遅い時間に呼び出された挙句にお泊まりとは、蓉子との関係を邪推されても仕方ない。というか、普通に考えれば『そのような』関係だと思われるのではないか。まあ、きちんと説明しておけば大丈夫だろう。
「分かったわ、とりあえずそのことはいいから……祐麒くんには何かお詫びというか、お礼をしないとね」
「え? いいですよ、そんなの別に」
首を横に振り、慎んで辞退する。お礼を期待して行ったわけではないし、その辺は男として多少なりとも格好をつけておきたかった。
「でもそれじゃあ、私の気が済まないわ」
「そう言われましても……」
「お願い、祐麒くん」
迫ってこられて、思わずたじろぐ。
何せ蓉子は綺麗なのだから、女性に免疫のない俺からしてみれば、間近に迫られてしまうとどうすれば良いのか困ってしまう。昨夜は突然のことだったし、相手は酔っぱらっていて意識もなかったし、気にしている余裕もなかったのだが今は違う。
息を感じるほどに近寄られて、俺は咄嗟に言ってしまう。
「わ、わかりましたから、あの」
「本当? それじゃあ、何がいいかしら」
更ににじり寄られて焦った俺は、思いついたことをよく吟味もせずに口にしてしまった。
「え、ええと、俺とデートしてくださいっ!!」
そんな経緯があって、今日のデートへと至ったわけである。目の前に綺麗な女性がいて、お礼とお詫びに何かしてあげると言われて、勢い余って言ってしまったことだったが、まさか本当に了承してくれるとは思っていなかった。しかも今日は、デートの理由がお詫びとお礼ということなので、どこに行くかは蓉子が決めてくれることになっていた。
「そ、それじゃあ、行きましょうか」
「はいっ。ええと、どこに行くのか、訊いても良いですか?」
「ええ、もちろん。色々と考えたのだけれど、最初はやっぱり、オーソドックスに映画とかどうかしら」
「映画ですね、いいですね。俺も久しく、映画館で映画とか観ていないんですよ」
多少のぎこちなさはあったが、それでも無難な話をすることで無難にデートを開始することが出来た。
映画を観に行くというのは、まあ本当に無難な所だろう。変な場所を選んでウケを狙ったって仕方ないし、蓉子はそもそもそんなキャラクターでもない。お互いのことだって、まだよく知らないのだから、普通が一番である。
「あ、そうだ、ええと、あのっ」
「ん? なぁに?」
う、やばい。
年上で大人っぽい蓉子だが、訊き返し方がやけに可愛らしくて萌えそうになった。
「服、とっても似合ってますね。凄い、可愛いです」
「え、や、やだっ」
実は会った時から思っていたのだが、ようやく言うことが出来た。恥しかったが、ここは褒めておかないといけない。
一方、褒められた方の蓉子も頬を桜色にして、焦ったようにしている。
「こ、これは、なんか私、私服のセンスがないって聖にも江利子にも言われて、それで二人が選んでくれたやつなの……」
もじもじと、恥しそうにする。
裾レースのピンクを基調にしたペイズリー柄ワンピースにカーディガン、肩からはフリンジ付のポシェットを提げている蓉子は、間違いなく可愛い。私服のセンスが悪い、などと言っていたが、果たしてそうだっただろうか。思い出せないが、この容姿をもってすれば、センスの悪い服だってセンスが良くなるのではなかろうかと思ってしまう。
三人の中ではリーダー格であるはずの蓉子が、デート用の洋服を聖や江利子に選んでもらっているのを想像すると、なんだか微笑ましくもある。
「あ、笑ったでしょう?」
「笑ってないですよ」
「嘘、私のこと笑ったわ。ひどい」
「違いますって、笑ったんだとしたら、初めてのデートの相手が水野さんみたいな素敵な人で、嬉しくてつい頬が緩んじゃったんですよ」
「えっ!?」
驚く蓉子。
さすがに、自分でも恥しい台詞かとも思ったが。
「祐麒くん、デート、初めてなの??」
驚いていた部分は、想定外のことに関してであった。
「そうですよ、彼女なんて今まで縁無かったですし」
「そうなんだ、ちょっと意外かも。てっきり、慣れているのかと思っちゃった」
「んなわけないじゃないですか、どうしてそんな風に思ったんですか?」
「だって、なんだかソツが無いし、私のこと褒めてくれたりして……」
単に、デートのマニュアルとかで覚えただけなのだが、それなりに役には立っていたようだ。
「でも良かった、それじゃあ初めて同士なのね。私も本当は緊張していて」
「そうなんですか……って、え、水野さん、初めてなんですかっ!? デートが」
「ええ、その、男性とのデートは、初めてよ。祥子や私のお姉さまとデートしたことはあったけれど」
「うわっ、すみませんホント! 俺なんかが初めてのデート相手なんて、しかも理由だってそんな」
お礼をしたいから何か願いはあるかと訊かれ、勢いで応えてしまったデートが初デートだなんて、申し訳が無い。
だが、申し訳なさそうな俺に対して、蓉子は笑って見せる。
「そんなことないわよ、むしろ、良かったかも。こうして男の子とのデートの経験ができる機会なんて、なかなかなさそうだし」
「いやいや、水野さんみたいな人だったら、絶対モテますって。告白とか凄いされているんじゃないですか」
「告白なんて、一度も受けたこと、ないわよ」
「ええー、信じられないですよ」
「でも、本当のことよ」
蓉子が嘘をついたところで得することなどないから、きっと本当のことなのだろうが、正直、信じられなかった。
「本当に信じられない?」
「ええ、もちろん」
「それじゃあ、もしも祐麒くんだったら、私に告白する?」
「え、お、俺ですかっ」
思いもしなかった問いかけに、驚き慌てる。
確かに蓉子は美人で、年上好みの自分からしてみれば文句の出ようもないような女性だ。綺麗で、スタイルが良くて、頭もよくて、性格もよくて、面倒見もよい。だが、そこまで完璧になってしまうと、逆に告白するのに勇気が必要になる。自分なんかがつりあうのだろうかと、本気でそう考えてしまう。そうか、だからなかなか蓉子に告白するような男が現れないのだなと、こうして考えてみて理解した。
「ほら、ね。私みたいにつまらない女じゃあ、そういう気にならないんじゃないかしら」
そんな俺の戸惑いと困惑による無応答時間をどうとらえたのか、蓉子は苦笑いをして肩をすくめる。
「そんなことないですって、俺だって間違いなく告白しますよ、ええ」
「またまた、無理しちゃって」
「いやいや、マジですって」
よくよく考えてみると非常に大胆なことを口走っているのだが、幸いにして今までの流れから冗談のようにしか受け取られていない。
「ああ、そろそろ映画に丁度よい時間ね。急ぎましょう」
「あ、ちょっと水野さん」
結局、有耶無耶のままになってしまったが、緊張気味だった雰囲気をほぐすのには役立ったようで、なんとか自然にデートに突入できたのであった。
映画は恋愛映画だった。デートに恋愛映画、間違いではないと思うが、正直なところかなり気まずくなった。
というのも、途中でなかなかに激しいベッドシーンが挿入されていたから。シーンが始まった瞬間、隣の席の蓉子の身体が痙攣したように震えたのが分かった。かくいう俺も、つい隣を意識してしまい、顔が熱くなるのが分かった。
エロいDVDを観るのは平気でも、こうして映画館で観るその手のシーンは何とまあ恥しいことか。女性と一緒に観に来ていると、尚更である。
映画を観終わってからの感想でも、ベッドシーンのことは二人とも意識的に避けていた。
とまあ、そんなことはあったものの、デート自体は全体的に物凄く楽しかった。生まれて初めてのデート、女性と二人きりで過ごすということに不安を覚えていたのだが、そんな不安は映画を見終えた頃にはかなり薄まっていた。
恐らく、蓉子が気を使ってくれていたのだろう。蓉子は話しかけてきてもくれるし、俺の話もうまく聞いてくれる聞き上手でもあり、場の雰囲気や間をつかむのも上手かった。
ショッピングして、お茶をして、軽く街を歩いてと、デートとしては特に変わったところもないようなコースだけど、それで充分だった。
夕食も終え、後は帰るだけとなる。
帰りはさすがに部屋まで送っていった方が良いだろう。しかし、それはさすがに厚かましいだろうか。蓉子の部屋は知っているが、変に勘繰られるのも嫌なので、最寄駅くらいまで送っていくのが適切かもしれない。
などと思っているうちに駅に到着し、夜の街を二人並んで歩いていく。なんとなく言い出せなくて、というかもっと一緒にいたくて、部屋まで送っていくと言ってしまった。蓉子も、別に拒絶しなかった。
「今日は本当に楽しかったです。ありがとうございました」
「私の方こそ、楽しかったわ。こんなことで、お礼になったのかしら」
「もちろんですよ!」
それは間違いない、何せ初デートをこんな気持ちよく終わらせることが出来るのだから。俺は力強く頷いてみせた。
「そう。それなら、良かった」
月明かりに、蓉子の笑顔が輝く。
やばい、やっぱり綺麗で可愛い。
今まで蓉子と親しかったわけではないが、今日のデートで距離は少しながらも縮まったことだろう。そして、もっと一緒にいたいなんていう更なる欲求も高まってくる。
だが勘違いしてはいけないと自戒もする。蓉子は単に、お詫びとお礼として今日のデートに付き合ってくれただけなのだ。愛想良くしてくれていたのだって、全てが嘘とは言わないが気を使っている部分も多かっただろう。
「ええと、それじゃあ俺はこの辺で……」
自分自身を落ち着かせるように、蓉子のマンションの少し手前で言う。
「あら、ここまで来たんだから、少しあがっていってよ。お茶くらい出すわ」
しかし蓉子は、あっさりとそんなことを口にする。
「え、でも」
「遠慮しないでいいの、ほら、おねーさんが言っているんだから」
「は、はぁ」
蓉子の笑顔に逆らうことが出来ず、マンションに向かう。
デート帰り、夜、家まで送って、部屋に上がらないかと誘ってくる。これはもしや……などと妄想逞しくなりそうになり、慌てて頭を振る。蓉子がそんな変なことを考えるわけがない、単に厚意で言ってくれているだけだ。
そうだ、それが証拠に。
「おかえり蓉子~」
「あ、祐麒連れてきてる。ひょっとしてあたし達、お邪魔かな?」
部屋の中には、当たり前のように聖と江利子の姿があったから。
「もう、馬鹿なこと言ってないで。あ、どうぞ祐麒くん、上がってちょうだい」
蓉子に促され、部屋に上がる。二度目だけれども、女性の部屋ということでやっぱり緊張してしまう。
「どーだった、デートは。楽しかった?」
「あ、はい」
「へー、蓉子がどんなデートしたのか、教えてよ」
「ちょ、ちょっと聖、江利子、やめてよね」
紅茶を淹れてくれた蓉子がキッチンからやってきて、四人でテーブルを囲んでのティータイムとなる。
話題はもちろん、デートの話。
なんだかんだいいつつも、聖や江利子の質問に答える蓉子。先日のような酔っぱらい三人ではなく、ごく普通に年頃の女の子としてお喋りに興じている姿は、なんとも眩しく感じられる。何せこちとら、男子校生活なのだから。
「へえ、それじゃあちゃんと楽しめたのね、蓉子とのデート。いやー、心配していたんだよね、お堅い蓉子が相手で大丈夫かって」
「何よ、失礼ね聖ったら」
「大丈夫です、凄く楽しかったですから」
本当のことなので、てらいなく言うことが出来る。
「ふぅん……そうなんだぁ」
江利子が指を唇にあてながら、軽く首を傾げて見つめてくる。
「よくよく考えてみると、あたしも祐麒に運んでってもらったわけだよね」
「私も祐麒クン呼びだして、手伝ってもらっちゃったのよね」
「ねえ祐麒。私もお礼にデートしてあげようか?」
「あ、じゃあ私も」
口の端を上げて、正面から覗きこむようにしてくる聖。にこやかに微笑む江利子。
「え、いや、いいですよそんなこと」
俺は素直にそう言った。
確かに手助けはしたかもしれないが、それは見返りを求めてのことではない。それに、今日の蓉子とのデートで十分に楽しめて、むしろお釣りがくるくらいだ。
「へぇ……そうなんだ」
「そんなこと、ねぇ」
あれ。
何か、聖と江利子の雰囲気が一変したような気がするが、気のせいか。
「楽しい所、連れて行ってあげるよ」
「そうそう、美味しいもの、ご馳走しちゃうんだから」
「いやー、いいですって本当。今日、充分に楽しかったですし、美味しいものご馳走になりましたし」
「やだ、映画とお買い物に行っただけなのに。それに、ショッピングビル内の普通のレストランだし」
恥しそうに蓉子は言うが。
なぜか聖と江利子の様子は更に変わっていく。
室内の温度が、急激に下がったように感じられる。
「なるほど、蓉子とのデートの方が楽しいから、あたし達なんかと行く気はない、と」
「えっ? あの、佐藤さんっ!?」
「私達とのデートなんか、蓉子とのデート以上に楽しいわけが無いと、そういうわけね」
「ちょっと、え、鳥居さん!?」
二人がゆらりと立ち上がり、異様な迫力をもって迫ってくる。
「え、聖、江利子、どうしたの?」
蓉子も意味が分からないようで、おろおろとしている。
そんな中、聖と江利子はちらりと顔を見合わせて互いに頷くと、ビシッ、という音が出そうな勢いで俺のことを指さして宣言した。
「祐麒っ、あたしとデートするの、これ決定だからね」
「女の子からデートに誘われて断るなんてことするはずないわよね、祐麒くん?」
「えっ、ええええええっ??」
なぜ、そうなるのか。
聖も江利子も、どうやら冗談なんかではないようで。
この時から、蓉子、聖、江利子のデート合戦が始まったのであった。
「そんなこともあったわねぇ」
「ちなみに、一番楽しかったのは、やっぱりあたしとのデートだよね」
蓉子の次に行った聖とのデートでは、バッティングセンターにボウリング、ビリヤードと遊び三昧だった。二人で勝負して、本気で勝ちにいって、悔しがったり笑ったり、確かに楽しかった。白熱しすぎて、汗をかいてうっすらとシャツが透けてしまった聖にドキドキした記憶は今もなお強く残っている。
「ええ~、絶対に私とよ」
江利子に連れていかれたのは、美術館だった。それも普通の美術館ではなく、トリックアート美術館で、芸術にたいして興味が無い俺でも凄く楽しむことが出来た。夜は夜景の綺麗な公園に連れて行かれ、目を閉じて俺のことを軽く見上げてきた江利子に、雰囲気に流されて思わずキスしそうになった。
「……ってゆうか、今考えると、まんまと祐麒の策にはまったってことね」
「私達の競争心を煽って、デートして、そうして私達の心を虜にして……本当に酷い男」
よよよ、と泣き真似をする江利子。
「変なこと言わないで下さいよ、皆さんが勝手に盛り上がっていただけじゃないですか」
口走ってから、しまったと思った。
案の定、三人の目つきが怖くなる。
「なるほど、盛り上がっている私達を尻目に、一人高みから見下ろしていたと……」
「さすが、プレイボーイは違うね」
「私達、祐麒くんに振り回されっぱなしよね」
嘘だ。
俺の方こそ、三人に振り回されっぱなしだった。いや、今だって振り回され続けている現在進行形だ。
卒業式を終えて拉致られ、こうして酒の肴にされているのだから。
三人とも堂々とお酒を飲める年齢になったので、昼間ではあるが祝杯ということで遠慮なくお酒を口にしている。
俺は、アルコール度の低い、口当たりの良いカクテルをちびちびと飲んでいる。酒に飲まれたら、負けだ。以前に酔い潰れて、聖と江利子にエロい悪戯をされそうになったことが蘇りそうになる。正気を保っていた蓉子が防いでくれなかったら、軽いトラウマになっていたかもしれない。
「祐麒、何しみったれた飲みかたしているの。祐麒のお祝いなんだから、もっとこう、がーっといきな、ほらー」
横からしなだれかかってくる聖に反応し、逃げそうになるが。
「あら祐麒クン、やっぱり私の方がいいのね?」
江利子の身体に逃げ道を塞がれる。
聖と江利子の二人に両側を陣取られ、どうにもこうにも身動きが取れない。しかも、二人とも胸元を強調した色っぽいドレスを身にまとっているのだから、目のやり場にだって困る。
「……ってゆーか、ここはキャバクラじゃないっつーの!」
怒声が響く。
蓉子が怒りに体を震わせている。
「そんなこと言って、本当は蓉子、羨ましいんでしょう?」
「ほら、一番いい場所、譲ってあげるから」
「え、え、ちょっと、やめて二人とも、きゃあああっ」
聖と江利子に両側から腕を掴まれて引っ張られた蓉子は、俺の正面にそのまま倒れかかって来て――――
「ぎゃふっ!!!!」
「あがぁっ!!!?」
抱き合う形になる、なんて甘ったるいことにはならず、凄い音がする程の強烈な頭突きを俺にぶちかましてくることになった。
目の前を、星がちかちか飛び回っている。
「うわっ、すんごい音、したわね」
「あははははっ、やっぱり蓉子は祐麒くん相手だと、何やってもサマにならないわねぇ」
驚いている聖。
笑っている江利子。
目を回している蓉子。
きっと、この後も騒々しくて混沌とした日が続くのだろう。
目まぐるしくなるであろう大学生活に思いを馳せながら、俺の意識は闇に落ちていった。
そうして俺は、三人の美女に祝われて高校を卒業したのであった。