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ノーマルCP マリア様がみてる 菜々

【マリみてSS(景×菜々×祐麒)】ルートK⇔7 第一話

更新日:

~ ルートK⇔7 ~

 

第一話 『嵐の前の日常!』

 

 いつの間にか、社会人一年目も終わりが近づいていた。毎日毎日忙しく、帰りは遅くて午前様も当たり前、休日出勤だってある。SEという仕事そのものは嫌いではないから、辛くて嫌で仕方がない、ということはないけれど、だからといって嬉しいということはない。頑張ろうとしても肉体の方が追い付いてこない、なんてこともあるわけで。
 今日も、週末の金曜日だというのに会社を出たのは夜の11時半過ぎ。駅に向かう道では、沢山の酔っぱらいや、まだこれから夜明かしで遊びに繰り出そうなんて連中が賑やかに騒いでいるが、一週間の疲れがたまっている祐麒自身はさっさと家に帰るだけしかない。
 まず考えることは、飯は何を食べようかということ。残業のどこかで食事をとる人も多いが、祐麒は食べて腹を満たすと仕事をする気力メーターがかなり減少してしまうので、食べずに仕事をこなすことの方が多い。夜遅くに食べる方が体にはよくないと思いつつも、そうしてしまうのだ。
 さて、それはともかく、腹が減った。梅屋で定食を食べるか、ロリジン弁当に寄るか、それともコンビニで何か買って帰るか。
 週末ということで、酒臭い満員電車に揺られて家の最寄り駅に到着し、駅前の梅屋が混雑しているのを見て、コンビニに寄ることにした。適当に弁当を選び、ついでにビールと雑誌を購入してコンビニを出る。
「うー、さみーっ。さっさと帰ろう」
 一人暮らしをしているマンションまでは、徒歩で10分ほど。一応、社員寮ということなのだが、入寮者数の都合で祐麒の同期は入っていない。肩をすぼませて早足で部屋に到着して、ようやく一息。コートとスーツを脱ぎ棄て、身軽な部屋着になって弁当を取り出しながら、鞄の中に入れっぱなしにしていた携帯電話を取り出す。
 昨今では、情報セキュリティの強化やらで、オフィス内での携帯電話の使用も厳しくなってきている。確かに、祐麒の仕事は顧客情報を含む重要情報を取り扱っているから、危険なことはわかる。でも、わざわざ携帯電話の写真で撮って情報を盗もう、なんて輩が本当にいるのだろうかとも疑問に思う。まあ、いるかもしれないという、そういう恐れがあるから禁止するのだろう。
 おかげで、面倒臭くなって、業務中は携帯電話を確認することもあまりなくなってしまった。どうせ仕事中にそこまでの急用が携帯に連絡が入るとも思えないし、余程の一大事なら会社の電話にかけてくればいいだけだ。
 若者としてこれでいいのか、そういう気持ちもないではないが、日々の忙しさに押し流されてしまっている。
 どうせ、連絡をくれるような彼女もいない。
 幾つか着信しているメールを確認する。祐巳からのもの、携帯会社からのもの、登録しているモバイルサイトからのものと、急を要するようなものはなさそうだった。
 ビールのプルタブを開き、苦い液体を喉に流し込みながらメールの中身を確認する。
 弁当のふたを開け、割り箸を割って、まずしば漬けを口に運びながら、とりあえず祐巳には返信メールを打っておく。
 それなりに希望とやる気を抱いて社会人になったが、予想していたよりも厳しい世界であった。配属された部署が、良かったのか悪かったのか非常に忙しい場所で、色々と仕事を覚えられるし実力もつけられるが、厳しくもある。
 大型プロジェクトの中に入り、先輩たちも見るからに多忙で迷惑はあまりかけられないと思いつつ、自分の仕事もこなさなくてはならない。分からないことばかりの一年生では、残業続きになるのも致し方ないところであった。
 とはいえ、満足しているわけではない。仕事が大切なのはもちろんのこと、プライベートだって充実させていきたい。
 別に焦っているつもりなどなかったが、やはり多少は気にもしていた。何をかといえば、 彼女いない歴 = 年齢だということ。一年浪人しているので間もなく二十四年間になるわけだが、その間、彼女が出来なかった。
 晩婚化が進み、社会もかつてほどの勢いをなくし、女性が強くなり、日本人そのものが弱くなり、そんな男だって沢山いることだろう。
 祐麒自身、そこまで強い思いがあったつもりはないが、それでも中学、高校、大学と進学して今や社会人。男子校だった高校はともかく、大学の四年間はチャンスもあったはずだったのに、できなかった。
 好きな女の子がいなかったわけではない。想いを伝えたこともあった。だけど、全て駄目だった。

『友達としてしか見られない』

『いい人だけど、恋人には、ちょっと』

 そんな言葉を聞いてきた。
 落ち込みつつも友人たちに慰められたりしながら、いずれ出来るだろうと思っているうちに社会人になった。
 会社の同期とは仲が良いけれど、逆に仲が良すぎて、完全に『仲良し同期』になり果ててしまって、今さら動きづらい。この時期、くっついている奴らはすでにくっついているのだ。
 先輩女子とか、協力会社の女性とか、職場に女性はいるけれど、仕事も忙しいし、もともと女性に対し積極的な性格ではないので、何かをすることもできない。それに、同じ職場というのは正直、怖い。
 まだ22歳という若さだから焦る必要はないが、社会人になると一気に出会いの機会がなくなる、結婚するとしたら学生時代から付き合っている相手か同じ会社で探すしかないよ、なんてことを言う先輩もいるくらいで、そのどちらもいない祐麒は多少ならずとも焦ってしまうのだ。今まで、彼女がいなかったということも精神的にある。
 出会いを求めるためには、積極的に合コンをセッティングして参加したり、友人達の輪を広げてその中で見つけたり、そういうことをしなければならない、とも言われるが、仕事で疲れていると気力も湧きづらい。
 どんなに忙しくても、頑張っているやつは頑張っているのだから、単なる言い訳にしかならないのは分かっているが、恋愛に成功経験のない祐麒は、多少、臆病にもなっていた。

『ユキチはさ、自分とあわない子にばかり恋しているんだよ。お前、決してモテなくはないんだぜ? お前のこと気に入っているって子も、何人か知っているし』
『うそだろ? 俺、そんなの聞いたことないし』
『それはお前が気づいていないだけ。天才的だぜ、お前のスルースキルは』
『そっ、そんなことはない!』

 大学時代にかわした小林との会話を思い出す。
 本当に自分はモテなくはないのだろうか。あれは単なる小林の慰めではないのか。やっぱりこの狸顔じゃあ、駄目なんじゃないか。
 ネガティブなことばかりが浮かんできて、あわてて頭をふって追い出す。
 久しぶりに昔の友人と会い、馬鹿な話でもして気分転換しよう。そう思いながら食べ終わった弁当の容器を捨て、シャワーも浴びずにベッドに倒れ込んだ

 

 多忙な日々は流れ、やがて間もなく入社して一年が過ぎようかという三月の末、相変わらず仕事に忙殺されている中で、隣の席に座っている二年先輩の風見が話しかけてきた。
「福沢君、うちのチームに新しい人くるの、知ってる?」
 隣の席に座る、二年先輩の風見が話しかけてきた。
「え、うちのチームになんですか?」
「ほら、沢村さん体壊しちゃってドクターストップだからさ」
「あー、緑川さんじゃなくて、異動になったんですね」
 祐麒が所属しているチームのリーダーである沢村が激務で体調を崩し、現在、自宅療養となっている。その間、グループマネージャーが一時的に兼務として面倒を見てくれていたのだが、そのままにしておくわけにもいかないので、新たなリーダーを立てる必要がある。当初は同じ部門内から誰かを充てると聞いていたが、どうやら色々とあったのか、他部からの異動で新しいリーダーを補充することにしたらしい。
 同じ部門内といっても、それぞれ忙しいし、いきなり体制変更してバランスを崩すわけにもいかなかったのであろう。そこで、他の部門で誰かいないかと探したというところか。
「この四月に五年目で主任になる人らしいよ。出来る人っぽいねー」
 年功序列の会社ではないので、若くても出世する人はいるが、それでも五年目で主任というのは、この会社でもそう多くないだろう。
「頑張ってビシビシ鍛えてもらいなよー」
 気楽に笑う風見に、あんたが教えろよと思わなくもないが、その辺のことを期待できない先輩なので諦める。元々、祐麒はリーダーである沢村から直接に指導を受けていたのだ。
「で、なんて人なんですか?」
 直接の上司になる人であれば、できれば事前に知っておきたく、尋ねてみた。
「えっとねー」
 風見が答えた名前に、聞き覚えはなかった。

 

 

 金曜日の夜、加東景は女の友人達と飲んでいた。
 話の内容は多岐に渡るが、女だけの場となると、やはり恋愛話が多くなるのは必然なわけである。
「――でさあ、聞いてよ、赤坂さんさ、今度一緒に遊びに行かないかって、またメールで誘ってきて」
「えー、また? 飽きないね、あの人も」
「今度はなんて断りのメールしようか、またつまんないことで悩んじゃってさ」
「先輩はお断りなんですけどー、なんて言えたら楽なんだけどね」
「本当だよ、でも仕事もあるしさー」
「真奈ちゃんさ、この前、田中さんにドライブ誘われてたじゃん、あの後日談聞いていないんですけどー?」
「んー、あー、あれねー、実はさ……」
「………………」
「………………」
「えーっ、マジで!?」
「寝ちゃったの!?」
「だってさー、『家、寄ってかない?』なんて軽く言われてさ、先輩だし、断るのも悪いかと思って。で、中はいったらさ、しばらくお喋りしているうちにそーいう雰囲気になってきて、で、肩を抱き寄せられて、なんか断れないムードになっちゃって」
「だからって、流されちゃだめでしょ」
「てか、そもそも田中さんて同期に彼女いるじゃん。それで真奈ちゃん誘って、えっちしちゃうなんて、サイテー」
「そうゆう人だとは思わなかったけどねー」
「お待たせー、遅れてごめーん」
「おー、遅いぞ実加りん」
「仕事、大変だったの?」
「全然。私は超チョー暇だったんだけど、"カベ"がさー」
「何、また取手さん?」
「そう。あ、生ビールで。で、酷いんだよ。私がさ、そろそろ終わろうかと思った時に、『僕はまだ終わらないから残るけれど、君塚さんはもう帰れるの?』だって。何それ、そんなこと言われたら私、帰れないじゃん!」
「うわっ、サイテー!」
「横暴だ!」
「それは酷い」
「相変わらず、実加りんに対しては鉄壁のブロッカーだね。もう日本が誇る"壁"だね。W杯日本代表になってもいいと思うよ」
「おかげで、仕事もないのに今まで残業。悔しいからポエム作ってたよ」
「あはは、なんじゃそりゃ」
 仲間と一緒に笑い、喋りながら、景は思う。
 世の男性諸君は、自分たちのことがこんな風に話されているなんて、考えてもいないんじゃないかと。
 同期女子ネットワークを甘く見てはいけない。
 誰から誘われた、何を言われた、どんなことをしていた、それらのことは、仲の良い女子たちの間には確実に伝わっている。
 もちろん、自分自身も本気の社内恋愛などになれば話は別で、隠すことも多いが。
「で、景ちゃんは何かないの、新しい恋の話とか?」
「残念ながら、みんなを喜ばせてあげられるような話は、ないわ」
「景ちゃんさ、高望みしすぎているんじゃないのー?」
「そ、そんなことないよ」
「景ちゃんは、年上だっけ、方向性は」
「ここはいっそ方向転換して、年下いってみたら?」
「ちょっと待ってよー。何、じゃあ皆、うちの部の後輩たちの顔、思い浮かべてみて」
「…………」
 しばしの沈黙。
 そして。
「あー、ないわー」
「うん、ないね」
「これは酷い」
「ここんところさ、うちの部署は不作だよね」
「別にうちの会社にこだわる必要、ないじゃん」
「大学時代の後輩とか」
「私、女子大だし」
「でも、合コンとかで知り合いとか友達、いるでしょ」
「そりゃそうだけど……って、どうしても私に年下をくっつけたいか??」
「そういうわけじゃないけどさー、果たしてどんな男が景ちゃんの相手として務まるか、興味があるわけで」
「確かに。景ちゃんてさ、美人で仕事できて、男の方から見たら隙がないって感じだと思うよねきっと」
「うーん、そう?」
 景自身、ある程度の自覚はあるものの、そこまで酷いもんだとは思っていないのだが。
「そうそう、男を寄せ付けないオーラが全身からはみ出している感じ!」
「やめてよね、そういう言い方」
 笑いが巻き起こる。
 楽しい時間を過ごし、帰途につく。
 社会人になって四年目ももう終わりに近付いている。彼氏ナシ。
 別に、それで特別にさみしいとか思うわけではない。常に男がいないと駄目という女も確かにいるが、景自身は違うし、むしろ淡白な方だと思う。更に言うなら、女の中には常に恋愛していないと生きていられないのではないか、なんて人も見られるが、景自身は恋愛に関してもがっついていない。
 ただ、こうして夜遅くに一人きりのマンションに帰ってくると、ごくたまにではあるけれど、誰かが待っていてくれたらと思わなくもない。
「う~、飲みすぎたかも……」
 無造作に髪の毛をかきあげながら、コートのままベッドに倒れ込む。
 高望みをしているつもりはないが、現実は見ている。女は男よりもはるかに現実的だ。
 夢を見ている男が格好いい、なんてことを言っている女はめったにいない。景が望むのは、経済的に自立していて、景を受け止めてくれる人。だから、相手はやっぱり年上の方が良いのだろうとなんとなく思ってはいるものの、実際にどうかというと何もない。
 景もさすがにそれなりの歳だし、年上の男だからと言ってしっかりしているとも限らないし、精神的に大人とも限らないことは分かっている。
「でも、それで年下って、根拠なさすぎ……」
 そもそも恋愛にかけている時間もないし、これと思うような男もいないし、今のところ焦る必要も感じない。
 いや、むしろ焦った方が良いのだろうか。
 景も社会人四年目で間もなく五年目に突入する。大学で一年留年しているから今は27歳。いやいや、カレンダー的には今年28を迎えるわけで。
 いまどき、30過ぎてから結婚する女性、あるいは結婚しない女性も増えている中、そう心配する年齢ではないのかもしれないが、自分の性格的に30過ぎて独身なら、もう結婚しなくていいか、なんて考えそう。結婚をするとなると、少なくとも1年は付き合って、きちんと相手のことを知りたいと思うが、となると28にはその相手と付き合っていなければならない。
 いつの間にかリミットに近付いていたのだろうか。28なんて今の世の中まだまだ若いし、結婚平均年齢に達してもいないし、さすがに考え過ぎだとは思う。思うのだが、良く分からない。
 枕に顔を埋めながら、唸る。
 大体、今はそれよりも四月からのことの方が大変だ。昇格して、責任も増えて、おまけに多忙を極める部署が人手不足ということで昇格するなり異動だ。うまくやっていけるだろうかと考えると、今から胃がキリキリする。
 今日の飲み会も、実は景の昇進祝いを兼ねて同期が開いてくれたもの。嬉しくはあるが、プレッシャーも感じる。
 きっと、大変な日々が待っている。恋だの愛だのにうつつを抜かしている時間など、これっぽっちもないだろう。
「あーもー寝る、寝るっ」
 着替えることも、部屋を片付けることも放棄し、今はただひたすらに寝たかった。
 だから景は、そのまま誘惑に屈することにして目を閉じた。

 それは三月の終わり、四月から新たな幕が開く、その直前のことであった――

 

第二話に続く

 

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