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ノーマルCP マリア様がみてる 祥子

【マリみてSS(祥子×祐麒)】揺れる季節

更新日:

~ 揺れる季節 ~

 

 どうにも、祥子に避けられているようだった。
 リリアンの学園祭に向けて打ち合わせをしたり、合同練習をしたりしているのだが、どうもそう感じる。
 最初は、気のせいか、あるいは単なる偶然だと思っていた。リリアン・花寺合同となると、メンバーもそれなりの数になるし、生徒会長であれば多忙ともなる。しかし、話しかけようとするたびに他のメンバーに声をかけるし、周囲に人の少ない時に話しかけたと思ったらすぐに何かと所用があると場をはずしてしまう。そんなことが続けば、さすがの祐麒も避けられていると理解する。
 理由を考えてみると、やはり一つしかないだろう。あの、祥子の具合が悪いと聞いて訪れた小笠原家での一幕。シースルーのネグリジェからほんのりと見えた、祥子の柔らかな曲線、白い肌。
 不可抗力であったのだけれど、一度目にしてから、目が離せなくなってしまったのは祐麒に非があったかもしれない。何もなかったかのように振る舞うのが良いかとも思ったが、こうして祥子と顔を合わせてあからさまに避けられると、きちんと謝った方が良いと悟った。ところが、いざ、謝ろうにも、まともに顔も見てくれない、言葉も聞いてくれないでは、どうにもならない。
「あの、祥子さん、台本のこの場面」
「ごめんなさい、今、手が離せなくて。志摩子に聞いてくださるかしら?」

「すみません祥子さん、担当の先生に確認したいことが」
「乃梨子ちゃん、案内してあげて」

「祥子さん、ちょっと」
「あ、私、文化系クラブの打ち合わせがありますので」

 と、万事このような調子である。
 加えて、集まるのはリリアン女学園なので、薔薇の館を出られてしまうとリリアン敷地内を自由に移動できない祐麒には、何もなすすべはなかった。
 身近な祐巳に相談しようとも思ったが、超がつくほどの姉びいきで妹バカであるから、話をしたら逆に余計な突っ込みを受けるかもしれない。何があったのかと問い詰められたとて、あの日のことを喋るわけにもいかない。
 リリアンを離れてしまえば祥子と接する機会などないし、家に押し掛けるなんてとんでもない。となると、この文化祭の期間にどうにかするしかないのだが、その突破口の足がかりすら見つけられていないのが実情である。
 勝手な行動をとることもできないので、とりあえずは練習に集中しようとするのだが、つい、祥子の方を目で追いかけそうになってしまう。見ても、祥子は祐麒のことを気にした様子もなく、表情も変えずにたたずんでいるだけだというのに。
 そんな風に他のことに気を取られていたせいだろうか、不注意で誰かにぶつかってしまった。
「きゃっ」
「す、すみませんっ」
 相手の方がバランスを崩しそうになるのを、慌てて手をのばして支える。そこにいたのは志摩子だった。
 背中の方に手をまわして支えたので、倒れるようなことにはならなかったのだが、抱きしめるような格好になってしまって少し恥ずかしい。そしてそれ以上に、指先に伝わってくる感触。わずかにだが、志摩子の胸に触れてしまっていて、そのことに気がついてすぐに手を離す。
「何やってんのよ祐麒、もう」
 祐巳が文句を言ってきたが、どうやら変な所に触れてしまったことには気が付いていないようだった。
「あ、えと、すみません志摩子さん」
「い、いえ。事故ですから、仕方ありません」
 頬を赤くしてうつむいて、祐麒にだけ聞こえるような声でささやく志摩子。さすがに志摩子は気が付いているのだろう、触ってしまったことを意味しているのだと理解する。不可抗力だったとはいえ、大変申し訳ないことをして、どうフォローしていいかも分からない。
「ずっと練習が続いていたから、疲れたのかな。少し、休憩にしようか」
 令が皆に向けて声をかけ、室内に休憩モードの空気が流れる。
 続けて令は、バッグから何やら取り出した。
「今日は合同練習ということで、カップケーキを作ってきたの。よかったらどうかしら」
 たちまち、歓声があがる。乃梨子は素早くお茶の準備に向かう。
 練習で適度に疲れてきた身に甘いものはうれしいし、何より令の作るお菓子は市販されているものよりよほど美味いのだ。さらに加えれば、女の子の手作りのお菓子というものは、男子にとっては大いなるご馳走なのだ。
 用意されたカップケーキは、シンプルな焼きっぱなしのものと、チョコレートカップケーキがあった。
 令みずからが皆に配って回り、順番的にたまたま最後に祐麒のところにやってきた。箱の中を覗いてみると、ちょうど一種類ずつ残っていて、どっちにしようかと一瞬、逡巡すると。
「祐麒くん、両方食べていいよ」
 と、こっそりと令が耳打ちしてきた。
 そういうわけにはいかないと、令の方に視線を返すと、令は体でカップケーキを隠すようにして、祐麒に差し出してくる。
「ほら早く、みんなには内緒だからね。祐麒くんにはお世話になっているし、ご褒美。大丈夫、私の分は取ってあるから、ほら、見られちゃう」
 急かされて、言われるがまま二つのカップケーキを手に取った。令も一つをとる仕種を見せてカモフラージュする。他の人に見られたらまずいと、とりあえずノーマルのカップケーキを急いで口の中に入れて食べてしまおうと思い、一気に口の中に放り込む。
「……! っ、くっ」
 一気にいきすぎて、喉につかえてむせた。
「わあっ! 大丈夫、祐麒くんっ」
 慌てて令が、紅茶のカップを差し出してくれた。紅茶でどうにか流し込んだところで、ようやく一息つく。
「そんなに急いで食べなくてよいのに」
 目の前で令が苦笑する。
「なんだユキチ、令さん手作りのケーキがそんな嬉しかったのか」
「あれ、ユキチもうひとつケーキ持っているじゃない」
「あ、本当だ……え、これってなに、ユキチだけ特別ってことですか令さん」
「えっ。い、いやこれはそういうんじゃなくて、たまたま一つ余っていたから」
 手を振り言い訳をする令だが、顔がほんのりと赤くなっている。
「えー、なんかあやしいですなぁ、ユキチくん?」
「馬鹿、何、変な勘繰りしてるんだよ。ほんと、たまたまだろ」
「いやでも、ひとつ余っていたのを何も言わずに差し出し、何も言わずに受け取る。ひょっとしてユキチおまえ、令さんと」
「ちょ、ちょーっと令ちゃん! 祐麒くん! どどどどういうことよそれっ!」
「うわ、由乃さん、あぶないって」
 いきなり由乃が飛び込んできて、祐麒が手にしたカップケーキを奪おうと手をのばしてくる。
 少し興奮気味の由乃を空いている片方の手でおさえ、どうにか体勢をたもつ。令はどうしたらいいのか分からず、あわあわとしている。
 そんな、騒然としかけた雰囲気の中。
「みんな、いい加減にしなさい。騒がしいわよ」
 少し大き目の祥子の声が、室内に響いた。そのとたん、皆の声と動きが一瞬にして止まる。
 全員が注目する中、祥子は無言で祐麒の方に歩み寄ってきた。言い知れぬプレッシャーを受け、固まったまま動けない祐麒の目の前までやってくる。祥子の目だけが動き、祐麒が持つカップケーキに注がれる。
 滑らかに動いた祥子の手が、ごく自然にカップケーキを奪い取る。
 そのまま踵を返すと、祐巳のもとに近寄り。
「これは貴女がいただきなさい」
「……え、ええーーっ!?」
 有無をいわさずに祐巳に渡す。
 困ったように周囲を見渡すが、誰も何も言えるわけもなく。カップケーキを手にしたまま祐巳は困惑している。
「さ、練習を再開しましょう」
「え、ええっ、お、お姉様ぁ」
 そうして、祐巳の声を無視して練習は再開されるのであった。

 

 しばらく練習に集中し、祐麒の出番も一区切りついてひっそりと息をついていると、祥子が部屋を出ようとしているのが目に入った。その時、祥子と目があったのだが、何か祐麒に訴えかけてきているように感じた。
 周囲の人の誰にも見られていないことを確認して、祐麒も後を追うようにして静かに部屋を出て、薔薇の館から外に出た。
 左右に視線を巡らすと案の定、祥子の姿が見えた。
 祐麒が追ってきたのを確認してか、祥子は歩き出す。何も言わず、ただ祐麒は祥子の後を少し遅れてついてゆく。そうしてたどりついたのは、古い温室だった。
 地面を踏み締める音だけが耳に入る、物静かな温室の中。ようやく祥子と話す機会が得られたというのに、緊迫した空気で気軽に話しかけられるような雰囲気ではない。
 祥子の方も、何か話があるだろうから、こうしてわざわざ祐麒のことを温室まで連れてきたのだろうに、背を向けたままなかなか口を開こうとしない。漆黒の長い髪の毛が物言わぬ壁となり、祐麒が口を開くのを防ぐ。
 植物の匂いも、花の香りも、どこかふさわしくない気がする。
 しかし、いつまでも無言で立ち尽くしているわけにもいかない。あまり長い間、二人で抜け出していれば、さすがに誰か不審に思うだろう。
「あの、祥子さん」
 祐麒は思い切って口を開いた。
 祥子の肩が、かすかに揺れる。
「ええと、あの、その……」
 いざ、話しかけたものの、次に何をつなげたらよいのか分からない。いくらなんでも、見舞いに行ったあの日のことを口にするわけにもいかないし、さりとて、他にめぼしい話題があるというわけでもない。ここまできて、劇のことを話したって仕方ないし。
 言葉を探しているうちに、祥子がわずかに身じろぎした。頬にかかった長い髪の毛を指で梳くと、白い頬が目に入る。
「……私、祐麒さんには失望しました」
 いきなりの突き刺さるような言葉に、声を失う。
 そこまで、祥子を傷つけていたのか。確かに、年頃の女性のあられもない姿を目にしてしまった。しかも、リリアン女学園で育った、由緒正しきお嬢様の祥子である。あのように男性に肌を見られたのも、初めてだったのかもしれない。
 だが、あれは祐麒の過失ではないではないか、という抗議の思いも強い。
 どうにかして分かってもらいたいと、説得を試みようとしたところで、祥子の方が先を続けた。
「あんな、はしたない……!」
 祥子の横顔に、さっと朱が差す。
 そしてゆっくりと、祐麒の方を向く。
「祥子さん、そんなあれは不可抗力で。それに祥子さんだって」
「いいえ、私には分かっています」
 祐麒の言葉を遮るようにして、祥子は続ける。
「あんな……あんな……志摩子のことを抱きしめて」
「――え?」
 思わず、なんのことかと思ってしまったが。
 祥子は地面を睨みつけるようにうつむいたまま、握った拳を震わせる。
「私……私、見ていました。志摩子のことを支えるふりをして、その、し、志摩子の胸に触れていたのを」
「ちょっ!! あ、あれこそ不可抗力で!」
「そう言うってことは、触れていたことは認めるのですねっ」
 思いもよらない方向からの攻撃に、どう対処すればよいのか咄嗟に思いつかない。見舞いの日のことであれば、色々と考えていたというのに。
 それより何より、まさか志摩子の胸に触れてしまったことに気が付いていたとは、まったく思わなかった。触れたといっても、指先がわずかに柔らかなものを感じたというくらいだったのに。
「それに、令といちゃいちゃして」
「い、いちゃいちゃ? そんなことしてませんよっ」
「特別にケーキを一つ多くもらって、鼻の下をのばしていたでしょう」
 なぜ、そのようにとらえるのかの方が不思議だったが、今の祥子には何を言っても通用しないような気がした。ケーキを奪われた時と同じプレッシャーを、目の前の祥子から感じ受ける。
「いつの間に、令とあんなに仲良くなったのかしら」
「だから、そんなんじゃないですって」
「それに、由乃ちゃんとも仲良くじゃれあって」
 皆にからかわれて、由乃が怒っていた時のことだろう。別にじゃれあっていたわけでもなんでもないのだが、確かに、由乃と祐麒が触れ合うほど近くに接近していたのは確かで。
「……私に、あのようなことをしておきながら、他の女性とあんな」
 口をとがらせる祥子。
 そこでようやく、祐麒は何かおかしいなと思い始めた。責められ続けていたから、自分が悪いことをしたと思いこみ、どう言い訳しようかばかり考えていたのだが、いったい何が悪いのだろうか。
 冷静に考えてみれば、祥子に怒られる筋合いはないわけで。
「あの、祥子さん」
「なんですか。言い訳でもあるのでしょうか」
 視線すらあわそうとせずに、怒りの表情を見せている祥子。
「いえその、なんで言い訳しなければいけないのでしょうか」
「まあ、ここまできて開き直るつもりですか」
 信じられない、といった目をして、ようやく祐麒のことを見据える。祐麒もまた、祥子のことを正面にとらえて、疑問を口にする。
「開き直るといいますか、だって、ええと」
 祥子とは、言い訳をしなければいけないような関係なのか、そう口にしようとして、思いとどまる。
「祥子さんは、何に怒っているのでしょう」
「また、そんなことを。先ほども言ったでしょう、志摩子や、令や、由乃ちゃんにあのように色目をつかって……い、いやらしい」
「それで怒るっていうのは、祥子さん」
 まさか、やきもちをやいているのか、とはさすがに思いあがりすぎかと考え、言葉にするのを躊躇う。
 しかし、目の前の祥子の様子は見る見るうちに変化した。
 軽く目を見開いたかと思うと、斜め下方に目線をうつし、何事かを思案したような表情を見せ、その後、急速に顔が赤くなってゆく。
「わっ、私、やきもちなどやいているわけではありません! あ、あくまで、一人の殿方としてそのように色々な女性に目移りしたり、過剰なスキンシップをはかったりするのはどうかという、一般的な」
「いえ、そ、そういうつもりでは」
 祐麒が言うまでもなく、勝手に祥子の方で口にしてしまった。祥子は首筋まで赤くなり、どうにか毅然とした態度をとろうとしているものの、目線が定まらずに落ち着かない。
 そんな様子が、なんか可愛らしかった。
「な、何がおかしいのですか」
 自然と笑ってしまったのが祥子の目にとまったのか、さらに怒られるが、それすらも、どこか可愛らしさを感じる。
「いえ、すみません。ただ俺、てっきりこの前のことで祥子さんが怒っているのだとばかり思っていたから」
「この前の」
 言ってから、しまった、と思った。
 案の定、祥子は腕で胸を隠すようにして、今度は耳まで赤くする。
「とっ、とにかく、もう少しご自身の行動を反省なさってください」
 無理矢理に話をまとめ、祥子は祐麒の立つ出入り口の方に向かって歩きはじめた。目をあわそうとせず、祐麒の横を通り過ぎようとする。
 結局のところ何のために呼ばれたのか、最終的に何に怒っていたのか、まったく分からないし、このまま別れてしまうわけにはいかないと、すれ違いかけたところで咄嗟に祥子の腕をつかもうと手をのばした。
「――――!?」
「え、あ」
 距離感を誤ったのか、タイミングが悪かったのか、伸ばした手は祥子の腕をつかみ損ね、かわりに胸のふくらみを横から指で押す形になっていた。正面からではない、サイドから押しているというのに、そのふくらみ、柔らかさは、衝撃的だった。制服の上からだったが、指は確かに祥子の弾力を感じ、さらに押し返されるような感じさえ受けた。
 頭の中が真っ白になる。
 どうにかしないといけないと分かっていても、身体が、手が、動かない。まるでこの前、見舞いに行って祥子の肢体に釘づけになったときと同じように、離そうと思っても離せず、自分自身でどうにもならない。
 一方の祥子も、自分の胸、そして祐麒の手をびっくりした顔で見つめたまま、動けないでいる。
「す、すっ、すみません!」
 先に動いたのは、祐麒の方だった。
 名残惜しいという気持ちはあったが、それでも慌てて手をひっこめ、頭を下げる。わざとではないのだが、果たして信じてくれるかは分からない。祐麒としては、ただ謝るしかなかった。
 ところが、頭を下げたまましばらく待っても、何も祥子が反応しない。
 訝しく思って、そろりと顔をあげてみると、祥子は先ほどの体勢から全く変わらない状態のまま、立ち尽くしていた。
「祥子、さん?」
 心配になって近寄ろうとすると、祥子の体が揺れた。そして、よろめくようにして体が崩れそうになる。祐麒は特に何も考えず、ただ倒れそうになる祥子の体を支える。
「あ……」
 見上げてくる祥子の瞳。
「大丈夫……ですか?」
 つかんでいる祥子の肩は細い。指をかすめるようにして、髪の毛が揺れる。祥子の瞳もまた、揺れている。
「は……離しなさいっ」
 祐麒の胸に手をつき、弱々しく押し返し、よろける足取りで祐麒から距離をとる。危なっかしい足取りに、また、手を出したくなるが、祥子が首を振って拒否する。
「……戻ります」
 まだ、どこか覚束ない動きで歩いていこうとする。
 放っておけなくて、祐麒は声をかける。
「祥子さんっ」
「大丈夫です、一人で歩けます」
 気丈さを見せようとする祥子であったけれど。
「……そっち、出口と反対方向ですけれど」
 よほど混乱していたのか、それとも祐麒と離れようとした勢いで逆方向に進んでしまったのかは分からないが、とりあえず祐麒の言葉を耳にして立ち止まった祥子。背中を向けていて顔は見えなかったけれど、どんな表情をしているかは、なぜか想像がつくような気がした。
 踵を返し、無言で祐麒の横を通り過ぎ、温室から出て行った。
 一瞬、横顔が見えたけれど、羞恥に染まった表情は今までになく幼く見えて、祐麒の胸を高鳴らせた。
 綺麗な人だというのは知っていた。

 だけど今、それとはまったく異なる姿を見せられて。

 

 心の中で何かが変わるのを、祐麒は確かに感じたのであった。

 

おしまい

 

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